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おまけ
おまけ 祭花火のその後に
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※シュカ視点 祭りの夜、サンの家にお泊まりすることになったシュカのお話。
タッパだけじゃなく、ガタイもいい。初めてサンの介助をした今、一番最初に抱いた感想がそれだ。背が高いため細長い印象を受ける彼は、その屈強な筋肉を見落とされがちなのだろう。現にオレがそうだった。
「お祭り楽しかったねぇ」
「……ええ」
水月の彼氏全員とだが、一緒に風呂に入ったこともある。筋肉質なのは知っていたのに組んだ腕の太さに戦いてしまっている。
「ボクいつも行ってるスーパーここなんだ」
そう言ってサンはスマホを見せてきた。オレは開かれたマップアプリに従ってサン行きつけのスーパーに彼を連れて行った。
「買うのはパスタソースとお菓子だったね、案内よろしく~」
オレが普段行っているスーパーより商品がどれも高い。高級スーパーってヤツか。妬ましいって訳じゃ決してないけど、なんかモヤモヤする。
「……ちなみにお支払いは」
「ボクが持つから好きなの選んでいいよ」
「ありがとうございます。現金ですか? カードですか?」
「ん? カードだけど」
カードか、総額の読み上げをする機能なんてないはずだ、少なくともオレは知らない。カゴにこっそり入れれば盲目のサンはどんな商品が何個増えているか分からないし、カードならいくら払ったかも分からない……余分に買わせられるのでは?
「麺類関係はこの辺ですね」
「アンタ何人前か食べるんだよね? 何種類か選んでもいいよ~。ボクも色々食べたいし」
「ありがとうございます、ゆっくり選ばせてもらいますね」
……やるか? 何か買わせてみるか? 視覚障害を利用し金を使わせるなどという卑劣な罪に、せいぜい一食分の金を浮かせるために手を染めるのか? 出来そうだな、なんて思いつきで? それほど欲しい物でもないのに? バカバカしいな。
「ミートソース……パルメザンチーズってご自宅にあります?」
「あるある。開けてないのもあるから大丈夫だよ」
節約は可能な限りしたいし、九州に居た頃なら喧嘩相手の財布の中身を全て奪い取る程度のことはやってきたが、今のオレはもうそんなヤツじゃない。真っ当になるんだ。
「たらこ……和風もいいですね」
「美味しいよね~」
やるつもりはない、ただの思い付きだ。だがもし、もしもやったとして、バレたらどうなるだろう。サンから全員に伝わったら、あのコミュニティでのオレの居場所はなくなるのか? 無駄に正義感の強い霞染だとかには狭雲よりも嫌われるだろう、まぁアイツに嫌われようがどうでもいいけど……水月は、どう思うだろう。
「クリームソース、最近減ってません? チーズ風味の強いカルボナーラも嫌いじゃないんですけど、もっとクリーミーなのがいいんですよ私」
水月はオレが罪を犯したらどう思う? 何を感じる? その相手もまた自分の彼氏だったら、それも盲目なのを利用した卑劣な犯行だと分かったら、水月は……水月は、オレを蔑むだろうか。
「そうなの? ボク誰かが読み上げてくれないと分かんないから、こういうのの流行り廃りには疎いんだよね。好みのクリーム系のパスタソースがないならボクがソースから手作りしてあげてもいいけど、今夜は時間ないからまた次の機会だね」
水月に蔑まれるのは、嫌だな。ちょっと思い付いただけの、実行に移す気もない悪事のことを考えて憂鬱になるなんて、結構善良な優等生になれているんじゃないか?
「……随分尽くしてくれるんですね。分かっているとは思いますが、私は水月じゃありませんよ? 私に尽くして水月の評価が上がる訳でもない」
「ん~……? 変なこと気にするねぇ。確かにボクの大好きな人は水月だけど」
大好きな人、か。簡単に言ってのけるんだな、いくら本人相手じゃないからって……ひねくれたオレには真似出来ない正直さだ。
「水月が大好きだからこそ、水月が選んだ子はいい子だって確信してる。ぁ、ヒト兄貴は例外ね。水月から口説いた訳じゃないらしいし…………話戻すね、そう、いい子、きっといい子。ボクってば寂しがりだから、水月も兄貴も構ってくれないスキマ時間を埋めてくれる可愛い友達が欲しいんだ」
サンの手がオレの顔に触れる。自分の手よりも大きい手に触れられるのは苦手だ、こんな霞染みたいな女々しい苦手意識、他の誰にも悟られたくないから表には出さないようにしているけれど。
「ん……? なんかビクッてした?」
「……えっ? あ、あぁ、急に触れられたので、少し驚いただけですよ」
昔を思い出す。醜い大人に組み敷かれるしかなかった小学生の頃を。身体に染み込まされた苦痛を、快楽を。
「そ? ごめんね。えっと、それでさ、そう、友達が欲しくて……ハルちゃんとかは髪経由で仲良くなれたから、今度はご飯経由でアンタかなって。胃袋掴むってヤツだね」
「……そうですか」
「あとアンタ、尽くすとか言ってたけど、ボク的には大したことないことだからね? パスタ用のクリームなんてそんな手間かかるもんじゃないし」
「誰にでもやります?」
「水月か、その恋人ならね。あぁ、ヒト兄貴以外で」
先程から除外されてばかりの長兄がなんだか面白くて、思わず笑みが溢れた。
「ふっ……」
「お、笑った。やっと笑ったねぇ。そっかシュカくんはヒト兄貴弄りが好きかぁ~、ネタの方向性考えないとね」
「ネタって……」
「あ、もちろん嘘とか誇張じゃないよ。ヒトの方の兄貴のことは本気で嫌い! 水月の趣味は急に悪くなったと思ってるし、ヒト兄貴の食べる物なんて作りたくない。ヒト兄貴が味わうのは料理の腕前じゃなくて材料の金額だからね」
ヒト、か。何度か顔を合わせたが話したことはまだほとんどないな、話したいとも仲良くなりたいとも思わない。向こうもそうだろう、アイツはオレと同じだ。水月にしか興味がない。いや、秋風のことは気に入ったっけ? 水月と顔が似てるから。そこもオレと同じだ、秋風を他より気に入っていることもその理由も。
「ミートソース、カルボナーラ、たらこ、この三つでいいの?」
「はい」
「ボク、ボロネーゼ欲しいな~」
「これですね」
「入れといて。アンタは食べても食べなくてもどっちでもいいけど」
「食べたいです」
ボロネーゼは他のパスタソースより少し高い。つい普段の癖が出て選んでいなかっただけで、好みじゃないって訳じゃない。
「パスタソース決まり~。他に何か欲しいものある? お菓子買ったげるとか言ったけど、それ以外でもいいよ~」
悪事なんて企まなくてもサンに物を買わせるのは容易なようだ。今更他人に奢られることに躊躇なんてない、気後れもしない。自分の力で食事を調達出来ないくらい幼い頃、大人に媚びて食事を手に入れていたんだ。醜い男相手にそれが出来て、美人のサン相手に出来ない道理はない。
「私、お昼は学食じゃなくてお弁当なんです。あなたの家に泊まるならあなたの家でお弁当を作らないと」
「お弁当かぁ~。いいよ、作ったげる~」
「……えっ? あ、いえ、ありがとうございます」
「何にびっくりしたの?」
「一食分食費を浮かせようとしただけなのに、作る手間まで押し付けられるなんて……と言った感じです」
「あははっ、なるほど~。そっかそっか、学生は朝忙しいからお弁当一個作るのも結構負担なのかぁ」
「あぁ……あなたは画家でしたね、ほとんどの人間が慌ただしくしている朝も、あなたは優雅に過ごせてしまえる。少し羨ましいです」
「時間から解放されてるって最高だよ~。注文受けて描く訳じゃないから、納期とかの制限もないしね~。壁に描いてとかの依頼とか、個展とか開くとなれば話は別だけどさ。羨ましいならアンタもそういう仕事選びなよ。あ、てかアンタ将来の夢何~? 水月に聞いてもハーレム王とか日本初の同性重婚者とか言って真面目に答えてくんないんだよね~」
水月なら真面目に答えてそれの可能性もある。
「私の将来の夢、ですか」
いい大学に入って、偉い政治家になって、クソみたいな環境で育つしかないガキ共を救う法を……なんてのは、バカが見たバカげた夢だ。
「……飢えない程度に稼いで、仕事の鬱憤晴らせる気持ちいいセックスが出来れば、それで。つまらない返事で申し訳ないですね」
「ふぅん……?」
何故かオレを疑うような表情と声色だ。
「本心っぽく聞こえるけど、な~んか嘘っぽい……あぁごめんね、何となくそう思っちゃっただけだから~、気にしないで」
「……はい」
法律を作るとか変えるとか、そんなのオレの夢じゃない。でも食欲と性欲だけ満たせていればそれだけで満足かと言うと、まぁ不満はないだろうけど、完全な満足ではないと思う。オレにもよく分かっていないオレの機微を察するなんて、鋭い人だ。
「お弁当、何食べたい? 好きなのリクエストしてよ。あ、箱どうしよう」
「お弁当箱……スーパーには売ってませんよね。タッパーとかあります?」
「家に? あるよ」
「それ使ってください。今度洗って返します」
「ん。アンタ三人分食べるんだったよね、ほらほら早くおかず選んじゃってよ」
「おかず……えぇと、じゃあ」
自分では作らないだろう物、肉系の物を数種類挙げた。いくつか挙げればサンのレパートリーや彼の家にある調味料などと合致し作れる物もあるだろうと、一つ選んでもらうつもりだったのだが──
「OK! お肉売り場行かないとね。確か生姜かったと思うからそっちも買わなきゃ。野菜系はどうする? サラダもいるでしょ」
──サンはオレが挙げた全てをリクエストとして受け入れた。
「…………ポテサラ。芋大きめがいいです」
「芋おっきめのポテサラいいよね~分かる。塩は濃いめ?」
「あ、はい……私達好み似てます?」
「みたいだね」
明日の朝食と、弁当のための食材も購入。すっかりカゴの中が満たされている。
「お菓子見に行こっか」
「もう入りませんよ」
「お菓子くらい上に乗せときゃいいよ。ね、お菓子何がいい? スナック? スイーツ?」
「……せっかくですしスイーツで。売り場はこっち……ですね。何にしましょう」
「ボク、パイシュー食べたいな。ある?」
「ありますよ。パイシュー……パイ生地なんでしたっけ」
「サクサクするシュークリームだよ」
「美味しそうですね。私もこれにします」
「よーしレジ行こう。いいよね? もう買うものないよね」
「多分……」
「じゃ、行こ行こ」
「見えてないくせに引っ張らないでください。レジはこっちですよ」
危なっかしい人だ。その後、スーパーから彼の自宅に行くまでも何度か全く違った方向に引っ張られた。
「スーパーから家までの帰り道なんて覚えているものじゃないんですか?」
「匂いとか音とか気になるのあると行ってみたくなっちゃうんだよね~。一人の時は危ないからやめとくんだけど、アンタが居るからつい」
「やめてください。何かあっても私じゃあなたの面倒見られませんよ」
「でもアンタなんか安心感あるんだよね~。水月と居る時じゃこんなにふらふらは出来ないかも」
「……分かります」
水月は頼りない。タッパもガタイも申し分ないし、刃物を見ても躊躇なく他人を庇う度胸もある。なのに……いや、だからこそだ。水月の覚悟は極端だ、争いを怖がって避けたがるくせにいざとなれば腹を括る、恋人のために自他の命を粗末にする。だから、嫌だ、頼りたくない。
家に着いてすぐサンはパスタを茹で始めた。俺は彼の言葉に甘え、身体だけシャワーを浴びて汗を流した。
「さっぱりしました」
「おかえり~。服どう?」
取れなくなったのだろう絵の具汚れが着いたままのサンのジャージを借りている。当然、丈は余っている。
「着心地はいいですけど、丈が長過ぎますね。袖も裾も折ってますよ。このジャージ、裾にゴム入ってないんですね」
「ゴムで手首とか足首とかキュってされんの嫌だもん。じゃ、シュカくん。後はパスタソースかけるだけだから後は自分でやってね。一人前はこれくらいかなぁ……ま、その辺も感覚で」
「はい」
「あ、食べる前にボクの髪結んでくれる? ボクも汗流した~い」
「分かりました。シャワーなら少し上の方で結んだ方がいいですね。お風呂用のキャップはありますか? なければタオルを。頭の上でまとめてしまいますから」
「ありがと。前から思ってたけど面倒見いいよねぇアンタ」
床に引きずるほど長く、頭皮がほとんど見えないほど多い髪。長髪か密集かどちらかなら洗髪の後乾くのももう少し早かっただろう、水月の拘束時間も短かっただろう。
「おー、綺麗にまとまったね。小器用だね」
「小は余計です。ほら、さっさと入ってきてください」
「は~い」
サンを見送り、皿に小分けにしたパスタにそれぞれ違うパスタソースをかけて食べる。一口ずつ違う味が味わえるのは贅沢だ。
そういえばこの家には結構大きなテレビがあるな、見えないならラジオで十分だろうと考えるのはオレの視覚障害への理解が浅いからか? 確か水月は映画が好きだった、他の彼氏が各々好きなジャンルの話を振っても大抵盛り上がっていた、見ている数が並ではないのだろう。
「…………映画」
リモコンを弄り、番組表を見てみるも現在映画を放送中の局はない。配信サービスには加入していないみたいだから、映画は見られない。オレは電源ボタンを押し、静かな部屋でパスタを啜った。
「おまたせ~。さー食べよ食べよ」
「麺伸びてません?」
「ボクの分は早めに火止めておいたからちょうどよくなってるはず……ん~、ちょっと伸びてる? ま、いいや。ボロネーゼ~」
一皿のパスタを持ってサンはオレの向かいに座った。元の場所に戻しておいたリモコンに手を伸ばす素振りはない。
「……サン、あなたテレビ見るんですか? 随分大きいのありますけど」
「ん? あぁ、アレ兄貴のお下がり。ヒト兄貴映画好きでね、新しく良さそうなの出るとすぐ買うから一世代前のもらえんの」
「へぇ……」
「で、フタ兄貴がアレでテレビ見んの」
フタか。アイツは嫌いだ、訳の分からない理由で水月を殺そうとしたイカレ野郎。
「……彼、何見るんですか?」
以前、ヤツには負けかけた。不意打ちだったとか言い訳はしない、喧嘩とはそういうものだ。今度何かあった時のため少しでも情報を集めておきたい、水月を守るのはオレだ。でなければ喧嘩に明け暮れた日々に意味がなくなる、秋風に遅れを取ってなるものか。
「バラエティ」
「……なるほど」
バラエティなら天正が好きだったな、今度話を振ってみるか。
「ローション相撲が一番好きらしいよ」
「は……? え、何それ……私が知ってるジャンル、漫才とコントくらいなんですけど」
それも少し前天正に聞いただけで、見分けは付けられないが。
「ボクもよく知らな~い。ラジオ派だし」
「何聞くんですか?」
「落語。流し聞きでニュースとか。シュカくんはどうなの? 聞いてばっかじゃなくて教えてよ~。テレビとかラジオの趣味」
「……見ないし聞かないんですよね、すみませんつまらなくて」
「あー最近の子は動画?」
「それもあまり……ぁ、でも、バイク系の動画はたまに。メンテナンスとかしないとなので」
「あぁ聞いたよ~、水月にバイク買ってもらったんだって? 高校生のくせに高い買い物しちゃって、水月って結構貢ぎ体質なのかなぁ」
十何人も居て貢ぎ癖があったら水月は破産するな。
「立て替えですよ、少しずつ返す予定です」
「ふーん……あ、確かねぇ、ナナくんがバイク詳しいよ。色々聞いてみな」
「そうなんですか。ありがとうございます」
見た目通りだな。歌見は面倒見がいいし色々教えてくれそうだ、今度相談してみるか。
「レイちゃんも結構なバイク好きだけど、バイクのお世話は興味ないみたい。造形とスピードが好きって感じだったかな」
「……私の方が付き合い長いはずなのに、私より詳しいんですね」
「あははっ、だってシュカちゃん水月にぞっこんだもん。他の子とそんなに仲深めてないでしょ」
「ぞっ……! そ、そんなんじゃありませんよ!」
「えーだってシュカちゃん水月のこと大好きでしょ?」
「そんなことありません!」
「じゃあなんで付き合ってんの?」
「それは……水月が、イイモノ持ってるからってだけで」
「あははっ、じゃあボクでもよくない? ボクも結構おっきいよ、身長に合わせて。この後ボクとヤらない?」
「サイズだけじゃないんです! 水月のは反りとか出っ張り具合とかも特別でっ」
「ヤんないの?」
「ヤりませんよ。そういうつもりで着いてきた訳じゃありませんし」
「ペッティングも?」
「しません」
歳上に責められるのは嫌いだ。紅葉の別荘に行った時だったか、サンに押さえ付けられて穴をほじくり回された。ああいうのは嫌いだ、二度とごめんだ、それも二人きりなんて。
「身持ちが固~い。ちゃんと認めなよ、水月にぞっこんって」
「……図りましたね?」
「ふふ、何が?」
「私とヤりたくて誘ってた訳じゃないでしょう」
「あははっ! アンタ、他の子……クラスメイトの子達? と居る時さ、自分が一番大人です~みたいな顔してるじゃん?」
見えていないくせに、触ってもいないくせに、表情なんて分かる訳ない。
「そのくせ気付くの遅いよ」
「…………」
「大声でちんちん語りなんてさぁ? ふふふっ……面白かったなぁ~」
「……人をからかって楽しいですか」
「楽しい! 一番楽しいね」
「はぁ……いい性格してますね」
「別に意地悪でやってるんじゃないよ? 知りたいだけ。ボクってば素直な男だからさ、水月にいつもだーいすきって伝えてる。大好きでぞっこんで付き合ってるくせに違うって叫んだり、シモの話に逃げたりする気持ち分かんないから、もっと教えてもらいたいな~って思ってるだけ」
愉しそうに歪む白い瞳。光を捉えないはずのその目が、オレの全てを見透かすように感じて、顔を伏せる。
「からかって、怒らせて、傷付けて、それでもほじくり回してさ? そうするのが一番その人の本音が知れる。余裕を失くさせれば嘘や演技が剥がれてく。不快な思いさせてごめんね、アンタのこと結構気に入ってるからついつい知りたくなっちゃって」
「……嫌いな人間には、むしろそういうことはしないって訳ですか」
「あぁ、ヒト兄貴には嫌がらせでからかいはするけど。興味ないものや嫌いなもののこと知りたがるヤツは居ないよ、好きだから知りたいんだ」
「水月にもやってるんですか? 水月を、故意に傷付けたことがあるんですか」
「……怒ってる? ホント、愛されてるねぇ~水月は。安心してよぉ、たまにからかいはするけど水月が嫌がることはしてない……はず。男の演技引っ剥がすならセックスのが手っ取り早いしね。興奮しちゃったらもう本音しか出ないでしょ? ま、その分感情はほぼ一種類だけになっちゃうけど」
水月とのセックスを思い出し、彼からぶつけられる感情を思い出し、自分の二の腕を強く掴んだ。身体が、熱い。
「水月の芯、水月の過去……本性、本音。それを引き出すには多分セイカくんのネタでつつくのが確実。虐められてたってアレね。あの美貌で増長せず尽くす系になっちゃってるのは、最初は仲良かったのに急に嫌われて虐められたって話がキモになると思うんだ。もう好きな子に嫌われたくない、虐められたくない、だから必死に尽くす、機嫌を取る」
「…………」
「痛々しいよねぇ。だからボクもそこは触れない。水月を傷付けたくないから触らないんじゃなくて、水月のこと大好きだから触れない。きっと見てらんないものになるって分かるから、さ」
「……そうですか。水月に何もしないなら、それでいいです」
「水月のこと、好き?」
「はぁ……」
深いため息が漏れる。パスタを巻いたフォークを置き、彼には意味がないと分かっていながらサンを睨み付ける。
「………………大切な、人ですよ。多分人生で一番」
「……そ」
サンは満足気に微笑んでいる。
「…………私がこんなこと言ったなんて、誰にも言わないでくださいよ。特に水月には」
「分かってるって。今の、水月はボクからじゃなくてシュカくんの口から聞きたいはずだからね」
「でしょうね……分かってるんですよ、言えば喜ぶって。でも……そんなにポンポン言えない、あなたや木芽さんはなんで言えるんですか、思いが軽いんじゃないですか? だから言えるんじゃ……」
「てめぇの口が重いだけなのを八つ当たりしてんじゃねぇよ」
「…………」
「……言えるタイプと言えないタイプ、何が違うのかボクにはまだよく分からない。分かるのは、どっちのタイプだって水月は好きってことだけだよ。素直な子も可愛いし、素直になれない子も可愛い、水月ならそう言う」
「…………ええ。水月なら、そう言います」
酷い態度を取っても、素直になれないと駄々を捏ねても、それらを謝っても、どうにかこうにか本音を言えても、水月は全て愛でてくれる。
「………………水月」
会いたい。集団での遊びじゃなくて、赤の他人が山ほど居る場所へのデートじゃ嫌、二人きりになりたい。
「…………はぁ」
明日は学校。会えるのは会えるけど二人きりにはなれない、セックス出来たってフラストレーションは溜まりっぱなし。素直になれないオレが一方的に悪いばかりのこのぐしゃぐしゃした感情、どうすればいいんだろう。
タッパだけじゃなく、ガタイもいい。初めてサンの介助をした今、一番最初に抱いた感想がそれだ。背が高いため細長い印象を受ける彼は、その屈強な筋肉を見落とされがちなのだろう。現にオレがそうだった。
「お祭り楽しかったねぇ」
「……ええ」
水月の彼氏全員とだが、一緒に風呂に入ったこともある。筋肉質なのは知っていたのに組んだ腕の太さに戦いてしまっている。
「ボクいつも行ってるスーパーここなんだ」
そう言ってサンはスマホを見せてきた。オレは開かれたマップアプリに従ってサン行きつけのスーパーに彼を連れて行った。
「買うのはパスタソースとお菓子だったね、案内よろしく~」
オレが普段行っているスーパーより商品がどれも高い。高級スーパーってヤツか。妬ましいって訳じゃ決してないけど、なんかモヤモヤする。
「……ちなみにお支払いは」
「ボクが持つから好きなの選んでいいよ」
「ありがとうございます。現金ですか? カードですか?」
「ん? カードだけど」
カードか、総額の読み上げをする機能なんてないはずだ、少なくともオレは知らない。カゴにこっそり入れれば盲目のサンはどんな商品が何個増えているか分からないし、カードならいくら払ったかも分からない……余分に買わせられるのでは?
「麺類関係はこの辺ですね」
「アンタ何人前か食べるんだよね? 何種類か選んでもいいよ~。ボクも色々食べたいし」
「ありがとうございます、ゆっくり選ばせてもらいますね」
……やるか? 何か買わせてみるか? 視覚障害を利用し金を使わせるなどという卑劣な罪に、せいぜい一食分の金を浮かせるために手を染めるのか? 出来そうだな、なんて思いつきで? それほど欲しい物でもないのに? バカバカしいな。
「ミートソース……パルメザンチーズってご自宅にあります?」
「あるある。開けてないのもあるから大丈夫だよ」
節約は可能な限りしたいし、九州に居た頃なら喧嘩相手の財布の中身を全て奪い取る程度のことはやってきたが、今のオレはもうそんなヤツじゃない。真っ当になるんだ。
「たらこ……和風もいいですね」
「美味しいよね~」
やるつもりはない、ただの思い付きだ。だがもし、もしもやったとして、バレたらどうなるだろう。サンから全員に伝わったら、あのコミュニティでのオレの居場所はなくなるのか? 無駄に正義感の強い霞染だとかには狭雲よりも嫌われるだろう、まぁアイツに嫌われようがどうでもいいけど……水月は、どう思うだろう。
「クリームソース、最近減ってません? チーズ風味の強いカルボナーラも嫌いじゃないんですけど、もっとクリーミーなのがいいんですよ私」
水月はオレが罪を犯したらどう思う? 何を感じる? その相手もまた自分の彼氏だったら、それも盲目なのを利用した卑劣な犯行だと分かったら、水月は……水月は、オレを蔑むだろうか。
「そうなの? ボク誰かが読み上げてくれないと分かんないから、こういうのの流行り廃りには疎いんだよね。好みのクリーム系のパスタソースがないならボクがソースから手作りしてあげてもいいけど、今夜は時間ないからまた次の機会だね」
水月に蔑まれるのは、嫌だな。ちょっと思い付いただけの、実行に移す気もない悪事のことを考えて憂鬱になるなんて、結構善良な優等生になれているんじゃないか?
「……随分尽くしてくれるんですね。分かっているとは思いますが、私は水月じゃありませんよ? 私に尽くして水月の評価が上がる訳でもない」
「ん~……? 変なこと気にするねぇ。確かにボクの大好きな人は水月だけど」
大好きな人、か。簡単に言ってのけるんだな、いくら本人相手じゃないからって……ひねくれたオレには真似出来ない正直さだ。
「水月が大好きだからこそ、水月が選んだ子はいい子だって確信してる。ぁ、ヒト兄貴は例外ね。水月から口説いた訳じゃないらしいし…………話戻すね、そう、いい子、きっといい子。ボクってば寂しがりだから、水月も兄貴も構ってくれないスキマ時間を埋めてくれる可愛い友達が欲しいんだ」
サンの手がオレの顔に触れる。自分の手よりも大きい手に触れられるのは苦手だ、こんな霞染みたいな女々しい苦手意識、他の誰にも悟られたくないから表には出さないようにしているけれど。
「ん……? なんかビクッてした?」
「……えっ? あ、あぁ、急に触れられたので、少し驚いただけですよ」
昔を思い出す。醜い大人に組み敷かれるしかなかった小学生の頃を。身体に染み込まされた苦痛を、快楽を。
「そ? ごめんね。えっと、それでさ、そう、友達が欲しくて……ハルちゃんとかは髪経由で仲良くなれたから、今度はご飯経由でアンタかなって。胃袋掴むってヤツだね」
「……そうですか」
「あとアンタ、尽くすとか言ってたけど、ボク的には大したことないことだからね? パスタ用のクリームなんてそんな手間かかるもんじゃないし」
「誰にでもやります?」
「水月か、その恋人ならね。あぁ、ヒト兄貴以外で」
先程から除外されてばかりの長兄がなんだか面白くて、思わず笑みが溢れた。
「ふっ……」
「お、笑った。やっと笑ったねぇ。そっかシュカくんはヒト兄貴弄りが好きかぁ~、ネタの方向性考えないとね」
「ネタって……」
「あ、もちろん嘘とか誇張じゃないよ。ヒトの方の兄貴のことは本気で嫌い! 水月の趣味は急に悪くなったと思ってるし、ヒト兄貴の食べる物なんて作りたくない。ヒト兄貴が味わうのは料理の腕前じゃなくて材料の金額だからね」
ヒト、か。何度か顔を合わせたが話したことはまだほとんどないな、話したいとも仲良くなりたいとも思わない。向こうもそうだろう、アイツはオレと同じだ。水月にしか興味がない。いや、秋風のことは気に入ったっけ? 水月と顔が似てるから。そこもオレと同じだ、秋風を他より気に入っていることもその理由も。
「ミートソース、カルボナーラ、たらこ、この三つでいいの?」
「はい」
「ボク、ボロネーゼ欲しいな~」
「これですね」
「入れといて。アンタは食べても食べなくてもどっちでもいいけど」
「食べたいです」
ボロネーゼは他のパスタソースより少し高い。つい普段の癖が出て選んでいなかっただけで、好みじゃないって訳じゃない。
「パスタソース決まり~。他に何か欲しいものある? お菓子買ったげるとか言ったけど、それ以外でもいいよ~」
悪事なんて企まなくてもサンに物を買わせるのは容易なようだ。今更他人に奢られることに躊躇なんてない、気後れもしない。自分の力で食事を調達出来ないくらい幼い頃、大人に媚びて食事を手に入れていたんだ。醜い男相手にそれが出来て、美人のサン相手に出来ない道理はない。
「私、お昼は学食じゃなくてお弁当なんです。あなたの家に泊まるならあなたの家でお弁当を作らないと」
「お弁当かぁ~。いいよ、作ったげる~」
「……えっ? あ、いえ、ありがとうございます」
「何にびっくりしたの?」
「一食分食費を浮かせようとしただけなのに、作る手間まで押し付けられるなんて……と言った感じです」
「あははっ、なるほど~。そっかそっか、学生は朝忙しいからお弁当一個作るのも結構負担なのかぁ」
「あぁ……あなたは画家でしたね、ほとんどの人間が慌ただしくしている朝も、あなたは優雅に過ごせてしまえる。少し羨ましいです」
「時間から解放されてるって最高だよ~。注文受けて描く訳じゃないから、納期とかの制限もないしね~。壁に描いてとかの依頼とか、個展とか開くとなれば話は別だけどさ。羨ましいならアンタもそういう仕事選びなよ。あ、てかアンタ将来の夢何~? 水月に聞いてもハーレム王とか日本初の同性重婚者とか言って真面目に答えてくんないんだよね~」
水月なら真面目に答えてそれの可能性もある。
「私の将来の夢、ですか」
いい大学に入って、偉い政治家になって、クソみたいな環境で育つしかないガキ共を救う法を……なんてのは、バカが見たバカげた夢だ。
「……飢えない程度に稼いで、仕事の鬱憤晴らせる気持ちいいセックスが出来れば、それで。つまらない返事で申し訳ないですね」
「ふぅん……?」
何故かオレを疑うような表情と声色だ。
「本心っぽく聞こえるけど、な~んか嘘っぽい……あぁごめんね、何となくそう思っちゃっただけだから~、気にしないで」
「……はい」
法律を作るとか変えるとか、そんなのオレの夢じゃない。でも食欲と性欲だけ満たせていればそれだけで満足かと言うと、まぁ不満はないだろうけど、完全な満足ではないと思う。オレにもよく分かっていないオレの機微を察するなんて、鋭い人だ。
「お弁当、何食べたい? 好きなのリクエストしてよ。あ、箱どうしよう」
「お弁当箱……スーパーには売ってませんよね。タッパーとかあります?」
「家に? あるよ」
「それ使ってください。今度洗って返します」
「ん。アンタ三人分食べるんだったよね、ほらほら早くおかず選んじゃってよ」
「おかず……えぇと、じゃあ」
自分では作らないだろう物、肉系の物を数種類挙げた。いくつか挙げればサンのレパートリーや彼の家にある調味料などと合致し作れる物もあるだろうと、一つ選んでもらうつもりだったのだが──
「OK! お肉売り場行かないとね。確か生姜かったと思うからそっちも買わなきゃ。野菜系はどうする? サラダもいるでしょ」
──サンはオレが挙げた全てをリクエストとして受け入れた。
「…………ポテサラ。芋大きめがいいです」
「芋おっきめのポテサラいいよね~分かる。塩は濃いめ?」
「あ、はい……私達好み似てます?」
「みたいだね」
明日の朝食と、弁当のための食材も購入。すっかりカゴの中が満たされている。
「お菓子見に行こっか」
「もう入りませんよ」
「お菓子くらい上に乗せときゃいいよ。ね、お菓子何がいい? スナック? スイーツ?」
「……せっかくですしスイーツで。売り場はこっち……ですね。何にしましょう」
「ボク、パイシュー食べたいな。ある?」
「ありますよ。パイシュー……パイ生地なんでしたっけ」
「サクサクするシュークリームだよ」
「美味しそうですね。私もこれにします」
「よーしレジ行こう。いいよね? もう買うものないよね」
「多分……」
「じゃ、行こ行こ」
「見えてないくせに引っ張らないでください。レジはこっちですよ」
危なっかしい人だ。その後、スーパーから彼の自宅に行くまでも何度か全く違った方向に引っ張られた。
「スーパーから家までの帰り道なんて覚えているものじゃないんですか?」
「匂いとか音とか気になるのあると行ってみたくなっちゃうんだよね~。一人の時は危ないからやめとくんだけど、アンタが居るからつい」
「やめてください。何かあっても私じゃあなたの面倒見られませんよ」
「でもアンタなんか安心感あるんだよね~。水月と居る時じゃこんなにふらふらは出来ないかも」
「……分かります」
水月は頼りない。タッパもガタイも申し分ないし、刃物を見ても躊躇なく他人を庇う度胸もある。なのに……いや、だからこそだ。水月の覚悟は極端だ、争いを怖がって避けたがるくせにいざとなれば腹を括る、恋人のために自他の命を粗末にする。だから、嫌だ、頼りたくない。
家に着いてすぐサンはパスタを茹で始めた。俺は彼の言葉に甘え、身体だけシャワーを浴びて汗を流した。
「さっぱりしました」
「おかえり~。服どう?」
取れなくなったのだろう絵の具汚れが着いたままのサンのジャージを借りている。当然、丈は余っている。
「着心地はいいですけど、丈が長過ぎますね。袖も裾も折ってますよ。このジャージ、裾にゴム入ってないんですね」
「ゴムで手首とか足首とかキュってされんの嫌だもん。じゃ、シュカくん。後はパスタソースかけるだけだから後は自分でやってね。一人前はこれくらいかなぁ……ま、その辺も感覚で」
「はい」
「あ、食べる前にボクの髪結んでくれる? ボクも汗流した~い」
「分かりました。シャワーなら少し上の方で結んだ方がいいですね。お風呂用のキャップはありますか? なければタオルを。頭の上でまとめてしまいますから」
「ありがと。前から思ってたけど面倒見いいよねぇアンタ」
床に引きずるほど長く、頭皮がほとんど見えないほど多い髪。長髪か密集かどちらかなら洗髪の後乾くのももう少し早かっただろう、水月の拘束時間も短かっただろう。
「おー、綺麗にまとまったね。小器用だね」
「小は余計です。ほら、さっさと入ってきてください」
「は~い」
サンを見送り、皿に小分けにしたパスタにそれぞれ違うパスタソースをかけて食べる。一口ずつ違う味が味わえるのは贅沢だ。
そういえばこの家には結構大きなテレビがあるな、見えないならラジオで十分だろうと考えるのはオレの視覚障害への理解が浅いからか? 確か水月は映画が好きだった、他の彼氏が各々好きなジャンルの話を振っても大抵盛り上がっていた、見ている数が並ではないのだろう。
「…………映画」
リモコンを弄り、番組表を見てみるも現在映画を放送中の局はない。配信サービスには加入していないみたいだから、映画は見られない。オレは電源ボタンを押し、静かな部屋でパスタを啜った。
「おまたせ~。さー食べよ食べよ」
「麺伸びてません?」
「ボクの分は早めに火止めておいたからちょうどよくなってるはず……ん~、ちょっと伸びてる? ま、いいや。ボロネーゼ~」
一皿のパスタを持ってサンはオレの向かいに座った。元の場所に戻しておいたリモコンに手を伸ばす素振りはない。
「……サン、あなたテレビ見るんですか? 随分大きいのありますけど」
「ん? あぁ、アレ兄貴のお下がり。ヒト兄貴映画好きでね、新しく良さそうなの出るとすぐ買うから一世代前のもらえんの」
「へぇ……」
「で、フタ兄貴がアレでテレビ見んの」
フタか。アイツは嫌いだ、訳の分からない理由で水月を殺そうとしたイカレ野郎。
「……彼、何見るんですか?」
以前、ヤツには負けかけた。不意打ちだったとか言い訳はしない、喧嘩とはそういうものだ。今度何かあった時のため少しでも情報を集めておきたい、水月を守るのはオレだ。でなければ喧嘩に明け暮れた日々に意味がなくなる、秋風に遅れを取ってなるものか。
「バラエティ」
「……なるほど」
バラエティなら天正が好きだったな、今度話を振ってみるか。
「ローション相撲が一番好きらしいよ」
「は……? え、何それ……私が知ってるジャンル、漫才とコントくらいなんですけど」
それも少し前天正に聞いただけで、見分けは付けられないが。
「ボクもよく知らな~い。ラジオ派だし」
「何聞くんですか?」
「落語。流し聞きでニュースとか。シュカくんはどうなの? 聞いてばっかじゃなくて教えてよ~。テレビとかラジオの趣味」
「……見ないし聞かないんですよね、すみませんつまらなくて」
「あー最近の子は動画?」
「それもあまり……ぁ、でも、バイク系の動画はたまに。メンテナンスとかしないとなので」
「あぁ聞いたよ~、水月にバイク買ってもらったんだって? 高校生のくせに高い買い物しちゃって、水月って結構貢ぎ体質なのかなぁ」
十何人も居て貢ぎ癖があったら水月は破産するな。
「立て替えですよ、少しずつ返す予定です」
「ふーん……あ、確かねぇ、ナナくんがバイク詳しいよ。色々聞いてみな」
「そうなんですか。ありがとうございます」
見た目通りだな。歌見は面倒見がいいし色々教えてくれそうだ、今度相談してみるか。
「レイちゃんも結構なバイク好きだけど、バイクのお世話は興味ないみたい。造形とスピードが好きって感じだったかな」
「……私の方が付き合い長いはずなのに、私より詳しいんですね」
「あははっ、だってシュカちゃん水月にぞっこんだもん。他の子とそんなに仲深めてないでしょ」
「ぞっ……! そ、そんなんじゃありませんよ!」
「えーだってシュカちゃん水月のこと大好きでしょ?」
「そんなことありません!」
「じゃあなんで付き合ってんの?」
「それは……水月が、イイモノ持ってるからってだけで」
「あははっ、じゃあボクでもよくない? ボクも結構おっきいよ、身長に合わせて。この後ボクとヤらない?」
「サイズだけじゃないんです! 水月のは反りとか出っ張り具合とかも特別でっ」
「ヤんないの?」
「ヤりませんよ。そういうつもりで着いてきた訳じゃありませんし」
「ペッティングも?」
「しません」
歳上に責められるのは嫌いだ。紅葉の別荘に行った時だったか、サンに押さえ付けられて穴をほじくり回された。ああいうのは嫌いだ、二度とごめんだ、それも二人きりなんて。
「身持ちが固~い。ちゃんと認めなよ、水月にぞっこんって」
「……図りましたね?」
「ふふ、何が?」
「私とヤりたくて誘ってた訳じゃないでしょう」
「あははっ! アンタ、他の子……クラスメイトの子達? と居る時さ、自分が一番大人です~みたいな顔してるじゃん?」
見えていないくせに、触ってもいないくせに、表情なんて分かる訳ない。
「そのくせ気付くの遅いよ」
「…………」
「大声でちんちん語りなんてさぁ? ふふふっ……面白かったなぁ~」
「……人をからかって楽しいですか」
「楽しい! 一番楽しいね」
「はぁ……いい性格してますね」
「別に意地悪でやってるんじゃないよ? 知りたいだけ。ボクってば素直な男だからさ、水月にいつもだーいすきって伝えてる。大好きでぞっこんで付き合ってるくせに違うって叫んだり、シモの話に逃げたりする気持ち分かんないから、もっと教えてもらいたいな~って思ってるだけ」
愉しそうに歪む白い瞳。光を捉えないはずのその目が、オレの全てを見透かすように感じて、顔を伏せる。
「からかって、怒らせて、傷付けて、それでもほじくり回してさ? そうするのが一番その人の本音が知れる。余裕を失くさせれば嘘や演技が剥がれてく。不快な思いさせてごめんね、アンタのこと結構気に入ってるからついつい知りたくなっちゃって」
「……嫌いな人間には、むしろそういうことはしないって訳ですか」
「あぁ、ヒト兄貴には嫌がらせでからかいはするけど。興味ないものや嫌いなもののこと知りたがるヤツは居ないよ、好きだから知りたいんだ」
「水月にもやってるんですか? 水月を、故意に傷付けたことがあるんですか」
「……怒ってる? ホント、愛されてるねぇ~水月は。安心してよぉ、たまにからかいはするけど水月が嫌がることはしてない……はず。男の演技引っ剥がすならセックスのが手っ取り早いしね。興奮しちゃったらもう本音しか出ないでしょ? ま、その分感情はほぼ一種類だけになっちゃうけど」
水月とのセックスを思い出し、彼からぶつけられる感情を思い出し、自分の二の腕を強く掴んだ。身体が、熱い。
「水月の芯、水月の過去……本性、本音。それを引き出すには多分セイカくんのネタでつつくのが確実。虐められてたってアレね。あの美貌で増長せず尽くす系になっちゃってるのは、最初は仲良かったのに急に嫌われて虐められたって話がキモになると思うんだ。もう好きな子に嫌われたくない、虐められたくない、だから必死に尽くす、機嫌を取る」
「…………」
「痛々しいよねぇ。だからボクもそこは触れない。水月を傷付けたくないから触らないんじゃなくて、水月のこと大好きだから触れない。きっと見てらんないものになるって分かるから、さ」
「……そうですか。水月に何もしないなら、それでいいです」
「水月のこと、好き?」
「はぁ……」
深いため息が漏れる。パスタを巻いたフォークを置き、彼には意味がないと分かっていながらサンを睨み付ける。
「………………大切な、人ですよ。多分人生で一番」
「……そ」
サンは満足気に微笑んでいる。
「…………私がこんなこと言ったなんて、誰にも言わないでくださいよ。特に水月には」
「分かってるって。今の、水月はボクからじゃなくてシュカくんの口から聞きたいはずだからね」
「でしょうね……分かってるんですよ、言えば喜ぶって。でも……そんなにポンポン言えない、あなたや木芽さんはなんで言えるんですか、思いが軽いんじゃないですか? だから言えるんじゃ……」
「てめぇの口が重いだけなのを八つ当たりしてんじゃねぇよ」
「…………」
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「…………ええ。水月なら、そう言います」
酷い態度を取っても、素直になれないと駄々を捏ねても、それらを謝っても、どうにかこうにか本音を言えても、水月は全て愛でてくれる。
「………………水月」
会いたい。集団での遊びじゃなくて、赤の他人が山ほど居る場所へのデートじゃ嫌、二人きりになりたい。
「…………はぁ」
明日は学校。会えるのは会えるけど二人きりにはなれない、セックス出来たってフラストレーションは溜まりっぱなし。素直になれないオレが一方的に悪いばかりのこのぐしゃぐしゃした感情、どうすればいいんだろう。
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