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おまけ

番外編 大好きだったセンパイ

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 前書き
※本編の約一年前、木芽レイと元カレのお話。レイ視点。280話「嘘ついたら針千本じゃ許さない」読了後の閲覧を推奨します。本編と直接の関わりはないため、読まなくても問題はありません。



マンションを買った。立地が悪く事故物件だったのもあって格安だったのが決め手だ。僕はイラストレーターで世のサラリーマンのように出勤が必要ないため、駅が遠いのは苦にならなかった。

「…………寂しい」

高校生の頃からだったろうか、僕は男相手に売春をしてきた。家出をして泊まるところと金が欲しかったのが動機だったが、歳上の男に「可愛い」とチヤホヤされ、性技を上達させれば都度褒められ、荒い呼吸や勃起で僕を求める気持ちが本物であることが証明される売春には、父に出来損ないとして扱われてきた僕にとって麻薬に近い依存性があった。
もちろんタチの悪い客にも引っかかったし、警察に補導されかけたこともあった。その度に県を変え、年齢を誤魔化し、何年も高校生を続けた。退学の手続きすらせず家出と同時に通わなくなった高校の制服に毎夜腕を通した。

「うーん……」

イラストレーターとしてそれなりに成功し、穴が空いた制服を捨て、売春は辞めた。そうすると人肌恋しさが眠れないほどに膨らんでいった。しかしマンションを買って定住を決めた以上、犯罪まがいの行為は出来ない。なので後腐れがなさそうなマッチングアプリを使って一晩の相手を探していた。

「……いい相手見つかんない」

何度か名前も知らない男と身体を重ねてみたものの、不定期に襲ってくる寂しさの解消しか出来なかった。どいつもこいつも短小で下手くそだった。



寂しさは誤魔化せるものの性欲の解消は大して出来ず、どこか物足りない日々を送っていた。そんな時だった、彼に出会ったのは。
乙女ゲームの背景を描くための資料を撮りに行った神社で彼はデッサンをしていた。鉛筆を持つ手は大きく、ゴツゴツとした太い指が繊細な動きを見せるのにムラッとして、全体的に整ったルックスをしていたのもあって声をかけた。

「こんにちは! 本殿を描いてるの?」

自分よりもかなり背が高く、体格もよかったが、学生服を着ていたので歳下だと判断して敬語を取っ払った。

「…………誰だ」

「木芽 麗、イラストレーターだよ。絵を描く資料として写真を撮りに来たんだけど……君はその場で描くんだね」

「……俺のはただの趣味だ」

「ふーん……高校生? 学校は?」

自分が学生時代に言われて一番嫌だったセリフを口にしてしまったことに気付き、後悔した。

「…………気が向いたら行く」

彼は寡黙で表情も硬く、気分を害したかどうか分からなかった。

「そう……もしよかったらなんだけど、絵ちょっと教えようか? それ、デッサン狂っちゃってるから……見てると気になって」

「……頼む」

その日は夕方まで彼の隣で過ごした。見た目に反して彼はとても素直で、数時間で彼の絵は随分上達し、別れ際には礼を言ってくれた。家に帰る途中、朝から感じていた寂しさが消えていたことに気付き、また彼に会いたくなった。
数日神社に通ったが彼は現れず、近所の高校を回って彼が着ていた制服と同じ制服を着ている学生が通っている学校を見つけた。

「気が向いたらとか言ってたしな……」

登校時間と下校時間に合わせて学校の前で一週間ほど粘ったが、彼は現れなかった。
また寂しさに襲われて繁華街を歩いていると人だかりが出来ていて、気になって近寄ってみると喧嘩のようだった。大人のチンピラ数人と学生一人だったが、学生の圧勝だった。その学生が彼だった。

「あっ……ひ、久しぶり!」

無傷で勝ちを納めた彼にすぐ声をかけた、彼は僕の名前を覚えてはいなかった。けれど──

「……あぁ、絵のせんせ」

──僕との思い出はちゃんと持っていてくれて、僕を見てふっと笑ってくれた。その時僕は自分の恋心を自覚した。七歳も歳下の子供に恋をしたのだ。
僕はそれから彼を尾行するようになり、彼の名前と住所と彼がこの辺りで有名な不良グループのボスであることを知った。

「女の子はべらせてそう……望み薄かなぁ」

彼に抱かれてみたかった。けれど女にモテそうな彼が僕なんかの誘いに乗ってくれるとは思えず、物陰から見つめるだけで満足していた。そんなある日、彼が喧嘩相手の不良を一人さらって廃墟に連れ込んで強姦し、手下に輪姦までさせている光景を見てしまった。



僕はその光景を撮影し、後日一人でいる彼を問い詰めた。

「…………自首でも勧めに来たのか? 喧嘩を売ってきたのは向こうだし、女に似たようなことをしている連中だぞ。目を瞑れ。半端な正義感は身を滅ぼすぞ? せんせ」

「違う! ちゃんと最後まで聞いて。あのね、くーちゃん……君は、その……ゲイ、なのかな? それとも強姦は相手のプライドを砕くためとかで、君の性的嗜好とは関係ない……?」

「……喧嘩相手に好みのが居たからヤった、具合が悪かったから他人にやった。それだけだ、それが何だ?」

「僕、も……男が好きで、その……もし、よかったら……」

写真を見せてからずっと眉をひそめていた彼はこの時ようやく僕の意図を察し、意地悪く口角を上げた。

「…………そいつが羨ましくて撮ったのか? いい趣味だな」

「僕、も……抱いてくれる?」

「……今のアンタじゃ勃たない。髪を金に染めてピアスをつけてこい、そうしたら抱いてやる」

散髪をサボって後ろでまとめていた当時の僕の髪は黒く、ピアスなんて興味もなかった。僕はすぐに髪を染めて耳に計四つの穴を空け、彼に抱かれた。



結果は最高だった。彼はテクニシャンな上に巨根で、未開発だった結腸まで性感帯に変えてしまった。

「すご、かった……形州くん、これからも時々……お願いしたいな」

「…………アンタ歳上だよな?」

「そ、それが何? 歳上……嫌い?」

「……歳下の方が好きだ。まぁ、童顔だし……小さいし、別にいいが……もう少し歳下っぽくならないか?」

彼との初セックスの直後にそう言われた僕は悩んだ末、後輩キャラを演じるという結論を出した。

「今日はどうだったっすか? センパイ」

「…………何が? 抱き心地は前と同じでよかったぞ」

「え? あ……話し方とか、呼び方とか、一人称とか……色々変えてみたんすけど」

「……前と違ったか? なら今のがいい」

後輩キャラを作る前の話し方を忘れられていたのはショックだったけれど、それだけ好みから外れていたのだと納得した。

「……ボディピアスに興味はないか?」

乳首にピアスを空けると胸を開発され、臍にピアスを空けると腹を撫でられるだけで絶頂するように躾けられた。ピアスを増やすごとに彼の気持ちが僕に向くのが分かって嬉しかった。

「センパイ、そろそろキスして欲しいんすけど……」

付き合い始めてから一ヶ月、何度も身体を重ねているのに唇は重ならないことに不満を覚えた。

「……舌ピアスをつけてこい」

僕はすぐに舌に穴を空け、次のセックスからはキスハメが基本になって満足した。



僕はとても欲深い人間だ。
初めは彼の隣に座っているだけで、話しているだけで寂しさが消えた。物陰から見つめるだけで満足していた。なのに次第にセックスしても満足とまではいかなくなっていった。

「センパイ、たまにはデートとかして欲しいっす」

会ってセックスするだけではまるでセフレのようだと不満を覚えた僕は、雑誌に影響されてデートをねだった。

「……何故?」

「え? なぜって、なんすか……セックスばっかじゃ嫌っすよ。一緒にご飯とか行きたいっす。あ、遊園地とかいいっすね! お金は俺が出すんで今度の日曜連れてって欲しいっす!」

「…………遊園地? 嫌だ、面倒臭い」

「そんなぁ……もっと恋人っぽいことしたいっす」

「……俺達は恋人じゃないだろ?」

僕はとても欲深くて、何よりも愚かな人間だ。父が僕を出来損ないと罵った理由も今なら分かる気がする。
僕は彼に告白したつもりでいたけれど、思えば「付き合って」も「恋人になって」も言ってない。ただ「男がイケるなら抱いて」とねだっただけ、これじゃまるで俺から「セフレになりましょう」と誘ったみたいじゃないか。



また寂しさに付きまとわれるようになった。自分が彼にとってただのセフレだと思い知ってから、彼に抱かれていても自分の惨めさに耐え切れなくなって泣き出してしまうようになった。

「……レイ? どこか痛いのか?」

「ちがう……センパイ、すき……すき、だいすき、センパイ……すき」

「…………大丈夫なら続けるぞ」

彼は僕の身体を気遣ってはくれたけれど、口先だけで好きだと言うことすらしなかった。
僕が悪いのだ、恋人になって欲しいと言わなかったから、今でもセフレ関係すら壊れるのが怖くて言えずにいるから、いつまでも惨めなままなのだ。

「センパイ、絵……まだ描いてるっすか? センパイは建物描くの好きなんすよね、ちょっと遠くの公園から面白い形の建物が見えるんすけど……」

僕は初心に帰ると同時に彼を騙してデートもどきを行うことにした。彼が恋愛的な意味で僕を好きになるんじゃないかと愚かな希望を抱いていた。
絵を描くとなると彼は僕と一緒に遠出をしてくれて、僕が作ったお弁当を食べてくれた。お弁当の感想を言ってくれないのは少し寂しかった。

「………………レイ」

「なんすか?」

「……眠い。少し寝させてくれ」

お腹いっぱいになり、暖かい日差しに晒された彼は子供のように眠気を訴え──

「…………足、貸してくれ」

──膝枕を要求した。僕は自分の太腿に頭を乗せて眠る彼の穏やかな寝顔を連写し、頭を撫で、ときめきと幸福感による束の間の満足を得た。



絵を描こうと誘うと彼はいつも頷いた。僕は一人勝手にデート気分を楽しんだ。また満たされる日々が続いたある時、彼の舎弟に襲われた。強姦は未遂に終わり、すぐに助けに来てくれた彼はとても怒っていた。

「……レイは俺の物だ。手を出せば殺すと他の連中にも伝えておけ」

僕に自分が着ていたシャツを着せながら、傍目には殺してしまったんじゃないかと疑うほどにボコボコにした舎弟にそう言っているのを見て、僕は嬉しくなった。
一度だけ犯し、手下に輪姦させていたあの不良と僕は違うのだと、恋人ではないにしてもオナホ以上の存在ではあるのだと喜んでいた。

「せーんぱーい」

「……ん?」

「えへへー……俺センパイが大大大好きっす!」

「…………そうか」

好きだった。大好きだった。確かに愛していた。けれど彼の心を占める僕の割合は決して大きくはなかった。

「センパイっ、面白い建物見つけたんすけど」

「……あぁ、悪い……最近忙しいんだ」

次第に絵を描くという名目でも僕と出かけてくれなくなった。電話一本で呼び出され、抱かれるだけの日々が続いた。

「センパイ、絵……」

「…………気分じゃない」

彼は次第に「忙しい」という言い訳すら使わないようになり、僕が部屋に居ても雑誌を眺めたりして僕ばかりが話す虚しい会話すら成立しなくなった。

「センパイっ、お弁当作ったんすけど」

「……いらない」

彼の好みを詰め込んだはずのお弁当も食べてもらえなかった。
僕はそれを彼の気持ちが僕から離れたからだと思っていたけれど、彼の気持ちが僕の元にあったことなんてなくて、真相はもっと残酷で単純だった。
従兄弟と会う約束が潰れてしまったというただそれだけの話だった。僕が何をしても変わらない彼の気分は、ただの親戚との些細な約束で上下するのだ。
それが分かると酷く虚しくなった。その上──

「……レイ、明日と明後日は家に来るな」

「え、なんでっすか?」

「…………兄ちゃんが家に来る。この間の埋め合わせだ」

「そう、すか」

──彼にとって僕は、その親戚に見られたくない恥部らしかった。
従兄弟に会った翌日から彼は普段通りに食事を取るようになった。

「センパイ、お弁当作ったんすけど……やっぱり、いらないっすかね」

「…………前は悪かったな、気分が乗らなくて……もらおう、ありがとうな、レイ」

僕が作ったお弁当も食べてくれた。食べて欲しくて作ったのに、僕は心の底ではまた断ってくれと願っていた、だからとても惨めな気分になった。

「…………この前言ってた面白い建物ってどこだ?」

絵を描くお誘いも彼の方からしてくれた。けれど、全然嬉しくなかった。時には親すら捨てさせるくらいに大切な恋人にして欲しかったのに、彼にとって僕は一晩しか泊まらなかった親戚以下の存在なのだと分かって、何もかもにやる気をなくした。



僕は酒に弱い彼を置いてバーに通った。寂しさや虚しさを酒で誤魔化そうとしていた。そのうちバーで歳上の男性と出会った。会社役員らしいその中年の男性は僕の欲しい言葉をくれた。

「酷い彼氏だね……僕に乗り換えてしまいなさい」

可愛いと褒められて、好きだと言われて、ヤりたいだけの男だと分かっていたけれど、舌先三寸で騙す手間すらかけてくれない彼と居るよりは満たされた。けれど、紛い物の微かな幸せすら壊れた。

「…………おい、お前……俺のレイと何をしていた?」

ラブホから出たところで彼に見つかり、浮気相手は酷過ぎる制裁を受けた。僕もその後で当然浮気を咎められた。

「……レイ、いつから俺を裏切っていた?」

「なんなんすか……俺はセフレっしょ!? 俺のこと好きでもなんでもないくせにっ、都合のいい穴としか思ってないくせに、彼氏ぶらないで欲しいっす!」

「…………俺はお前と知り合ってからお前しか抱いていない。彼氏じゃなければ自由にヤっていいと思っているのか? 性病のリスクもあるのに? 人生楽しそうな頭をしてるんだな」

「楽しそう……? 楽しそうに見えるのかよ僕がっ! こんなに苦しいのにっ、全部くーちゃんのせいなのに! 寂しくて辛くて寂しくて寂しくてぇっ……そんな、時に……口説かれたら、無理ぃ……」

物心ついた時から幸せが一ヶ月以上続いた覚えがない。運が悪いのか性格が悪いのか知らないが、楽しい人生なんて送っていない。だから彼の嫌味にはとても腹が立った。

「…………お前は俺の物だ。今回は許すが……もう一度浮気してみろ、殺すぞ」

彼は僕を本気の目で脅した後、僕を抱いた。浮気相手の男とのセックスはすぐに忘れた、彼はセックスが上手過ぎたし、その日は特に執拗で失神しても許してもらえず叩き起こされて抱かれ続けた。
その日から彼は僕を自室に軟禁した。学校に行かずに僕を抱き続け、勃たなくなっても僕の穴をほじくって快楽を注ぎ続け、コンビニに出かける時ですら必ず僕を連れていった。


あんなにも傍に居て欲しかった彼の隣に常に置いておかれているのに、酷い苦痛の日々だった。暴力も暴言もなく、セックスも丁寧で気持ちいいのに、何故苦しいのか自分でもよく分からなかった。

「…………出席日数がまずいことになってる。今日は学校に行く、寂しがらせて悪いがお前はこの家から出るなよ」

「はーい……」

「……夕飯は何がいい?」

「のり弁……」

「…………最近元気がないように見える、唐揚げ弁当にしておけ」

「のり弁がいいんす」

「……………………分かった」

彼が去った後、僕はネットサーフィンで暇を潰した。SNSで書店員の隠し撮りがバズっていて、暇だから「盗撮犯乙」とでもコメントしてやろうかとその呟きをタップし、写真の全体像が見えて僕は自分の目を疑った。

「何このイケメン……!」

俳優にもここまでの美形は居ない。修正している様子もないのに美し過ぎるその人を見た時、僕はようやく彼への恋心がいつからか消えていたことに気が付いた。

「生で見たい……」

彼が務めている書店の場所は特定されていた、喜ばしいことに隣町だ。僕はすぐに彼の家を出て書店へと走った。そこで出会った隠し撮りされていた男──鳴雷 水月は彼とは違ってとても優しい人だった。
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