265 / 2,015
薄暗闇のコミュニケーション
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遺伝子的には異父兄弟、胎的には母も違う、そんな不思議な弟が部屋に居る。日本とロシアのハーフで、おそらく先天性の色素欠乏症……相変わらず俺の彼氏は属性が多いな。っと、彼はまだ彼氏にしてなかったか。
『──って訳でしばらく弟が泊まるから、クマの場所移したぞ』
テディベアをダイニングに移し、レイにその理由をメッセージで送信する。昼食まではまだ時間があり、母は義母の口説き落としに集中している。つまり、俺にこれからやるべきことはない。テスト勉強でもしようかな。
(よっこいせ。さて、今日は数学でもやりますかな)
勉強机に座って教科書類を出すとクッションに座っていたアキが寄ってきた。
《何してんの兄貴》
机の上を見ている、何を始めるのか気になるのかな? 微笑みかけてから教科書とワークノートを開いた。
《算数? 勉強か》
アキは一歳年下だ、彼に勉強を教えてもらうというのは期待出来ないだろうし、もし出来たらプライドが傷付く。
「テスト前なんだよ、勉強しておかないとな。何か話したかったりやりたいことがあるならアキを優先するけど」
《……俺も勉強するか》
アキはクッションへと戻り、イヤホンをつけてスマホを弄り始めた。仲良くなるには時間がかかりそうだ。
昼食の時間だ。母はまだ料理を始めていない。母の部屋の扉を叩いてみた。
「ママ上ー、お腹減りましたぞー」
「ん……もうそんな時間? んー……アキくん連れて外に食べに行きなさい。私ちょっと忙しいの」
扉を開けずにそう言った母は扉の隙間から五千円札を渡してくれた。忙しさの理由は聞かず、部屋に戻った。
「アキ、お昼食べに行こうか」
通じていないようなので予めダウンロードしておいた通訳アプリを使用した。
《……外に行くのかよ、この時間に? 正気かよ兄貴》
気乗りしない様子だ。腹が減っていないのだろうか? ということも翻訳アプリを使ってもらえばいいのか。
「アキ、ここに向けてもう一回話してくれ」
スマホを渡す。すると──
『日中は歩くのが嫌い』
──と表示されて戻ってきた。なるほど、光が苦手なら外出が苦手で当然だ。気遣いが足りなかった、好感度稼ぎに遅れを取ってしまうな。
「じゃあ出前でも頼むか。何食べたい?」
デリバリーサイトを開いてアキに見せる。自然に距離を詰める初歩的なテクニックだ。
「日本ご飯、食べる、したい、です」
「日本食がいいのか?」
見知らぬ土地に着いたらまずその土地の食を楽しむ、元デブの俺としては支持したい考えだ。
「デリバリーで頼める日本食なぁ……」
本格的な和食はデリバリーではあまり見かけないし、ヘルシーな薄味が多いので十代男子には気に入られにくい。
「天ぷらとかどうだ?」
ロシアの食文化には詳しくないが、生魚を食べる地域は少ないと聞く。なので日本代表の寿司には一旦引いてもらい、ポルトガルを発祥地とするがもうすっかり日本代表になっている天ぷらを提案した。
「てんぷら……」
「これでいいか?」
「да」
「だ……? いいんだよな? じゃ、二人分注文するぞ?」
届くのは三十分後のようだ。勉強を再開してもいいが、せっかく翻訳アプリを開いているのでアキと話していたい。
「えっと……突然日本に来て不安じゃないか?」
《気にすんなよ、俺は平気だぜ?》
『私は元気です心配しないでください』
「お、会話出来てるな。やった……よしよし、何かあったら俺を頼れよ」
「Спасибо」
「お、すぱしーばは知ってるぞ、翻訳かけなくても分かる。ありがとうだろ」
心配するなと言っていたが、心細さは必ずある。その隙に付け入ってヤらせてもらう──じゃなくて、支えてやればきっと仲良くなれる。
(とりあえず微笑みをくらえ。同クラスの美形とはいえわたくしの微笑みは効くはずですぞ)
赤い瞳を見つめて微笑みかけてみると、アキも微笑み返してくれた。凄まじい威力だ、キュンキュンする……っと、まずい。俺が落とされてしまうところだった。
《何も面白くねぇのにニコニコ笑ってバカみてぇだな、文化の違いってヤツかよクソ面倒臭い。笑っとけって言われたから笑ってるけどよー……》
何か言ってる。
「アキ? ごめん、分かんなかった。もう一回」
「……にーに!」
スマホを構えると満面の笑みでそう言った。抱き締めたくなる気持ちを抑え、翻訳アプリを閉じてロシア人のスキンシップ事情について検索した。
《無口と笑顔が大事だって言われたんだけどよー、それマジぃ? 喉が錆び付くし口が疲労骨折するっての》
また何か話してる。タイミングが悪いな……きっと可愛いことを話してくれているだろうから、ちゃんと理解したいのに。
「アキ、何か覚えてる日本語とかあるのか?」
《披露してやるけどよ、カタコトだってバカにすんなよ?》
アキは小さく咳払いをして自信満々に話した。
「おはよう!」
「挨拶か、基本だな」
「В конце слова……です、ます」
語尾に「です」「ます」をつけておいた方がいいと教わったとか言っているのかな?
「ここに、行きたいです……Мне сказали показать это после того, как я это сказал」
アキはポケットからメモ帳を取り出した。彼の母親が書いたのだろう、この家の住所が書かれている。道に迷った時に使えとでも言われているのだろう。
「……ねこ、とり……さかな、したい、ヒト……行く、帰る、食べる……ねむる」
「結構分かってるんだな」
単語ごとに区切った話し方をしてやれば日本語でのやり取りも可能かもしれないな。
そんなふうにコミュニケーションを深めているとインターホンが鳴った。出前が届いたようだ。
「お、天ぷら来たぞ」
「てんぷら……食べる、です?」
「そうそう正解! 食べるんだ。もらってくるから待ってろよ」
アキを部屋に残して天ぷらを受け取りに向かう。
「眩しっ……!」
玄関扉を開けた瞬間、薄暗い部屋に慣れた目に真昼の明るさが突き刺さった。目付きを悪くしながら天ぷらを受け取り、礼を言って扉を閉めた。
「ふー…………出前がすいすいすーい」
何度も瞬きをして目の痛みが消えたら歌を歌いながら部屋に戻り、部屋の薄暗さにまた目を慣れさせた。
『──って訳でしばらく弟が泊まるから、クマの場所移したぞ』
テディベアをダイニングに移し、レイにその理由をメッセージで送信する。昼食まではまだ時間があり、母は義母の口説き落としに集中している。つまり、俺にこれからやるべきことはない。テスト勉強でもしようかな。
(よっこいせ。さて、今日は数学でもやりますかな)
勉強机に座って教科書類を出すとクッションに座っていたアキが寄ってきた。
《何してんの兄貴》
机の上を見ている、何を始めるのか気になるのかな? 微笑みかけてから教科書とワークノートを開いた。
《算数? 勉強か》
アキは一歳年下だ、彼に勉強を教えてもらうというのは期待出来ないだろうし、もし出来たらプライドが傷付く。
「テスト前なんだよ、勉強しておかないとな。何か話したかったりやりたいことがあるならアキを優先するけど」
《……俺も勉強するか》
アキはクッションへと戻り、イヤホンをつけてスマホを弄り始めた。仲良くなるには時間がかかりそうだ。
昼食の時間だ。母はまだ料理を始めていない。母の部屋の扉を叩いてみた。
「ママ上ー、お腹減りましたぞー」
「ん……もうそんな時間? んー……アキくん連れて外に食べに行きなさい。私ちょっと忙しいの」
扉を開けずにそう言った母は扉の隙間から五千円札を渡してくれた。忙しさの理由は聞かず、部屋に戻った。
「アキ、お昼食べに行こうか」
通じていないようなので予めダウンロードしておいた通訳アプリを使用した。
《……外に行くのかよ、この時間に? 正気かよ兄貴》
気乗りしない様子だ。腹が減っていないのだろうか? ということも翻訳アプリを使ってもらえばいいのか。
「アキ、ここに向けてもう一回話してくれ」
スマホを渡す。すると──
『日中は歩くのが嫌い』
──と表示されて戻ってきた。なるほど、光が苦手なら外出が苦手で当然だ。気遣いが足りなかった、好感度稼ぎに遅れを取ってしまうな。
「じゃあ出前でも頼むか。何食べたい?」
デリバリーサイトを開いてアキに見せる。自然に距離を詰める初歩的なテクニックだ。
「日本ご飯、食べる、したい、です」
「日本食がいいのか?」
見知らぬ土地に着いたらまずその土地の食を楽しむ、元デブの俺としては支持したい考えだ。
「デリバリーで頼める日本食なぁ……」
本格的な和食はデリバリーではあまり見かけないし、ヘルシーな薄味が多いので十代男子には気に入られにくい。
「天ぷらとかどうだ?」
ロシアの食文化には詳しくないが、生魚を食べる地域は少ないと聞く。なので日本代表の寿司には一旦引いてもらい、ポルトガルを発祥地とするがもうすっかり日本代表になっている天ぷらを提案した。
「てんぷら……」
「これでいいか?」
「да」
「だ……? いいんだよな? じゃ、二人分注文するぞ?」
届くのは三十分後のようだ。勉強を再開してもいいが、せっかく翻訳アプリを開いているのでアキと話していたい。
「えっと……突然日本に来て不安じゃないか?」
《気にすんなよ、俺は平気だぜ?》
『私は元気です心配しないでください』
「お、会話出来てるな。やった……よしよし、何かあったら俺を頼れよ」
「Спасибо」
「お、すぱしーばは知ってるぞ、翻訳かけなくても分かる。ありがとうだろ」
心配するなと言っていたが、心細さは必ずある。その隙に付け入ってヤらせてもらう──じゃなくて、支えてやればきっと仲良くなれる。
(とりあえず微笑みをくらえ。同クラスの美形とはいえわたくしの微笑みは効くはずですぞ)
赤い瞳を見つめて微笑みかけてみると、アキも微笑み返してくれた。凄まじい威力だ、キュンキュンする……っと、まずい。俺が落とされてしまうところだった。
《何も面白くねぇのにニコニコ笑ってバカみてぇだな、文化の違いってヤツかよクソ面倒臭い。笑っとけって言われたから笑ってるけどよー……》
何か言ってる。
「アキ? ごめん、分かんなかった。もう一回」
「……にーに!」
スマホを構えると満面の笑みでそう言った。抱き締めたくなる気持ちを抑え、翻訳アプリを閉じてロシア人のスキンシップ事情について検索した。
《無口と笑顔が大事だって言われたんだけどよー、それマジぃ? 喉が錆び付くし口が疲労骨折するっての》
また何か話してる。タイミングが悪いな……きっと可愛いことを話してくれているだろうから、ちゃんと理解したいのに。
「アキ、何か覚えてる日本語とかあるのか?」
《披露してやるけどよ、カタコトだってバカにすんなよ?》
アキは小さく咳払いをして自信満々に話した。
「おはよう!」
「挨拶か、基本だな」
「В конце слова……です、ます」
語尾に「です」「ます」をつけておいた方がいいと教わったとか言っているのかな?
「ここに、行きたいです……Мне сказали показать это после того, как я это сказал」
アキはポケットからメモ帳を取り出した。彼の母親が書いたのだろう、この家の住所が書かれている。道に迷った時に使えとでも言われているのだろう。
「……ねこ、とり……さかな、したい、ヒト……行く、帰る、食べる……ねむる」
「結構分かってるんだな」
単語ごとに区切った話し方をしてやれば日本語でのやり取りも可能かもしれないな。
そんなふうにコミュニケーションを深めているとインターホンが鳴った。出前が届いたようだ。
「お、天ぷら来たぞ」
「てんぷら……食べる、です?」
「そうそう正解! 食べるんだ。もらってくるから待ってろよ」
アキを部屋に残して天ぷらを受け取りに向かう。
「眩しっ……!」
玄関扉を開けた瞬間、薄暗い部屋に慣れた目に真昼の明るさが突き刺さった。目付きを悪くしながら天ぷらを受け取り、礼を言って扉を閉めた。
「ふー…………出前がすいすいすーい」
何度も瞬きをして目の痛みが消えたら歌を歌いながら部屋に戻り、部屋の薄暗さにまた目を慣れさせた。
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