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ガチ神アイドル
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昨晩はハルの添い寝という素晴らしいもののせいで悶々として眠れなかった。腕枕をしていた手には幸せな痺れがあるし、喜んでいいのか──
「おはよー……みっつん。へへー、俺いっつも一番遅くにみっつんにおはようって言うけど、今日は俺が一番だね。みっつんの腕すっごい寝心地よかったよ~、また腕枕してくれる?」
──……なんて可愛い笑顔だ。こんな笑顔が見られたのだから、喜ぶべきに決まっている!
「じゃ、準備しよ~っ。みっつん先洗面台使ってきて、俺時間かかるから」
まだ姉達は起きていないようだ。静かな中で朝支度を進めて戻ると、ハルは寝間着から着替えていた。
(生着替え見逃したぁーっ!? い、いや……わたくしに着替えを見られないようにしたんですな。ちくせう)
着替える姿を見せてもらえないのは意識されているという証拠だ、喜んでいこう。見逃したものを悔やむより、今目の前に居るハルを愛でようじゃないか。
「今日は女装じゃないんだな」
タイトなデニムにカミアのグッズなのだろうTシャツ、そんな格好をしていても長髪と中性的な顔のせいか美少女のように見える。
「一応レディースだけどね。ポケットちっちゃいのはやだけど、ボトムでもレディースの方が似合うから」
「ファッションには詳しくないけど、似合ってるってのは誰が見ても分かるよ」
「あはっ、みっつんに言ってもらえんのが一番嬉しい~! じゃ、顔と髪も綺麗にしてくるね~」
ハルが洗面台に行っている間に着替えを終え、ハルが戻ったら改めて荷物を確認。
「タオルと~、ペンライトと~、うちわと~……あ、みっつんみっつん、握手会の時にCD持ってくとサインしてくれるんだけどね、みっつんも持ってって。えーっと……これ!」
お気に入りなのだろうCDを二枚取り出し、片方を俺に渡す。
「宛名は初春って書いてもらうんだよな?」
「うん、お願い出来る? ありがとうみっつ~ん!」
不意に思い付いた、サインを頼む時にCDと一緒に何かを渡せないかと。そう、たとえば──SNSのIDとか。
「……なぁ、コンビニ寄る時間あるか?」
「コンビニで朝ご飯買う予定だよ~。荷物持った? 行こっ」
満面の笑みで俺の腕に抱きつくハル。その真っ平らな胸を俺の腕に押し付けているのはわざとだろうか?
朝食を買うため、日曜早朝の人影まばらな駅のコンビニに入る。一直線にコールスローへと向かうハルとは一旦離れ、メッセージアプリのIDを二次元バーコードにしてマルチコピー機で印刷した。
「みっつん何してんの~? 何それ」
「……ダメ元でカミアをナンパしてみようと思って」
「はぁ……? あははっ! 無理無理~、みっつんはすんっごいイケメンだけどさ~、人間じゃん? カミアは神だよ神! ガチ神アイドル! 神が人間のナンパ聞くわけないじゃ~ん」
「ダメ元だよダメ元」
このシール化した二次元バーコードをサインを頼む時にCDと一緒に渡し、カンナの知り合いだということを証明する──いや、証明してから渡した方がいいか?
「ところでみっつん朝ご飯は~?」
「サラダチキンにしようかな……」
イートインスペースでそれぞれ朝食を食べてから、日頃の通学の際の混み合いが嘘のように空いている電車に乗り、シートに腰を下ろした。
「電車の椅子座るなんて、かなり久しぶりな気がするな……」
恋人らしい訳でもない、取り留めのない話をしてライブ会場に向かった。数十分電車に揺られて到着したライブ会場は想像以上に大きく、また人も多く、俺は圧倒されてしまった。
「先に物販行くのか?」
「あったりまえじゃん! そのために始発乗ったんだから! ほら急いで急いで!」
開場二時間前、物販ブースには既に長蛇の列が出来ていた。ハルは手当り次第にグッズを買っているようだったが、俺はよく知らないアイドルのグッズを高い金を出して買う気にはなれなかった。
「ふ~買った買ったぁ。欲しいのはギリギリ買えた~。会場入ろっか。みっつんほら、チケット出して」
「あ、あぁ……」
ライブなんて生まれて初めてだ。チケット確認も、席の探し方も、全てハルに教えてもらった。
「金属探知機とか空港以外にもあるんだなぁ……」
「ここが俺達の席! じゃあみっつん、うちわ作ってきたからみっつんも振って」
目立つようにデコレーションされた黒いうちわを持つのは少々恥ずかしい。続けてカミアグッズのタオルを首にかけられた、ハルとは色違いのお揃いということに嬉しくなる。
「……暗くなってきたな」
「そろそろ始まるからねー。う~……緊張してきたっ、久しぶりの生カミア……!」
ライブが始まる。ステージ上に昨日ハルに見せられた衣装を着た美少年が立ち、挨拶の後音楽が鳴り出した。
「カミアぁ~! あーもう最っ高! 世界一可愛いよカミアぁ! マジ神ぃ!」
はしゃぐハルの隣で見よう見まねで紫のペンライトを振り、楽しい時間を過ごした。ライブというのはアイドルとしてのカミアに大した興味のない俺ですらその場に居るだけで熱狂出来る素晴らしいものだ。
「はぁ~……よかったぁ。なんかもう一瞬だったねー、よく覚えてないかも……」
昨日知ったばかりの曲がほとんどだったけれど、それでもカミアの歌唱力とライブの演出は俺を魅了し、俺も一つくらいグッズ買えばよかったな……と後悔させた。
「ほらほらみっつん、握手並ぼっ」
「あぁ……なんか、そんなに人居ないな。いや多いけど、そのまま帰る人結構居るし……」
「握手&サインの権利付きチケットはちょっとしか売ってないもん。割高だし、倍率すごいし、これ当たったのマジですっごく運いいんだからね」
そんなことも知らない俺が当たってしまったのか。落選してしまった人達に申し訳なくなってきたな。
長い待ち時間もハルとのお喋りで苦痛ではなかった。ブースの前でCD以外の荷物を預け、ポケットの中身も確認され、緊張の中ブースの中へ入る。
「……こ、こんにちは」
「こんにちは~!」
机を挟んだだけの間近で見るカミアは日頃から美少年を侍らせている俺ですらたじろぐほどの可愛さだ。衣装やメイクによるバフはもちろん、芸能人オーラに気圧されてしまう。
「あ、CD持ってきてくれたんだ、しかも限定盤だぁ、嬉しい~! 後でサインするね、何君?」
「みっ……あ、はつ……はる。初春、初めてに、季節の春……」
「初春くん! 来てくれてありがとうね、握手しよっ?」
「あっ、はい……お願いします」
CDにコンビニで印刷しシール化した二次元バーコードを乗せ、机に置く。まずは三十秒間の握手と会話、その後にサインのようだ。
「あのっ、カミア……さん」
「うん、なぁに初春くん」
「ライブ楽しかったんですけど、本当の目的はあなたに直接会うことで……あっ、俺、カンナの……友人です。生き別れになってるってカンナから聞いて、カンナは直接会うのは躊躇ってるみたいなんですけどメッセージとかで話はしたいって言ってて、そこのコード、俺のIDです。メッセージくれたら俺からカンナに繋ぎます…………ぁ、ぷぅ太。カンナが飼ってる白うさぎ、ぷぅ太。あなたが贈ったって……そう言えばカミアは信用してくれるってカンナが言ってました。メッセージくれたらカンナの写真送ります、騙されたと思って受け取ってくれませんかっ?」
「えっ……? あっ、もう、こういうのダメなんだよ? 俺まだ誰のものにもなれないから、受け取れないの。でも気持ちはもらったよ、ありがとう初春くん。これからも応援してね」
手を離されてしまった。妙なナンパだと思われてしまったのだろうか。
俺宛という名目のハル宛のサインを書くため、机に置いたCDをカミアが引き寄せる──引き寄せながら、二次元バーコードのシールを素早く取り、袖の内側に隠した。プロのマジシャンのような手さばきだった、流石はアイドル……でいいのかな? この場合。
「あ……! ありがとうございます!」
「……はい、書けたよ。また来てね初春くん、今度は初春くんの話が聞きたいな」
「お時間でーす」
「あ、はい。すぐ出ます!」
スタッフに促されてブースを出た後、俺は天に向かって拳を突き上げた。
「おはよー……みっつん。へへー、俺いっつも一番遅くにみっつんにおはようって言うけど、今日は俺が一番だね。みっつんの腕すっごい寝心地よかったよ~、また腕枕してくれる?」
──……なんて可愛い笑顔だ。こんな笑顔が見られたのだから、喜ぶべきに決まっている!
「じゃ、準備しよ~っ。みっつん先洗面台使ってきて、俺時間かかるから」
まだ姉達は起きていないようだ。静かな中で朝支度を進めて戻ると、ハルは寝間着から着替えていた。
(生着替え見逃したぁーっ!? い、いや……わたくしに着替えを見られないようにしたんですな。ちくせう)
着替える姿を見せてもらえないのは意識されているという証拠だ、喜んでいこう。見逃したものを悔やむより、今目の前に居るハルを愛でようじゃないか。
「今日は女装じゃないんだな」
タイトなデニムにカミアのグッズなのだろうTシャツ、そんな格好をしていても長髪と中性的な顔のせいか美少女のように見える。
「一応レディースだけどね。ポケットちっちゃいのはやだけど、ボトムでもレディースの方が似合うから」
「ファッションには詳しくないけど、似合ってるってのは誰が見ても分かるよ」
「あはっ、みっつんに言ってもらえんのが一番嬉しい~! じゃ、顔と髪も綺麗にしてくるね~」
ハルが洗面台に行っている間に着替えを終え、ハルが戻ったら改めて荷物を確認。
「タオルと~、ペンライトと~、うちわと~……あ、みっつんみっつん、握手会の時にCD持ってくとサインしてくれるんだけどね、みっつんも持ってって。えーっと……これ!」
お気に入りなのだろうCDを二枚取り出し、片方を俺に渡す。
「宛名は初春って書いてもらうんだよな?」
「うん、お願い出来る? ありがとうみっつ~ん!」
不意に思い付いた、サインを頼む時にCDと一緒に何かを渡せないかと。そう、たとえば──SNSのIDとか。
「……なぁ、コンビニ寄る時間あるか?」
「コンビニで朝ご飯買う予定だよ~。荷物持った? 行こっ」
満面の笑みで俺の腕に抱きつくハル。その真っ平らな胸を俺の腕に押し付けているのはわざとだろうか?
朝食を買うため、日曜早朝の人影まばらな駅のコンビニに入る。一直線にコールスローへと向かうハルとは一旦離れ、メッセージアプリのIDを二次元バーコードにしてマルチコピー機で印刷した。
「みっつん何してんの~? 何それ」
「……ダメ元でカミアをナンパしてみようと思って」
「はぁ……? あははっ! 無理無理~、みっつんはすんっごいイケメンだけどさ~、人間じゃん? カミアは神だよ神! ガチ神アイドル! 神が人間のナンパ聞くわけないじゃ~ん」
「ダメ元だよダメ元」
このシール化した二次元バーコードをサインを頼む時にCDと一緒に渡し、カンナの知り合いだということを証明する──いや、証明してから渡した方がいいか?
「ところでみっつん朝ご飯は~?」
「サラダチキンにしようかな……」
イートインスペースでそれぞれ朝食を食べてから、日頃の通学の際の混み合いが嘘のように空いている電車に乗り、シートに腰を下ろした。
「電車の椅子座るなんて、かなり久しぶりな気がするな……」
恋人らしい訳でもない、取り留めのない話をしてライブ会場に向かった。数十分電車に揺られて到着したライブ会場は想像以上に大きく、また人も多く、俺は圧倒されてしまった。
「先に物販行くのか?」
「あったりまえじゃん! そのために始発乗ったんだから! ほら急いで急いで!」
開場二時間前、物販ブースには既に長蛇の列が出来ていた。ハルは手当り次第にグッズを買っているようだったが、俺はよく知らないアイドルのグッズを高い金を出して買う気にはなれなかった。
「ふ~買った買ったぁ。欲しいのはギリギリ買えた~。会場入ろっか。みっつんほら、チケット出して」
「あ、あぁ……」
ライブなんて生まれて初めてだ。チケット確認も、席の探し方も、全てハルに教えてもらった。
「金属探知機とか空港以外にもあるんだなぁ……」
「ここが俺達の席! じゃあみっつん、うちわ作ってきたからみっつんも振って」
目立つようにデコレーションされた黒いうちわを持つのは少々恥ずかしい。続けてカミアグッズのタオルを首にかけられた、ハルとは色違いのお揃いということに嬉しくなる。
「……暗くなってきたな」
「そろそろ始まるからねー。う~……緊張してきたっ、久しぶりの生カミア……!」
ライブが始まる。ステージ上に昨日ハルに見せられた衣装を着た美少年が立ち、挨拶の後音楽が鳴り出した。
「カミアぁ~! あーもう最っ高! 世界一可愛いよカミアぁ! マジ神ぃ!」
はしゃぐハルの隣で見よう見まねで紫のペンライトを振り、楽しい時間を過ごした。ライブというのはアイドルとしてのカミアに大した興味のない俺ですらその場に居るだけで熱狂出来る素晴らしいものだ。
「はぁ~……よかったぁ。なんかもう一瞬だったねー、よく覚えてないかも……」
昨日知ったばかりの曲がほとんどだったけれど、それでもカミアの歌唱力とライブの演出は俺を魅了し、俺も一つくらいグッズ買えばよかったな……と後悔させた。
「ほらほらみっつん、握手並ぼっ」
「あぁ……なんか、そんなに人居ないな。いや多いけど、そのまま帰る人結構居るし……」
「握手&サインの権利付きチケットはちょっとしか売ってないもん。割高だし、倍率すごいし、これ当たったのマジですっごく運いいんだからね」
そんなことも知らない俺が当たってしまったのか。落選してしまった人達に申し訳なくなってきたな。
長い待ち時間もハルとのお喋りで苦痛ではなかった。ブースの前でCD以外の荷物を預け、ポケットの中身も確認され、緊張の中ブースの中へ入る。
「……こ、こんにちは」
「こんにちは~!」
机を挟んだだけの間近で見るカミアは日頃から美少年を侍らせている俺ですらたじろぐほどの可愛さだ。衣装やメイクによるバフはもちろん、芸能人オーラに気圧されてしまう。
「あ、CD持ってきてくれたんだ、しかも限定盤だぁ、嬉しい~! 後でサインするね、何君?」
「みっ……あ、はつ……はる。初春、初めてに、季節の春……」
「初春くん! 来てくれてありがとうね、握手しよっ?」
「あっ、はい……お願いします」
CDにコンビニで印刷しシール化した二次元バーコードを乗せ、机に置く。まずは三十秒間の握手と会話、その後にサインのようだ。
「あのっ、カミア……さん」
「うん、なぁに初春くん」
「ライブ楽しかったんですけど、本当の目的はあなたに直接会うことで……あっ、俺、カンナの……友人です。生き別れになってるってカンナから聞いて、カンナは直接会うのは躊躇ってるみたいなんですけどメッセージとかで話はしたいって言ってて、そこのコード、俺のIDです。メッセージくれたら俺からカンナに繋ぎます…………ぁ、ぷぅ太。カンナが飼ってる白うさぎ、ぷぅ太。あなたが贈ったって……そう言えばカミアは信用してくれるってカンナが言ってました。メッセージくれたらカンナの写真送ります、騙されたと思って受け取ってくれませんかっ?」
「えっ……? あっ、もう、こういうのダメなんだよ? 俺まだ誰のものにもなれないから、受け取れないの。でも気持ちはもらったよ、ありがとう初春くん。これからも応援してね」
手を離されてしまった。妙なナンパだと思われてしまったのだろうか。
俺宛という名目のハル宛のサインを書くため、机に置いたCDをカミアが引き寄せる──引き寄せながら、二次元バーコードのシールを素早く取り、袖の内側に隠した。プロのマジシャンのような手さばきだった、流石はアイドル……でいいのかな? この場合。
「あ……! ありがとうございます!」
「……はい、書けたよ。また来てね初春くん、今度は初春くんの話が聞きたいな」
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