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生クリームの誘惑

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教室に戻って時計を見てみると、昼休みの残り時間は五分だった。シュカとリュウはまだ教室に戻っていない、トイレで処理中だ。

「来週からテスト一週間前、午前までの昼休みなし……カンナ、お昼ご飯一緒にどこか食べに行こうか」

「うん」

「勉強会もしような」

「ん……」

小指を絡ませ合って軽く揺らし、離す。カンナは自分の小指を愛おしそうに見つめて唇を触れさせた。

(はぁーん!? 何それ可愛いわたくしの指にやって欲しかったでそ! でも自分の指だからこそのかわゆさがあるわけで……うぬぅ、ハルどのの様子見に行きまっそ)

昼食を抜いたハルの様子を見ておくべきだと、机に突っ伏している彼の元へ。

(おや、寝てますのん……?)

寝息を確認しようと背を曲げて顔を近付けた瞬間、ぐぅぅ……と聞こえてきて思わず「えっ」と声を漏らし、ハルに接近を気付かれてしまった。

「みっつん!? ぁ……今の、聞いた?」

「……今の腹の音、やっぱりハルか。腹減ってるんじゃないか、今ならギリギリ購買開いてるから何か買ってきたらどうだ?」

「…………やだ」

「ハル……ライブって結構体力使うんだろ? 飯抜いて行けるようなもんじゃないって」

「やだ! ただのライブじゃなくてカミアと握手出来るんだよ!? ぶくぶく太った俺見られたくないもん!」

この痩身至上主義は元肥満体型の俺としては心にくるものがあるな。ちなみに俺は清潔感があればぽっちゃりでも歓迎だ、というか一人くらい欲しいなそういう子。

「……カミアは細い子が好きなのか?」

「そういうのじゃない……」

「ハルは痩せてると綺麗だと思うのか? 俺、痩せてないと思うけど」

「……みっつんは筋肉ついてるもん。脂肪はないじゃん」

「体脂肪率16%!」

「あっそ」

笑わせられないかとテンションを上げてみたが、ハイテンション芸は好みではないらしい。

「……なぁハル、食べなきゃ痩せるって訳じゃないんだぞ? 次食べた時に太りやすくなるんだ、リバウンドってヤツだな。やっぱり運動が大事だよ、ある程度の筋肉保てば生きてるだけでカロリー消費上がるし……な? だから三食はちゃんと食べろ」

「みっつんには関係ないじゃん!」

「あるよ! 日曜一緒にライブ行くんだろ? 倒れたらどうするんだよ」

「倒れないもん!」

「そんなの分かんないだろ!」

ヒートアップしてきたところで気持ちを冷ますようにチャイムが鳴った。また机に突っ伏したハルから離れ、自分の席に戻った。
五時間目の授業が終わると俺はすぐにハルの元へ向かい、説得を始めた。自然と他の彼氏達も集まってくる。

「ほっといてよ……」

俺達を鬱陶しがるハルは自分の腹に手をやっている。そんなに腹が減っているのだろうか。

「そ、なに……お腹、減る? お昼……いた、だけ……のに」

「お昼抜いたら誇張抜きで死にますよ」

「まぁシュカは死にそうだな……」

なんて冗談はさておき、普段から手のひらにこんもり乗せられる程度のサラダしか食べていない彼がそれを食べなかっただけでこんなにも腹を空かせるとは思い難い。

「……ハル、朝食べたか?」

ハルは机に突っ伏したまま小さく首を横に振った。

「昨日の晩は何食べた?」

「…………サラダ」

「だけか? どのくらい?」

「……いつもの、お昼の半分くらい」

よく倒れなかったな。

「マジかよ……なぁシュカ、購買って昼休みしか開いてないんだよな。頼めばどうにかならないかな? ハル倒れそうだし……」

「倒れない! 余計なことしないでよ、俺今日はお金持ってきてないし! だから何にも食べられないの、もうほっといてよ! ライブ終わったらちゃんと食べるから!」

食べたくても食べられない状況にするというのは俺もダイエット中に使った手だ。だがそれはお菓子がある戸棚に南京錠をかけるだとかの間食を防ぐためのもので、健康に必要な分のエネルギーは確保していた。

「……なんかお腹すいてきました。恐ろしい話を聞かされたからでしょうか」

「シュカはこういう心配なくていいな……ん? リュウ? どうしたんだ鞄持ってきて」

集まった後、一旦席に戻っていたリュウが通学鞄を持って戻ってきた。

「弁当も何も持ってきてへんから食われへん、金も持ってきとらへんから何も買われへん。せやから飢えとくしかあれへん、そう言うとんねんなぁ?」

「……だ、だったら何」

顔を上げたハルの机にドサドサッと菓子パンが落とされた。

「何……お、俺いらないしこんなの! こんな甘いもの食べたらめちゃくちゃ太っちゃう……! 片付けてよ!」

「それ食おう思て買ってんけどなぁ、どーも食欲のうて食われへんねん。賞味期限迫っとるし、食ってくれたら助かんねんけど。ぁー……いらんかったら捨ててぇな」

「は……!? 俺いらないってば! アンタが捨ててよ。食べ物捨てるの……なんか、罪悪感あってやだ。アンタが買ったんだからいらないならアンタが捨てなよ!」

リュウの本意は分かっているだろうに、腹が大きな音を立てて目の前の食べ物を欲しがっているのに、ハルは意地を張っている。

「…………二人ともいらないなら私が、んむっ、んん……?」

「ちょっと黙ってような、シュカ」

二人の建前の解決策を出しかけたシュカの口を慌てて塞ぐ。

「生クリームたぁ~っぷり、コッペパンマリトッツォ……生チョコ&板チョコのクレープ……みかん丸ごとフルーツサンド……」

「読み上げないでよ! 何のつもり!? そんなことされても俺はっ、俺は……!」

深いため息をついたリュウは首をゆっくりと横に振り、一つ開封した。

「ほいでこれがイチゴとキウイのフルーツサンドや」

「す、すごい甘い匂い……イチゴとキウイって、酸味が効いて絶対食べやすい……多分生クリームでうぷってならない」

リュウはフルーツサンドをハルの顔の前に突き出したまま彼の隣に移動して屈み、ハルの肩に腕を回した。

「なぁ、自分……正味の話どないしたいん」

「ど、どう……も? どうも、したくないよ?」

「味想像してもうてヨダレ溜まってきとんとちゃうん。実際口に入れてみ、唾液腺ぱぁーん言うて口ん中びっちゃびちゃなんで」

エロいなそれ。

「た、食べないっ……食べない、俺は食べない! そんな甘いもの食べたらせっかくダイエットしたのが無駄になっちゃう!」

「知らんのか? 甘いもんは脳みそが食うねん。頭使っとったら太らんわ。食っても太らん、甘くて美味しい、頭も冴えて成績上がる。ええことづくめやなぁ?」

「そんな美味い話、あるわけ……」

「せやなぁ。そう思うんやったらしゃあないわ。ほな一口齧ってみ? 食べんでええわ、齧るだけ。味気になるやろ? ちょぉーっと味わって吐き出したらええんや、そしたら食ったことなれへん。一口齧ったら俺もうこのパン全部持って帰るわ」

「ほ、本当? 一口だけでいい? 齧るだけ、すぐ吐き出す……それだけで、もうほっといてくれる?」

「男に二言はあれへん」

ハルはとうとうリュウの手からフルーツサンドを一口齧った。瞬間、目を見開き、すぐに目を固く閉じ、言葉にならない声を漏らして咀嚼し、飲み込んだ。

「おいひいぃ……も、もっと食べていい?」

「ええよええよ、いっぱい食べ。他のんも勝手に開けて食べてええで」

ハルはキラキラと目を輝かせ、リュウの手からフルーツサンドを受け取った。

「ちょろいわ」

リュウは俺に向かってぐっと親指を立て、鼻で笑った。
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