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バイト帰りの道も楽しい

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胸は揉んでも揉んでも揉み足りないものだが、一段落付けてレイの着替えを待った。青いシャツを脱いでいつもの黒いパーカー姿になり、フードを目深に被った。

木芽このめ、お前毎日その服着てるよな。ちゃんと洗ってるか?」

「失礼っすよ歌見せんぱい! 近くでよく見てくださいっす」

見て分かるものだろうかと俺も近寄ってみる。黒いパーカーは毛羽立っていて、使い古しているように見えた。

「……逆に、ちょっとアレだな」

「なっ、何すか!? 汚くないっすよ、せんぱいに会うんですから毎日綺麗にしてるっす! もう臭ってくださいっすそうすりゃ分かるっすよ!」

「嫌だ! やめっ、こら、袖を顔に押し付けるな!」

座り込んで塀にもたれたりしているせいだろう、毛羽立ちは背中側の方が酷い。

「せんぱいせんぱいせんぱい! 歌見せんぱいが酷いっすぅ! 俺汚くないっすよね、綺麗っすよね!?」

「あぁ、綺麗だしいい匂いがするよ」

「ぅへへへ……歌見せんぱぁい、さっきのは嫉妬だったんすか? そうなんすか? 男の嫉妬は見苦しいっすよ。歌見せんぱいだって毎日同じ服着てるじゃないっすか」

「え? いや……違うぞ。タンクトップは同じものを複数買ってあるし、シャツとジーンズは毎日違うだろ。よく見ろ」

「……歌見せんぱいのこと観察する趣味はないっすよ」

仲がいいのか悪いのか、なんだかよく分からない二人だ。どちらだとしても見ていて萌えることに変わりはないが。

「なぁ、水月……昨日言ってただろ、本借りたいって。空いてる日……親の居ない日はないか?」

本屋の裏口から出ると歌見はレイに聞こえないよう小さな声で尋ねてきた。

「おやパイセン、わたくしの家にトゥギャザーしたいのですか? どぅふふ……いつでも構いませんぞ、親は居ますが」

「親はまずいな、留守にする日はないのか?」

「せんぱーい、秘密のお話は嫌っすよ。何話してるんすか?」

気持ち悪いらしい話し方はやめ、歌見が俺の親が留守にしている日を狙っているのだと正直に話した。

「警戒する気持ちは分かるっすけど、せんぱいのお母さん優しいし大丈夫っすよ。俺前に行ったんすけど、すっごい歓迎されたっす」

「いや、だが俺は歳上で……そもそもお前が歓迎されたなら俺はもう、いや待てよ、別に彼氏だと正直に言う必要はないのか。バイト先の先輩に本を貸す……でいいよな」

「声を上げなきゃ、の話ですね」

わざとらしく胸筋の谷間を見つめてやると歌見はシャツを引っ張って胸を隠した。女性のような仕草をする筋骨隆々の大男……イイな。

「明日行ってもいいか?」

「はい、泊まります?」

「本を借りに来た先輩を泊めるって嘘と都合が付かないだろ。それに、八昼のバカを一人には出来ない。アパートの大家に住人との関係が悪いし、ミルクを飲んだ後にゲップさせるのを頻繁に忘れるからな……クソ、胃が痛くなってきた」

「やひる……? さん? って昨日会った妹さんっすよね」

赤ちゃんの方はたっぷり可愛がらせてもらったが、妹の方はあまりちゃんと見ていないな。多分歌見には似ていなかったと思う。

「あぁ、八に昼と書いてやひるだ」

「先輩は七に夜でななよでしたよね。いいですよね、そういう兄妹でなんか共通点ある感じの名前って」

マンガなどで共通点があったり対になっていたりする名前のキャラが出るとテンションが上がるだろう? 今の俺の精神状態はそれだ。

「二人兄妹だが、更に下が居たら九に朝とかか? 読み方が分からんな」

「兄弟……俺一人っ子なんですよね。ちょっと憧れます、秘めていた禁断の恋心……実は血が繋がっていないと分かり家の中で燃え上がる愛……!」

「赤ちゃん可愛かったすねぇ~、せんぱいの赤ちゃん産みたくなっちゃったっす。名前は、ん~……せんぱいが水月っすから、水星と書いてマーキュリーがいいっすね」

「俺一人で処理しなきゃダメなのかこのボケの渋滞! クソっ……水月、この特殊な恋愛脳が! 木芽は何だお前、何なんだお前! お前は産めないしキラキラネームだし……!」

俺は趣味とおふざけを兼ねた発言だが、レイはおそらく天然であのぶっ飛んだ発言をした。油断ならないな。

「マーキュリーかぁ……俺マーキュリー好きだけど、子供の名前にはなぁ……」

「俺はタキ面様が好きっしたね」

「略称おかしいだろ」

おっ、しっかり何のアニメの話か伝わったな。一応女児向けなのに……二人とも結構アニメ見てるんだなぁ。なんか嬉しい、話広げてみようかな。

「先輩は誰が好きですか? ってか見たことありますか? 俺は母さんの友達が好きでビデオ子供の頃に見せられたんですけど、先輩も流石に世代じゃないですもんね」

「見たことは、ある……俺は……その…………ッシュ、ア……とか、すき……かな」

なんでめちゃくちゃ照れてるんだ? カンナくらい声小さくて聞き取りにくいぞ。

「あー! キャスト見てひっくり返りましたね俺」

「そうなんすか? 俺キャストとか気にしないんすよねぇ」

「声優にはあんまり詳しくならない方がいいよ。探偵もののアニメ映画ですぐ犯人分かっちゃうからな……」

「分かる……! 分かるぞ水月、映画登場キャラの中で一人だけ知名度が違う声優が演ってるキャラが居るんだよな……!」

「途中からアクションとエンタメ路線に寄ってくれてよかったですよ、謎解きはともかく犯人当ての楽しみないんですもん。先輩映画はどれが一番好きですか?」

「やっぱりベイカー街だな、水月は?」

「俺推しが活躍するから紺青~」

疎外感を覚えていそうな不満げな顔をしていたのでレイの方を見る。遅れて歌見もレイを見つめた、彼の好みを聞くと思ったのだろう。

「純黒……っすね、ラストの切なさがたまんないっす」

「おぉ、分かるぞその気持ち」

「マジすか! 歌見せんぱい話せるっすね」

友人にしろ恋人にしろ、趣味が合うかどうかは重要だよな。性格だけで考えればあまり合わなさそうな歌見とレイが仲良さげに話している。

「せんぱいせんぱい! 何ボーッとしてるんすか、せんぱいも語るっすよ!」

「……あぁ!」

学校で作った彼氏達はアニメだとかは見るのだろうか、どんなふうに尋ねたらオタクっぽくないのだろうか、そればかり考えてしまっていた。
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