上 下
174 / 1,971

ここに居るのは一人の人間

しおりを挟む
店の中でギャン泣きしていたこともあり、今日はバイトを早めに上がらせてもらえた。けれど俺は歌見と話したかったから店の裏で彼と立ち話をした。

「パイセンが前にカラコンつけてた漫画なんですが、アレ読み切りより前に同人時代があったんですぞ。キャラとかはだいぶ違いますが世界観設定は同じでして、何より武装変形の見開きは下手すりゃ週刊連載のより力入ってまして……」

「へぇ……! それは知らなかったな、同人か……それじゃ今は手に入れられないのか?」

「そうですなぁ。再録は予定すらありませんしWEB公開もないでしょうし通販もありませんし」

「そうか……」

「ですがわたくしは三作全て揃えておりますぞ」

「読ませてくれ!」

「でーっそっそっそ……いいでしょう! 今度わたくしの家に来てくだされ。しかし売れっ子漫画家の絶版同人を見せるのですからそれなりの対価はいただきますぞ、身体でお支払いくだされ!」

「ふふっ……いいぞ、こんな身体でよければな」

歌見は俺の右手を掴んで自分の胸を触らせる。少し力を入れたただけでも柔らかい筋肉に指が沈み、手のひらに体温が伝わってくる。

「ふぉおお雄っぱぁい……!」

「ふふふ……可愛いなぁお前。カッコつけてるのよりそっちの方が好きだ」

「マジですか、パイセン趣味悪いでそ」

おふざけ半分で返しながらも、俺は素の自分を好きになってくれる人間なんてこの世には居ないと考えていたから、シュカに性格を気に入られたり歌見に本性を好かれたりという最近のラッシュに頭がどうにかなりそうだった。

「なぁ、俺は六番目だって言ってたが……七番目は居るのか?」

「いえ、まだ居ません」

「まだって……まだ作る気なのか? 昨今のハーレムアニメでも四~五人が限度だろ」

「食える可愛い男子が居るなら食っときたいじゃないですか、同じ男なら分かりましょう?」

「……据え膳食わぬは、って? ははっ……ま、もうお前が何股しようとどうでもいいさ、俺を蔑ろにしなければな」

数が増えても愛を割ることはない、俺の愛は常に掛け算だ。そう演説すると歌見は太陽のような笑顔を見せてくれた。

「くふふ……ん? どうした、水月。ぼーっとして」

「……先輩の笑顔、すっごい好きです」

「…………お前と居ると自己肯定感が育つよ」

抱き締められ、唇が重なる。キスは一瞬で抱き返す暇すらなかった。顔が赤いと互いに指摘し合って微笑んで、バイクの走行音に互いから視線を外す。

「お疲れ様っすせんぱい! もうお帰りっすか?」

バイクを停めてヘルメットを脱ぎ、乱れたピンクの髪に手櫛を通しながら少し照れくさそうに笑う。

「あぁ、今日は早めに上がらせてもらえた。レイは? もう終わりか?」

「はいっす。もう着替えて帰るだけっす、ちょっぱやで着替えてくるんで待ってて欲しいっす!」

「分かった。待ってるよ」

軽く手を振って見送り、歌見に視線を戻す。

「レイは五番目です」

「やっぱり……しかし、お前の男の趣味が分からんな。髪染めてるヤツがいいのか? 金髪にピンク頭、俺も一応染めてるしな……」

「別に染めてる子が好きって訳じゃありませんが、三番目の子もメッシュ入れてまっそ」

染めていないのはシュカだけだな、カンナはヅラだからノーカウントだ。

「あの学校染めていいのか? 意外と緩いんだな」

「偏差値高いんで」

「あぁ、自称進学校は校則キツくて本当に頭がいいとこは緩いって言うな……ムカつくんだよなぁ、その顔」

ドヤ顔をしていたら歌見に頬をつままれてしまった。

「……ん? 待て、あの金髪も同じ学校なのか? あんなにバカっぽいのに? あの名門校入ってるのか?」

「近くで見たわけでもないのにバカっぽいバカっぽいって……ま、確かにリュウどのはバカっぽいんですが。彼、特待生ですぞ。数学の」

「特待生!? 数学の!? スポーツ以外で特待ってあるんだな……」

「初めて聞いた時のわたくしと同じリアクションですな」

いぇーい、と特に意味もなく手を叩く。そんなじゃれ合いを楽しんでいると着替えを終えたレイが裏口から出てきた。今日も黒いパーカー姿だ。

「お待たせしましたっすせんぱい。今日は歌見せんぱいも一緒なんすか?」

「あぁ、構わないかな」

「全然大丈夫っすよ!」

目深にフードを被ったレイは満面の笑みを浮かべ、舌ピアスをチラリと見せた。

「えっと、木芽このめ……だったよな」

「はい。なんすか?」

「……お前は水月が浮気しているのは平気なのか?」

「あ、歌見せんぱいに言ったんすねせんぱい」

俺からハーレムについて打ち明けたわけではなく、間抜けにも浮気がバレたという形だったということは言わないでおこう。説明が長くなるからであって、俺がカッコ悪く見えるからとかそんな理由ではない。

「俺はせんぱいのこと傍で見れたらそれで十分だったんす。なのに見つめ返してもらえて、触れてもらえて、愛してもらえて……不満なんてないっすよ」

「……そうか」

相変わらず健気なレイの頭を撫でて愛でる。

「歌見せんぱいは不満あるんすか? 心配しなくてもせんぱいは彼氏多いからって一人一人を雑に扱ったりしないっすよ。非処女の俺でも丁寧に丁寧に食べてくれたっす。監視カメラも盗聴器も置かせてくれましたし、愛してるとか好きとかしょっちゅう言ってくれますし、キスも多いっす」

「えっ……?」

歌見はレイの歳を知らないようで、俺と同い年もしくはそれより歳下に見えるレイが「元から非処女だった」というのは歌見の中では爆弾発言だったらしい。その上に監視カメラや盗聴器なんて犯罪アイテムの話をされたら硬直してしまっても仕方のないことだ。
しおりを挟む
感想 440

あなたにおすすめの小説

小さなことから〜露出〜えみ〜

サイコロ
恋愛
私の露出… 毎日更新していこうと思います よろしくおねがいします 感想等お待ちしております 取り入れて欲しい内容なども 書いてくださいね よりみなさんにお近く 考えやすく

悪役令息に転生して絶望していたら王国至宝のエルフ様にヨシヨシしてもらえるので、頑張って生きたいと思います!

梻メギ
BL
「あ…もう、駄目だ」プツリと糸が切れるように限界を迎え死に至ったブラック企業に勤める主人公は、目覚めると悪役令息になっていた。どのルートを辿っても断罪確定な悪役令息に生まれ変わったことに絶望した主人公は、頑張る意欲そして生きる気力を失い床に伏してしまう。そんな、人生の何もかもに絶望した主人公の元へ王国お抱えのエルフ様がやってきて───!? 【王国至宝のエルフ様×元社畜のお疲れ悪役令息】 ▼この作品と出会ってくださり、ありがとうございます!初投稿になります、どうか温かい目で見守っていただけますと幸いです。 ▼こちらの作品はムーンライトノベルズ様にも投稿しております。 ▼毎日18時投稿予定

騙されて快楽地獄

てけてとん
BL
友人におすすめされたマッサージ店で快楽地獄に落とされる話です。長すぎたので2話に分けています。

平凡なSubの俺はスパダリDomに愛されて幸せです

おもち
BL
スパダリDom(いつもの)× 平凡Sub(いつもの) BDSM要素はほぼ無し。 甘やかすのが好きなDomが好きなので、安定にイチャイチャ溺愛しています。 順次スケベパートも追加していきます

隠れSubは大好きなDomに跪きたい

みー
BL
⚠️Dom/Subユニバース 一部オリジナル表現があります。 ハイランクDom×ハイランクSub

兄たちが弟を可愛がりすぎです~こんなに大きくなりました~

クロユキ
BL
ベルスタ王国に第五王子として転生した坂田春人は第五ウィル王子として城での生活をしていた。 いつものようにメイドのマリアに足のマッサージをして貰い、いつものように寝たはずなのに……目が覚めたら大きく成っていた。 本編の兄たちのお話しが違いますが、短編集として読んで下さい。 誤字に脱字が多い作品ですが、読んで貰えたら嬉しいです。

イケメン彼氏は年上消防士!鍛え上げられた体は、夜の体力まで別物!?

すずなり。
恋愛
私が働く食堂にやってくる消防士さんたち。 翔馬「俺、チャーハン。」 宏斗「俺もー。」 航平「俺、から揚げつけてー。」 優弥「俺はスープ付き。」 みんなガタイがよく、男前。 ひなた「はーいっ。ちょっと待ってくださいねーっ。」 慌ただしい昼時を過ぎると、私の仕事は終わる。 終わった後、私は行かなきゃいけないところがある。 ひなた「すみませーん、子供のお迎えにきましたー。」 保育園に迎えに行かなきゃいけない子、『太陽』。 私は子供と一緒に・・・暮らしてる。 ーーーーーーーーーーーーーーーー 翔馬「おいおい嘘だろ?」 宏斗「子供・・・いたんだ・・。」 航平「いくつん時の子だよ・・・・。」 優弥「マジか・・・。」 消防署で開かれたお祭りに連れて行った太陽。 太陽の存在を知った一人の消防士さんが・・・私に言った。 「俺は太陽がいてもいい。・・・太陽の『パパ』になる。」 「俺はひなたが好きだ。・・・絶対振り向かせるから覚悟しとけよ?」 ※お話に出てくる内容は、全て想像の世界です。現実世界とは何ら関係ありません。 ※感想やコメントは受け付けることができません。 メンタルが薄氷なもので・・・すみません。 言葉も足りませんが読んでいただけたら幸いです。 楽しんでいただけたら嬉しく思います。

処理中です...