冴えないオタクでしたが高校デビューに成功したので男子校でハーレムを築こうと思います

ムーン

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怠慢の代償

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生意気にも数学の本を買ったリュウにキスをして照れさせてやり、真っ赤な顔のまま帰っていく彼を見送った。

「ふん……可愛いヤツめ」

特に意味もなく胸を張ってから本棚整理に戻り、それが終わったら倉庫に入った。在庫チェックを進めていくと倉庫の扉が開いた音がして、誰か来たのかと顔を上げた瞬間、鍵がかかる音がした。

「…………あのー」

営業中は鍵をかけないはずだ。不審に思って恐る恐る扉の方へ向かうと歌見が立っていた。

「歌見先輩! 先輩、なんで鍵かけたんですか?」

「あぁ、水月……ちょっと話があってな」

話? 倉庫に鍵をかけてまでする話? 怪しいな。

(どぅふふっ、積極的ですなぁ。ヤりたいんでしょうパイセン! 全く仕事中だといいますのに悪いお人ですなぁ)

歌見が俺とヤりたくて仕事が終わるまで我慢出来なくなったのだと決めつけた俺は、ニヤニヤ笑いを押し殺して歌見を無言で見つめた。

「…………水月は、俺のこと……好きか?」

「ふふっ、何ですか突然。好きに決まってるじゃないですか、大好きですよ」

「俺は……お前の、何だ?」

「……恋人、彼氏ですよ。ハッキリとは言ってませんでしたね。大好きで大切な歳上の彼氏です」

やっぱりヤりたいんだな。見た目の割に微妙に度胸がないところ、可愛いぞ。

「大好きで、大切………………何人にそれを言ってきた?」

「……へっ?」

「さっきの男は何だ? 金髪のバカそうな男だ、キスしてたよな。知り合いか? それとも今日初めてナンパしたのか? アイツが本命か? アイツにも大好きで大切な彼氏だって言ったのか? あんな態度取ったの俺だけだなんてやっぱり嘘だったんだな、その顔だ……いくら恋愛対象を男に限ったって、俺なんかよりイイの選び放題だ」

「あっ……せ、先輩、聞いてください」

まずい、ハーレムについて説明する前にバレてしまった。リュウとのキスを見られていたんだ。一応周囲は確認したが、気にしたのは客が近くに居ないかくらいだったし、監視カメラもある、迂闊だった。

「言い訳なんか聞きたくない!」

「ひぃっ!?」

ガァンッ! と大きな音が耳を劈いた。歌見の拳が俺の頭のすぐ隣にある、壁を殴ったのだ。理解すると全身が恐怖に震え、立っているのがやっとになった。

「……お前みたいな顔のいいヤツ、信じた俺がバカだったよ」

説明しなければいけないのに、今度は拳が当てられるかもと思うと声帯も舌も硬直した。

「…………好きだった。本気で、好きになってた」

歌見が一歩下がると俺の金縛りは解け、浅くない普通の呼吸が出来るようになってきた。

「……じゃあな」

挿しっぱなしだった鍵を回して抜いて、歌見が出ていって扉が閉まると、俺はその場にへたり込んだ。

「はぁ……失敗した」

ハルにも最初期にキレられたのに、ハーレムについて事前に説明すると決めていたのに、また同じ失敗を繰り返した。いや、前回のはハルもカンナも許容してくれたから俺の中で失敗の記憶にはならなかった。

「俺のバカ……」

せっかく素晴らしい肉体の歳上の彼氏を作れたと思ったのに、フラれてしまった。また筋肉枠を探さないといけない、次こそ事前に説明しよう。今度こそ怠慢はしない。


超絶美形になってから一番の落ち込みだ。暗い気持ちを顔に出さないように気を張って倉庫を出て、一旦顔を洗おうとトイレに向かった。トイレにしか水道がないのだ。

「……ん?」

すすり泣く声が聞こえる。トイレで泣き声なんてホラーな雰囲気だ。だが、よくある少女の声ではなく男の声だ。

(この声は……パイセン!? トイレで泣くなんて乙女で可愛いでそ~……って、何言ってんですかわたくし、自分で泣かしておいて)

唯一扉が閉まっているトイレの前に足音を殺して忍び寄る。一歩近付く度、ようやく気付いた罪が俺に鉄球となって結びつくように重さが増した。

(せっかく手に入れた筋肉枠の彼氏にフラれた失敗したって……何それ、何でそんな、ゲーム感覚でものを考えて……コレクション一つ失ったってレベルの落ち込みで、人を一人裏切って泣かせておいて、何を)

素の自分のままでは恋人なんて作れる訳がないから、ゲームや漫画の攻め様を参考にした。超絶美形の自分に現実感がないから、ゲームの主人公を動かしている気分で話せた、俺の心はプレイヤーのままだった、当事者になれていなかった。

(自分が怖い……気持ち悪い。あんなに明るい歌見先輩を、トイレにこもって泣くくらいに追い詰めておいて、その罪に気付けないなんて……失敗だなんて、なんて、なんて気持ち悪い)

自分への嫌悪感に震える手は緩く拳を作り、個室の扉を叩いた。

「……っ! す、すいません! すぐに出ます!」

店長か誰かに出てこいと言われたと思ったのか、歌見は慌てて扉を開けた。少し赤くなった目を見開いて、扉を閉めようとした。俺の身体は自然と動いた、扉の隙間に足先を突っ込んでこじ開け、個室の中に押し入った。

「……何のつもりだ、水月。言い訳なんか聞きたくないと言ったよな、浮気されて泣くような女々しい俺を笑いに来たか!? お前なんかもう大っ嫌いだ!」

大声を出す歌見の目から、ポロッと大粒の涙が零れた。

「俺なんかがお前に釣り合うなんてありえなかった、遊ばれてるって気付くべきだった、大学で身の丈にあったブスを探すよ。出ていけ、嫌いだ、大嫌いだっ……顔がよけりゃ何でも許されると思いやがって。その通りだよ俺はそんな綺麗な顔殴れないっ! クソっ!」

「…………ごめんなさい」

「謝って済むと……!?」

俺が泣いてどうする。ちゃんと謝罪しないと、歌見の涙を止めないといけないのに、よりを戻してなんて言えないのだからせめてキッパリ別れて歌見に立ち直ってもらわないといけないのに、何泣いてるんだよ。

「ごめんなさいっ……ごめんなさい、先輩、ごめっ……ぅう……ごべんなしゃいぃ……ゆるしてっ、ゆるしてぇ、フラないでせんぱいすき、だいすきぃ、おねがいゆるしてごめんなさいぃぃ……」

「えっ……お、おい、水月……」

「せんぱっ、せん、しぇ……ん…………うぁああぁんっ! やだぁあっ! ごめんなさいぃっ!」

「お、落ち着け……嘘だろお前、浮気しといて何泣きじゃくって……ふざけるなよ、俺がそんなので絆されると…………クソっ、本当……ズルいよお前」

ちゃんと謝罪したいのに、声に出るのは幼い子供のような泣き声ばかりだ。自分への嫌悪でまた更に涙が止まらなくなる、これまで演技で抑え込んできた「自分」が爆発している。

「そんな綺麗な顔で泣かれたら……何でも言うこと聞きたくなっちまうだろ」

たくましい身体に抱き締められたことさえ気付けずに、この数ヶ月間殺してきた感情を溢れさせ続けた。
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