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どちらにしようかな

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十分以上無言のセイカを抱き締めて頭を撫でながら一人で続けていた。突然セイカが話し出して俺は叫びそうなほどに驚き、喜び、不安に襲われた。

「…………秋風がな」

「……! アキ、が……?」

焦った声を出さないように気持ちを落ち着けて続きを促す。

「俺のこと、スェカーチカって呼ぶんだよ」

「へぇ……?」

「バカにしてんのかな」

「な、なんでそうなるんだよ……アキは普通に懐いてると思うけど」

肯定だけしてセイカの心が落ち着いていくのを待とうかと思っていたが、これは流石に否定しなければならない。

「……だってスェカーチカって呼んでくるんだぞ」

「だってって言われても、何それ……あだ名?」

「え……あぁ、知らないのか。ロシアでは可愛いもんの名前の後ろに付けるんだよ、チカとかシカとか……名前との兼ね合いとか発音的な問題で表記揺れはあるけど概ねそんな感じ。マトリョーシカのシカもそれ。ロシア題材の漫画とか読まねぇの? 鳴雷は知ってると思ってた」

「あー、チカ……はいはい、見たことある。アレかぁ……アレ、ホントにあるんだ」

それが何故バカにしていると解釈出来るんだ?

「チカ……ちっちゃい子供とか、仲のいい友達恋人家族におふざけで言ったりとか、そんなもんらしい」

「ふーん……?」

「お前、みちゅきたんとか呼ばれたらどうよ」

「んふっ……ふ、不意打ちだな。じゃあアキ、セイカのことそんなふうに呼んでる感じなんだ……ふふ、可愛いじゃん」

「……ちょっとバカにしてるっぽくないか?」

判断が難しいな。

「親しみを込めてとかだよ多分……仲良い人とのおふざけで呼んだりもするなら、そう呼んでふざけてみれば仲良くなれるってことだ……みたいに思っちゃってるのかもしれないし」

原因と結果の誤認はよくあることだ。

「とにかくバカにしてるってのはないよ、アキはそんな子じゃない」

「お前だって俺をバカにしてるだろ」

「え……」

「世話してやんなきゃ死んじまう、弱くて情けないヤツだから構ってんだろ。面倒見てやってるって感覚が好きなんだろ」

それもある。セイカには俺が居なければいけないからこそセイカは可愛い。

「……俺はそうだった、俺が構ってやらなきゃぼっちで虐められてたお前だからっ、ちょっと構うだけでめちゃくちゃ嬉しそうにしてたからっ、気分が良くて……好き、で…………俺は、昔からお前に依存してたんだ」

世話を焼かれている側が依存しているように見えて、実は焼いている側の方が執着しているというのはよくある話だ。今の俺もそうなのかもしれない。

「うん……否定はしないよ。セイカには俺が居ないとダメだと思ってる……弱ってるセイカはめちゃくちゃ可愛いよ。でもそれだけじゃない、誓って言える、退院してリハビリ終わって、友達も作って、俺が居なくても平気になったセイカだって俺は大好きなままでいる」

「…………」

「アキがどう思ってるかは分かんない。ちっちゃい子供みたいに、犬猫みたいに可愛がってるのは……俺の方かもしれない。俺が、アキをって話な。他の彼氏もアキをそう可愛がってるヤツは多いと思う、いつもニコニコしてて日本語下手くそだからって、必要以上に幼く扱ってる……」

言葉が通じないから、何を考えているか分からないから、思考が浅い子供や動物のように可愛がる……よくないことだとは分かっているけれど、つい世話をしてしまう。

「アキがそれを感じ取って、ちょっと嫌だなって思ってて、似たような可愛がられ方してるセイカに親近感覚えてるのかもしれないぞ? それで距離詰めてチカ付けなんだったりして」

「…………ありそうだな。つーか、俺も最初に思ったのそれだったなぁ……障害者同士っつってさ」

「今度アキに聞いてみたらどうだ?」

「えー……それは……んー……」

よし、アキの話で母親の手紙からは気を逸らせたな。このまま自殺という選択肢を隠し続けてやる。

「…………まぁ、秋風のことはアイツが来る時に考えるわ。週二回の鳴雷なんだから、今は鳴雷堪能しないともったいない」

「セイカ……! 嬉しいよ、堪能してくれ! 脱ごうか?」

「脱がなくていい」

シャツの裾を掴んだ手を握られた。握り返して微笑みかけるとセイカはバツが悪そうにしながらも頬を赤らめた。

「………………あっ、そうだ、お母さんから手紙もらったんだよ」

空気を変えたくなったのかセイカがまた話し始めた。

「見てたよ」

ぐしゃぐしゃに丸めていたから嫌なことでも書いていたのかとセイカの母への嫌悪を募らせていたが、今話しているセイカはどこか嬉しそうだ。

「半年くらい話してなかったからさ、お母さん俺のこと忘れてるんじゃないかって思ってた」

大事な息子のこと忘れたりしないよ、という言葉はセイカには劇物だと声に出す前に思いとどまったけれど、今の嬉しそうなセイカなら大丈夫そうな気もする。

「お母さんなんて?」

「秘密。鳴雷が他の人に言ったらお母さん自殺教唆で捕まっちゃう」

自殺教唆……つまり、そうか、死ねとか、そういう内容か。嬉しそうにしていたから手紙はそれなりにいい内容だったのだろうと考えていた俺はバカだった。

「…………セイカ」

「ぁ……な、鳴雷が口軽いとか、そういうつもりじゃなくてっ」

「お母さんもういいだろ? 俺が居るんだから。もう完全に乗り換えちゃってくれよ」

「…………あは、何……お母さんに嫉妬してんの、昔の俺と一緒じゃん」

「……嫉妬なんかじゃないよ」

これは憎悪だ。

「鳴雷」

「ん?」

「……大好き。来てくれてありがとう」

「え……あ、あぁ! うん、俺も、大好き」

突然の愛の言葉に動揺した俺をくすくすと笑い、セイカは穏やかな笑顔を浮かべた。

「…………鳴雷はさ、俺のことどうするつもり?」

「えっと、どういう意味だ?」

「……お母さんとか学校とかから助けてくれるって言ってたじゃん、具体的にはどうするつもりなのかって意味」

「あ……それ、は……えっと…………ごめん、まだ全然思い付いてない。で、でもっ、俺に出来ることなら何でもするよ」

「…………そっか。ありがとう、鳴雷。ごめんな困らせて」

呆れられてしまっただろうか。

「落ち込まないで鳴雷、俺今すごく幸せだよ。鳴雷大好き。大好き、鳴雷……鳴雷、ごめんなさい、大好き、愛してる、ごめんなさい、ごめんなさい、好き、ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい」

ちゅ、ちゅ、と頬や首にキスが繰り返される。可愛らしい仕草に萌え、劣情を膨らませた俺はセイカを押し倒した。
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