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撫でてもいい場所

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髪型を崩してしまいそうだから頭を撫でるのはまずいだろうと躊躇った。けれどどこかを撫でたくて、どこなら撫でても大丈夫かハルに直接聞いた。

「……顎?」

手の甲にハルの顎の裏が触れている。猫だとかはこの辺りを撫でるとゴロゴロと喉を鳴らすんだったか。

「顔はあんまりベタベタ触られるとメイク落ちそうでやだしー、喉とか顎の下まではファンデ塗ってないからこの辺ならいーよ」

「そうか……なんか猫みたいだな、可愛いよ」

「みっつんサラッとそういうこと言う……」

いつも経験豊富ヅラをしているハルが照れると何だかギャップがあっていいな、実際はウブな子だから当然の反応なのだが。そもそもウブだということ自体、メッシュ入りの長髪という見た目とのギャップがあって素晴らしい。

「髪もセットしてない日は触っていいよ?」

「そっか。って……セットしてない日、あるか?」

「……ないかも? ぁ、でも、ポニテとかの時は毛先の方なら触っていいよ。ポニテで頭撫でられると崩れちゃうからやだけど、髪の先ならオッケー」

ヘアゴムで結んだ後ろ側、ポニーテールで言う尻尾部分なら触っていいと? 「撫でる」と言うよりは「梳く」になりそうだな。

「なるほど、今日は……」

オシャレなゆるい編み込みはそのまま三つ編みとなり、ハルの後頭部に一本の縄となって垂れ下がっている。

「……今日は無理そうだな」

「あははっ、そだねー。今日はダメ」

「泊まるなら風呂上がりのハルとかも見られるんだよな? その時なら触りたい放題かな」

「そ、そうかも……お風呂上がりの俺とか想像しないでよもぉー、みっつんのえっち!」

俺は今本当に湯上がりの濡れた髪だけしか想像していなかった、ハルの裸や火照った肌なんて「えっち」と言われて初めて想像し始めた。まぁ風呂上がりなら髪単体でも見抜き可能な程度にはエロいが。

「……そうだな、俺はえっちなヤツだ」

「へっ? きゃっ……!」

目の前に立っているハルの腰に腕を回す。生娘のような悲鳴を上げたハルは目を見開いて怯えていたが、俺のシャツをきゅっと握り、呼吸を少しずつ落ち着かせると、瞼を震わせながら閉じて長い睫毛を見せつけた。

「ハル……?」

ぎゅうっと俺のシャツを握り締め、僅かに上を向く。ハルの求めを察した俺は彼の顎に手を添え、唇を重ねた。

「…………ハル、もう目を開けていいよ」

俺は震えている子の口に舌をねじ込めるような人間じゃない。一瞬唇を触れ合わせるので精一杯だ。

「みっつん……ご、ごめんねっ? 俺、俺……みっつんは優しいって、大丈夫だって、分かってるのに……! 身体が勝手にぃっ……震え、ちゃって。嫌だよね水月っ、めちゃくちゃ我慢して気ぃ遣ってんのにこんなっ、こんな、怖がられるの……ムカつくし、傷付くよね……?」

「……俺はどれだけ怖がられても平気だよ。ううん……怖がらせちゃって申し訳ないなってハルに思うだけだ」

「嘘ぉっ……」

「本当だよ」

泣きそうな顔をする美少年を抱き締められないなんて、辛いな。けれど触れれば怖がらせるだけだ、笑顔を作って身動きを取らず、俺の安全性を訴えるのだ。

「俺っ、みっつんに触るのは平気だし……初めてみっつんの家行った時だって、手握られたり近寄られたりしても、ここまで怯えてなかったよね? その……みっつんがセ、セックス……してるとこ、見て……その、意識しちゃって。みっつんが……男なんだって。だから、最近酷くて」

ゆっくりと腕を横に戻し、ハルを解放する。ハルは二歩後ろに下がり、震えを止めて俺をじっと見つめた。

「みっつん……俺がなんでこんなに男の人怖いか、知りたい……?」

「……トラウマってことか? 話したくないなら話さなくていいよ、って言いたいけど……こんなに怯えられると気になるよ。知らずにトラウマ踏み抜くのも嫌だし、教えてくれ」

男という性別以外にもトラウマをほじくり返す言動があるかもしれない、あるとしたらうっかりしてしまわないように注意したい。

「まずね、俺ん家お母さんとお姉ちゃん達しか居ないんだ。お父さんは俺がちっちゃい頃に離婚して、月イチで会うだけだったんだ」

「うん」

「中学生の頃……女の人も男の人も関係なく、援交しまくってた時期があったんだ。ちょっとカフェで同じ席に座ってお話するだけで、三十分くらいで、何万も貰えたんだよ!? そりゃ、やっちゃうじゃん……幻滅しないでみっつん、バカだっただけなの……」

俺が超絶美形だとしたら、ハルは超美少年だ。彼ほどの美人なら随分稼げたことだろう。

「……危ない客に引っかかったとかか?」

「違う……月イチで会ってたお父さん。お母さんは会いたくないって言ってて、俺達姉弟だけで会ってたんだけど……姉ちゃん達が揃ってドタキャンしてさぁ、俺一人で行かされたんだよね。俺は予定なかったし、お父さんお小遣いくれるから行っときたかったし……お父さんのこと嫌いじゃなかったし」

嫌な予感がする。援交で危ない目に遭ったなんて俺の想定を遥かに超えるおぞましい話を聞かされる気がする。

「んで、俺一人でお父さんに会ったんだ。デパート行って、美味しいもん食べてさ、服とか買ってもらっちゃったりしてさっ」

「……うん」

「お父さんのオススメで試着した服、着たまま買ってもらったんだ。あ、もちろんタグは切ってもらって……それでっ、お父さん……俺見て「母さんに似てきたな」って。姉ちゃん達はお父さん似なんだけど、俺はお母さん似なんだよねっ」

「あぁ、女の子は男親に、男の子は女親に似るってよく言うからな」

俺もその例の一つだな。父親の顔知らないけど。

「そうなんだ……えっと、それでさ、買ってもらった服、お母さんが昔よく着てた服と似てたらしいんだよね。だから余計似てたのかなーとか後から思ったりしたワケ」

「うん……」

「脱線したね、ごめんねっ? あの……服、買ってもらった後。新しい服に俺浮かれてたんだけど……あの、お父さんがトイレ行きたいって言い出して……俺も付き添ったんだけど、ぁ、その、多目的トイレってあるじゃん、広いとこ……そこに、押し込まれてさ……俺、俺っ、お父さん、お父さんにっ、俺っ……!」

チャイムが鳴る。張り詰めていた空気が弾けたような感覚があり、麻痺していた身体が動くようになったような錯覚があった。

「……ハル、教室に戻ろう」

「………………未遂、だから」

「えっ?」

「俺っ、ちゃんと……処女だから。みっつんに初めてあげられるから……」

「……うん。もらうよ、ハルがくれるって決めた日に、優しく優しくもらってやるから……泣くなよ、メイク崩れるぞ」

頷いたハルに手を差し伸べる。ハルはしっかりと俺の手を掴み、握り返しても振り払うことなく、俺の隣を静かに歩いた。
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