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家庭科実習
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自らの手を使わない幸せな昼食を終えた俺は教室に戻った後、窓とカーテンを閉めた。これが委員長の仕事なのだ。
(中学ではこういうのって日直がやってたんですが……ま、学校によりますな)
クラスメイト達に教室の外へ出るよう促し、電気を消す。廊下に出たら点呼を取る。
「リュウが保健室、シュカは先に行ってるから二人引いて……今日の休みは一人だけだから…………三人まだだな、誰と誰と誰だ? 分かる人ー……ん、ありがと。どこ行ったとかは……うん、ありがとう」
全員が揃うのを待ち、鍵をかけながら遅れた三人に小言を言う。番号順に並んだクラスメイト達の先頭に立ち、家庭科室へ向かう。
(すごいですぞ、わたくし今リーダーですぞ! 移動教室の前の休み時間は特に余裕を持って行動することを心がけるように……キリッ、とかやっちゃいましたぞ! これでドン引きされてないとかやべぇイケメンすげぇ!)
高校入学前までは想像すら出来なかった超絶美形の権力に心の中だけではしゃぎつつ、顔はキリッと保って家庭科室の扉を開けた。
今回の実習はエプロン制作だ。今後はこのエプロンを着けて調理実習を行っていくのだろう、彼氏達のエプロン姿を見られて手料理を食べさせ合えるなんて最高だ。家庭科大好き。グループも自由だし。
「どーせミシンで縫うならさ~、手縫いいらなくなーい?」
「仮縫いがないとブレちゃうんじゃないか?」
「それは分かるけどめんどくさーい」
まず仮縫いをしてからミシンで縫って、エプロンの紐を通す部分を作る。その後はゼッケンをアイロンで付けるだけ、簡単だ。
「み、くん……糸……と、らな……たす……て」
「糸通し持ってないのか? 貸すからまず自分でやってみような、カンナならきっと出来るよ」
「…………とぉ、たっ……」
「出来たか? やったな」
リュウはまだ保健室だろうか? 二時間連続の授業の間に完成しなければ放課後に残されることになりそうだ、元を辿れば俺の責任だから胸が痛いな。
「……男子校でも家庭科の実習ってあるんですね」
「そりゃあるっしょ。九州男児にゃ分かんないかもだけど~」
並縫いは小中の家庭科でやってきたことだ、シュカもハルも問題なくこなしている。カンナは少し危なっかしい、布が厚くて硬めだから指先の力が弱い彼は力まなければ布に針が刺さらないようだ。
「九州関係あるのか?」
「九州って男尊女卑キツいらしいじゃん」
「いつのどこの話ですか、私の周りではそんなことありませんでしたよ」
「あれ、そなの? 情報古かったかな~」
「大昔のことにこだわる京都人らしいですね」
喧嘩が始まりそうだ、今縫っている部分があと数センチで終わりそうだから、終わったら止めよう。
「それこそいつどこの話って感じ! 全然こだわってないもん! 俺ほぼ横浜だし」
「プライドが高いところから高いところへ移りましたね、無駄なプライド捨てて県名を言いなさい」
「アンタだって出身地聞かれたら博多って答えるでしょ!?」
「……ちゃんと福岡って言いますよ」
「何その間! あっやしー!」
「二人ともそろそろやめろ! シュカ、副委員長が授業中に喧嘩しちゃダメだろ。ハル、あんまり大声出すなよ、みんな針使ってるんだからな」
ハルはぷぅっと頬を膨らませ、シュカはぷいっと顔を背けた。素直に喧嘩はやめてくれたけれど、機嫌は損ねてしまったらしい。
「すんません遅れましたー、保健室行っとったんです」
証明書を教師に渡し、リュウが俺達の班に加わる。微妙な空気になったところで来てくれるなんてタイミングのいいヤツだ。
「リュウ、縫い物は出来るか?」
「ぉん、小さい頃からよぉなんじゃかんじゃとかがらされとったから得意な方やで。刺繍みたいな洒落たもんは知らんけどな」
「そっか、意外と家庭的なんだな」
「……!? みぃ、くんっ……ぼく、苦手、て……わけ、じゃ、な……」
「あぁいや、別に家庭的な人が特別好みって訳じゃないから……落ち着け落ち着け」
簡単に遅れを取り返せそうなリュウの手慣れた手つきにも萌えるが、全く慣れていない危なっかしいカンナの手つきにも萌える。
(レイどのや歌見パイセンは縫い物どうなんでしょう、話のネタが出来ましたな)
料理の腕だとかを聞くのはまたの機会にしよう、調理実習が来月に行われるそうだし。
「ミシン出すぞー」
ミシンは班ごとに二つまで、机の下の収納に入れられているものを掴む。
「これペダル式やん、ふっるいもんあんなぁ」
「踏むヤツだな。中学の時のとだいたい一緒でよかった、これなら経験あるよ。よし、じゃあ俺から……あれ? ミシンってどこをどうやって糸かけるんだっけ」
「教科書に載ってましたよ、予習不足ですね」
流石メガネと言うべきか、シュカはミシンの準備を整えてくれた。
「水月ぃ、返し縫い忘れなや」
「分かってるって」
実は俺はドッドッドッ……というミシン機の音が苦手だ。針が親指の爪を貫通した事故が昔あったという小学生時代の教師の脅し話が軽度のトラウマなのだ。
「仮縫い抜くのめんどくさーい、せっかく縫ったのに抜かなくてもよくなーい?」
やはりカンナが少し危うかったが、みんな無事にミシン縫いを終えた。あの脅し話の事故は本当にあったことなのだろうか? 今思うとそれすら怪しい。
「アイロンは一班に一台か……まぁゼッケン貼るだけだしな。もう終わったよ、じゃあ次シュカだな、シュカ……?」
「一旦置いてください、手渡しは嫌です」
「っと悪い」
ゼッケン貼りを終えたシュカは俺の隣に並んだ、一瞬シュカの顔色が悪く見えたのは気のせいだろうか?
「……なんです? 私の顔に何かついてますか?」
「いや、顔色暗く見えたから」
「おや、気付きましたか。流石です。私、少しアイロンが苦手なんですよ」
苦手なものを小声で教えてくれる仕草は可愛らしくて萌えてしまう。
「小さい頃親父にぶん殴られたことがあるもので……あ、冷えたヤツですよ? 熱いのじゃなくてラッキーでした」
「え……」
「あぁ、親父はずっと前に死んだのでご心配なく」
にこやかに話すシュカに慰めは必要ないだろうし、下手な同情も彼を怒らせそうに思えた。俺は同情らしくならないよう気を付けて微笑み、静かに「そうか」とだけ言った。
(中学ではこういうのって日直がやってたんですが……ま、学校によりますな)
クラスメイト達に教室の外へ出るよう促し、電気を消す。廊下に出たら点呼を取る。
「リュウが保健室、シュカは先に行ってるから二人引いて……今日の休みは一人だけだから…………三人まだだな、誰と誰と誰だ? 分かる人ー……ん、ありがと。どこ行ったとかは……うん、ありがとう」
全員が揃うのを待ち、鍵をかけながら遅れた三人に小言を言う。番号順に並んだクラスメイト達の先頭に立ち、家庭科室へ向かう。
(すごいですぞ、わたくし今リーダーですぞ! 移動教室の前の休み時間は特に余裕を持って行動することを心がけるように……キリッ、とかやっちゃいましたぞ! これでドン引きされてないとかやべぇイケメンすげぇ!)
高校入学前までは想像すら出来なかった超絶美形の権力に心の中だけではしゃぎつつ、顔はキリッと保って家庭科室の扉を開けた。
今回の実習はエプロン制作だ。今後はこのエプロンを着けて調理実習を行っていくのだろう、彼氏達のエプロン姿を見られて手料理を食べさせ合えるなんて最高だ。家庭科大好き。グループも自由だし。
「どーせミシンで縫うならさ~、手縫いいらなくなーい?」
「仮縫いがないとブレちゃうんじゃないか?」
「それは分かるけどめんどくさーい」
まず仮縫いをしてからミシンで縫って、エプロンの紐を通す部分を作る。その後はゼッケンをアイロンで付けるだけ、簡単だ。
「み、くん……糸……と、らな……たす……て」
「糸通し持ってないのか? 貸すからまず自分でやってみような、カンナならきっと出来るよ」
「…………とぉ、たっ……」
「出来たか? やったな」
リュウはまだ保健室だろうか? 二時間連続の授業の間に完成しなければ放課後に残されることになりそうだ、元を辿れば俺の責任だから胸が痛いな。
「……男子校でも家庭科の実習ってあるんですね」
「そりゃあるっしょ。九州男児にゃ分かんないかもだけど~」
並縫いは小中の家庭科でやってきたことだ、シュカもハルも問題なくこなしている。カンナは少し危なっかしい、布が厚くて硬めだから指先の力が弱い彼は力まなければ布に針が刺さらないようだ。
「九州関係あるのか?」
「九州って男尊女卑キツいらしいじゃん」
「いつのどこの話ですか、私の周りではそんなことありませんでしたよ」
「あれ、そなの? 情報古かったかな~」
「大昔のことにこだわる京都人らしいですね」
喧嘩が始まりそうだ、今縫っている部分があと数センチで終わりそうだから、終わったら止めよう。
「それこそいつどこの話って感じ! 全然こだわってないもん! 俺ほぼ横浜だし」
「プライドが高いところから高いところへ移りましたね、無駄なプライド捨てて県名を言いなさい」
「アンタだって出身地聞かれたら博多って答えるでしょ!?」
「……ちゃんと福岡って言いますよ」
「何その間! あっやしー!」
「二人ともそろそろやめろ! シュカ、副委員長が授業中に喧嘩しちゃダメだろ。ハル、あんまり大声出すなよ、みんな針使ってるんだからな」
ハルはぷぅっと頬を膨らませ、シュカはぷいっと顔を背けた。素直に喧嘩はやめてくれたけれど、機嫌は損ねてしまったらしい。
「すんません遅れましたー、保健室行っとったんです」
証明書を教師に渡し、リュウが俺達の班に加わる。微妙な空気になったところで来てくれるなんてタイミングのいいヤツだ。
「リュウ、縫い物は出来るか?」
「ぉん、小さい頃からよぉなんじゃかんじゃとかがらされとったから得意な方やで。刺繍みたいな洒落たもんは知らんけどな」
「そっか、意外と家庭的なんだな」
「……!? みぃ、くんっ……ぼく、苦手、て……わけ、じゃ、な……」
「あぁいや、別に家庭的な人が特別好みって訳じゃないから……落ち着け落ち着け」
簡単に遅れを取り返せそうなリュウの手慣れた手つきにも萌えるが、全く慣れていない危なっかしいカンナの手つきにも萌える。
(レイどのや歌見パイセンは縫い物どうなんでしょう、話のネタが出来ましたな)
料理の腕だとかを聞くのはまたの機会にしよう、調理実習が来月に行われるそうだし。
「ミシン出すぞー」
ミシンは班ごとに二つまで、机の下の収納に入れられているものを掴む。
「これペダル式やん、ふっるいもんあんなぁ」
「踏むヤツだな。中学の時のとだいたい一緒でよかった、これなら経験あるよ。よし、じゃあ俺から……あれ? ミシンってどこをどうやって糸かけるんだっけ」
「教科書に載ってましたよ、予習不足ですね」
流石メガネと言うべきか、シュカはミシンの準備を整えてくれた。
「水月ぃ、返し縫い忘れなや」
「分かってるって」
実は俺はドッドッドッ……というミシン機の音が苦手だ。針が親指の爪を貫通した事故が昔あったという小学生時代の教師の脅し話が軽度のトラウマなのだ。
「仮縫い抜くのめんどくさーい、せっかく縫ったのに抜かなくてもよくなーい?」
やはりカンナが少し危うかったが、みんな無事にミシン縫いを終えた。あの脅し話の事故は本当にあったことなのだろうか? 今思うとそれすら怪しい。
「アイロンは一班に一台か……まぁゼッケン貼るだけだしな。もう終わったよ、じゃあ次シュカだな、シュカ……?」
「一旦置いてください、手渡しは嫌です」
「っと悪い」
ゼッケン貼りを終えたシュカは俺の隣に並んだ、一瞬シュカの顔色が悪く見えたのは気のせいだろうか?
「……なんです? 私の顔に何かついてますか?」
「いや、顔色暗く見えたから」
「おや、気付きましたか。流石です。私、少しアイロンが苦手なんですよ」
苦手なものを小声で教えてくれる仕草は可愛らしくて萌えてしまう。
「小さい頃親父にぶん殴られたことがあるもので……あ、冷えたヤツですよ? 熱いのじゃなくてラッキーでした」
「え……」
「あぁ、親父はずっと前に死んだのでご心配なく」
にこやかに話すシュカに慰めは必要ないだろうし、下手な同情も彼を怒らせそうに思えた。俺は同情らしくならないよう気を付けて微笑み、静かに「そうか」とだけ言った。
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