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ひとまず帰宅

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窓から見える空が赤く染まる頃、俺はカンナの家を後にしようとしていた。

「お邪魔しました」

「……怒鳴ってすまなかった」

玄関まで見送りに来てくれたカンナの父親は深々と頭を下げてくれた。

「今まで君みたいな子はいなかったから……すまない、誰も信じられなくなっていたよ。これじゃ人の親なんて務まらないな」

「……お義父さんはご立派ですよ。大切な息子を守るって気概、すごく伝わってきました。怖すぎて泣きました」

「ご、ごめんな? 見た目に反して気弱なんだな……」

中身はまだ超絶美形のこの身体に追いついていない。付け焼き刃がバレるのは困るな。

「……カンナを頼むよ」

「はい、任せてください」

キリッと顔を整えた瞬間、ひょこっと顔を出したカンナを見て顔が緩む。

「みぃくん、ばい、ば……」

「あぁカンナ、見送りに来てくれるなんて嬉しいよカンナ……! 可愛いなぁ持って帰りたいなぁ可愛いなぁ」

「わ」

「お前……父親の前で。気弱と言ったのは訂正するよ、いい度胸だな」

小さく手を振るカンナの魅力に吸い寄せられたのに、キスは我慢してハグで留めたことをむしろ褒めて欲しい。

「す、すみません」

「ぁ…………お父さんのバカっ!」

「カンナっ!?」

抱き締めるのをやめるとカンナは俺を凄んだ父親に喚いた。軽くなだめ、改めて別れを告げ、玄関の引き戸を開けた。

「みぃ、くん……おうち、着いた……めっせ、じ……」

「あぁ、家に着いたらメッセ送るよ。ばいばいカンナ、さよならお義父さん」

赤色すら失った空の下を歩き、電車を乗り継いで自宅に帰った。部屋着に着替えたら約束通りカンナにメッセージを送る。

「着いたよーっと、これでいいかな」

下半身だけで出来る筋トレをしながらスマホをいじる。そういえば……と気になって「親父さんに俺のことなんて話してたんだ?」と聞いてみた。

『入学式の日には友達できた』
『入学式の次の日には彼氏になったって言った』

入学式の日はまだ俺は友達認定だったのか。口にではないけれど、キスしたのに。

『変な反応されなかったか?』
『ほら、男同士だろ。大丈夫だったのか?』

『僕は男の人好きになるって知ってるから大丈夫』
『みーくんみたいなカッコイイ人昔から大好き』

なるほど。それなのに男同士でのセックスのやり方を知らなかったところ、カンナのピュアさが際立っていいな。
初めから男が好きなのはカンナとシュカとレイか、ハルと歌見は俺で目覚めた感じだし、リュウは……アイツは痛けりゃ何でもいいんだろ。

『大丈夫ならよかったよ』
『初恋はいつなんだ?』

『初恋はみーくん』
『恋って感じのは今までなかった』

それは嬉しい。

『ごめん、お母さん帰ってきたから一旦終わるよ』

スマホをポケットに突っ込み、玄関に出迎えに行く。

「おかえりなさいでそママ上~、痛ぁっ!」

「口癖治しなさい! もう帰ってたのね、彼氏の家行ったんでしょ? 朝帰りくらいしてきなさいよ」

「カンナたそはピュアピュアですからな。まぁ素股などなどはしましたが!」

ハリセンで叩かれながら荷物運びを手伝い、夕飯の準備を始めた母の隣で会話を続ける。

「で、カロリーは? 昼は向こうで食べたんでしょ?」

「手料理のカロリーなんぞ分かる方がおかしいのですぞ」

「写真からカロリー計算してくれるアプリ入れさせたでしょ!」

「あっ。で、ですがアレ! こないだ何の気なしに野良猫撮ったらサバの塩焼きって出ましたぞ!? 多分役に立ちませんぞ!」

「飯用ので飯以外撮れば不具合出て当然でしょ!」

ハリセンで叩かれた後、俺はカンナの家で食べた物の量や材料、味付けなどを細かく聞き出された。そしていつもより少ない夕飯が完成した。

「どうして少ないのですかママ上……」

「念の為よ、太るより痩せる方がマシでしょ」

「酷い……酷いでそ……」

「私が考えてあげた筋トレメニューは毎日こなしてるんでしょうね」

それならちゃんとやっている、やる時間は日ごとにまちまちだが、母が思う一番モテる筋肉量を保っている。

「脱ぎなさい。うん……完璧なバランスの見せ筋……よし、変わってない」

数日に一度、母の前に下着一枚で立たされる。この時間はあまり好きじゃない。

「本当、私すごい……どこをどれだけ鍛えたらよくなるか、完璧に計算してる……顔とスタイルだけでなく、頭もいい」

「ドナルシストですな」

「この筋肉のバランスのいい鍛え方褒めてる彼氏いる? 私の芸術の理解者が欲しいんだけど」

息子を自分の作った芸術品呼ばわりし始めた。

「今んとこ居ませんな……あっ、電話でそ。少々お待ちをママ上殿」

「焦らすのも大事よ」

俺は脱いだ服のポケットに入っているスマホを取り出し、母のアドバイスを無視して相手を一切待たさず電話に出た。

「もしもし」

「彼氏? 聞きたいわ」

母に手首を掴まれてスマホを奪われ、スピーカー機能をオンにして返された。相手には申し訳ないが母には逆らえない、このまま通話するしかないだろう。

『……もしもし、鳴雷 水月さんのお電話でしょうか』

「あ、あぁ……はい、そうですけど」

『鳥待 首夏です』

「礼儀正しい子ね~」

ノイズキャンセリング機能で母の声はシュカには聞こえていないだろう。

「シュカ、どうしたんだ?」

『……明日お家にお邪魔させていただく約束でしたよね、何時頃に伺えばいいか……それと、待ち合わせ場所か住所を教えていただきたいのですが』

「あぁ、じゃあ朝飯終わったら好きな時間に家に来てくれ、後で位置情報コピペして送るから。昼飯用意しとくよ、何がいい?」

『ラーメン以外なら何でも』

ラーメン嫌いなのか? 福岡出身のくせに? 

「分かった、それじゃ……」

「ちょっともう切る気? もっと気の利いたこと言いなさいよ」

鬱陶しいが、男も女も百戦錬磨の母のアドバイスは聞いておくべきだ。しかし気の利いたことと言われてもな。

「……明日シュカに会えるのが楽しみだよ」

『私も丸一日あなたを独り占め出来ると思うと…………ムラムラしてきちまっただろ余計なこと言うなこのクソ童貞が』

「も、もう童貞じゃない! お前が筆下ろししてくれたんだろ」

『るっせぇ! 精神性がずっと童貞なんだよてめぇはよぉ! いい加減非童貞の余裕持ちやがれ!』

通話が切られてしまった。ため息をついてスマホを置いて顔を上げると、母が肩を震わせて静かに笑っていた。
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