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息子をよろしくお願いします
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撮影会は夢のような時間だった。トリップだとか、ゾーンだとか、そういったものにハマっていたのだと思う。クマの部屋着に着替えるカンナを横目にカメラロールを眺めながら、不思議な時間を反芻する。
「みーくん……」
「なんだ?」
「写真……誰、に……見せ、な……でね」
「誰にも見せないで? あぁ、もちろん。これは俺だけの芸術だ」
クマ耳付きのフードを被ったまま微笑むカンナには無邪気な愛らしさがある。撫でようと近寄った瞬間、玄関扉が開く音がした。
「あ……おと、さん……帰って、き……」
カンナは俺を置いて部屋を出ていってしまった。ウサギがケージの中を動き回るガサゴソ音が響く部屋の中、俺は立ち尽くす。
(カカカカンナたそのお父上!? 彼氏の親御さんに会うのは初めてですぞ。どうしましょう……とりあえずは友達と言っておくべきですよな、震えるな声、頑張れ声帯)
顔をパンっと叩き、カンナの部屋を出る。廊下を数歩進むとすぐに玄関で立ったまま話していたらしい時雨親子と遭遇。
(廊下が短すぎますぞこの家!)
家の作りに心の中で文句を言いながら、カンナの父親にお辞儀をする。
「はじめまして、鳴雷 水月です。お邪魔しています」
「あぁ、君がみぃくんか」
カンナは普段から俺の話をしてくれていたようだ。下手なことは言わず、カンナが父親に俺をどう紹介しているのか探った方がいいな。
「いつも息子が世話になってるようで」
「いえ、私の方が世話をされていますよ。カンナさんは本当に……私をいつも助けてくれています」
主に心を。
「はは、まぁ、立ち話もなんだから」
カンナの父親に促されて三人でダイニングに向かう。向かい合って座ることになり緊張していたが、カンナが隣に座ってくれたからまだ──
「カンナ、席を外してくれないか? 水月くんと二人で話したい」
──俺の精神安定剤が!
「……? ぅ、ん」
カンナはあっさりとダイニングを出ていった。
「さて、水月くん……さっき聞いたけれど、カンナの顔を見たそうだね。それでも受け入れた……と。カンナが嬉しそうに話していたよ」
声色が変わった。眼光も鋭い。自分がどんどん小さくなっていくような錯覚がある。
「……一体どういうつもりだ? 安い同情はあの子を傷付けるだけだ。化け物だと思ったんだろ、なんで優しくした。後から離れるくらいなら、すぐに突き放した方があの子にとってはマシなんだ」
彼が求めている回答はおそらく存在しない、俺の本心を最初から決めつけて八つ当たりをしている。何を言っても火に油を注ぐだけだ。
「人と関わらないように生きさせてきたあの子が、入学式の日に友人ができたと笑って話してきた! それを聞いた時の私の絶望が分かるか、いつ爆発するか分からない時限爆弾を抱えてる気分だ、お前はいつカンナを裏切る気なんだ! 今日じゃないならいつだ、明日か! 明日から急に無視する気なんだろ!」
「ぅ、裏切ったりしません……」
「嘘をつくな!」
机を叩いたその音に萎縮する。ダメだ、俺の心の根っこはまだキモオタデブスのイジメられっ子のままだ。大きな音と大きな声は怖い、静かに詰め寄って欲しい、大きな音と声は怖すぎて話を聞き取ることもままならなくなる。
「カンナは実母にすら見捨てられた、私の可愛い化け物だ……お前のような軽薄そうな男に傷付けられるなんて我慢ならん!」
美しくなったこの見た目が不利に働いたのは初めてだが、納得はできた。美人は警戒されるものだ。
「…………化け物だなんて、言わないでください」
「その安い同情をやめろ! カンナが化け物なのは事実だ、それでも私の可愛い息子なんだ」
「違う……カンナさんは、可愛い男の子です……とても、可愛い。顔も、身体も、性格も、何もかも……可愛い」
怒声に抱いた恐怖をかき消すために、俺は彼から見えない机の下でスマホをいじった。撮ったばかりのカンナの裸の写真を眺めて心を落ち着かせ、何とか声を絞り出した。
「…………おと、さん……?」
ダイニングの扉が開く、カンナは立ち聞きをしていたようだ。
「カンナ……部屋に戻っていなさいと言っただろう」
「みぃ、くん……な、で……怒る、の……? みーくん……ぼくの、だいじ……な、人……のに」
「……今までに何度もあっただろう、学習しなさいカンナ。この世には二種類の人間しかいない。お前を見て気味悪がる奴と、お前を必要以上に可哀想に扱って善意に酔う奴だ」
「ちがう……みぃくん、は……ちが……」
今まで彼らが味わってきただろう日々を思えば、俺への対応に怒りは湧かない。ただ、悲しい。
「何が違う! お前みたいな化け物をまっすぐ見つめられる人間なんて存在しないんだ! 整形費用が溜まるまで人と関わるなと言っただろう!」
「みぃくんっ、変態なの!」
「……は?」
「みぃくん……みぃくん、変な人、なの。ゴキブリ愛好家はいるの……化け物のこと本気で可愛いって言える人、いるの」
実父が相手だからだろうか、カンナは比較的しっかりと話せている。カンナに促されて立ち上がると、彼は父親の目の前で俺に抱きついた。
「やめなさいカンナ! もう騙されないでくれ!」
「ぼく……騙されるの、へーき。お父さんが、やなだけで……ぼくの好きな人、いじめないで」
カンナはフードを脱ぐと同時にウィッグを外し、腕を俺の首に絡めた。
「みーくん……」
キラキラと輝く目玉に見つめられた俺は、花に誘われる虫のように彼に口付けた。短く舌を絡め、キスを終えたら頬を吸い、こめかみを舐め上げて額を吸う。
「お前……正気か、なんで……触れるんだ。俺だって……俺だって、痛々しくて、見てられないのに……触れられないのに……」
カンナから離した口で、俺はただ一言の真実を伝えた。
「……カンナがとても可愛い男の子だからです」
それを聞いた父親が何を言ったのかはよく覚えていない、何も言わなかったのかもしれない。またすぐにカンナとの口付けに夢中になってしまった俺には何も分からない。
「みーくん……」
「なんだ?」
「写真……誰、に……見せ、な……でね」
「誰にも見せないで? あぁ、もちろん。これは俺だけの芸術だ」
クマ耳付きのフードを被ったまま微笑むカンナには無邪気な愛らしさがある。撫でようと近寄った瞬間、玄関扉が開く音がした。
「あ……おと、さん……帰って、き……」
カンナは俺を置いて部屋を出ていってしまった。ウサギがケージの中を動き回るガサゴソ音が響く部屋の中、俺は立ち尽くす。
(カカカカンナたそのお父上!? 彼氏の親御さんに会うのは初めてですぞ。どうしましょう……とりあえずは友達と言っておくべきですよな、震えるな声、頑張れ声帯)
顔をパンっと叩き、カンナの部屋を出る。廊下を数歩進むとすぐに玄関で立ったまま話していたらしい時雨親子と遭遇。
(廊下が短すぎますぞこの家!)
家の作りに心の中で文句を言いながら、カンナの父親にお辞儀をする。
「はじめまして、鳴雷 水月です。お邪魔しています」
「あぁ、君がみぃくんか」
カンナは普段から俺の話をしてくれていたようだ。下手なことは言わず、カンナが父親に俺をどう紹介しているのか探った方がいいな。
「いつも息子が世話になってるようで」
「いえ、私の方が世話をされていますよ。カンナさんは本当に……私をいつも助けてくれています」
主に心を。
「はは、まぁ、立ち話もなんだから」
カンナの父親に促されて三人でダイニングに向かう。向かい合って座ることになり緊張していたが、カンナが隣に座ってくれたからまだ──
「カンナ、席を外してくれないか? 水月くんと二人で話したい」
──俺の精神安定剤が!
「……? ぅ、ん」
カンナはあっさりとダイニングを出ていった。
「さて、水月くん……さっき聞いたけれど、カンナの顔を見たそうだね。それでも受け入れた……と。カンナが嬉しそうに話していたよ」
声色が変わった。眼光も鋭い。自分がどんどん小さくなっていくような錯覚がある。
「……一体どういうつもりだ? 安い同情はあの子を傷付けるだけだ。化け物だと思ったんだろ、なんで優しくした。後から離れるくらいなら、すぐに突き放した方があの子にとってはマシなんだ」
彼が求めている回答はおそらく存在しない、俺の本心を最初から決めつけて八つ当たりをしている。何を言っても火に油を注ぐだけだ。
「人と関わらないように生きさせてきたあの子が、入学式の日に友人ができたと笑って話してきた! それを聞いた時の私の絶望が分かるか、いつ爆発するか分からない時限爆弾を抱えてる気分だ、お前はいつカンナを裏切る気なんだ! 今日じゃないならいつだ、明日か! 明日から急に無視する気なんだろ!」
「ぅ、裏切ったりしません……」
「嘘をつくな!」
机を叩いたその音に萎縮する。ダメだ、俺の心の根っこはまだキモオタデブスのイジメられっ子のままだ。大きな音と大きな声は怖い、静かに詰め寄って欲しい、大きな音と声は怖すぎて話を聞き取ることもままならなくなる。
「カンナは実母にすら見捨てられた、私の可愛い化け物だ……お前のような軽薄そうな男に傷付けられるなんて我慢ならん!」
美しくなったこの見た目が不利に働いたのは初めてだが、納得はできた。美人は警戒されるものだ。
「…………化け物だなんて、言わないでください」
「その安い同情をやめろ! カンナが化け物なのは事実だ、それでも私の可愛い息子なんだ」
「違う……カンナさんは、可愛い男の子です……とても、可愛い。顔も、身体も、性格も、何もかも……可愛い」
怒声に抱いた恐怖をかき消すために、俺は彼から見えない机の下でスマホをいじった。撮ったばかりのカンナの裸の写真を眺めて心を落ち着かせ、何とか声を絞り出した。
「…………おと、さん……?」
ダイニングの扉が開く、カンナは立ち聞きをしていたようだ。
「カンナ……部屋に戻っていなさいと言っただろう」
「みぃ、くん……な、で……怒る、の……? みーくん……ぼくの、だいじ……な、人……のに」
「……今までに何度もあっただろう、学習しなさいカンナ。この世には二種類の人間しかいない。お前を見て気味悪がる奴と、お前を必要以上に可哀想に扱って善意に酔う奴だ」
「ちがう……みぃくん、は……ちが……」
今まで彼らが味わってきただろう日々を思えば、俺への対応に怒りは湧かない。ただ、悲しい。
「何が違う! お前みたいな化け物をまっすぐ見つめられる人間なんて存在しないんだ! 整形費用が溜まるまで人と関わるなと言っただろう!」
「みぃくんっ、変態なの!」
「……は?」
「みぃくん……みぃくん、変な人、なの。ゴキブリ愛好家はいるの……化け物のこと本気で可愛いって言える人、いるの」
実父が相手だからだろうか、カンナは比較的しっかりと話せている。カンナに促されて立ち上がると、彼は父親の目の前で俺に抱きついた。
「やめなさいカンナ! もう騙されないでくれ!」
「ぼく……騙されるの、へーき。お父さんが、やなだけで……ぼくの好きな人、いじめないで」
カンナはフードを脱ぐと同時にウィッグを外し、腕を俺の首に絡めた。
「みーくん……」
キラキラと輝く目玉に見つめられた俺は、花に誘われる虫のように彼に口付けた。短く舌を絡め、キスを終えたら頬を吸い、こめかみを舐め上げて額を吸う。
「お前……正気か、なんで……触れるんだ。俺だって……俺だって、痛々しくて、見てられないのに……触れられないのに……」
カンナから離した口で、俺はただ一言の真実を伝えた。
「……カンナがとても可愛い男の子だからです」
それを聞いた父親が何を言ったのかはよく覚えていない、何も言わなかったのかもしれない。またすぐにカンナとの口付けに夢中になってしまった俺には何も分からない。
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