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幸せの始まり

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インフルエンザにかかって四十度近い熱を出した時よりもずっと熱い。身体がぐずぐずに溶けてしまいそうだ。

「ぁ……あっ、は……ぁ、あっ! ぁあっ……」

蕩けた意識によって溶けた輪郭をキョウヤの指先に思い出させられる。俺はもう、キョウヤに触れられなければ自分の身体の形も分からない。

「…………すごいね」

俺はきっと頭がおかしくなったのだろう。監禁され耳をちぎられた父を殺して内臓を売ってその金を寄越して欲しいなんて言ってから一時間足らずで、親子ほど歳が離れた男に触れられて喘いでいる。

「少し身体を撫でているだけなのに、こんなに乱れられるなんて……ふふ、可愛いね」

それはキョウヤも同じだ。キョウヤにとっては他人とはいえ人の生死に関わっておいて、平気な顔をして俺に触れている。
でもそれでいい、これがいい、俺達は正規の手段なんて似合わない。弁護士と未成年というインモラルな組み合わせらしく、反社会的な行為の上で幸せになろう。

「はぁ……はぁ…………はやく、ちょーだい……入れて……お尻うずうずしてっ、もう……無理」

キョウヤはピアノでも弾くような手つきで俺の内腿や腹、乳首を避けて胸を愛撫した。主な性感帯には一度も触れられていないのに、俺の身体はすっかり熱くなっていた。

「レイン……私のレイン、ようやく私のものになったんだね。いや、君がアパートを引き払って二人の新居を買うまでは油断するべきではないのかな」

「はやくぅ……欲しいよ、キョウヤさんのちんこぉ……ねぇお願い、入れてぇ……?」

「…………油断も慢心も、たまにはいいかもね」

「……っ、あ、ぁっ……ぁああああっ!」

身体を裂くように貫く熱い快楽に身を任せ、仰け反り、声を上げる。ハメ撮りを晒される心配も、父がキョウヤに迷惑をかける心配もない、初めて本当のセックスが出来た気がした。



ゲームセンターのバックヤードで父と会ってからしばらく、アパートを引き払って父の家から母の形見を全て持ち出し、本格的にキョウヤの事務所に身を寄せた頃、俺の元に大金が届けられた。

「ふぅん……まぁ、こんなものか。君がこれまで稼いできた金額には程遠いけれど、新生活を整えるのには十分過ぎるね」

札束を数えたキョウヤはため息をついた。これで全て終わったとでも言いたげな表情だ。

「……これ、父さんの?」

「だろうね。彼が健康だったらもう少し上乗せされただろうに、全く役に立たない男だよ。レインを作ったことくらいしかいいところがないね」

冷たい顔と声で吐き捨てたキョウヤは俺を見つめて気まずそうな笑顔を浮かべた。

「……何か欲しいものはあるかい?」

「んー……キョウヤさん」

「おやおやおやおや……いけないよ、そんなふうにからかっては。私はすぐ本気にしてあげてしまうんだからね」

「ぁんっ、キョウヤさん……きてぇ……」

俺の居場所が自分の事務所以外になくなったのに安心したのか、キョウヤは今まで以上に頻繁に手軽に俺を抱くようになった。

「キョウヤさん、ここデスク……」

「いいよ、座って」

仕事机に座らせて抱いたり、エプロンを着けさせてキッチンで抱いたり──けれどコンドームは必ず付けた。キョウヤから離れようとした時に一度、コンドーム無しで挿入された覚えがあるのだが、あの時は俺も気が動転していたし何度も絶頂させられたしで、生の感触なんて覚えていない。

「……生がいいなぁ」

「まだ言っているのかい? ダメだったら」

「前、生で突っ込んだじゃん、キョウヤさん」

「アレはっ…………あの時も、中には出さなかっただろう? ほら、あの話はもうやめ、ほぐしてあげるから足を開いて」
 
あの時が最初で最後のキョウヤとの生ハメセックスだったと思うと感触を覚えていないのがもったいなく感じるけれど、それ以上にキョウヤがあのことをなかったことのように扱うのが腹立たしい。

「……キョウヤさん、アレ俺嬉しかったよ。紳士なキョウヤさんが、あんな乱暴なことまでして俺を引き止めてくれて……気持ちよかったし、愛されてるんだなって思えた」

「…………そうかい。君が傷ついていなくてよかった、愛しているのに乱暴にするなんて……本当にすまなかったと思っているんだよ、私は」

「好きだから乱暴にしちゃうこともあるんだろ?」

「その考え方はダメだよ、レイン。確かに感情を剥き出しにしていると本音を言っているように見えるかもしれないけれど、好きな子は丁寧に大切に扱うものなんだ。蝶よりも、花よりも、丁寧に……ガラス細工に触れる時よりも緊張して、傷つけないよう怖がりながら触れるんだよ」

キョウヤの手はいつも優しい。セックス中、射精寸前の時なんかに俺の手首や腰を掴んだまま力んで少し痛むことがあるけれど、それくらいだしその痛みも必死さが伝わって嬉しい。

「……愛されることは大切にされることだと学びなさい。私が君が傍に居てくれる幸福を忘れ、大切にすることを忘れたなら……逃げなさい」

「キョウヤさんにならちょっとくらい酷い扱い受けてもいいもん」

「……っ、レイン……ダメだよ、ダメ……愛情と丁寧さは共にあるものなんだ、どちらかだけが欠けることはない、どちらかが欠けたように見えたらそれはもうどちらも失われているんだ。レイン、私は君を大切にするよ、生涯そのつもりだ」

何故キョウヤが辛そうな顔でそれを教えてくれるのか、彼の心境がよく分からない。けれど、生涯の愛を誓ってくれるのは嬉しかったので、抱擁で応えた。

「レイン……もう、痛いことも怖いことも、何もないからね。私が全てから護ってあげる……」

抱擁を返され、俺も抱き締める腕の力を強める。俺もキョウヤを大切にしよう、丁寧に扱おう。仕事だからと徹夜は許さない、一日二個以上のプリンやケーキも許さない、健康診断をサボるのも酒もタバコもギャンブルも許さない。

「……うん、大好き」

俺にだけ夢中なまま長生きして欲しい。



俺が制限するまでもなく、甘党のキョウヤは酒嫌いで、味覚が鈍くなるからとタバコも吸っていなかった。胴元が勝つように出来ているとギャンブルにも興味がなく、週三回はジムに通っており、俺よりも健康的な人だった。
ただ──

「キョウヤさん! またキャラメルスナック二袋も食べただろ!」

──お菓子の食べすぎがしょっちゅうあった。

「レインの分はちゃんと別に置いてあるだろう?」

「そういうこと言ってるんじゃないの、おやつは一日一個まで! 糖尿病になったらどうするの!」

「ならないよ。甘いものを食べないと頭が冴えないんだ、大目に見てくれないかい?」

「もー……スナック一気にいっぱい食べちゃダメだよ、せめてもっと健康的なさぁ……ヘルシーなお菓子とかよく分かんないけど……栄養学ちょっとやろうかな……」

こんな喧嘩とも呼べないような淡い諍いが起こると俺は内心喜んでしまう、同棲生活をしている実感が湧くのだ。それにキョウヤは俺が怒ると決まって微笑みながら頭を撫でてくる。

「私の健康を考えてくれているんだね、ありがとう。健康診断は欠かさず行っているからそんなに心配しないでも大丈夫だよ」

「……そう? でも……とりあえず、明日のおやつはプチシュークリーム一個ね」

「そんな……レイン、せめて三つにしてくれないかい? 一つじゃ書類が片付かないよ」

数週間一緒に居れば自ずと互いの扱い方が分かってくる。キョウヤは微笑みかけたり撫でたりで俺を誤魔化してしまうけれど、俺にだって奥の手がある。

「リフレッシュには付き合ってあげるから」

右手の人差し指と親指で輪を作り、その輪に舌を通す。ちょっとした誘惑だ。

「……っ! レイン……そんなふうに私を煽って」

「ダーメ。お仕事終わったらね、俺も勉強するから」

「レイン……はぁ、私の扱いが上手くなってきたね」

「分かる?」

「あぁ、尻に敷かれる予感がするよ」

困ったように微笑みながらキョウヤは仕事机に向かう。

「さ、早く仕事を終わらせてしまわないとね。明日の分も少しやっておこうかな。レイン、明日は休みだったよね? 一緒に物件探しをしよう」

「俺は別にここでもいいけど……」

「お母さんの形見だとかがダンボールに入れっぱなしだろう? 君の個室も用意してあげたいしね、いつまでもダイニングが勉強場所というのも、ねぇ?」

「うーん……うん、そうだね」

一軒家にもマンションにも憧れはないけれど、キョウヤと二人で決めた愛の巣があるというのはイイ。ここはあくまでキョウヤの家だけれど、新しく買えばたとえキョウヤが全額出していたって二人の家という感じがする。

「ペット可がいいとかあるかい?」

「ペット飼う気はないかな。あ、寝室は一つがいい」

「おやおや……ふふ、それじゃあ防音室はどうしようか、急に音楽をやりたくなったりはしない?」

「えー、ないと思うけど……あ、トレーニングルームは? わざわざジム行かなくてもいいじゃん」

「うーん、ランニングマシンくらいならいいんだけれど、私はプールに入りに行っているようなものだからねぇ」

物件探しは明日にしようと決めたのに、キョウヤは仕事で俺は勉強をすると決めたのに、俺達はいつまでも仕事場でマイホームの夢を見続けた。
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