自称不感症の援交少年の陥落

ムーン

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特定人物精神的不感症

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最初、父の殺害依頼を躊躇っていたのが嘘のようだ。縛られている父を見ても何も思わない、耳をちぎられた跡を見ても「グロい」とスプラッター映画を見た時と同じ感想を抱くだけ、父に罵られても何も感じない。俺は薄情な人間なのだろうか。

「もういいのかい? もう話しておきたいことはないんだね? もう死体にも会えないんだよ? 大丈夫かい?」

「うーん……うん、多分大丈夫」

俺はどうして父と話そうと思ったのだろう、数日前の自分の思考すら覚えていないのは勉学も快楽も充実した日々のせいだ。
虐待してきたことを謝れと言いたかったのだろうか? 母の面影を追う以外で俺を愛したことがあったと証明して欲しかったのだろうか? 今まで苦しめられた恨みをぶつけたかったのだろうか? きっとどれも違う。

「あ……一応遺言聞こうかな。父さん、何かある?」

「…………めぐみの腹殴っちまえばよかった」

きっと、父が死んでも大丈夫だと確認したかったのだ。父の怪我や罵声で心が動くようなら父が死んだらこの先の人生でずっと父を引きずることになる、だから俺が薄情者になれるか確認したくて父に会いたがった。きっとこれだ、あの日の俺の思考を分析出来た。

「めぐみが殺されてっ、俺も殺される! お前みたいなガキ産まれるべきじゃなかったんだ、この悪魔!」

「…………俺を不感症にしてたの父さんだったんだね。すごいや……何にも感じない」

あの時抱いた殺意だってキョウヤと俺の人生の損になるからという損得勘定で、苦痛を与えられた怒りからのものではなかった。

「……レイン、行こう」

力強く俺の手を握ったキョウヤの顔を見上げる。悲しそうな、それでいて怒りを孕んだ表情だ。

「うん、不感症治して、キョウヤさん」

キョウヤが俺の手を握ったこと、俺のために様々な負の感情を抱いていることに確かに喜んでいるはずなのに、上手く心が動かない。いつものように笑えない。父から離れる必要があるようだ。
キョウヤに手を引かれてバックヤードから出る──ことは叶わなかった。ボス、親犬、そんな呼ばれ方をしていた強面の男が先に扉を開けたからだ。

「……やぁ、もう帰るところだよ。話は終わった、後は頼んだ。出来る限り苦しめて、惨たらしく、情けなく殺して欲しい」

「わぉ、紳士な弁護士とは思えない発言ですね。まだお帰りいただいては困りますよ、どうしたいか教えてくれないと」

男は演技がかった口調で話しながら俺達を通り過ぎて父の前に立ち、怯えている様子の父を見下ろす。

「カニ缶、犬神、漁船、基礎杭……どれにします? ガキんちょ。あなたには選ぶ権利がありますよ、どうぞ好きなものをお選びください」

「……っ、レインにそんなこと聞かせるな! 私が後で決めて連絡する、それでいいだろう」

「やめて、キョウヤさん。俺自分で決めたい。あの……それ、どれがどんなものなのか教えてもらってもいいですか?」

「あぁ、どういうものかご存知ない? 分かりました」

男は奇妙な隠語の意味を一つ一つ丁寧に説明してくれるようだ、どれが父に相応しいのか不感症な心のままパッと決めてしまおう。

「俺、洒落怖が結構好きで読み込んでるんですよ。それでやってみたくなったのがカニ缶、カニさん知ってますよね? 甲殻類の美味しいアレです。そのカニと一緒にお父さんを缶詰にします。ちびちびちびちび食われたりするわけですよ」

「レイン……やめよう、聞かなくていいこんなの」

「まぁまだやったことないんでどんな感じになるか分からないんですけど、中世ヨーロッパでは鍋責めっていうネズミを腹にもぐり込ませる拷問もあったそうですし、カニでも案外出来るんじゃないですかねぇ」

父の命乞いの声が大きくなった。俺に謝ったりもしているようだけれど、俺の心はもう許す許さないの段階には居ない。

「俺、ホラーが好きなんですよ。それで犬神……あぁ、犬神って言うのは呪詛の一つです。九州、四国、中国地方では結構有名で、大分なんか話が多いですよ」

「……呪い殺すんですか? そんなこと出来るんですか?」

「あはは、ガキらしい可愛いこと言いますね。まず犬神という呪いのやり方を説明しますね。仔犬の頃から育てて懐いた犬を頭だけ出して生き埋めにするんです、んで目の前にご飯を置いとく。でも埋めてあるから犬はそれを食べられず、餓死する……寸前に首をたたっ斬る」

「…………可哀想」

「埋めるんじゃなくて柱に繋ぐとか、蠱毒みたいに犬同士戦わせるとか、バリエーションはあるんですが……ま、ポピュラーなのは生き埋めでしょう。犬神って何か分かりましたね? これをモデルにするんです、つまりお父さんを頭だけ出して生き埋めにします。殺さずに掘り出してちょっと体力回復させた後でカニ缶とか欲張ってもいいですねぇ」

何故だろう、犬だと可哀想なのに父だと可哀想に思えない。

「では次、漁船。これはシンプルに漁船に乗せます。ガキんちょ、金稼がされてたんですよね? 俺同情しました! なのでお父さんに働いてもらってお金を返してもらうのもいいかもって思ったんです」

「……あ、漁船は死なないんですね」

「十中八九死にます。プロの漁師さんに弟子入りとかさせる訳じゃなくて、似たような状況の人集めて船に乗せてマグロとかカニとか取らせるんです。死ぬほど激務ですし……何より報酬は山分けと設定させていただきますので、帰ってくる人は少ない方がいい考えた同乗者さんに船から落とされたりとかもあるそうです。ってかそっちのが怖いから帰りも休めないんですって」

「なるほど……ぇと、それでもし帰ってきたら?」

「報酬は俺に振り込まれるようにするので、俺が手数料取りつつあなたに渡します。死ぬまで船に乗せ続けても、適当なとこで殺しても、どっちでもいいですよ。解放はないですね、口は封じないと」

キョウヤは弁護士として稼いでいるようだから生活に不安はないが、金はあればあるほどいい。俺にメリットのないカニ缶よりはいいかもな。

「では最後、基礎杭。なんか前にも説明したような気がしますが、これは死体の隠し方です。建物建てる時に杭打ちってのをするんですけど、その杭のコンクリートに混ぜたり、杭打ち用の穴に落としたりします。殺されてるってバレても死体は出ませんよ」

「なるほど……じゃあこれってもしかして、他のヤツにしても……?」

「最終的な処分はこれになりますね、海の藻屑になる以外はだいたいこれです」

これで四つ全部教えてもらった。父の末路としてではなく、こんな闇が世に存在しているというのが怖い。

「お金はあった方がいいし……漁船がいいのかな」

「カニ缶以外はバラ売りさせていただきますので、俺が手間賃取りますけどそれなりに金は入りますよ」

「バラ売り? って何ですか?」

「バラして売ることですよ、内臓とか角膜とか。酒とタバコやってても売れるところはありますからね」

植物状態になった訳でも、死んだ訳でもない人間から臓器を摘出して売るなんてことが現実で行われているなんて知りたくなかった。

「で、どれにします?」

「……別にもう恨みもありませんし、出来るだけお金が稼げるやり方でやってください。漁船……生きて帰ってきたらバラ売り、基礎杭……になるんですよね、多分」

「ええ、でも漁から帰ってこれなかったらバラ売りだけのが高くなりますけど、どうします?」

「お金に困ってるって程じゃないのでどっちでもいいです」

「分かりました」

「……じゃあ、失礼します。キョウヤさん、帰ろ」

怒りや焦りなど自分勝手な感情を込めた目で俺を睨む父から視線を外し、心配そうに俺を見つめているキョウヤを見つめ返す。

「ま……待て、待てレインっ、待て! 嘘だろ、なぁ、本気で俺を殺させる気か!? 違うよな、俺をちょっとシメてやろうって客集めて芝居打ってんだろ、なぁ! どうだ、当たっただろ!」

キョウヤと手を繋いだままゲームセンターを後にし、事務所へ帰る途中スイーツショップに寄ってシュークリームを買い、事務所に着いたらそれをすぐに冷蔵庫に入れた。

「キョウヤさん……今日一日暇なんだよね? 抱いてよ。父さんと話したけど何か何も感じらんなくてさ、もしかしたらまた不感症になったのかなって」

「レイン……君はきっと失望してしまっただけだよ、君の心はちゃんと働いている。大丈夫」

頭を撫でられるとそれまで凍りついていた表情筋が動くようになり、一瞬で不感症もどきを治してくれたキョウヤに改めて感謝した。
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