自称不感症の援交少年の陥落

ムーン

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もうどうでもいい人

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大学内の図書館で友人が出来た。その友人の友人グループに紹介してもらい、どんどん友人が増えて大変だった講義のノート取りが少し楽になった。
ずっと一人で食べていた昼食をその友人達と食べるようになった。有益な情報から無意味な笑い話まで、歳相応の話というものを初めて出来た。
二十歳になったら一緒に酒を飲んでみようと約束し、誕生日を教え合ったり連絡先を交換したりした。

「じゃあなー、無患子ぃー」

「ん、また明日~」

バイトが忙しいからと嘘をついて大学が終わった後の遊びに付き合わなくても、彼らは俺を毎日仲間に入れてくれて、出られなかった講義のノートを写させてくれた。

「ただいま、キョウヤさん」

気のいいアイツらは俺が倍以上歳の離れた男と付き合っていると知ったらどんな顔をするだろう。キョウヤとの関係は大切な秘密だから、誰にも漏らす気なんてないけれどたまに考えてしまう。

「おかえり、レイン。もう行くかい?」

「うん」

俺の約束を果たすため、キョウヤは今日仕事を入れていない。そんな迷惑をかけておいて今更躊躇う勇気なんて俺にはない。

「よし、おいで。駅前のゲームセンターだったね、あの辺りに駐車場はないし……歩いていこうか」

「うん」

これまでカフェやレストランに行くことはあっても、二人で街中を歩いたことはなかった。俺達の関係はすれ違う人々にはどう思われるのだろう。

「今日の大学はどうだった?」

「えっとね、講義は普通。教授の言ってることだいたい分かった。あ、前に図書館で仲良くなったヤツとお昼ご飯食べたんだけど、その時にね……」

やはり親子だろうか? 顔は似ていないけれど、キョウヤは俺の父よりも歳を食っているけれど、親子と考えて差し支えない年齢差ではあるはずだ。

「そうかい、お友達と仲良くしているんだね。楽しそうで安心したよ」

街中で手を繋いだりキスしたりは出来ないけれど、俺は元々そういったイチャつきを求めるタイプではないらしく、今のところ不満はない。むしろ秘密にしていることでキョウヤとの関係に神秘性を見出して一人満足するタイプのようだ。

「……恋人なんかは出来そうかい?」

「俺の恋人はキョウヤさんじゃん」

「そうなんだけどね、もし可愛い女の子が君を好きになって、君も満更ではないのなら……結婚を考えたっていいと私は思っていると話しておきたくて」

「…………なんでキョウヤさんちょくちょく俺のこと手放そうとすんの?」

なんで、なんて聞いてしまったけれど理由は分かっている。キョウヤは性別と年齢を未だに気にしている。

「俺のことそんな好きじゃないの?」

むしろ愛情が強いからだと分かっている、なのに声になった言葉はそれだった。俺がキョウヤに注いで欲しい愛情は善良な保護者のように暖かく見守るものではなく、真綿で首を絞めるような恋愛的な愛情だ。

「捨てる準備なんかしないでよっ……!」

キョウヤが想定し、理性で望んでいるのは俺を捨てるのではなく、俺に捨てられることだとなんとなく分かっている。
俺は理性的な愛情なんて欲しくない、欲望のままに穢して壊して堕として欲しい。いや、もう十分堕ちているからこそ、今更理性的にならないで欲しい。
セックス中は俺への独占欲に満ちた言葉を紡ぐくせに、なんて思ってしまう。

「いい加減覚悟決めてよっ! 俺とゆっくり心中する覚悟! 俺は決めてるよ、若気の至りなんかじゃないっ! 決めてるんだ、キョウヤさんと幸せに生きて同じ日に死ぬって!」

「…………」

「キョウヤさんがするのはっ、俺を他の人に渡す努力じゃなくて! 長生きする努力! 分かった!? 俺のこと好きなら俺手放さずに長生きして!」

「……ごめんね、レイン。ありがとう」

先程の発言を撤回して俺の願いを受け入れると決めたようにも、俺の願いを却下する謝罪と俺の愛情への礼のようにも聞こえる。どちらなのか確認するのは怖くて、俺は無言でキョウヤの服の裾を強く握り締めた。

「………………好きだよ、レイン。愛している、私の最後の男は君だ」

「俺の最後もキョウヤさんだもん」

「そうかい……それは、とても光栄だよ」

キョウヤは自身の服の裾を掴んでいる俺の手をそっと撫でた。

「私は案外嫉妬深いんだよ」

「……知ってる。セックスしてる時は他の男に渡さないとか言ってくれるもん……いつもそれがいい、冷静になっても捨てようとなんてしないでよ」

「君はまだ私の嫉妬深さを知らないね、私は自分の服にも嫉妬するよ」

「………………いいの?」

キョウヤは俺を見つめてにっこりと微笑み、頷いた。俺はキョウヤの手を握り、キョウヤの肩に頭を預け、キョウヤの腕をもう片方の手で掴んで泣いた。

「……泣かせたくなんてないんだ。自分が許せないよ……ごめんねレイン、大人はどうしても本音と建前が分離してしまっているから……分離が終わっていない子供の君を混乱させてしまうね」

「きょーやさん俺のこと好きぃ? 捨てない?」

「…………うん」

「ならもうあんなこと言わないでぇ……俺きょーやさんと一緒に死ぬの、もう決めたの、頭ん中で何回もシミュレーションした、きょーやさんと同じ棺桶入って焼かれるのぉっ……」

「おやおや……死に方は苦しくないものを選んで欲しいな」

泣きながら歩いて駅前のゲームセンターに到着し、裏口を背にしてタバコを吸っているチンピラにキョウヤが話しかけた瞬間、俺は父のことを思い出した。

「……あっ」

今この瞬間まで父のことを忘れていた。この調子なら俺は父を殺させた罪悪感に苦しまずに済むだろう、真っ当な選択肢を選ばなくてよかった。やはり俺は堕ちた人間だった。

「キョウヤさんの火葬で死ぬのダメ? じゃあキョウヤさんのお墓で頭打って死ぬ」

「痛そうだねぇ……」

ゲームセンターのバックヤードに通され、薄い金属の扉を抜けて俺は息を呑んだ。

「……っ、こ、こんな普通にしてるものなの?」

「…………私も予想外だよ、まさかこんなふうになっているとはね」

目隠しと猿轡をされた父がパイプ椅子に縛られていた。父はうなだれていたが人が来たと気付くと唸りながら身をよじった。
俺は父ということは関係なく、これから殺される人間が駅前のゲームセンターという人の多い場所で、壁も扉も薄い建物で、外から扉二枚の部屋で、普通の出来事のように監禁されていることに恐怖を覚えていた。
凶悪な犯罪は身近で起こっているのだ、平穏な日常と地続きに。

「おっ、よっすレイン君、おにーさんのこと覚えてる?」

「あ……家の前にいた人。パピーさんでしたっけ」

「……君か、最初にヘマをした犬は」

俺がキョウヤの言いつけを守らずに自宅に行った際に出くわした、子犬のパピーを名乗る不審者がバックヤードに入ってきた。タバコを吸っていた男は門番兼案内人のようなものなのか、裏口に戻ったようだ。

「ははは……さーせん、えーと、チューリップ狂でしたっけ? チューリップ好きなんすか?」

「好きだけどね。なんだか発音が気になるな……君の親犬が言っているのは卿、敬称だよ。イギリスの爵位を持つ人物だとかに使われるものだ」

「イギリスの人なんすか? なんか目の色薄いと思ったんすよ」

「そうじゃなくて……はぁ……君と話すのは親犬とは違う意味で疲れるな」

拘束されている父を尻目に普段通りの調子で話すキョウヤに僅かばかりの恐怖を覚えつつ父を観察すると、猿轡に血が滲んでいるのに気が付いた。父の周りを回って観察すると、右耳がないと分かった。

「…………あ、あの、父さんなんか怪我してません?」

「ん? あぁ、ボスかな。コロシ決まったからテンション上がっちゃったんだと思うよ、あの人サドいからなー」

「……犬がはしゃいでぬいぐるみを破るようなものだろう、拷問でもない……全く、酷いことをするよ」

「へへっ、個人から殺人依頼受けることなんかまずないっすから、俺らもテンション上がってますよ。これからも有限会社ブギードッグをご贔屓にしてくださいっす」

「……有限会社法は廃止されているよ。まぁ、君達に法がどうこうと言っても仕方ないか」

依頼人にも俺にも優しい顔しかしないから、キョウヤの態度と表情が冷たいのは新鮮だ。冷たい顔を見上げているとゾクゾクする、妙な性癖に目覚めそうだ。

「ブギードッグ……って、パピーさんとかまとめての名前ですか?」

「そ。ブギーマンって分かる?」

「恐怖の実体化だね。足を出して眠るとお化けに足を引っ張られる、イタズラをする悪い子はお化けにさらわれる……そのお化けのことだ」

「さっすが弁護士せんせー。そのブギーマンをもじってブギードッグ、裏で闇で実態不明で都市伝説で……そんなふうに働くからね」

「……もういいかい? 早く用事を済ませてしまいたいよ。それともまだ雑談で気持ちを落ち着かせたいかな。どうする? レイン」

「………………早く済ませて帰りになんかスイーツ買ってこ」

「おや、それはいいね。楽しみだ」

キョウヤが子犬を名乗る男に視線を送ると、彼は父の目隠しを外した。俺を見つけて目を見開き、睨みつけて唸る父の猿轡を外すかどうか、今度は俺に視線が送られた。
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