自称不感症の援交少年の陥落

ムーン

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正当と自分勝手、幸せに近いのは

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父を殺そうと首を絞めた俺の罪、俺が産まれる前から俺に死ねと憎悪を向けその感情のままに俺を虐め続けた父の罪、その罪達に与えられる罰は何だろう。

「俺、は」

俺は父を恨んでいるのだろうか? 分からない。父の顔を思い出しても恐怖や嫌な記憶が蘇るだけで感情が上手く働かない。そもそも恨んでいたとしてもチンピラに殺人を依頼するなんて間違っている。

「…………訴え、ます」

俺が父に殺意を抱いたのはキョウヤにハメ撮りを見られたくない一心だった。けれどキョウヤは既にそれを知り、見ていただけでなく近親相姦に関しては俺に非がないと言ってくれた。
だからもう父を訴えて起こる俺にとって不都合なことなんて殺人未遂の罪しかないし、実際にやってしまったのだから罰されても仕方ないと思っている。

「……お父さんを法で裁いて欲しいんだね?」

「ちょっと待ってくださいよ、よく考えてくださいガキんちょ、親父を訴えたらアンタの殺人未遂も問われるかもしれませんよ」

「はい……でも、仕方ない。やっちゃったんだから……いいんです、罰、受けます」

「私が可能な限り減刑させてみるよ」

キョウヤは待っていると言ってくれた。たとえ投獄されたってその事実さえあれば檻の中でも俺の心は温まる。

「綺麗事ですね。執行猶予付きの判決が下るとしても大学には居られなくなるでしょう。売春に関しても問われるかもしれませんし、あなたのことはきっとマスコミがセンセーショナルに書き立てる」

「売春は父親が強制したことだよ、レインは悪くない」

「俺が男の人からたくさんお金取ってたのも、父さん殺そうとしたのも事実だから……それに何言われたって、それも罰みたいなものでしょう」

「……レイン、君はとてもえらいよ。罰を受け入れるなんてそうそう出来ることじゃない」

俺をぎゅっと抱き寄せるキョウヤを男は鼻で笑った。

「えらい? 愚かの間違いでしょう。何も分かってない。いいですか、あなたは父親に虐待され身体を売らされ、その末に父親を殺そうとしたものの考え直して正当な裁きを法に求めた可哀想ながらも聡い子供だなんて報道されない」

キョウヤへの態度は気に食わないが、きっと彼の方が現実を見ているのだろうとは思う。

「母親が死んで忙しい父親に少し放ったらかされたからってグレて身体を売って、男手ひとつで育ててくれた父親を親不孝にも殺そうとした最低のガキとして名が売れるんですよ」

「……君は本当にマスコミが嫌いだね。そんな報道をするような会社はないだろうし、あれば私が声を上げるよ」

「あなたの買春もバレますよ。最悪、あんたがガキを唆して保険金でも狙わせたんだろうって邪推までされます。弁護士が男子高校生の身体を貪り続けた最低最悪の性犯罪が日の目を見る日も近いかも知れませんね」

「レインのように親から強制されたり、イジメで援助交際を行う子供は多い。ただ遊ぶ金欲しさなら警察に突き出すだけだし、先程言った問題を抱える子なら親や同級生、先輩などを訴える手伝いもする。そのために男の子と接触しているんだよ」

「ええ、以前男子高校生と繁華街で会っているところをすっぱ抜かれたあなたはそう言って逃れましたね。虐待やDVをよく扱う弁護士であること、そしてその時に撮られた子供が証言したことであなたの言い訳は真実になった。見事な手腕です」

男は不愉快そうに眉をひそめている。

「援助交際を強制される辛い状況を改善する手伝いをしてあげるから、一回だけ抱かせてくれ。顔写真氏名住所を控えた上であなたはそう要求する。遊ぶ金目当てのガキは口が軽いけれど、問題を抱えた子は黙る癖がついているし少なからずの恩を感じるから一回二回のセックスなら受け入れる。受け入れられやすいよう、随分テクニックも磨いたようですしね。子供の目利きも出来てる、丁寧にヤれば愛着が湧くチョロいガキをよくもまぁぽんぽん見つけられるものです。今回チョロかったのはあなたみたいですけど」

「…………君は本当に私が嫌いなんだね」

「そこのガキも助けようとしたけれど先走って殺人未遂を犯したとでも言うつもりですか? 責任を持つとか言って、執行猶予期間や釈放後の面倒を見ると言って大手を振って事務所に迎え入れるつもりですか?」

「分かりやすく法を犯す君よりはずっとマシだと思うけどね」

「一回イケたからってそう何度もマスコミがあなたの不祥事をスルーしますかねぇ、家宅捜索対策にデータだの玩具だのを俺に送り付けるのいい加減にやめて欲しいんですけど」

キョウヤの表情にも不機嫌が滲むようになった。
大好きな恋人であるキョウヤにはいつでも優しく微笑んでいて欲しいから、そんな顔はして欲しくないから、俺だけを見ていて欲しいから、ついつい彼の腕を引っ張ってしまう。

「……ガキんちょ、よく考えろってのは司法やマスコミに関してだけじゃありませんよ。チューリップ卿の年齢も考えた方がいい」

「キョウヤさんの歳……?」

「あなたはまだ十九歳だから数年くらいの実刑判決も大したものとは思えないんでしょうね。しかし彼はどうでしょう、ただでさえあなたとは時間の価値が違う……寿命までの道のりが違うのに、何年も無意味に塀の中で過ごす余裕はありますか?」

「……っ!」

「君ねぇ、私が数年で死ぬと思っているのかい? そこまで歳じゃないよ」

「でも過ごす時間は確実に減りますし、先程言ったマスコミ対応などでストレスが溜まって寿命が更に減りますよ」

キョウヤが俺との年齢差について話す度、胸のどこかがきゅうっと痛くなる感覚があった。今、これまでで一番胸が痛い。
俺がキョウヤの歳になる頃にはキョウヤは既にこの世に居ないだろう。俺は必ずキョウヤに置いていかれるだろう、事故や病気にでもならない限り。

「寿命……なんて、そんな、老衰とは限らないし」

「ええ、あなたが塀の中に居る間に死ぬかもしれませんね。想像してください、刑期を終えて綺麗な身体でチューリップ卿の元へ行こうと鉄格子の隙間から空を眺めて夢見るあなたのところへ、そうですね……暴走車に轢かれ命を落とした彼の訃報が届くんです。もう二度と刑務所に手紙は送られてこないし、刑期を終えたあなたを迎える者も居ません。どうですか?」

「そんなっ、そんなのやだ! キョウヤさんが居なきゃ俺生きてる意味ない! そうなったら死んでやる!」

「だったらあなたの人生は何だったんでしょうね。父親に搾取され続けた末に、その父親を殺そうとしたという至極真っ当な行為で裁かれて、愛した人の腕の中にも戻れず……それでいいんですか? 嫌ですよね?」

「……嫌だ。俺は……俺は、幸せになりたい」

「本当の意味で綺麗な身体というのはね、前科のない人間のことなんですよ。売春も、殺人未遂も、せっかく隠せるのにどうして隠さないんですか? 俺には理解が出来ません」

「君は一度罪悪感という言葉を辞書で調べた方がいい」

「あなたの父親はムショにぶち込まれても罪悪感なんて感じませんよ、後悔もしません、よくもチクリやがったなとあなたへの恨みを溜め込むだけです。あの人も人生詰んでますから……接近禁止命令なんて気にせずあなたを殺しに来たり、逆恨みでチューリップ卿を襲撃するかもしれませんね」

「そんな、ダメ……俺はよくてもキョウヤさんはダメっ」

法に任せると決めた覚悟が簡単に揺らぐ。

「虐待や強姦の罪ってそんなに重くされないって俺は思うんですよねぇ、弱いヤツが悪いとでも言うんでしょうか? 人の心の健全な成長を阻害したにしては、尊厳や心を壊したにしては、大したことがない」

「……君の勝手な厳罰主義をレインに押し付けないでもらいたい」

「いいんですかガキんちょ、本当に心が晴れるんですか、苦しめられてきたあなたとあなたを救うために尽力したチューリップ卿が多大な不利益を負うのにも関わらず、諸悪の根源であるあなたの父親は健康で文化的な刑務所生活を送って入る時よりも健康になって出てくるんです。更生するといいですね」

「……なんで、あなたは俺の父さんを殺したがるんだよ。あなたには関係ないのにっ、殺したり死体を隠したりする手間が省けるのにっ、なんでアンタが俺の父さんを殺したがるんだよ!」

殺人と死体遺棄までやるとキョウヤが払う金が増えるのだろうか? それをネタにキョウヤを恐喝するつもりだろうか? ヤクザを名乗るならそういう真似をするだろう。

「ムカつくから」

「は……!?」

「話聞いてたらムカついたんで殺したいです、それだけですよ。クズを殺すとスッキリする! 罪悪感なんて俺の辞書にはありませんね」

彼の発言には寒気を覚える。だけど、彼くらい開き直って自分勝手に生きられたら、それならそっちの方が幸せそうだとも思ってしまった。
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