自称不感症の援交少年の陥落

ムーン

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存在意義

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大きなベッドに寝転がり、こうこうと輝く電灯をじっと見つめる。

「…………父さん」

俺の名前の由来が俺の死を願ったものだなんて信じたくなくて、昔の記憶を漁る。
毎日暗くなるまで保育所に預けられて、熱を出してしまった日は仕事を切り上げて迎えに来た父親にぶたれた。描いた絵なんて見てもらえず、父の日の贈り物は踏み潰されて、しょっちゅう「お前が産まれたせいでめぐみが死んだ」と呟かれ、怒鳴られ、なじられた。

「……父さん、抱き締めてくれたことあるし……俺っ、父さんに嫌われて……ない」

美容院になんて連れて行ってもらえなかったし、幼い頃はハサミも使えなかったから俺の髪は伸び放題だった。そんな俺を見て父は「めぐみ……」と呟き、抱き締めた。それからしばらくしてフェラや手コキを仕込まれ、身体の成長を待って後孔を男根を受け入れるための場所に変えられた。

「ちがう……母さんの、代わりじゃなくて」

長い髪を学校でからかわれて自分で髪を切った日、初めて失神するまで殴られた。
その後冷静になり、イジメを受けて学用品の買い直しになることを危惧した父は定期的な散髪を許可し、ウィッグを買い与えた。

「俺自身を……」

きっと物心ついた時から分かっていた。父に愛されていないことなんて俺にとっては常識だった。
達観する前、父を心の中で小馬鹿にし出す前……母の代わりにされ始めた頃は嬉しかった。強要された奉仕は苦痛でしかなかったけれど、初めて受ける抱擁や愛撫は心地よかった。母の形見のワンピースを着た時も、初めて身体を売って稼いだ金を渡した時も、喜んだ父の顔が嬉しかった。

「…………」

なんて愚かなんだろう。俺自身には向けられていない愛情に満ちた視線を欲しがっていたなんて、性欲発散の道具にされて喜んでいたなんて、金を稼ぐ道具として使われて喜んでいたなんて、愚か過ぎて笑えてくる。

「レイン、入るよ」

一度でいいから俺を見て欲しかった。産まれてきたことを祝って欲しかった。愛されてみたかった。

「………………キョウヤさん」

「眠くなさそうだね」

「……うん」

灰色の瞳は確かに俺を見つめ、愛情を注いでくれている。

「ケーキは残してあるから、いつでも好きな時に食べていいよ。美味しかったんだろう?」

「……なんでケーキ買ってくれたの? お金持ちなキョウヤさん的にはアレ毎日のおやつなの?」

「ふふっ、流石に記念日にしか買わないよ」

「…………何祝ってるの?」

「うーん……レインが私のものになってくれた記念、とでも言おうかな。君がここに来てくれたことを祝いたかったんだよ」

美味しい顔も嬉しい顔も出来なかったのに、一口食べて「要らない」なんて言ったのに、俺を祝うためのケーキはまだ冷蔵庫にあるらしい。

「…………キョウヤさん」

「ん?」

「俺のこと……好き?」

「好きだよ」

「……愛してる?」

「愛しているよ」

キョウヤの親指が目元を擦る。涙を流してしまっていたようだ。

「ほんと? ほんとに……俺のこと、好き?」

「うん、大好きだよ。年甲斐もなくね」

「……俺と一緒に居てくれる? もしも俺を抱けなくなっても俺のこと捨てないでいてくれる? 俺のこと売らない? 俺殴らない? 俺のこと、俺のことっ……本当に好き?」

「好きだよ、一生大切にする。誓うよ」

「きょーや、さん……きょーやさんっ、きょーやさぁんっ! ぅあぁああんっ! ぁああっ……きょーやさんっ、きょーやさん、きょーやさぁん……!」

「おやおや……よしよし、大丈夫だよレイン……私を信じていいんだよ、安心して……」

泣き叫ぶ俺をキョウヤは優しく抱き締めて背を撫でてくれた。赤子をあやすような手つきと声色に何故だか更に涙が溢れた。
俺は産まれた時、望まれないのに産まれてきたことを後悔して泣いたのだろう。これが本物の産声だ、愛情に満ちた人の腕に抱かれる歓喜の泣き声だ。



泣き疲れて眠って、深夜に目を覚ましてケーキを食べた。寝ぼけ眼なキョウヤに眺められながら、俺は生まれて初めて誕生祝いのケーキを食べたのだ。

「……ふふ、いい顔をするようになったね」

「そぉ?」

「ケーキを食べると幸せな気分になる、分かってくれたかい?」

「うーん……うん、分かった。もっと幸せになれる食べ方も分かったよ」

「へぇ? ぜひ教えてもらいたいね」

ケーキをすくったフォークをキョウヤに渡し、フォークを持ったキョウヤの手を両手で包み、ケーキの一欠片を口に運んだ。

「んー……美味し。こうだよ、分かった?」

「おや、おや……ふふ、よく分かったよ」

「うん、じゃ、あーん」

口を開けて目を閉じる。くすくすと楽しそうなキョウヤの上品な笑い声の後、口に甘いものが入れられた。

「んん……甘いうまい、ケーキ最高」

「……可愛いねぇ」

噛み締めるように言いながら俺の頭を撫でる。

「君には無邪気な笑顔が似合うよ。何の悩みもなく幸せを享受する……そんな君が一番だ。何でも相談しておくれ、どんなことだって解決してみせるよ。君のためなら法を犯すことだって躊躇わない」

「…………ありがとうキョウヤさん、大好き。俺も同じ気持ちだよ」

甘味を口に残したままキョウヤと唇を重ねながら、キョウヤの言葉を反芻する。
俺には無邪気な笑顔が似合うと、キョウヤがそう思うのなら、問題が表面化するまで放置なんてせずにさっさと悩みを潰そう。キョウヤ好みの笑顔を翳らせる悩みを消すため、腹を括ろう。



翌朝、俺はキョウヤに満面の笑みを見せた。

「おはよう、レイン。今朝もご機嫌だね、朝ご飯はそこのカフェのモーニングでどうかな?」

「何でもいいよ」

事務所近くの高級そうなカフェに入り、俺はベーコンエッグのセットを頼んだ。キョウヤに会ってからあのチェーン店のハンバーガー以外を食べることが多くなった、身体がびっくりしていないだろうか。

「……レイン、お父さんの話してもいいかい?」

「…………なんで」

「あぁ、すまないね……そんなに急に曇ってしまうんだね、ごめんよレイン」

机の向こうから伸ばされた手に頬を擦り寄せ、父を思い出したことによるストレスを緩和する。

「……レイン、私は君のお父さんが何をしてきたのか知らない。君に肩車をしてあげたり、遊園地に連れて行ったことがあるのかもしれない」

「…………ないよ」

「そう、なら遠慮なく言えるね。君のお父さんは人間の屑だ」

「……っ」

思っていることだが、改めて言われるとキツい。

「流れろと産まれる前から願っていたような父親がまともに君を扱うとは思えない、虐待されていたんだろう」

「……そんな、ことは」

「レイン、血の繋がりなんて気にすることはない。君の人生は君のものだ、君の心は君のものだ。親だから、彼がいなければ自分が存在しなかったから、そんな理由で親を愛し慕うなんて間違っている」

「…………」

「親が愛そうとしないなら子供だって親を愛さなくていい、大切にしなくていい、尊ばなくていい。縁を切りなさい」

「……そうしたいと、思ってた」

でも、女装ハメ撮り写真と動画がたくさんあるんだ。親子として愛情や思慕なんてもので縛られている訳じゃない、リベンジポルノもどきだ。

「そう……! ならそうしよう、私は弁護士だ、頼ってくれるね?」

「…………うん」

「よかった。君を手に入れる上で親の存在はとても邪魔だったんだよ」

「ふふ……なんか、あくどいね」

「言ったろう? 私は汚い大人だって」

縁を切れるならそうしたい、二度と父とは関わりたくない。俺が怯えているハメ撮り写真だって性的虐待の証拠だし、脅迫の証拠だ。キョウヤに任せれば世に出ることなく始末できるかもしれない。
でも、キョウヤに近親相姦の事実を知られたくない。

「ごちそうさま。じゃ、俺大学行ってくるね」

「あぁ、今日もまっすぐ帰ってくるんだよ」

「うん、行ってきますキョウヤさん」

キョウヤに手を振って駅へ走った俺は、大学ではなく父の家がある駅へ向かう電車に乗った。
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