自称不感症の援交少年の陥落

ムーン

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選択ミスと選択ミス

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出来るだけキョウヤとの時間を増やしたかった。気に入ってもらって、頻繁に買ってもらう。それが一番だった。キョウヤに買われる夜だけをプラスとしてゼロの日々をやり過ごす、それが最善の選択肢だったはずだ。

でも、俺は求めてしまった。プラスの日々を送りたくなった。
毎朝キョウヤに「おはよう」と言いたかった。太陽の下をキョウヤと歩きたかった。毎晩彼の体温を感じて眠りに就きたかった。
そんな日々への欲望を抑えられなかったから、俺は最初に予定してあったゼロに時々プラスが混じる日々すら手に入らなくなった。

「…………レイン、どうして泣いてるんだい?」

きっともう、キョウヤは俺を買ってくれない。援交相手が結婚を要求してくるなんて、買った側でも売った側でも最低最悪な展開だろう。キョウヤはもう俺に会ってくれない。

「……レイン、話して。君の状況、君の本当の望み……話してくれたらきっと君を助けられる」

「もうやめて」

「レイン……」

「前向いて運転してよ」

高級車は静かに走るから無言が強調されて嫌だ。鼻をすする音がキョウヤに聞こえてしまって嫌だ。

「レイン、私はね、さっきの話が嫌だったわけではないんだよ。自分勝手になれば君みたいな可愛い子と暮らすなんて天国だろう、でも君は……こんな年老いた男と暮らしたって、きっと幸せにはなれない。だから」

「ほ……本気に、したの? やだな……冗談じゃん、リップサービスだよ、本気にすんなよ、キモいよおっさん……」

キョウヤは優しいから断る理由を「俺のため」にしてくる。面倒だと思っただけのくせに、重たい奴と関わりたくないだけのくせに、あぁもう何だか腹が立ってきた。可愛さ余って憎さ百倍とはまさにこのことだ、好きだっただけに負の感情が強い。




ボロアパートに着いた。不幸も幸せも感じない俺だけのゼロの家だ。

「じゃあな、もう二度と会わねぇよ」

「レイン……会わなくて済むなら、きっとそれがいいと思うよ、私達は」

やっぱり俺に愛想が尽きたんだな、未だに引き止めて欲しがる俺がバカなだけだった。

「…………お金、賢く使って幸せになって欲しいな。それじゃあ、レイン……もし助けが必要ならまたメールを」

「もういらねーよ」

『援助』交際、か。俺にとって金は分かりやすい生命線だから、読んで字のごとくだな。でも、もうこの金もいらない。

「……死の」

部屋に入ってすぐに死ぬ方法を探した。けれど刃物は怖いし、火や水はもっと怖い、怖くなさそうなガスは目張り用のガムテープがなかったし、首吊りをする紐もなかった。

「充電コード……短いな。延長コードなかったっけ……ないな……」

そもそも物が少ない家で死のうと言うのが間違いだ。夜中に出歩いたら補導されかねないから、明るくなったら高い場所を探すか縄を買いに行くかしよう。
今日はおやすみ。



命日予定の朝におはよう。
腹が鳴ったので菓子パンを食べて、日課の札数えをやった。三ヶ月は平穏に暮らせそうなのに死ぬのはもったいない気もするけれど、キョウヤに会えないのに生きていても仕方ない。

「お金……どうしよ」

死ぬ前にパーッと遊ぶ? そんな気分じゃない、何も思い付かないし。俺の死後に父に見つかってパチンコに消えるのも何か嫌だ。

「……キョウヤさん」

キョウヤに返そう。金を返すとなれば関係の精算のようで向こうも会う気になるだろうし、死ぬ前に彼の顔が見られるなんて最高だ。

「メール……返事ないな……」

金を返したいから会いたいと送信して数十秒、返信が来ないことに苛立つ。彼にとっては百四十万なんて端金、俺に会う方が嫌だということか?
鬱々とした思いを貯めた俺は不意に手の中にあるスマホがものを調べるのにも使えるということを思い出した。

「キョウヤさん……漢字何だろ。うつがね……打つ、とか? んー……」

本名かどうか分からないけれど、金持ちなら名前を検索すれば出るかもしれない。そんなマヌケな思考回路でキョウヤの名前を検索した。漢字が分からなかったのでひらがなで。

「…………チューリップ法律事務所?」

キョウヤの情報はあっさりと出てきた。俺を金で買って弄んだ彼はなんと弁護士だった。それもかなりの凄腕らしい。

「……そりゃ、金あるわけだ」

キョウヤの事務所は二駅隣の街だ、すぐに着くだろう。俺はパーカーのフードを目深に被り、大学をサボって駅へ向かった。




電車に揺られ、見知らぬ街を歩く。スマホ片手に辿り着いたのはこじんまりとしたビル、花壇には色とりどりのチューリップが咲いている。

「……チューリップ好きなのかな」

可愛い趣味だなと乾いた笑いを吐いてビルへ侵入。案内らしき人は居ないし、受付台もない。予約制なのかなと思いつつ人気のないビル内をさまよう。

「ここで飛び降りやろうかな……やっぱやめとこ」

当てつけに死ぬわけじゃない、生きるのをやめるだけだ。キョウヤに無駄な迷惑はかけたくない、忘れられたくないわけでもないのだから。

「キョウヤさーん……キョウヤさーん?」

廊下を歩いてしばらく、木の扉の向こうから話し声が聞こえてきた。

「キョウヤさんっ……!」

扉を開け放つと机を挟んで話し合っている様子のキョウヤと涙ぐむ女性がいた。何故か胸がチクリと痛んだ。

「……すいません、すぐに戻ります」

キョウヤは戸惑う女性に微笑みかけ、小走りで俺のところへ向かってきた。

「どうしたのかな君、何か困ったことでも? 今あの人の相談を受けているところだから、隣の部屋で少し待っててくれるかな?」

僅かに高く、そして大きな声でそう言ったキョウヤは俺を廊下に押し出した。

「キョウヤさん……あの」

「ごめんね、他人のフリをしてしまって。今仕事中なんだ、お話は後でいいかい?」

「い、いやっ……あの、俺はっ……」

仕事中だったからメールに返事がなかったのか。あの女性はただの相談者で、恋人だとかではないのか、よかった……今俺は何に安堵したんだ?

「あ、あの、キョウヤさんっ」

キョウヤはぐいぐいと俺を引っ張って三階に上がる。どうやら法律事務所として使っているのは二階までのようだ。

「本当にごめんね、お菓子もジュースも好きにしていいから、ほんの少しだけ待っててくれるかい? すぐに切り上げてくるからね」

「……っ、俺、話しに来たんじゃない!」

俺をくつろがせようとするキョウヤの手を振り払い、約百四十万が入った鞄を押し付けた。

「お、お金……返しに来た。全部じゃないけど」

「……どうしてだい?」

「あ、あんたとは……もう終わりだから。もう、あんたには買われないから……」

「お金を返す必要はないだろう、君は大金が必要だから頑張っていたんじゃないのかい? もうよくなったのかい? あぁ……その辺りの話も聞きたいから、少し待っていて」

「話なんかしない! 金を返しに来ただけだっ!」

もう目的は達成した、これ以上は時間の無駄だ。キョウヤの横をすり抜けて走り去ろうとするも、彼は力が強く簡単に捕まって引き戻され、ソファに押し倒された。

「離せっ! 離せよぉっ!」

「レイン……大学はどうしたんだい? 帰りでもいいのに休んでまで私のところへ来たんだ。教えた覚えはないから、わざわざ調べてくれたんだろう? お金を返しに来ただけなんて……そんなの嘘だ、そうだろう? 私に聞いて欲しいことがある、違うかい?」

「うるさい黙れ離せぇっ! 面倒くさいガキとしか思ってないくせに! もうお前に期待なんかしないっ! 大っ嫌いだ自惚れんなぁっ! もう死んでやるんだ、大学なんか行く意味ないだろ、とっとと金受け取って離せよぉっ、もう俺死ぬんだ、死んでやるんだ、もぉ生きるのやだぁっ!」

「レイン……君は、そこまで」

もがいても叫んでもキョウヤの手の力は緩まない、むしろ強くなる。足は押さえられていないから腹を蹴ってやろうか? いや……嫌だ、そんなことしたくない。

「ぅ……ふぇっ……ぅ、ううっ……きらい、大嫌いだっ、嫌いぃっ……」

泣いてしまって抵抗する力がなくなる。キョウヤも俺を押さえつけるのをやめた。

「嫌いだ、あんたなんか嫌いだぁっ、あんたのせいで全部おかしくなったんだぁっ! あんたが居なきゃ、俺は今も普通にっ……」

幸せを感じたことのないまま時間だけを重ねていただろう。少しの間だけでも幸せを感じられたのだから、キョウヤに恨みなんてないのに、恨み言を吐いてしまう。

「レイン、素直におなりよ、死にたくなんてないだろう? そんなふうに泣きながら嫌いなんて言われても信じられないし……」

「死ぬのぉっ! キョウヤさんと居れなきゃもぉ生きてる意味ないもん!」

「…………私のこと、そんなに好きかい?」

「すきぃ……一緒に暮らしてよぉっ、ばかぁ、きらいぃ……だいっきらい、はなせぇ……」

「……おいで」

キョウヤに手を引かれて寝室へ連れてこられた。泣いている俺をよそにキョウヤは棚の奥から手錠を取り出し、俺の右手にかけてベッドの柵に繋いだ。

「レイン、ちゃんと話そう。だから少しの間だけ待っていて」

「話すことなんかないっ!」

「……そう。先に君を素直にしないといけないね」

キョウヤは同じ棚から電動マッサージ器を引っ張り出してきた。激しい振動音に怯えた隙にそれを下腹に押し当てられた。
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