過労死で異世界転生したのですがサキュバス好きを神様に勘違いされ総受けインキュバスにされてしまいました

ムーン

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人間の集落での演説は想像以上に平和に終わった。ありったけの魔力を込めて話した甲斐あって人間達は魔物である俺に反感どころか疑問も抱かず、新たな王として歓迎してくれた。

「この集落の長を務めております……」

ぼんやりとした様子の人間達に怯えつつ、長老と握手をする。長老の濁った瞳と目を合わせる──茶色い虹彩に薄い黒色のハート模様が浮かんでいる。

「……っ!」

俺の虹彩と同じ模様だ。俺の虹彩にあるハートと比べて人間達の目に浮かぶハートは色が薄いため気付くのが遅れた。これは魅了されているという証なのだろう。

「で、では……魔樹に案内していただけますか?」

俺は恐ろしいことをしているのではないかと今更になって腰が引ける、声が震える、それでもやらなければならないと自分を鼓舞した。
人間も魔物も魔樹の傍で生活したがる。俺がそうだったように大きな魔樹からは魔物が発生する、ゲーム風に言えばスポーン地点だ。なので普通の木と似た大きさの魔樹の元に集落や村が出来上がる。

「こちらです」

この集落の魔樹は長老の家の裏手にあった。一階建ての家の屋根を少し越す程度の高さで、リンゴに似た実が成っている。

「……サク、出来そうか?」

インキュバスやサキュバスが持つ、人心を惑わす魅了という術。その持続力と効果範囲は弱い、円滑に性行為を行うためだけの能力なのだからそれも当然だろう。魅了の術をそのまま使っていても民衆を統治するのは不可能だ。なので、俺は魔樹を使うことにした。
王都にある巨大な魔樹とこの島の全ての魔樹は繋がっていて、俺は魔神王に与えられた魔王特権によってどこに居ても巨大な魔樹から魔力を引き出して使えるようにされている。その二つの繋がりを利用するのだ。
巨大な魔樹から引き出した魔力に魅了を付与して戻し、巨大な魔樹から島の各地の魔樹に俺の魅了を含んだ魔力を移し、魔樹から溢れる魔力を利用している人間や魔物を魅了する──シャルとカタラとネメシスが毎夜相談を重ねて俺の子供じみたアイディアを形にしてくれた、その完成系だ。

「うん……でも」

「でも?」

「…………なんでもない」

これは本当に正しい手なのだろうかと悩んでしまった。俺は首を横に振り、魔樹に触れた。

「……うん、大丈夫。接続は問題ない、この魔樹から放出される魔力は俺の魅了に侵されてる。多分、ここの人には俺が来る前からずっとぼんやり魅了が効いてる。演説が予想以上に上手くいったのもだからだと思う」

「なら各地を回って演説をしなくてもいいんじゃねぇか?」

「いや、王都の運営方針の変化は説明するべきだ。それに王が出てくれば理性的な支持も望める」

「魅了だけでは「あの王の人柄は好きだけど政策はなぁ……」みたいなことになっちゃいますよ」

「あー……そっか、面倒くせぇな」

人間達への演説と魔樹の動作確認が終わればこの集落にもう用はない。
 
「みんな、帰ろ」

「……あぁ」

魔樹から離れて集落を後にしようとするとネメスィだけが着いてきた。

「この集落に兄さんの像を置くならここですかね」

「ここのが目立つと思うぞ」

「でもそこだと微妙に邪魔そうじゃないですか?」

「二人とも何話してんだよ! 帰るぞ!」

噴水広場に像を飾られただけでも耐え難いのに、これ以上なんて考えたくもない。話し込むシャルとカタラの手を掴み、引っ張る。二人とも俺に力で勝てるくせに素直に引っ張られてくれる、こういうところをすぐに見せてくるからあまり強く怒れない。

「お前は像置くって言ったら怒るけどさ、お前の姿をしょっちゅう見た方が魅了の効果を上げられると思わないか?」

「兄さんの美しさ愛らしさを知らせれば、魅了なんて少しでいいかもしれません」

その主張は否定しにくい、たとえ像でも俺の姿を見続けていた方が魅了の効力が高まる気は俺もする。下手に否定するとシャルの彫像技術を蔑むことにもなりそうだ。

「人間達が遠い地で兄さんに焦がれている間、僕が王宮で兄さんを抱く……素晴らしいと思いませんか?」

「思いません! ったく……魅了の効果上げるとか、お前のそのよく分からん優越感とかと、俺が恥ずかしくてやだって言ってるの、どっちが大事なんだよ!」

「もちろん兄さんです、兄さん以上に大事なことなんてありません」

「よし。でもお前噴水に像置いたよな」

「……服は着せました」

「あれはもう諦めるけど、もうあれ以外は置くなよ。服着ててもダメ、もちろん裸でもダメ」

「お城の中でもダメですか?」

ダメだと言おうとしたけれど、潤んだ瞳に見つめられて言葉に詰まる。可愛い弟を泣かせるなんて兄失格だと思ってしまう。

「ひ、人目につかないとこなら……いいぞ? 家族以外の目につくところはダメ。正面玄関とか客間とか廊下とか……そういうとこはダメ。自分の部屋とか、沐浴場とか……その辺なら、まぁ、いいよ」

「ありがとうございます! 流石兄さん、兄さんはとても心が広いです、王の器ですね」

シャルはどんな時でも俺の味方をしてくれる。自信がつく時もあれば、逆に惨めになる時もあるけれど、俺のために善悪を超越してしまう危うい彼が居るからこそ俺は正しくあるべきだと思える。

「……俺がちゃんと王様出来るとしたら、お前のおかげだよ」

「僕の……? どうしてです?」

「んー? だって俺が殺人鬼だったらお前もそうなるし、泥棒だったらお前もそうなる。俺がちゃんとした奴で居たら、お前もちゃんとしたことするだろ?」

「…………よく分かりませんけど、僕は兄さんの幸せのために何でもしますよ」

「ふふっ……な、お兄ちゃんと手繋ごうぜ」

いつまでも純粋な可愛らしい弟、俺の弟……シャルは指を絡め合うだけで心底嬉しそうに微笑む。邪神をこの世界に引き入れて、この島の人間の虐殺の引き金になって、残った人間や魔物を洗脳して王になろうとしている罪深い俺でも生きていていいと思えてしまう。シャルは俺の免罪符だ。



人間の集落に出向き、演説と魔樹の接続確認をする。来る日も来る日もその作業を繰り返し、島に住む人間から魔物への恐怖心を奪った。

「兄さん、おじさんが寂しがってましたよ」

「あー……最近お前らとばっかだもんな。人間の村とか回ってるから……アルマにも会ってないな、ネメシスは元々そんな頻繁に会う奴じゃないし……」

「……今から行く町で最後だ、終わったら会ってやればいい」

人間に魅了の術をかけ始めてから何日、いや、何週間経っただろう、とうとう最後だ。

「この町……来たことがある気がします」

「シャルもか? 俺もなんだよ」

かつての王都ほどではないにせよ、他の集落とは比べ物にならないほど賑やかな街並みには見覚えがあった。ただのデジャブだろうと思っていたが、演説場所へ向かう途中に宿屋の看板が見えて足が止まった。

「……兄さん? どうしたんですか?」

「ここ……」

町に来てからずっと無言だったネメスィとカタラが同時に振り向く。

「前、ネメスィ達と泊まって……攫われたとこだ。ここの主人に騙されて、俺、捕まって、王都で売られてっ、アルマと結婚して殺されてっ……足、を」

いつの間にか足の感覚がなくなっていて、今足があるのかどうか分からなくて倒れ込む──ネメスィに支えられ、抱きかかえられる。

「……二度とあんなヘマはしない」

「あの時はごめんな、サク一人にして……酷い目に遭ったもんな、怖かったな。もう大丈夫だぞ、もうお前に悪さする奴は居ないからな」

「店主に挨拶しておくか?」

カタラは子供をあやすように俺を慰め、ネメスィは苛立ちを隠さず金髪に紫電を走らせた。そんな二人を無視してボーッと宿屋の看板を見上げていたシャルが唐突に呟く。

「思い出した……! 兄さん探していた時にここの店主さんでお勉強させてもらったんです。人間の内臓の位置を学ばせていただきました」

「…………ネメスィ、挨拶の必要はねぇみたいだぜ。シャルが解体しちまってたみたいだ、そういや前にそんな話聞いたような聞いてないようなって感じだな」

「そうか……俺がやりたかったな」

俺が襲われればみんなが助けてくれる。その安心感は凄まじいが、犯人の惨殺がもれなくついてくると思うと複雑な気分になる。そもそも襲われないように彼らから離れないようにしていよう。
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