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折り合いのつけ方

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噴水に飾られた俺の彫刻は気になるものの、ずっと気にしてはいられない。やがてオーガ達がやってくる、演説の最終確認をしなければ。

「台はここだな」

「うん、前……右、あ、左、止まって、前……止まって、よし!」

「サクはそこに乗って話。俺は人間だから共存の手本として傍に居なきゃダメだし、えーっと……旦那とシャルの立ち位置はどうしようか。ってかネメスィは?」

「部屋じゃない? 台連れて出てきたけど着いてきてなかったし」

ネメシスは移住志望のオーガ達を迎えに彼らの集落へ向かっている。ネメスィは部屋に居るだろうから、所在不明なのは──

「おじさんは?」

──査定士だ。彼はカタラのような特殊能力すら持っていないただの人間だ。その上シャルと結婚しているから、共存の手本として理想に近いと思うのだが。

「おじさんは昨日遅くまでお酒を楽しんでいらして、今朝は起きませんでした」

「えー……おじさん居なくていいの? カタラみたいな感じでお手本にしなくていいの?」

「居ない方がいいな、向こうも頭じゃ分かってくれてるとは思うけどさ……今はとりあえず刺激しない方向で行こう」

「……カタラは握手会開いたみたいになってたのに」

ただの人間である査定士の存在だけで刺激されてしまうほど、魔物と人間の境は深いのか。

「ただいま」

「わっ……! びっくりした」

考え込む俺の隣にネメシスが突然現れる。空間転移の魔法は心臓に悪い。

「準備はいい? ゲート繋げるよ」

空間をねじ曲げて遠く離れたオーガの集落から一歩でここへ来れる転移魔法の魔法陣が噴水広場の灰色のタイルの上に描かれた。

「じゃあ集落の人達呼んでくるよ」

ネメシスがゲートと呼称していた魔法陣を踏んで消えた。俺は慌てて台に登り、台の隣に立ったアルマを見下げた。

「大丈夫だサク、きっと上手くいく」

アルマは俺の手に自分の人差し指を握らせ、優しく俺の腕を揺らして励ましてくれた。

「兄さん、そんな不安そうな顔をしていては魔王としての威厳がありませんよ」

「そうだぜサク、んな気ぃ張んな」

同じく台の隣に立っているシャルとカタラも励ましてくれた。単純な俺はあっさり不安を和らげてやる気を取り戻し、キリッとした顔を作ってオーガ達が来るのを待った。



オーガ達が現れ始め、アルマの姉に話しかけられたりもしたものの、真剣な顔を保つことに成功した。

「……お久しぶりです、皆さん」

噴水広場にひしめくオーガ達を見下ろし、カタラに渡された拡声器を片手に落ち着いた声に気を使う。

「改めまして、私がこの島の魔王サクです。この度の移住の決断、誠に──」

まず自己紹介、次に王都の民になってくれることへの感謝、仲間……恋人達の紹介、魔王としての心構え、そして──

「この島に生息していたモノは絶滅したと思われていた人間ですが、数日前に集落が発見されました」

──人間について。
魔神王が壊滅させたのは王都だけで他の町や村は無事だったと気付いたのはもう何週間も前のことだ。しかし俺は数日前と嘘をついた、その方が印象がいいと思っただけだ。

「静かに! 人間をどうするかは俺達の長、魔王様が決めることだ!」

人間が居ることへの不安や恐怖、殺意を野次に込めたオーガ達はアルマの一喝にも怯まない。インキュバスに何が出来ると喚く者も少なくなかった。

「兄さんを侮辱するなんて許せません。二、三個首をもいできます、見せしめにもなりますし構いませんよね?」

「ダメに決まってんだろ! ったく、恐ろしいこと言うな……」

過激なシャルを諌めた俺は拡声器を強く握り締め、オーガ達には使わないつもりだったのにと内心落ち込みながら魅了の力を使うよう意識した。

「私を……いえ、俺を信じて全て任せろ」

拡声器を使っているのに先程のアルマの一喝に劣る声量だったが、オーガ達は落ち着きを取り戻した。

「……皆様の不安も分かります。人間は卑劣な手段で魔物を捕え、陵辱の限りを尽くし…………心身共に酷い傷を負わせ、時には命をも奪います。私や、私の夫のように」

アルマや自分の過去に思いを馳せ、苦痛と屈辱を身に宿らせる。

「けれど、そういったサディスティックな人間は極一部で、そのほとんどはこの王都に生きていた者達です。彼らは同じ人間からすら搾取を続け、肥え太っていました。彼のように魔物と友情を育む者もいれば、私の弟の伴侶のように魔物を愛する人間も居るのです」

カタラ、そしてシャルに視線を送る。査定士がこの場に居ないのが残念で仕方ない。

「使用言語、思考パターン共に魔物と人間の差異は極僅かです。心を通わせて共存することは可能です。必要なのは相手が人間だからと最初から敵意を向けないこと、常に新鮮な気持ちを大切に──そんなこと可能でしょうか? 今のは理想論です、理想論は大切です、理想を叶えようと邁進することで幸福に近付けますから。しかし理想ばかりでは生きていけない」

先輩の笑顔が脳裏に浮かぶ。俺を愛してくれた彼は同じ人間に殺された。人間の敵は魔物だけではないし、魔物の敵は人間だけではない。共存が叶っても完璧な平和が訪れることはないだろう、完璧も永遠もこの世には存在しないのだから。

「この王都には今後百年人間を近寄らせないと誓います。人間との友情は百年後の人間を知らない世代に任せましょう、その頃には人間も世代を経て魔物への知識と感情が薄れているでしょう。恨みを知らない新鮮な気持ちで好奇心のままに相互理解を測ってもらいます。歳を取らないインキュバスにはあなた達の子々孫々を見守ることが可能です」

ずっと魔力を込めて話しているせいだろうか? 拡声器を持つ手に汗が滲んできた。

「あなた達に求めることはただ一つ、人間を知らない子供世代に人間を語らないこと。もう人間による拉致監禁は起こさせません、どうぞ憎悪の引き継ぎはおやめ下さい。それだけです」

そろそろ人間の話はやめにしようかな。

「では、次に王都での決まりごと。条例についての話です。ここで過ごす上での簡単で当たり前なルールを説明致します」

公共の場での食事、交尾、喧嘩、睡眠などの行為の禁止から始まり、基本的な法律もどきの説明を終え、声に魔力を込めるのをやめる。

「ふー……」

拡声器を離してため息をついてから、締めの挨拶を行った。魅了を使用してからは大人しく聞いてくれていたオーガ達は台を降りる俺を拍手で称え、俺の心に僅かな優越感を咲かせた。



その後、ネメシスが作り上げたゲートを使ってオーガ達は引越し作業を進めた。

「……今、家具とか日用品とか売れたらいいんだけどな。輸入する金も、買ってもらう金もないし……この先どうしようかな」

「オーガ達はみんな自給自足の生活だったからね、しばらくは僕がここの運営に必要最低限のお金を提供するよ」

「王都の瓦礫撤去作業中に色々と見つけたから、まずそれ売りさばいたらどうだ?」

「うん……そういうのはおじさんに頼もうかな」

オーガ達にも何か輸出できるものを作ってもらって──そういうのも査定士に基礎を任せるべきだろう。

「……ネメシス、他の大陸でオーガってどう稼いでんの?」

「オーガは基本肉体労働。引越しとか解体とか撤去とか、オーガの業者さんいっぱい入れてただろ? 種族的に力が強いからさ」

「輸出できる何かが欲しいんだけど……ネメシスの話じゃ派遣とかしてもらうしかなくない? それはちょっと心配…………まぁ、とりあえず人間からの税収で基礎を整えようかな」

前の王より少し安くして好感度を稼いでおこうかな? なんて考えながら、人間に魅了を使った演説を行う日への憂鬱を溜め込んだ。
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