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噴水広場を飾るもの

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オーガ達の居住区が完成し、今日越してくる。少しずつだが城下町が完成に近付いていく気配がして心が弾む。
俺は早朝から彼らへの挨拶のため準備を進めた。オーガは大柄な種族だから全体への挨拶には台が必須だ、ネメスィに頼んでいたが一晩で完成させられたのだろうか?

「完成したぞ」

部屋の扉を叩くと寝間着姿のネメスィが目を擦りながら出てきてそう言った。

「え、したの? マジで? 寝てたの? 寝る時間あったの?」

人が立つ台なんて木材を切り出すだけでも一日以上かかりそうだと考えていたから混乱してしまった。

「見るか?」

「うん、見る見る。すっごい興味、あ、る……」

ネメスィの部屋に入ると巨大な太ったアメンボのような黒い奇妙な生き物が床を歩き回っていた。

「なっ……なっ!? なにっ、何っ!? 使徒!?」

「台だ」

「動いてるけど!? 木製じゃないの!?」

「木製の台を一晩で作れると思うか? 現実的に考えろ」

生きた台を用意したヤツに現実的とか言われたくない。だがまぁ材質の指定をしなかった俺にも責任が……ないだろ、俺は悪くない。

「何これ、分裂したの?」

ネメスィは人間の姿をしているが、その正体はショゴス。分裂し続けあらゆる細胞に変質出来る万能細胞の塊──つまり強くて応用が効くスライムだ。

「あぁ、足を伸ばせるから高さの調節は自在だし……少し乗ってみてくれ」

「抵抗あるんだけど……痛くないよね?」

「台に痛覚や脳を作るような真似はしない」

黒くぬらっとした見た目に反し、踏む面は板のように固く乾いていて沈みも滑りもしない。アメンボのような足の生え方をしているから不安だったが、バランスに問題はないようだ。

「そのまま乗っていろよ」

「え? え……ちょっ、ネメスィ!? 何をっ……」

台に乗った俺の正面に立ったネメスィが突然俺に向かって拳を振るった。しかしその拳は俺には当たらず、台から新たに生えた触手によって弾かれた。

「わ、すご……」

すごいと言うよりも前に二本目の触手が生え、ネメスィの腹を殴って数メートル吹っ飛ばした。

「ネメスィっ!?」

俺は慌てて台から降りてネメスィに駆け寄る。彼は怪我どころか痛みも対して感じていなかったようで、手を貸すまでもなく立ち上がった。

「お前の旦那が……アルマが柵を作れと言っていただろう。だがお前は柵はいらないと言う。アルマは安全性を求め、お前は閉塞感を嫌っている。なら、危険人物を排除するようにすればいい」

「うーん……? なるほど」

「乗ると電磁波の膜が張られ、一定以上のスピードで近付いてきたものや尖ったものを拒絶する。危険物はもちろん、鳥のフンにすら当たることもないぞ」

「へぇ……」

「だがこの台の力では弾き切れない力での攻撃には弱い。オーガの腕力には負けないから今日のところは心配するな」

俺はただオーガ達を見下ろせる位置に立ちたかっただけなのに、どうしてこんなものが完成してしまったのだろう。

「声に反応するようにしてあるから乗ったまま移動できるぞ」

「オーバースペックだよ……」

と言いつつも俺は結構好奇心旺盛なようで、ワクワクが止まらない。立ったまま動かれるのは怖いので座って移動させてみよう。

「じゃあ部屋から出てくれる?」

「サク、脳を作った訳じゃないからそんな複雑な言葉には反応しない。前、後ろ、左、右、止まれ……この五つのみだ」

「あ、あぁそう……機械っぽいなぁ。ま、いいや。前! おおっ、動いた、すごいすごい」

台はザカザカと虫のような気持ち悪い足の動かし方をして前に進む。四本足での移動なのに不思議と揺れがなく、滑っているように移動し──

「えっちょっ、止まって! 止まっ……痛っ!?」

──扉にぶち当たった。台の手前に足を垂らしていたから扉と台に足を挟まれてしまい、立つ気を失う程度の痛みに襲われた。

「サク! 大丈夫か? 怪我は? ぶつかりそうになったら勝手に止まる機能も必要だな……すぐに改良する」

「止まってって言ったのにぃ……」

「特定の音に反応させているだけだから「止まれ」じゃないと止まらない。サクが咄嗟に言うのが「止まって」ならそっちに変更しておこう」

「お願い……」

「試運転は大切だな、改良点がすぐに見つかる」

ネメスィは右腕を溶かして黒いスライム状の触手に変え、台と繋げ、目を閉じた。

「……ネメスィ?」

「集中したい」

「…………うん」

目を閉じているネメスィを見つめる。目元に力は入っておらず、眉間にシワはない。こうして見ているだけだと綺麗な顔だ。肌が白くて髪も眉も金色で、まつ毛だって透き通るような美しさだ。
俺が寝ている間、台を作っている最中、ずっとこの顔をしていたのだろうか。人間味のない人形のような寝顔にも似た美しい顔を俺は見逃して呑気に眠っていたのか、もったいないことをした。

「…………よし、終わったぞ」

「……お疲れ様。お疲れ様のキス、いる?」

「もらおう」

髪を鷲掴みにするように後頭部に手を添え、強引に唇を奪われる。もっとご褒美らしいキスがしたかったなと残念がりつつ、彼の首に腕を回す。

「んっ……! ん、んんぅっ……! ん、はぁっ…………ネメスィ」

唾液をいただこうと伸ばした舌をちゅうぅっと吸われてしまい、逆に蕩けさせられた文句を言おうとネメスィを睨む。しかし俺だけを映した金色の瞳の真っ直ぐさに気圧されてしまう。

「……だ、台ありがとう。早く行かなきゃいけないから、もう行くなっ。じゃ、また後で!」

このままでは早朝から『食事』をねだってしまいそうだ。もちろんそんな時間はないのでそそくさとネメスィの部屋から離れた。



台を連れて城を出る。城の正面玄関から伸びるタイルが敷かれた道の脇を飾る花や、庭の各所のトピアリーが可愛らしい。

「すごいなぁ……カタラがやったのかな。あ、これはシャルが作ったヤツだな」

うさぎや猫などの小動物の彫刻を見つけて微笑ましくなりつつも、急がなければと思い直して鉄柵門を開く。

「ここからは扉ないし……楽しちゃお」

台に腰を下ろし、前へと指示すると蜘蛛のようにザカザカと歩き始める。自分で歩くのよりは速い、走るのよりは遅い、ちょうどいい速度だ。

「左ー……えっ、直角に曲がるの? 後ろ後ろ、右……使いにくいなぁ」

動きにやや不満はあるものの、歩かなくていいというのは素晴らしい。インキュバスだから太ることもない、活用させてもらおう。

「みんな~! おはよう!」

「おぅおはよ……って何だその気っ持ち悪いの!」

「ネメスィが作ってくれた台」

「……動くのか」

訝しげな目で台を見つめるアルマに柵替わりの防衛機能を説明すると、気に入ったのか台に「サクを頼むぞ」と話しかけながら撫でていた。

「この噴水の前で挨拶か、この広場何人くらい入る? 全員入るか?」

広場を見渡して台の位置を調整し、一旦台に乗って振り返り、噴水を見る。壊れていた元々の物を修理するついでに彫刻を足して整えたようだ、出来はいい。出来はいいのだが──

「シャル! 俺の像ここに飾るなって言ってたよな俺!」

──俺の1.5倍のサイズの俺の彫刻が立っているのは無視出来ない。

「ご、ごめんなさい……でも服は着せました」

沐浴場にある俺の像とは違い、噴水に立てられた像は服を着ている。俺の普段着だから露出度は高いものの、布の表現の見事さには一瞬怒りを忘れた。

「シャルを怒ってやるなよサク、ここに置きたいから作ってくれって頼んだのは俺なんだからよ」

「カタラ……なんでそんなことしたんだよ」

「景観の問題、かな。魔王なんだから目立つところに一個くらい置いてなきゃダメだろうし、別にいいだろ?」

「俺の像飾って景観よくなるかなぁ……?」

首を傾げていると三人口を揃えて「よくなる」と自信たっぷりに言われ、押し負けた俺は像を飾り続ける許可を出してしまった。
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