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輸出入と人間の住処

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油が跳ねるからと肉を焼いているフライパンにもほとんど近寄らせてもらえなかったため、俺の焼き加減や味付けの腕を試すつもりで使った鹿肉はアルマの料理となった。

「……美味いな。今までは生か、よく焼くかの二択だったが、表面を焼いて中は赤いままというのもいい」

俺が教えたレアステーキの焼き方を気に入ってくれたから、まぁ、俺が隣に居る意味はあったのかな?

「火を通したら通し切らないとダメだと思っていたよ、サクはすごいな」

「そんなことないよ……あ、そうだアルマ、燻製作っておいて欲しいんだけど」

「燻製……?」

「えっとね、やり方は──」

アルマに燻製肉の作り方を教え、ハムを常備してもらうことにした。今後サンドイッチの幅が広がるだろう。

「塩漬けにして燻しながら乾燥か……保存が効きそうだな。サクはよく知っているな、自分は食べないのに……俺のために調べてくれていたのか? 嬉しいよ」

半生の肉くらい、燻製肉くらい、ネメシスの父親が治める大陸で食べていそうなものだが……俺が自分で食べられないものを作って欲しいと言ったのがそんなに嬉しいのか? 他の男に食べさせるかもしれないのに?

「…………態度で示して欲しいな」

フライパンの上で冷えて固まっていく油を横目に、アルマにキスをねだった。彼はすぐに応えてくれて俺の口腔をたっぷり犯してくれたけれど、食べたばかりのはずの肉の味を俺は感じられなかった。



料理なんてしている場合じゃないと気付いてから数日後、瓦礫の撤去が終わり更地になった城下町で、俺はネメシスと話していた。

「──だから、サクがやりたがってる『どうしても凶暴性を抑えられないオーガ』や『セックスをしたいとあまり思えないサキュバス、インキュバス』への対応策……棲み分けや条例の制定は住民がある程度集まってからじゃないと出来ないよ。マイノリティに目を向けたいってのはいいことだけど、まだどんな子が居るか分かんないんだし……すぐに対応出来るように心構えしておくくらいでいいよ」

「……俺、すっごく珍しいインキュバスみたいだし、俺の大事な人も珍しい性格してるみたいだから……色々分かるんだ。インキュバスだからって遠慮なく触られるのは同種でも嫌だし、オーガだからって必要以上に怖がられたら傷付く。でも特別扱いされたらされたでなんか寂しいし……だからちゃんと決めておきたかったんだけど」

「ふぅん……なるほど、僕はあまり人の気持ちとかは分からないんだよね」

「そうかなぁ、でも俺の気持ちいいとこは分かるよな」

「急にそういうこと言わないで、ムラムラする」

真面目に話そうと言い合い、仕切り直す。

「整ってきたらお役所仕事しない役所作ってさ、カウンセラーとかも置かなきゃ……俺はもう不死身みたいなもんだから、仕組みが持続するように後継を考える手間はないし、軌道に乗れば楽かもな」

「そうだね、統治者が魔物の方が理想郷に近付きやすいのは寿命の点が大きい。代替わりしない統治者ってのは独裁になりがちだから危ういけれど、その点にさえ気を付ければ一人の才能に頼りきることも出来る」

「そっか独裁はまずいか……まぁでも、俺はよそに戦争仕掛けたりしないよ。必要以上にお金とか欲しがったりせず、ほどほどに……こう言うのは恥ずかしいけど、愛を大事にしたいんだ」

「……牧羊の大陸がそれに近いね。まぁアレは偏愛の魔王が「人間は文明を発展させると不幸になる」と考えてるだけだけど」

偏愛の魔王……以前俺の子供を助けてくれた仮面と黄色いマントが印象的なあの魔王か。ニャルラトホテプに関係があるとかないとか言ってたっけ?

「ディストピアに近いのかな……? でも、発展しない方がいいかもってのは分かるんだよな。もちろん発展しないと心身が強い人以外切り捨てることになっちゃうから、それは気を付けなきゃなんだけど」

医療が発展しなければ未熟児は育たない、文明の発展とはそういうことだ。危険な場所に柵を立てるようなものだ。

「あの魔王はその辺切り捨ててるね。健康な赤ちゃん以外は潰しちゃうし、感染症が発生すれば罹患者を燃やす」

「……やっぱり、そういう怖さある人だと思ってたよ」

「あの魔王の二つ名は偏愛だからね」

「そういうとこは真似したくないなぁ……でも羊関連の物は欲しいから、輸出入の相談はしたい。牧畜やりたいから羊そのものも欲しいし」

「羊を飼うのは推奨しないな。アレは羊飼いを見守る性質があるから、羊飼いが居るとアレの縄張りになるんだよ。つまり、頻繁に見に来るようになる」

深く付き合わなければ優しい面だけを享受出来ていいかもしれないと思ったけれど、発展していく街に口出しされそうで怖いな。

「だから他の魔王も大抵、羊は買わずに製品だけ輸入してるんだよ。サクもそうした方がいい、魔王同士の縄張りは大事だからね」

「うー……羊もふもふしたかったな。牛とかはいいんだよな? 流石に牛乳と卵と肉を輸入頼りにするのは怖いぞ……」

「いいと思うよ。それより心配するべきなのは塩じゃないかな、この島四方を岩山に囲まれてるから塩田とか作れないだろ」

「あっ、あー……もう考えるの面倒臭いぃ……」

「頑張って。ゼロからの始まりを僕は何度か見てきたから、今までの魔王のノウハウを教えてあげてるから」

「ネメシス住んでぇ……」

──とこんな具合に思考放棄して頭を休ませたり、その後また考え込んだり、下ネタをふっかけたりして、城下町をどう作っていくかについてたっぷりと相談をした。

「戻ったぞ、まだ話してるのか」

「あ、お兄ちゃんおかえり。どう? 畑の跡地とか見つかった?」

今日、ネメスィには人間が住んでいた場所の調査をしてもらっていた。俺がシャルと共に初めに訪れた村や、ネメスィとカタラに拾われた後に泊まった町など、この島に存在する人間の住処はこの王都だけではないことが元々分かっていた。

「……そのことなんだが、少しややこしいことになっていてな」

「何?」

「…………人間が居た」

「え、生き残り?」

「いや……叔父上が滅ぼしたのはこの城下町だけで、他の町や村は無事だったんだ。みな王都が滅びたことなんて知らず、俺のことを「勇者様勇者様」と称えて、魔物退治を依頼してきた……」

もう魔物を殺さないと俺に誓ってくれたネメスィは深いため息をついた。罪悪感を覚えることしか許さない英雄扱いが辛いのだろう。

「…………まずいね、そのうち城下町に来ることもあるだろう。そうなったら……この更地と、僕やお兄ちゃんはともかく……サクとかは見られたら、まずい」

「それはそうだが、どうする?」

「魔神王様なら、おそらく……全て殺すね」

魔神王が悪びれもせず城下町の人間を皆殺しにしたことを思い出し、思わず口を押さえる。

「……魂でものを見るようになると、恐ろしいな」

「何回殺しても魂さえ保護してるなら殺したことにはならない、みたいな思考だからね……むしろその土地に最適な身体を用意してあげるって善意なのが怖いよ」

「共存したいと思ってるんだけど、無理かな……ネメシスのお父さんが治めてたとこみたいにさ、人間も魔物も関係なく、仲良く……」

「彼らは魔物と生まれた時から共存していたからそれが当たり前だけど、今その辺に居る人間は違うだろ」

「…………彼らにとって魔物は害獣だな」

魔物討伐の依頼をしてきた人間の顔を思い出しているのだろう。本心から魔物に恐怖し、困っている、何の罪もない彼らにネメスィは悩まされている。

「だから人間と共存したいなら、一回殺して生まれ変わらせて、魔物と共存してるのを常識にしてあげればいいんだよー……って魔神王様なら言うね。どうするサク、頼む?」

「や、やだよ! 魂さえ同じならなんて、そんなのダメだ……別人だよ、その人はそこで死んじゃうんだ。安全なんだってアピールして、分かってもらって……子供に魔物の怖さを教えないようにしてもらって、魔物のみんなにもちゃんと言って……」

「王都が壊滅した件はどう説明する? 正直に言えば魔王であるお前は大量殺人鬼の部下、嘘をつくのも難しい……何と言う?」

「…………正直に、言うよ」

「それでは信用が取れないだろ」

「……信用させる、頑張る」

呆れた顔のネメスィと困った顔のネメシスに思い付いた秘策を話すと、二人は目を丸くして「それなら……」と瞳に希望を滲ませた。
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