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魔王としてどうなの

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俺の手作りサンドイッチはネメスィ以外には「美味い」と言ってもらえたが、実は食材選びを間違えていて酷い出来になっていたようだ。

「サク、気にすんな。ネメスィはデリカシーってもんがねぇんだよ。俺はお前が飯作ってくれただけで嬉しいからな」

ネメスィが「不味い」と正直に言ってくれた直後に俺が泣いてしまったからカタラは俺がショックを受けたと勘違いしたようで、ネメスィを殴って俺を抱き締めてくれた。

「本当のことを言っただけだぞ……」

俺はあまりショックを受けていない。食材選びのミスは俺が味見を出来ない種族であること、そして知識不足が原因だ。ネメスィが唯一「美味い」と評価してくれた炒り卵の味付けと焼き加減は褒めてもらえた、これは俺のセンスと技術があるという証拠だ。
食材の味をちゃんと理解出来れば俺は美味い料理が作れる、それが分かったので不味いものを食べさせたみんなへの申し訳なさはあるが、面と向かって不味いと言われたことへのショックはない。

「うん、ありがとうネメスィ。教えてくれて嬉しかった。カタラも、気ぃ遣ってくれてありがとな。不味いもん食わせてごめん」

「サク……いいんだよ、サクがニコニコ笑って飯持ってきて、食わせてくれて……それだけで俺めちゃくちゃ幸せだったから」

今思えばカタラが一つしか食べなかったのは不味かったからなのだろう、他の者に食べさせて誰かが俺に不味いと優しく伝えることを狙っていたのかもしれない。

「次こそ美味いの作ってみせるから、期待して待っててくれよ」

「え……ぁ、おぅ、分かった。いつまでも待っててやるから、気長にやれよ」

分かりやすく嫌そうだな。

「サク、俺は魔樹の実を使った料理が好きだ」

「木の実だろー? デザートになると思うけどなぁ、まぁ考えとく。カタラは何か希望とかあるか?」

「別にねぇな。強いて言うなら、とろっとしたもんよりは歯ごたえあるヤツのが好きだぜ」

二人の意見をしっかり覚えて城の中に戻る。ネメスィは瓦礫の撤去を、カタラは土弄りを続けるのだろう。

「アルマ! ちょっと付き合ってくれよ」

「あぁ、もちろん。何だ?」

何をするのか聞く前に快諾してくれるアルマに愛情を感じ、自然と口元がほころぶ。

「料理!」

アルマと共にキッチンに足を運び、食材を眺める。

「アルマ、これどんな味?」

「味……?」

「俺、普通の飯の味分かんないからさ、アルマにご飯作りたくても美味しいの作れる自信がなくて……とりあえず食材の味を覚えておけばマシかなって」

「なるほど。だが、野菜の味を聞かれてもなぁ……青臭いと苦いくらいしか言えないぞ」

アルマはあまり野菜が好きではないのだろうか、記憶を探ると肉を食べている姿ばかり思い出す。

「これとか甘かったりしない?」

ニンジンっぽい野菜を指してみるも、アルマは首を傾げて「土臭い」と言うだけだった。

「……もしかして生でしか食べたことない?」

「そんなことはないさ、査定士の彼の家に世話になっていた時期や、この間までのホテルでの食事やレストランという場所に行った時の食事、調理済みの野菜を食べることもあった。だが……アレは調味料でちゃんと味がついていたし、切ったりだとかで形が変わっていたから……どれがどれかよく分からなくてな」

「ふーん……?」

「だから、小腹が空いて齧ってみた時の不味さしか分からない」

アルマに付き添いを頼んだのは失敗だったかもしれないな。いや、野菜ばかりにこだわらなくてもいいだろう。アルマからは肉の扱い方を習おう。

「分かった。じゃあお肉のこと教えて」

「肉? 構わないが……平気か?」

頷いて肉を保管している食材庫に踏み入る。フックから吊り下げられた皮のない鹿の死体の腹は裂かれており、あるべき内臓は見当たらず肋骨らしき骨が目立っていた。

「サクの力でも捌けそうなものと言ったらウサギだな」

「ア、アルマっ、アルマ……あの、申し訳ないんだけど」

ぐったりと眠っているだけに見えるウサギの耳を掴んで持ち上げたアルマは首を傾げる。

「お肉にした後のこと教えてもらえないかな? その、皮を剥ぐとか……内臓抜くとか、そういうのは、俺っ」

周囲に漂う死の気配と血の匂いで俺はもう既に吐きそうになっていた。

「……分かった。すまないな、サクはこういったものは苦手だものな……習いたがったから平気になったのかと思ったよ」

「ごめんなさい……お肉扱うなら、ちゃんと見ないとダメなのに。どうしても、気持ち悪くて」

「大丈夫だよ。サクは命を奪わずに食事が出来る素晴らしい生き物なのだから、忌避感があるのは仕方ないことだ」

あぁ、確かに、そういえば──インキュバスは植物も動物も、何の命も奪わないんだな。腹上死させることはあるらしいが、殺すのが前提の他の生物に比べれば生涯で奪う命の数はぐっと少ないだろう。

「どれくらい原型がなくなれば大丈夫なんだ?」

「あ……部位ごとに分けてくれたら。足とかは骨あっても大丈夫、頭を扱うのは嫌かな」

「分かった。持っていくから外で待っておいで」

流し台の前に戻り、ふぅとため息をつく。アルマは俺のことを素晴らしい生き物だと言ってくれたが、本当にそうだろうか? 残酷で美しい生命の営みから外れた歪な種族ではないのだろうか? 俺が手を下したのではないとはいえ、俺のせいで多くの人間がただ命を奪われたのに、本当に俺は──

「サク、終わったよ」

「……うん、ありがとうアルマ」

──無意味な思考を中断し、処理済みの肉を持ってきてくれたアルマに微笑む。

「これ何の肉?」

「鹿の背中側の肉だ」

「どう料理するのがいいかなぁ」

「俺は生が好き……ぁ、いや、肉はやはり香辛料をかけて焼くのがいいと思うぞ」

どう調理するにせよ切らなければどうしようもない。味見してもらいやすいように一口大にするべきかと考えつつ包丁を持つと、アルマはそっと俺の手から包丁を奪った。

「どのくらいに切るんだ?」

「……自分で切れるよ?」

「ダメだ」

反論したかったが真剣な顔に気圧されてしまい、一口大に切ってくれと頼んでしまった。アルマの感覚での一口大は俺の想像よりも大きい。

「色々試したいんだ。焼くの、煮込むの、蒸すの、揚げるの……火加減も試したいなぁ、レアミディアムウェルダン……とりあえずフライパンあっためよ」

そういえば揚げ物に使う小麦粉が見当たらないな。

「アルマ、小麦粉知らない?」

「パンの原材料か? そんなものはないよ」

「えぇ……? 小麦粉なかったらホワイトソースとかも作れないじゃん! お菓子も麺も何も作れない、パン買えば小麦粉要らないって訳じゃないんだぞ」

「俺に言われても……」

「……そもそも肉はともかくこの野菜どうしたの?」

「ネメシスがくれたものだ」

城を立てて魔王として活動し始めた以上、いつまでもネメシスに養わせる訳にはいかない。農業を始めなければ……いや、魔王が農業っておかしいか? 住民に農業をしてもらうべきか。だがこの城下町にそれらしき場所はないし、遠く離れた集落だとかから買ったり徴収したりしていたと判断するべきか、ならそこを探して再利用……

「う~……俺料理とかやってる場合じゃなくない? 魔王としてどうなの、男に食わせるために料理の腕上げようって……その前に城下町整えなきゃじゃん!」

「瓦礫の撤去が終わるまでは何も出来ないんじゃないか?」

「ここに住むって約束してもらったり、農業とか牧畜とかの基礎整えたり、やることはいっぱいあるよ! 他の魔王と輸出入の約束取り付けたり……うわぁやりたくない! ネメシスに養われて隠居生活したいよぉぉ!」

「お、落ち着け、サク……フライパン温まったぞ?」

「じゃあ油引いてぇ……」

みんなに「美味しい」と言ってもらえるまで料理修行をするだなんて言っている場合じゃなかった。サンドイッチの定番具材を覚えるぐらいにしておこう。

「はぁ……料理に打ち込めるくらいになるには、どれくらいかかるのかなぁ……建国とか無理だよ俺には」

油が跳ねて危ないからと俺をフライパンに近付けず肉を焼いているアルマを見上げ、暇が出来ても料理が出来るとは限らないなとため息をついた。
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