過労死で異世界転生したのですがサキュバス好きを神様に勘違いされ総受けインキュバスにされてしまいました

ムーン

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煽るのは性欲だけではない

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怖い目に遭った。ゾンビ映画の人間側の気持ちを正しく理解出来た気がする。

「後は旦那の姉さんだけか。泊まります?」

「うーん……ううん、帰る、そろそろ食べないといけないのもあるし」

「またな、姉さん」

オーガに喰われかけた恐怖、アルマに助けられた安堵、その二つの相乗効果でずっと泣いていた俺は慌てて涙を拭い、アルマの姉を見送るため手を振った。

「ぜひ移住してくださいね、お姉さん」

「うん、前向きに考えとく。ばいばいサクちゃん」

姉は振っていた手を止めて俺の顔の高さに下げた。求めを察してパンっと手を叩き、くすくす微笑みながら姉がゲートを抜けるとネメシスは魔法陣を消した。

「ふー……疲れた。魔樹の傍でしばらく休ませてもらうよ」

「うん、ありがとうねネメシス。また今度お礼する」

「身体で? ふふっ……楽しみにしてるよ」

ネメシスは疲れた様子で伸びをしながらも空間転移の術を使い、俺達の目の前から消えた。城の地下の沐浴場にでも行ったのだろう、そのくらいの距離なら歩けばいいのに。

「……サク、改めて言うが……俺の傍から離れるな、警戒を怠るな」

「うん、流石に懲りたよ。でもねアルマ、みんな頭とか撫でてて変なとこ触ったりしなかったよ。やっぱり俺を襲うのは少数派なんだよ」

「…………どうだかな。少数派にしろ大多数にしろ、性欲だけでなく食欲でお前を狙う場合もあると分かったからにはもう一人でオーガには近付けさせないぞ」

「うん……でも、あんまり疑っちゃ失礼だよ。きっとアルマみたいなオーガも居るよ。種族じゃなくて個人で見よ?」

「……サクは理想論が好きだな。応援したいよ」

オーガへの警戒を緩める気はないと遠回しに言っていると察し、俺が間抜けな分を補うためにもアルマはそれでいいのかもしれないと考えて彼の手を握った。重たい手を頭の方へ引っ張るとアルマは俺の求めを察し、優しく髪を梳いてくれた。

「えへへ……やっぱりアルマが一番いいなぁ、撫でられ心地最高」

「……怖くないのか? オーガに食われかけたばかりなのに」

「言ったでしょ。種族じゃなくて個人で見るって。顔も触り方も全然違うのに、同じようになんて扱えないよ」

「そうか……よかった」

「うん。ね、アルマ、アルマのお部屋見たいな」

甘えた高い声でねだるとアルマは俺を抱き上げて腕に乗せ、また運ぶのかと呆れたように笑うカタラと共に魔王城に戻った。


運ばれた先はアルマの部屋。ベッドにクローゼット、座椅子にクッションなどスケールが大きい以外は普通の家具が集められている。アルマの部屋の特徴は床に合った。

「なんかふわふわしてる……」

「あぁ、ウォールマットと呼ぶものらしい」

灰色のウォールマットが隙間なく敷き詰められ、美しい大理石が見えなくなっている。いや、ウォールマットの高さは二メートル程だから見上げれば見えるな。

「床も……っていうか、ハート模様?」

同じく灰色のマットが床に隙間なく敷き詰められている。床と壁を覆うマットには濃い灰色でハート模様があり、厳ついアルマには正直似合わない可愛さとなっている。

「あぁ、サクの繊細な身体を傷付けないようにしてもらった。ほら、クローゼットもよく見てくれ」

「ん……?」

クローゼットは漆塗りのような綺麗な黒で……いや、遠くからパッと見ただけでは分からないが、角張った箇所に同じ色の柔らかいカバーが付いている。シルエットを整えてあるから見た目には不格好ではないが、触れるとふわふわしているから脳が混乱する。

「ベッドの足にもカバーを付けたし、頭側足側の柵も覆った。サクの身体を傷付ける物は何もない」

「キッズルームかよ……」

「ん? 気に入ったか?」

「いや……うん、優しさは感じる。アルマの半分は優しさで出来ていますって感じ」

アルマが俺を想って部屋をダサくしてくれた気持ちはとても嬉しいのだが、幼稚園児のように思われ扱われていることはムカつく。アルマに悪意はないと理解しているが理性だけではムカつきを完全には抑えられない。

「アルマぁ、ホテルとか普通だったけど俺別に怪我しなかったよ?」

「分かってはいるが……どうしてもな、この柔肌を思うと……つい買ってしまった」

そっと俺の手を取ったアルマは唇を俺の手の甲に触れさせた。

「壊れ物扱いされるのは嫌だったか?」

「……アルマの気持ちは嬉しいけど、でも、俺こんなことされなくても大丈夫だし……なんか」

子供の頃好きだった駄菓子を成人した後も用意してくれる祖母を何故か思い出した。

「まぁ、でも、色々考えてくれてありがと。最終的には嬉しいよ」

「そうか? よかった。サクの部屋も見たいな、シャル達に任せっきりで何が置いてあるか知らないんだ。サクも自分の部屋をどうしたいか全く話してくれなかったしな」

先輩のことで頭がいっぱいだったのだ、とてもインテリアを考えられる精神状態じゃなかった。

「シャルとおじさんのセンスかぁ……信用してない訳じゃないけど、どうなんだろ」

査定士はオシャレなイメージが強いが、シャルは一歩間違えばイカれた内装を完成させそうな気がしている。

「……とりあえず行ってみよっか。俺の部屋どこだっけ」

アルマと一緒なら怖くないと彼と指を絡めて手を繋ぎ、自室へ。マットレスだけが置かれていた簡素な部屋は見違えるほど素晴らしいものへ進化していた。

「わ……! すごい、モデルルームみたい」

落ち着いた深紅のカーテンと絨毯は魔王らしさを感じさせ、必要とは思っていなかったクローゼットの猫足は可愛らしく、飾り棚に並んだ見知らぬ骨董品や宝飾品には査定士の気配を感じた。

「机はないのか?」

「俺机使わないし」

「そうなのか?」

「だから椅子もないし……まぁ、多分、そういうのは好みのを買った方がいいっていう気遣いなんだろうけど」

ベッドとクローゼットと棚だけ、着替え置き場兼寝る場所だと思うと社畜時代が思い出される。

「あ、見てこのクッション」

洒落たデザインのベッドに置かれていた紫色のハート型クッションを持ち上げ、アルマに見せる。

「絶対シャルが置いていったヤツだよな、自分っぽいクッション抱いて寝て欲しいとか……ふふっ、やっぱ可愛いなぁ」

「……俺も赤い何かを贈るべきだろうか」

「何? 対抗心燃えた? ふふっ、アルマは部屋が俺モチーフみたいで面白かったからあれで十分だよ」

俺を推しているオタクみたいな部屋だった、なんて言っても伝わらないことを言っても仕方ない。

「…………俺、ベッドもいらないと思ってたんだよ。どうせ他のヤツの部屋に泊まるんだろうから自分の部屋やベッドなんてあっても仕方ないって。でも、なんて言うか……あると気分がいいよな」

自分で買っていたらここまで喜べなかっただろう。シャルと査定士の心を感じるから気分がよくなるのだ、部屋に一人で居ても孤独感を覚えないだろう。

「でも、この骨董品っぽいのとか宝石はおじさんに返さないとかな……ちょっと怖いし」

棚に裸のまま置かれたおそらく貴重品だろう品の数々に俺は気圧されてしまっていた。

「……他のヤツらの部屋見に行ったり、子供達の様子見に行ったりしたいけど。ダメだなぁ、今日ちょっと疲れちゃったよ」

「俺もだ。集落から歩いて王都に帰ってきたからだろうな、前日にも同じ距離を歩いているし疲労が溜まったんだろう」

俺はアルマに抱えられていて移動時間なんて休憩時間と変わらなかった。色々考えごとをしたとはいえ、アルマより疲れているとは思えない。

「今日は一緒に寝よっ? 寝ぼけて棚のもの落としちゃったりしたらどうしようとか考えて眠れなくなりそうだし」

「俺の部屋で寝たいのか? あぁ、もちろん。そのためにマットを敷き詰めたんだ、どこでだって寝られるぞ」

一緒に眠るフリをしてこっそりと抜け出し、アルマにマッサージを行ってやる。そう気合いを入れてアルマと共にベッドに入った俺だったが、アルマの高い体温と包容力に当てられてあっさりと眠ってしまった。
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