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移住者募集

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カタラとアルマは玄関口に居たが、シャル達が見当たらない。アルマとのキスを終えてからカタラに尋ねてみた。

「ネメスィとネメシスは城下町の方、シャルとおっさんは子供らの方……だったかな」

「あぁ、俺達の子供はシャルが連れている、兄弟達にまだ慣れていないようだからな」

「そっか……あのさ、アルマ、俺行きたいところがあるんだ。連れてってくれる?」

「どこへだって」

目線を合わせるために屈んでくれたアルマに目的地を伝えると、彼は嫌そうな……それでも笑顔を保とうとする微妙な表情を見せた。

「……本当に行きたいのか?」

「うん」

「だが……サク、お前はあそこで……」

「大丈夫だから。ね? 行こ。アルマも行きたいでしょ」

笑いかけるとアルマは深いため息をついて微笑み、俺を横抱きにした。いわゆるお姫様抱っこだ。

「カタラ、出かけてくる」

「おぅ、気ぃ付けろよ。サクに何かあったら許さねぇぞ」

俺を抱いたままアルマは走り出す。あの日、檻から抜け出した時のように。

「……思い出すなぁ、脱走した時のこと……初めて会ったときのこと。ふふふっ……アルマ、あの時ね、俺本当にもう生きてるの苦しいなって思ってて……でもアルマが優しくしてくれたから、結婚しようって言ってくれたから、生きてたいなって思えたんだ」

「俺も似たようなものだ。酷く退屈で、たまに周りの檻から悲鳴が聞こえてくる檻の中……あんなもの死んでいるのも同じだ、俺はサクに生き返らせてもらったんだよ」

景色があっという間に流れていく。城下町を抜けて草原はすぐに終わり、森が始まる。

「……だからこそ、幸せの絶頂から突き落とされたような……あの一件は悔しかった。なぁ、サク……なんでオーガの集落になんて行きたがるんだ、嫌な思い出があるだろう?」

そう、俺が連れて行ってくれと頼んだのはアルマの故郷だ。

「…………でもアルマのお姉さんに会いたいし、他にもアルマの知り合いとかいっぱい居るから」

「俺は子供の頃に人間に攫われたんだ。知り合いなんて居て居ないようなものだ」

「……あの日、アルマから全部奪っちゃったから……少しでも返したいんだ。俺はね、傍で見ていたかったんだよ? アルマがお姉さんと話したり、他のオーガ達と狩りに行ったり酒盛りとかしちゃったりして……俺以外の人と楽しく過ごすところ」

「………………どうして」

「アルマを独り占め出来るのはすごく嬉しかったけど、辛かった……罪悪感とかすごかったんだ」

アルマはこの話をすると決まって「サクは悪くない」と言う。今回もそうだった。けれど俺はそう言われる度に、弱いくせに警戒すら満足に出来ない俺が悪かったのだという思いが強くなる。
一昨日だってオーガに襲われた。不用意に近付かせて、触れさせて、笑いかけたなんて思い込ませてしまうような顔をした。俺は成長すら出来ない。

「……サク、崖を下りるよ。以前は確かとても怖がっていたな、回り道を探そうか?」

「今は大丈夫だよ、飛べるし」

「そうか? あぁそうだ、靴を持っていてくれ。履いたままじゃ感覚が掴めない」

オーガの集落は崖を下った先にある。ほぼ直角の急な斜面をスキーでもするように裸足で滑り降りていく。

「ぅあぁああぁやっぱこわいやだやだやだ下ろして下ろしてやっぱダメ離さないでぇえぇええっ!」

いざとなれば自力で空を飛べるのだから平気だとタカをくくっていたが、ほとんど落ちていくような感覚はやはり怖くて、俺はアルマにしがみついて尻尾まで腕に絡め、四枚の羽を必死に羽ばたかせた。

「……着いたよ。サク? 大丈夫か?」

「あ、あるまぁぁ……怖かった、怖かったぁ……」

「また泣いてしまったか……大丈夫、もう落ちない。大丈夫……」

ぽんぽんと頭を撫でてなだめられ、腹とアルマの胸板の隙間に挟んでいた靴を取られる。靴を履き直したアルマは俺をあやすように揺らしながら歩いていく。

「……赤ちゃん扱いは嫌だ」

「そうか? ふふ、そんなつもりはなかったが……サクは赤ちゃんよりも可愛いよ」

「二児の父の言うことかね」

「もう怖いのは治まったか? 涙も止まったね」

大きな舌が頬に垂れた涙を舐め取る──ザッ、とアルマのものではない足音が聞こえる。

「……っ、アルマ、誰か居る。右斜め前」

「誰か? 獣ではないんだな……おい、そこの者! 俺はアルマ、ここの集落から追放されたオーガだ! 族長に会いたい、族長はいらっしゃるか!」

茂みの奥からぞろぞろとオーガが現れる。二メートル半超えは当然、三メートルを超える者も多い。

「……前は余裕なかったから気にしてなかったけどさ、アルマってひょっとしてオーガの中では小さい方?」

「不思議なことを言うな、サクは。成長期を檻の中で過ごした俺が大きい方の訳がないだろう」

「身長って結局は遺伝みたいなとこあるし……」

「……まぁ、平均より少し下と言ったところだな。サクは大きい方が好きか?」

「これ以上大きくなられたら俺裂けちゃうよ」

「そ、そっちの大きさの話は今していないだろう……」

照れるアルマを更に「可愛い」などと言ってからかっていると、年老いているらしきオーガが現れた。彼が族長のようだ。

「アルマ! アルマか……おぉ、元気だったか?」

「……それなりに。族長、追放された身でありながら集落を訪れたこと、まずはお詫びします」

「いい、いい。お前は追放刑にするような罪は犯していない」

「……今回はオーガのアルマとしてではなく、新たにこの島を治める魔王として魔神王様に任命されたサクの夫として参りました」

族長を始めとしてオーガ達はぽかんと目と口を開き、それからゲラゲラと笑い始めた。儀式などがあるからには信仰心はそれなりにあるのだろうが、実在を本心では信じていないだろう魔神王が、俺のような非力なインキュバスを魔王だなんて……笑うのも仕方ない。

「サク……信用されていないぞ、どうする。移住の話なんて出来そうもない。そもそもオーガみたいな無駄に大きくて邪魔で乱暴な強姦魔の種族なんてサクの近くに住まわせない方がいい」

「なんてこと言うのさ、同種のくせに」

同種への思い入れが薄いのも、オーガの種族的特徴が薄いのも、長い間監禁されていたからなのだろうか。そう思うと悲しくなってくる。

「魔王の証明かぁ……出来なくはないよ、魔王には一つ特権があるんだ」

「特権。聞いていないぞ」

「言ってなかったからね。えっと……魔樹、魔樹……あった、これでいいや」

アルマの太腿ほどの太さの魔樹を見つけた。アルマの腕の中から降りてその幹に手を当て、目を閉じて集中する。

「……我、魔神王アマルガムより王権を賜りし者。我らが魔神王より新たな言葉を賜りたく……」

ぶつぶつと魔神王に任命された時に教えられた呪文を呟く。唱え終えて目を開くと、ひとりでに幹から樹液が垂れて俺の足元に水溜まりを作っていた。一歩横にズレると、樹液が盛り上がるようにして魔神王が現れる。

「……っ!?」

ズンッ……と重力が数倍に膨れたようなプレッシャー。おそらく桁違いの魔力による圧迫感だろう。
先程唱えた呪文はいわば電話番号、魔神王城に居る魔神王との会話を可能にするものだ。

『…………サクか。何?』

真っ白い髪の塊。そう形容する他ない見た目なのに、何故だか神聖さを感じる魔神王。彼の声は少年らしく可愛らしいものだが、言い知れぬ不気味さがある。

「えっと……ここの集落の人達、オーガなんですけど……その、俺が魔王ってこと信じてくれなくて」

『……あぁそう。君、他の魔王と違って異質さと魔力が足りないからなぁ……他の魔王は見ただけで分からせるって言うよ』

「ごめんなさい……でも俺が弱っちいの分かってて採用したんですから、ねっ? 手助けお願いしますよ魔神王さん」

『仕方ないね』

魔神王は深いため息をついて髪を内側からかき分け、虹色の瞳を片方露出し、オーガ達を見回した。

『……そもそもみんな僕が魔神王だってことは知ってたっけ?』

「あ、魔神王さんは実在からして怪しいですよ、おとぎ話みたいな感じです」

『嘘……えぇ……なんで…………じゃあもう魔神王っぽいとこから見せなきゃかぁ……』

面倒くさそうにため息をついた魔神王はオーガ達に空を見上げるように言う。俺とアルマも興味本位で従った。

『んー……じゃあ、ちょっとした宴会芸でも』

晴天に似合わない黒雲が突如として発生し、そこからボトンとオーガの頭くらいの大きさの雹が一つだけ降ってきた。巨大なそれは地面をへこませたが割れはしていない、しかし直後に落ちたほとんど直線の極太の落雷によって砕け散り、地面に焦げ跡を残した。
本来小さなものが大量に降るはずの雹が巨大なもの一つだったこと、本来折れ曲がって高いものに落ちるはずの雷が一直線に雹を狙ったこと、それらは自然現象ではないことと、魔神王の力を示していた。
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