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引越し初日

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石工職人のオーガに襲われ、ちぎれた腕を捨てて私室予定の部屋に逃げ込み鍵をかけた。ネメシスが言っていた通り、簡素なマットレスと毛布が用意されている。

「はぁ……痛い、クソっ……割といい人っぽく見えたのになぁ」

血を滴らせながら激痛と共に再生する腕を揺らし、雨と血で汚れた体のままマットレスに寝転がる。

「…………おやすみ」

冷えた身体は毛布で包んでもすぐには温まらない。けれど俺は無理矢理に眠り、朝を待った。



窓から射し込む陽光と鳥のさえずりで朝を知る。マットレス、毛布、そして服を汚した血はカピカピに乾いて黒っぽくなっていた。

「……寝ながらチョコ食べたみたい」

ガキっぽい感想を残して部屋を後にする。廊下を歩き回ってみたが、腕どころか血の跡すら見当たらなかった。


城を出るとカンカンと聞き慣れない音が聞こえてきた。そちらに寄ってみると、昨日俺を襲ったオーガが石を削っていた。石にノミをあてがい、ノミをハンマーで叩く……なかなか繊細な作業のようだ。驚かせてやろう。

「…………わっ!」

「ぅわあっ!? いっ、つぅ……!」

体を浮かせて足音を消し、オーガの頭の上から顔の前へバッと手を広げながら落ちかけてみた。狙い以上に驚いたオーガはハンマーで指を叩き、痛がっている。

「あははっ! ざまぁ、強姦魔……ぁいや、未遂魔」

「サ、サクさん……」

城の敷地を囲う鉄柵の最上部、槍のように尖ったそこに土踏まずを置き、しゃがむ。四枚の羽を広げていれば簡単にバランスを取れる。

「おはよ」

「……おはようございます」

「俺の腕どこやったの?」

「…………いただきました」

鉄柵は五メートル程度の高さがある、せいぜい二メートル半の彼が手を伸ばしても俺には手が届かないだろう。

「ふーん……! 美味しかった?」

「ええ……とても」

「証拠隠滅? それとも美味しそうだったから?」

「……お腹がすいていて」

俺が普通に話しかけてくるのが不思議なのだろう、いや、不気味と言った方が正しいか? 強姦未遂の末に腕を引きちぎった相手の笑顔はさぞかし怖いだろう。

「なぁ、俺は城に住むようなインキュバスだし、目も髪も黒いんだからさ、なんかやばそうとか思わなかった? やばい奴の愛人とかさ。なのになんで手ぇ出そうとしちゃったわけ?」

「後悔してますよ……でも、触れて、笑いかけられたら……無理ですよ」

笑いかけたつもりはない、そんなことをする理由がない。勝手な思い込みで「誘われた」と襲いかかられるのは困る、対策のしようがない。スキルを失ったとはいえインキュバスは他者の性欲を煽る魔物だ、少しくらいは仕方ないにしてもずっとこんな調子じゃ一人で行動出来ない。

「…………あの、どうして昨日あなたを襲ったばかりの私のところへ、そんな明るく……」

「俺よく襲われるから、原因分かればなーと思って。あと先輩関連でちょっと気分が変になってるのかも……間違っても襲われてあげようとかじゃないから、勘違いしないでね」

「……立ち位置で分かります」

オーガの手が届かないところへ逃げているのは分かっていたのか。

「俺を襲ったらどうなるか説明しようかとも思ったけど、しても無駄かな」

「ええ……オーガは短気で忍耐力のない種族なんですよ」

「……その言い方は気に入らないな。アルマは……俺の知ってるオーガは俺のこと襲ったりしなかった。勃起してても俺がいいって言わなきゃ手出そうとしなかったし、俺のこと人間よりも優しく抱いてくれた」

アルマとの行為を思い出しながら似た色の肌や体格をしたオーガを見ていると、下腹が疼いた。

「俺も弟も好きな人以外とセックスするのは嫌だ、インキュバスのくせにな! 種族のせいにするなよ、紳士ぶりやがって……じゃあね! お墓ちゃんと作ってくれよ!」

気分が悪くなった。俺は鉄柵から飛び降り、城の敷地の外へ出た。そう、瓦礫の山こと城下町だ。無事な建物もあるにはあるが、大半の窓は割れてしまっている。

「……本当に誰か住んでくれるのかな」

アルマが居た集落のオーガ達には是非移住して欲しい、特にアルマの姉には。俺が弱かったせいで、俺が襲われてしまったせいで、アルマから家族と故郷を奪ってしまった。その罪滅ぼしをしたい。

「…………みんな、まだ来ないのかな」

その日も誰も来ず、俺は自室でふて寝をした。寝具が鉄錆臭くてなかなか寝付けなかった。



翌朝、俺は人の声で目を覚ました。長く尖った耳をピクピク揺らし、頭羽を集音器として使い、声の主の居場所を探った。

「……玄関の方か」

俺の部屋から玄関までは結構な距離があり、分厚い壁や床を挟んでいる。それでも聞こえてしまうインキュバスの聴力には恐れ入る。


誰が来たのだろうと足音を殺して玄関の方へ向かってみると、大勢のオーガが城の中へ入ってきていた。皆同じ服を着て、梱包された大きな荷物を運び込んでいる。
奇妙な状況に混乱した俺は窓を開けて外へ飛び出し、やはり騒がしい玄関口の辺りを物陰からこっそりと見つめた。

「これは西側の階段から二番目の部屋に、これもその部屋、こっちは東側の──」

カタラが居る。梱包された荷物を見て何かを判断し、オーガ達に指示を出している。

「あっ……荷物か、なるほど……」

あの荷物は彼らが購入してきた家具だ。オーガ達が持ち上げる前、魔法陣からぽこぽこと転送されてくるのを見てようやく気付いた。オーガ達は引越し業者のようなものだろうか? 大工といい力仕事にはオーガが多いのだろうか、それともオーガがやっている会社にネメシスが発注しているだけなのか?

「……まぁどうでもいいや」

インキュバスには引越し業は無理だろうなと自らの細腕を見下ろしてため息をついた。

「カタラ、サクはどこだ?」

服装の違うオーガ……いや、アルマがカタラに話しかけている。

「墓作りがどうこうで先に城に泊まってるってネメシスが言ってたぜ。前に決めた部屋見に行ってみろよ、まだ寝てんじゃねぇか?」

「さっき行ったんだ、でも居なくて……毛布やマットレスに血がついていた」

「……血ぃ? マジか」

まずいことになってきた、早く出て行かなければ。

「アルマーっ! カタラーっ!」

ぶんぶんと手を振って走り寄る。一体いつアルマと入れ違いになったのだろうと見逃しようのない巨体を見上げ、抱擁をねだって両手を広げる。

「サク! あぁよかった……サク、どこか怪我をしていないか? もう治ったか? さっきサクの部屋に行ってみたんだがな、血のシミがあったんだ。アレは一体どういうことだ? 俺は心配で心配で」

「落ち着け旦那、サクが答える隙がねぇだろ」

「あぁ、すまない……サク、何があったんだ?」

二人は無言で俺を見つめる。

「え……と、その、言いにくいんだけど……コケちゃったんだ。はしゃいで走り回ってさ。インキュバスってホント脆いね、コケただけで腕べきってなっちゃって、だからその……俺が間抜けなだけだから、そんな心配しないで」

「転んだ……? あぁもう……やはりこんな細い足ではダメなんだ。俺が運んでやるからもう二度と走るんじゃないぞ、サク」

「もー……心配性だなぁ」

不意に視線を感じてアルマとイチャつきながらそちらを見てみると、石工職人のオーガがじっとこちらを見つめていた。言いつけないでくれたと思っているのだろうか?

「アルマ、キスして。アルマのおっきい舌欲しいな」

俺はただ先輩の墓の完成を遅らせないで欲しいだけで、あのオーガを庇った訳じゃない。勘違いするなと言っていると伝わるように、見せつけるように激しいキスをアルマと交わした。
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