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すっかりホテルが実家のようで

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水浴びを終えた俺達はそれぞれの服を着てホテルへと帰った。アルマは自分の服を着ていた俺が可愛かったと残念そうに語り、俺が着た後の服なんだなと嬉しそうに上着を羽織っていた。

「じゃあアルマ、また今度」

「あぁ、この子に慣れてもらえるように、もっと頻繁にサクの部屋へ行こうと思うよ」

「嬉しい。遠慮しないで来てね、旦那様」

渡り廊下の手前で唇を重ねてアルマと別れ、シャルと手を繋いで彼の部屋へ。

「おかえり、シャル……サクも一緒だね、子供もか」

「おじさん! どうしたの?」

シャルの部屋には既に査定士が居た。俺達を待つ間に読み終えたのだろう本が机に何冊も積まれている。

「ゼリーを届けに来たんだよ。置いていってもよかったんだけれど、部屋に戻っても本を読むくらいしかやることがないしね。君達の顔が見たくて」

「ありがとう。ごめんね留守にしてて」

謝罪の意も込めて査定士に抱きつく。抱き締め合う俺達をよそにシャルは箱に詰められたゼリーをガタゴトと冷蔵庫に移している。

「ちーうぅ?」

「寒い寒いですよ」

「ちゃむぃちゃむぃえちゅよ」

「そうです、よく分かってますね」

ドラゴンは冷気を漏らす冷蔵庫に興味津々のようだ。勝手に開けないように注意しておかなくては。

「いつもゼリーありがとうねおじさん。でも、あの子ももう普通の食べ物食べてよさそうだし……次からはいいよ」

「もういいのかい? じゃあこれは返品してこようか」

「ううん、俺もたまに食べたいし、いきなり変えたらあの子もびっくりするだろうから……まずはゼリー崩してカットフルーツとか混ぜてみようかなって思ってるんだけど、どうかな」

「離乳食という訳だね。いいんじゃないかな、あの子もゼリーばかりじゃ物足りないだろうしね」

質の高い魔力が詰まった魔樹の樹液ゼリーは魔物にとって、前世の俺でいうカロリーバーみたいなものだ。腹は膨れるし栄養も問題ないけれど、そればかりだと心が死ぬ。

「見た目ではお肉が好きそうに見えるけれど」

「他の子達もお肉好きな子とお肉嫌いな子いるからなぁ……色んなジャンルの食材試してみるよ」

「仕入れておこうか?」

「やってくれる? ありがとう、インキュバスって何かと舐められるから買い物しにくくて……」

「値切るのも上手い種族だからねぇ、それ前提でふっかけられているのかもしれないよ」

確かに淫魔らしく誘惑すれば値切るのは楽そうだけれど、それをするのはプライドが許さない。俺やシャルのような不特定多数に淫乱になれないインキュバスには生きづらい街だ。

「じゃあご飯はこれまで通りおじさんに任せるよ」

「任されたよ」

「そうだ、飛んできたばっかだし腹減ってるよな。おじさん、この子にご飯あげてみる?」

「おや、いいのかい? ぜひ挑戦して見たいね」

ドラゴンがアルマに怯えるのはおそらく彼が大きいからだ。前世、俺が子供だった頃、着ぐるみに会って泣き喚いた覚えがある。幼い子は見聞が狭いから、大きいものは怖いという生き物の基本が少々過剰なのだ。もちろん子供は小さくて弱いから、過剰に警戒するくらいが安全だったりするのだが。

「おいでー、ご飯だよー」

ドラゴンが四本の足をばたつかせて寄ってきた。やはり大型犬サイズだな、羽と尻尾を無視すれば。

「ご飯。ご飯くださいって」

「ちょ、ぁん……ちょあん、ちゃーぁい」

「だいぶ話せるようになってきたんだね」

「シャルに面倒見てもらってから急にだよ。ちょっと自信なくすかも」

ドラゴンは俺がゼリーを持っていないことに気付くと鼻をふんふん鳴らし、査定士がゼリーを見せるとそちらへ顔を向けて腰を下ろした。

「私はあまり会っていないはずなのに……人見知りしないんだね、可愛い子だ」

「……お義兄さんが見たら泣くかもしれませんね」

「……あぁ、言うなよ」

「……もちろんです」

「どうしたんだい、ヒソヒソ話して。内緒話かな? ふふ……君達も可愛いねぇ」

査定士の持つスプーンから大人しくゼリーを食べているドラゴンを見たら、シャルの言う通りアルマは泣いてしまうかも──

「サク、入るぞ」

──アルマ来ちゃった、どうしよう、査定士とドラゴンにシーツとかかければ誤魔化せるかな。

「アルマ! どうしたの?」

流石にシーツは不自然過ぎる。そう判断した俺はドラゴンと査定士を飛び越え、アルマの視界を塞ぐように彼に飛びついた。

「おっと、嬉しい歓迎だな……いや何、そろそろ昼時だろう? 父親らしく子供と一緒に食べようかと思ってな。肉を持ってきたんだが……あの子は肉は好きか?」

「ど、どうかなぁ……今までゼリーしかあげてなくて、そろそろ固形食かなって感じだから、まだ好き嫌いは分かんないや」

「食べても大丈夫だよな?」

「うん……多分」

「……サク? そろそろ降りてもらえないか? それとも、俺にこうして欲しいのか?」

アルマの首に腕を絡めてぶら下がっていた俺を、彼は片腕で軽々と持ち上げた。太い腕に座らされて改めて彼のたくましさを思い知らされ、ときめいてしまう。

「ん、来てたのか」

「やぁアルマ」

「さっきぶりです、お義兄さん」

査定士と向かい合って座っていたシャルが査定士の隣に移った。気遣いを察したアルマはシャルが座っていた場所にどっかりと腰を下ろし、査定士の手からゼリーを食べる我が子を見て硬直した。

「……もう、食べてた……か」

「もうだいぶおっきくなってきたからっ、ゼリーワンカップじゃ足りないよねっ! アルマが持ってきたお肉切ろっか。シャル、ナイフある?」

「一応」

「なんで一番に出てくるのがパン切り包丁なんだよ……」

「おじさんのお酒のつまみにパンとチーズを使うことが多いので」

「……作ってたの? そんなことしてた?」

「兄さんが他の方と楽しくしてらっしゃる時に」

「へぇ……」

意外と夫婦らしいことしてるんだな……って今はそんなことどうでもいい。パン切り包丁でブロック肉って切れるのかな?

「兄さん、切ったとしても火がないと焼けませんよ」

「あっ……ぁー、生じゃダメかな?」

「……ドラゴンですし大丈夫でしょう」

「アルマ、アルマはどうやって食べる気だったの?」

「…………ん? あ、あぁ……丸かじりで……」

親子で両端からかじるつもりだったのか? 野蛮なポッキーゲームだな。

「キッチン借りに行きましょうか」

「だな。ゼリー使って料理しようぜ。アルマ、おじさん、その子お願い」

「……彼が居れば子守りは万全だろうな」

自嘲気味に呟いたアルマに俺は何も言えず、ブロック肉とゼリー二カップを持って部屋を出た。

「フルーツだとかならゼリーと一緒に食べるものや、ゼリーの中にフルーツが入っているものは見ます。でも、肉は見ませんよ」

「肉料理にはちみつ使うことあるから似た感じでイケるだろ」

「……兄さんは料理にも詳しいんですね、流石です」

「腕に自信はないけどな」

社畜生活で自炊なんてする暇はなく、インキュバスに転生してからは料理の意味はなく、大切な人が出来て料理を振る舞おうにも味見が出来ないインキュバスに調理は難しく──つまり経験不足だ。

「カタラとネメスィは野宿の時とかに飯作ってたし、ある程度出来るんだろうな……先に呼びに行こうか。みんなで昼飯にしようぜ」

「それいいですね、キッチン借りるついでに食材も借りましょう」

「だな!」

本来ホテルでキッチンを借りたり食材を横取りしたりなんて出来ない。だが、ドラゴン達の一件で俺達は一度ホテルを脅しているし、そもそも魔王一行というVIPなのだ。多少の無理は通る。

「ネメスィ達の部屋どっちだっけ?」

「兄さんたまに方向音痴ですよね」

無理を通して罪悪感を覚えないところ、俺は魔王らしく性格が悪いのかもしれない。
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