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役割上の責務

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中型犬、いや大型犬程度にはなっただろうか。尻尾が長いから全長なら俺を越えそうだけれど、体高なら犬くらいだと思う。

「ちぅ、ちうぅ」

「美味しい?」

「ちぁ!」

キラキラと輝く瞳、その瞳孔は蛇のように縦長で俺が映ったりはしていない。でも、絶対に俺を見ていると断言出来る。

「そろそろお肉とか食べてもいいかもね」

「ちぃい?」

「フルーツがいい?」

「ちゅるーちゅ」

最近、稀に俺の言葉を真似することがある。ネズミのような鳴き声を無理矢理言葉に押し込めたそれは聞き取り辛いけれど、とても嬉しい。

「はい、ごちそうさま」

「ちゃーあ」

「美味しかった? ふふ……」

一旦ベッドから降りてゼリーの容器を捨てる。ドラゴンはベッドに四足で立ったまま俺をじっと見つめていて、その静止に爬虫類らしさを感じた。

「ただいま」

ベッドの縁に腰かけると大喜びで膝に乗ってくる。まるで犬だ。

「……っ、おい、乗せて大丈夫なのか?」

「平気だよ、ちょっと重いけど大人しくしてるから」

もう少し成長したら膝に乗せてやれなくなるかもしれないな、と身体の脆さを嘆く。鍛えたところでどうにもならないのがインキュバスの虚しいところだ。

「ぢぃい……」

「お父さんだよ、威嚇しないの」

翼を広げて低く唸り、ドラゴンはアルマを睨む。まだ俺とシャル以外にはこの態度だ、手のひらサイズの頃から顔を見せてはいるのにちっとも懐かない。

「なぁサク、この子も外で遊ばせてみないか?」

「ぢぁああっ!」

返事をする前にドラゴンが吠えた。アルマが俺の肩を掴んだのが気に入らなかったらしい。

「……なんだ。俺はお前の父親だぞ、サクは俺の妻だ、妻に触れて何が悪い」

「ア、アルマ……ムキにならないで」

「ぢぅうぅ……」

「お前も唸るな、よしよし」

鱗がチクチクと痛むのも気にせずにドラゴンを強く抱き締めて慰める。そんな俺の肩をアルマが抱く。

「サクは少し甘やかし過ぎなんじゃないか?」

俺の肩越しにアルマの顔を見たドラゴンはまた興奮し、咆哮を上げながら俺の腕の中で暴れた。尻尾でベッドをうち、俺の太腿を踏みつけ、俺の腕から抜け出した。

「……っ、お前は甘やかされすぎだ! 父親に飛びかかるな! やはりもっと頻繁に来るべきだったな……シャルの方を父親とでも思ってるんじゃないか? なぁサク、サク?」

声が出ない。はくはくと口を動かすことは出来るけれど声帯が震えてくれないし、涙が勝手に溢れてくる。

「サ、サク……どうしたんだサクっ」

足が、いや太腿が痛い。飛び上がるドラゴンに思いっきり踏まれただけで大腿骨が折れたらしい。大腿骨は骨の中でも特に痛い、早く治って欲しいのに骨がズレているようで上手く繋がってくれない。

「ぁ、しっ……」

「足? 足か? そうなんだな?」

アルマに折れた骨をまっすぐにして欲しいのに、上手く言えない。彼は痛がる俺に触らないようにしている。

「…………お前が踏んだからサクが痛がってるんだぞ、何か言うことはないのか?」

「ち、ちぅ……?」

俺はドラゴンを叱ろうとしているアルマの服をぐいぐいと引っ張り、彼の視線をこちらに向けた。

「……る、まっ」

「サク? 何だ? 叱るなとでも言う気か?」

「ぁ、し……ま、すぐに……」

「……何?」

太い親指を握って引っ張り、太腿に導くとアルマはようやく俺の意図を理解してくれた。

「曲がったせいで上手く治らないのか……分かった」

アルマは俺の足を握って力づくで折れた骨を正しい形に整えてくれた。酷い激痛だったが、おかげで再生能力が正常に働いてくれた。
切れた部位を繋げたり、破損を埋めたりするばかりで折れた骨の位置ひとつまともに戻せないなんて、微妙に不便だ。

「ちぃ? ちぅうぅ?」

「うん……大丈夫だよ、アルマが治してくれたから」

「ちゅい……?」

心配そうに俺を見つめていたドラゴンは訝しげにアルマへと視線を移した。

「サク、少しは叱った方がいい」

「言葉ちゃんと分かんないのに何言っても無駄だよ、この子自分が俺の骨折ったことも分かってないんだし……叱っても何か俺達が不機嫌で怖いって思うだけ。意味ないよ」

「…………そういうものだろうか」

「噛んだとか引っ掻いたならすぐ叱れば反省するかもだけど、無意識に踏んじゃったことを後から言っても何のことか分からないと思う」

アルマは納得していなさそうな顔をしながらも頷き、引き下がってくれた。

「……でも、もうお膝に乗るのはやめよっか。もうおっきいもんな」

「ちゅい……?」

首を傾げるドラゴンの頬を撫でる。手のひらに擦り寄る彼の微かな唸り声を聞きながら、どことない寂しさに襲われる。

「……もう、そんなにおっきくなったんだな」

「ちーうぅ」

「おっきくなんのはやいなぁ……ちょっと前まで洗面器に入ってたのにな。もう少しおっきくなったら、俺を乗せて飛んでくれよな」

「ちぅ!」

何を頼まれているかも分かっていないくせに、ドラゴンの表情は硬いがきっと満面の笑みを浮かべている。

「……サク」

「何? もっと厳しくしろって?」

「ゃ……俺にも、その……構って欲しい」

「そんなこと言われても困るよ」

俺だってアルマに構いたいけれど、子供が起きて元気に鳴いている今要求しないで欲しい。

「ただいま戻りました……」

そぉっと扉の隙間から様子を伺ってから、シャルは慎重に部屋に戻ってきた。

「しているものだと思っていましたが、今日は奥手なんですか? お義兄さん」

「……子供が起きてしまったんだ」

「そんな残念そうに言わないでよ!」

「す、すまん……起きている時に会えるのは俺も嬉しいんだが、いかんせんタイミングがな」

タイミングが悪かったというのには俺も同意だが、もう少し遅れていたら行為を子供に見られていたかもしれない訳で──まぁ、子供の傍でヤるなってことだよな。

「……これお義兄さんのお服ですか? ブカブカで可愛いですね兄さん」

まるで浴衣のようになってしまっているアルマのジャケット。考えようによればこれは彼シャツなのか。

「自分の服着せて興奮しちゃってるんじゃないですか? お義兄さん。残念でしたね」

「まぁ、な」

「……もしよければ僕がお子さんを見ていますけど」

「本当かっ?」

俯きがちだったアルマがようやく顔を上げた。

「えぇ、子供からの好感度で、父親のくせに叔父に負けてもいいのなら……そんなに兄さんとしたいのなら、子供を放ってまでしたいのなら、どうぞお預けください」

「こ、言葉にトゲがあるな……」

「だって僕個人としてはここに兄さんが居てくれた方が嬉しいんですもん。兄さんと一緒に子育て……ふふふっ」

シャルは積極的に子育てを手伝ってくれるから助かる。アルマやネメスィはボーッとしてるかオタオタしてるかのどちらかだし、カタラは知識欲が勝って観察を優先するし、査定士は勝手に後方支援に徹してあまり部屋に来ないし……頼りにならない男共だ。

「子育て……そうだな、夫婦としての共同作業だ。俺が触れても大丈夫そうな大きさになったし、そろそろ夫として父親としての働きをしなければ」

おっ、外だけでなく家庭でも頼りになる男に昇格か?

「よし……! サク、何をすればいい?」

「別に今は何もないかな」

「そ、そうか……シャル、子育てって普段何をどうやってるんだ?」

「少しは自分で考える力を養うべきでは?」

「冷たいな……」

五つ子達はそれぞれ協力しつつも父親一人で育てていたはずだが、その経験はどこに行ったんだ?

「飯はもうやったし、眠そうじゃないし、今は風呂はいいだろうし……他に、他に何か……えっと」

その三種類を使い回していたのか。まぁ、最低限それが出来れば子供は育つな。アルマとの第一子には力加減を教える必要があった訳だしそれもあるか……そういえばこの子は怪力じゃないんだよな。

「そうだ空を飛ぶ練習! サク、やはり外へ遊びに連れていこう」

「えぇ……今日は太陽やだな気分」

「兄さんは僕が見ていますから」

「それは嫌だ」

「子供より妻を優先する夫は最終的に妻に嫌われるんですよ」

「ゆ、優先してるわけじゃ……そうだ、シャルも行こう。家族で遊ぼうじゃないか」

「……兄さん?」

人数は多い方が楽しい。俺を見つめて首を傾げたシャルに、俺は同行OKを告げた。
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