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仲裁、寂寥

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ドラゴン同士が喧嘩している、原因は俺だ、俺の体が脆いのが原因だ。
縄張り内に知らない形の生き物がいて触れてみただけの赤っぽいドラゴンを非難することは出来ないし、孕ませたヤツが腹を裂かれていた薄緑のドラゴンが怒るのは当然だ。
つまり、俺がもっと丈夫ならこんな悲劇は起きなかった。

「まだ塞がってない……けど、まぁ……飛べるか」

内臓と肉は元通りだが、皮がまだ再生出来ていない。しかしこれくらいなら飛んでいる間に塞がるだろう。
俺は四枚の羽を揺らして浮き上がり、ドラゴン達の元へとふらふらと飛んで行った。ドラゴンの身体にびっしりと生えた鱗が視認出来るようになった頃、薄緑色のドラゴンが牙の隙間から黒煙を漏らしているのに気付く。

「だ、だめっ……だめっ!」

数多のファンタジー作品で見られるように火を吹こうとしているのだと察した俺は塞がり切っていない腹の傷から手を離し、両手を広げてドラゴンの顔の前に割り込んだ。

「聞いて!」

薄緑色のドラゴンの鼻先に乗り、地団駄を踏むようにして顔を蹴る。俺に気付いて炎を飲み込んだらしいドラゴンの口からはやはり煙が漏れた。

「聞いてくれるか? あのな、俺は大丈夫なんだよ」

「さく、怪我ハ?」

「大丈夫だってば。あのな、こいつは多分いつも水浴びしてる湖にいた変な生き物に興味があっただけなんだ。俺脆いからさ、ちょっと触っただけで腹が破れちゃっただけなんだ。むしろその前に溺れた俺を助けてくれたんだぞ」

俺の──人間の感覚で言えば「庭の池で見知らぬネズミが溺れている」くらいだろう、それを助けてくれただけで腹を破った事故を不問にする理由になる。

「…………分かった。帰ろウ」

「お前こういう時は物分かりいいのな……ぁ、ちょっと待って、服取ってくる」

背を向けて飛び立っても赤っぽいドラゴンは追いかけてこなかった、事情の説明くらいしておきたかったのだが──まぁ、いいか。

「このフルーツ何?」

精液の匂いが漂う洞穴に戻ってきた。薄暗い穴の端には色とりどりのフルーツの山が出来ている、水浴びをする前にはなかったものだ。

「ご飯」

「お前フルーツ食うのか……肉とかじゃないんだな」

兵士を食っているところを見た覚えがあるのだが。

「こっちの方が好き、さっぱりしてル」

食事風景が平和的で結構だ。フルーツの山に頭を突っ込んだりせずに一つ一つつまんで食べているのは見ていて面白い。

「子供達とかなり違うとこ多いなぁ……あ、そういやお前火吹けるんだな、すごいなぁ……俺の子供達そんなの吹いてるの見たことないぞ」

「火吹きどらごんはあまりいなイ」

「そうなのか? じゃあお前珍しいんだな」

「竜の里は平和、火を吹く意味がない、だから吹けなくなっていク」

衰退とも言い切れない、これも一つの進化の形だな。

「でも、何かあれば吹くようになるかもしれない。それがどらごん。人間に捕まってから吹けるようになっタ」

「眠ってる習性ってわけか。なんで火吹きまくって逃げなかったんだ?」

「鎖と杭を溶かすには火力足りない、人間焼くとご飯もらえなくなル」

「そ、そうか……お前も苦労したんだなぁ」

俺の子供達も何かの拍子に火を吹けるようになったりするのだろうか? ドラゴンらしくて格好いいから見てみたいが、危機に瀕した時に目覚める本能なら一生眠っておいて欲しいとも思う。

「んっ……何だよ」

子供達の顔を瞼の裏に浮かべてホームシックぶっていたら鋭い鉤爪の背で腹を押された。

「……お腹、切れてタ」

「あぁ、大丈夫だって。インキュバスは結構いい再生能力があるんだぜ」

「…………羽、破いてタ」

「いくらでも再生するからな」

黄色い瞳が縦長の瞳孔の太さを変えながらぎょろぎょろと俺を見る。

「痛み、感じなイ?」

「んなわけねぇだろ、めちゃくちゃ痛いっつーの」

インキュバスは皮膚が薄く、骨や筋肉の密度が低い。つまりとても脆い。それなのに触覚や痛覚はとても敏感だ、近くで香辛料を炒められただけで涙が溢れるくらいに。敏感なのは性行為の際に快感を多く得るためなのかもしれないが、それはつまり射精しやすくて魔力を無駄遣いしやすいということで──厄介な生態だ。

「……どうして破いたノ?」

「羽か? お前の羽修理する素材が他になかったからだよ、その辺になめした皮でも落ちてりゃそれ使ってた」

「さく、どらごん嫌いなはズ」

「嫌いじゃねぇよ。あぁ、お前のことか? お前のことは嫌いだぞ」

格好いい見た目や案外と素直なところは好感が持てるが、性的嗜好とそれに従った行動が最悪過ぎる。

「嫌いなら、どうしテ?」

「何が?」

「どうして羽修理したノ?」

「……破れてたから?」

首を傾げるドラゴンの癖がうつってしまったのか、俺も首を傾げてしまう。

「さく、変」

「なんでだよ!」

修復可能な壊れた物、ほとんど無限に手に入る素材、修理に必要な技術、それらがあるのに修理をして何がおかしいんだ? ドラゴンの感覚は俺とは違うのだろうか。

「お腹もそう。どうして止めたの? あのどらごん憎くないノ?」

「別に……わざとじゃなさそうだったし」

「わざとじゃなければ何してもいイ?」

俺を見つめる縦長の瞳孔が膨らむ。丸に近くなった黒いそこは鏡のように俺を映している。

「……インキュバスは脆いんだ。ドラゴンやオーガには気を遣わせちゃう。ただでさえ気遣ってもらってるのにふとしたことで大怪我して、それで恨んでたら相手が可哀想だろ。当たり屋だもんそんなの……そんなの嫌だ、脆いからってそんな生き方したくない」

「さく……さくは、優しイ?」

「はぁ? いや、そうでもねぇと思うけど。結構根に持つタイプだぜ俺」

「さくは、可愛イ」

「それは……まぁ、恥ずかしいけど事実だよな。顔はいいからな……」

羞恥心から謙遜してしまいそうになるけれど、ほとんど同じ顔のシャルまで下げることになってしまう。双子に謙遜は許されないのだ。

「わっ……な、舐めるなよ」

「可愛い。さく、卵まダ?」

「知らねぇよっ、舐めんな!」

せっかく水浴びをしたのに唾液で髪や肌を汚されてしまった。拗ねた俺はドラゴンから距離を取り、外の景色を眺めた。特に異変はない、ネメシスはまだ来ない。

「卵、か……有精卵は俺の願望で作れるみたいだけど、無精卵は体のメンテナンスみたいなもんっつってたっけ…………頻度どれくらいなんだろ」

腹を撫でても異物は見つからない、腹を裂かれても卵を産む機能が残っているのかどうかも気になるところだ。

「鶏は毎日産むよな……それは品種改良ありきだっけ、分かんねぇ……」

独り言を呟きながら洞穴の硬い床に寝転がる。

「ネメシス……はやく来てくれよ。帰りたい……シャルに会いたい…………アルマ、アルマぁ、寒いよ、アルマ……助けて」

岩肌の冷たさと硬さに寂しさを思い出す。アルマに抱き締められて眠る温かさを思い出す。優しい彼に会いたい気持ちが溢れ、俺は気付けばすすり泣いてしまっていた。
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