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それぞれの甘いもの

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インキュバス棟の一室、よく出入りしているシャルの宿泊部屋。鍵を開けて中に入り、ベッドに寝転がったシャルが何か呟いているのに気付いて息を殺す。

「……さ……に……」

クマのぬいぐるみを抱いて眠っているようだ、背後に回り、寝言を聞く。

「兄さん……兄さん、兄さん……兄さん」

クマのぬいぐるみには羽や尻尾が増やされており、服も俺のものに似せている。シャル手作りの服は俺の寝ている間にズボンの中などに突っ込まれているから、俺の匂いでもついているのだろう。

「にぃさん……」

服に鼻を擦り付けて匂いを嗅いでいる。可愛らしい。ベッドに忍び込んで抱き締めてから起こしてやろう、驚くし喜ぶだろう。

「…………っ! 兄さん!」

ベッドに乗ろうとした瞬間、飛び起きたシャルに抱きつかれてベッドに引き倒される。

「兄さん、兄さん……」

「お、起きてたのか、シャル……シャル?」

クマのぬいぐるみを放り出して俺に抱きついたシャルは目を閉じ、寝息を立てている。まさか、より濃い俺の匂いだとかに反応して俺を捕まえただけなのか?

「シャル、おいシャル」

肩を揺さぶるとシャルは簡単に目を覚ました。

「兄さん、おはようございます。いつの間に僕の部屋に? こっそり一緒に寝ているなんて……」

「今起こしに来たんだ、近寄ったらお前に抱きつかれたんだよ」

「え、ぁ……そ、それは、申し訳ありません……」

本当に眠っていたのか。俺を見てパタパタと揺れていた頭羽が垂れ下がった、頭を撫でて「可愛かったから気にするな」と言ってやると頭羽はバタバタと激しく揺れる。

「お菓子買ってきたからみんなで食べようってなったんだけど、来るか? もちろん……俺とお前の分はないけど。前の宴会の時の樹液スイーツ、全然見つからねーんだもん」

「行きます。僕はいりませんよ、僕にとって一番甘いものは兄さんですから」

頬をべろんと舐められ、抱きついたり体の一部をバタバタ振ったりという仕草を思い出し、シャルは大型犬っぽいななんて考える。この思考はすっかり定期化した気もする。

「よし、じゃあ行くか」

「はい」

部屋を出た俺達は腕を絡めて別棟のネメスィの部屋に向かった。彼らは既に集まっており、背の低い机を中心に床に胡座をかいていた。

「お待たせー」

言いながら座る場所を探すとアルマが手招きをする。査定士も遅れて手招きをした。

「サク、おいで」

「シャル、こっちに」

隣同士に座っている彼ら二人とも自分の足を指している。俺達は好意に甘えて胡座をかいた彼らの足を椅子として座った。

「ありがとな、アルマ」

「ありがとうございますおじさん」

アルマと査定士では足の厚みが違うから目線の高さが変わってしまったが、シャルとは隣同士だ。指を絡めて手を繋ぎ、微笑み合う。

「それで、どうして集めたんだい?」

机に乗ったスイーツ店の紙袋を見れば分かるだろうに、査定士は笑みを浮かべて俺に尋ねた。俺は紙袋の中身を出しながら説明する。

「お菓子買ってきたからみんなで食べようと思ったんだ」

「美味しいパイのある店を聞いてきたものね、紹介した店とは違うようだけど」

「あぁ、あの店は……」

「あの店の店員はサクに嫌なことを言ったらしい、俺は聞いてはいなかったが……よくもそんな店を紹介してくれたな」

俺の腹に巻いた腕の力を強め、査定士を睨む。なだめるために頬や腕を撫でたが、静かに怒っている彼に効果はなかった。

「そうなのかい? それはすまなかった……味はよかったし、店員の態度もよかったから紹介したんだが」

「……そりゃおじさんは上品な人間だもん」

「そう、か……インキュバスは軽く見られることも多いか……ごめんね、サク」

「おじさんは気にしなくていいよ」

「兄さん、その店の場所とその方の身体的特徴をお願い出来ますか?」

惨殺死体が見つかる予感しかしない。

「いや、ダメだ」

しつこくねだるシャルの額をつつき、質問を取り下げさせるとカタラがようやく声を発した。

「なぁっ、サク……パイの美味いとこ探してたって、それって……」

「あぁ、うん、昨日ここ来たら不味いパイ食ってお前倒れてたから、可哀想だなーって」

「それで買ってきたのか」

ネメスィは今ようやく気付いたらしい。彼は比較的普段通りだが、昨日ここで話せていないカタラは気まずそうにしている。このままではせっかくのお菓子が不味い、俺はアルマの膝から降りてカタラの隣へと移った。

「カータラっ、昨日はごめんな? 拗ねすぎちゃった」

「サク……いや、俺が悪いんだ。ごめん。俺の方から先に謝らなきゃなのに、サクの方から謝らせて……それも、ごめん」

「気にすんなよ、でも一週間禁止は撤回しないからな」

「…………割と拗ねてるんだな」

もう拗ねてはいない、言ってしまった手前俺から撤回するのは癪だし、一週間放置した彼らは非常に精力的に俺を求めてくれるだろうという淫らな思考もある。

「まぁ、ほら、もういいから、お菓子食おうぜ」

アルマの足の上に戻り、袋から出したスイーツを一つずつ開封していく。カットケーキは査定士の前に、クッキーはアルマの前に、パイはネメスィとカタラの前に、それぞれ置いていく。

「あ、フォークとかいるよな……」

「僕がホテルに頼んできます」

「飲み物も頼む」

インキュバスになって食事に関することが頭から抜けていっている。食器も飲み物もなしなんて酷い失態だ。

「シャル、俺も行く。一人じゃ運べねぇだろ」

「それなら俺も行く」

シャルとアルマと三人でロビーに向かい、食器と飲み物を人数分注文する。渡されたフォークやナイフ、ジュースなどはワゴンに乗せられた。

「これなら一人でも運べましたよ」

「まぁまぁ……話しながらの方が楽しいじゃん」

三人で楽しく話しながらワゴンを押して部屋に戻った。

「おかえり、悪いな三人とも」

フォークとナイフを配る俺の横で、シャルがジュースを注いでいく。再び胡座をかいたアルマの足に座り、食事開始の合図をする。

「ん……美味ぇ! お前の叔父さんと親父さんの合作とは全然違うな」

「…………あぁ、比べ物にならないほど美味い」

薬だか毒だかを練り込んだパイと隠れた名店のパイだ、当然味は比べ物にならないだろう。

「私にもこんないいものを買ってきてくれるなんてね、やはりサクは素晴らしい、いい子だね」

「このクッキーも買ってくれた、サクが最高なのは当然だが……体験する度に感動するな」

二人に褒められて照れてしまい、食事開始の合図の際にシャルと繋いだ手に力を込めてしまう。

「……兄さん?」

照れ隠しに笑うとシャルは微笑み返してくれた。
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