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ゴールイン、アンドスタート

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カタラが拾ってきた貝に指を挟まれて痛い思いをしたりしつつも楽しい時間を過ごし、アルマの到着を待った。痺れを切らしたカタラが先に食べようと言い出し、それを止めているとようやく赤いドラゴンの姿が見えた。

「あ、ほら、アルマ来たぞ。もう調理始めていいだろ? 腹減って死んじまうよ」

「朝飯くらい食ってこいよ……じゃあ、俺はアルマ迎えに行くから」

「……俺は何をすれば?」

「知らないよ、好きなことしてろよ」

とりあえず頭に乗っているヒトデをどうにかしろと言い残し、ネメスィから離れ赤いドラゴンの着陸地点に走る。

「アールーマー! ぁ、やべっ、近寄り過ぎっ……!」

空を旋回している時には実感を持てなかった巨体が降りてくる。俺は砂浜を抉るように踵を返し、反対方向に走り、何とか踏まれずに済んだが風圧で吹っ飛ばされた。

「みぃいっ! まま!? ままぁ!」

砂を巻き上げながらドラゴンが俺の元へ走りより、背に鼻先を押し付けた。

「サク、大丈夫か?」

「う、うん……」

砂浜をゴロゴロと転がって目が回ってしまった。ドラゴンから降りたアルマに抱き起こされ、体中の砂を払われる。

「怪我はないな?」

「うん、ありがとうアルマ……」

「そうか、よかった……着陸地点に来るなんて何を考えているんだ! あと少しズレていたらサクはぺしゃんこになっていたんだぞ!」

深いため息をついたアルマは大きく息を吸い、俺を怒鳴りつけた。いつもは何があっても俺を怯えさせないようにと声を荒らげないよう気を遣ってくれているのに、今回は大声を上げた。

「ア、アルマ……?」

怒られる理由は分かっているのに、オーガらしさを見せたアルマは恐ろしくて、本能が拒絶と逃走を勧める。

「……すまない。だが、迂闊な行動は慎んでもらいたい。自分の身体の脆さを意識しろ。母に大怪我を負わせてしまうかもしれなかった我が子のこともな」

「みぃぃ……」

仔猫のように鳴くドラゴンの鼻先に手を伸ばすと、彼は愛撫を避けるように首を引いた。いや、実際避けたのだろう。俺に怪我をさせるかもしれないと考えているのだ。

「……ごめんな、お母さんがバカだったよ。大丈夫、気を付けるから……頭撫でさせてくれないか?」

「まま……めぅ……みぃ…………気を付けテ、ね?」

ドラゴンは俺から数メートル離れた場所に恐る恐る頭を下ろす。すぐに走り、頭に登り、額を撫でる。

「よし、みんなと遊んできていいぞ」

「めぅ! いってき、まス!」

額から降りるとドラゴンは慌ただしく飛び立って海に突き刺さるようにして兄弟達の元へ向かった。離陸の風圧で吹っ飛ばされた俺はアルマに受け止められ、今度は転がらずに済んだ。

「いってぇ……肋骨ヒビ入ったなこれ。治ってくけど……」

「すまない、受け止めなかった方がよかったか」

「ううん、嬉しい。ありがとうアルマ。一人で転がるの寂しいもん、受け止められて怪我した方がマシ」

薄手のシャツに覆われたはち切れんばかりの胸筋に顔をうずめ、先程抱いた本能的な恐怖をかき消していく。

「アルマ、今日なんで遅かったの?」

「あぁ……それがな、あの子は宿泊中にもすくすく育っていたようで、入った時に使った扉から出られなくなっていたんだ。出られるように壁を壊してもらってな……かなり手間取ってしまった」

予想していたとはいえ衝撃的だ。数週間で入った扉から出られなくなるなんてことがあるか、それも食事の量が足りないハプニングがあったりしたのに。

「他の子はそこまでサイズ変わってないのになぁ」

「サク……その、本当の父親のドラゴンはどのくらい大きかったんだ?」

「五、六メーター……アルマ二人分ちょいってとこかな。あ、体長じゃないぞ、尻尾の長さはよく分かんないから体高だ。だからもう全員アイツよりずっと大きいよ……それと、アルマ。お前らも本当の父親だぞ、っていうかお前らとアイツの子みたいなとこあるからな?」

ドラゴンの精液は対象の魔力構造を作り替えるウイルスのような性質を持っている。産みたいという意思に応じ、ドラゴンの卵を体内で生成する能力を与えるのだ。

「俺は腹貸しただけだ。ま、どうでもいいよ。あの子達は俺達の子だ、俺達は家族、それでいいだろ」

本来なら俺似のドラゴンばかりが産まれるところ、他者の魔力を吸収する淫魔という俺の性質が重なり、消化したての他者の属性が残ったままの魔力が卵の生成に使われ、各々の男に似たドラゴンが産まれたという……なんかよく分かんないことになったのだ。

「……そうだな、大切なのは家族であることだ」

「そういうこと。そうだアルマ、兄弟が増えるぞ」

「何……?」

「シャルとおっさんが結婚するんだ! ってわけで、アルマに婚姻の儀式のこと聞きたくてさ」

アルマを敷物の元に案内しながら、前から言っていた結婚の話が成立したことと、婚姻の呪が発動する条件が分からないからアルマにオーガの婚姻の儀式の詳細を聞こうと思っていたことを説明した。

「お、旦那、やっと来たな。何やってたんだよ」

「みんな大正解、アルマJrが扉につっかえてたんだってさ」

肉を焼くカタラと野菜を切るネメスィ、味付けをする査定士に分かれて作業が進んでいる。

「旦那は盛り付けしてくれ」

アルマは四つの皿に料理を分けていく役になった。

「カタラー、イカも食わないか? あの子が仕留めちゃったんだよ」

「でろんでろんだな……食えんのかこれ」

「めちゃくちゃ美味いから食ってみろって!」

「美味いってお前な……ま、そこまで言うなら」

ナマコやヒトデの解説をした甲斐があった。俺の味の感想は信用されていないが、食えるものではあると信じてくれた。

「ネメスィ、ほら毒味」

カタラは焼いた足を一本ちぎってネメスィに食べさせた。

「……これは毒だな、間違いない。全て俺に食わせるといい」

「美味いのか……アルマ、四分割頼む。ネメスィは少なめでいいから」

そんなこんなで昼食が完成し、俺とシャル以外は食事を始めた。俺達は共にドラゴン達の元へと向かい、昼食が終わるまで遊んで時間を潰した。




昼食が終わり、敷物の元へ戻る。アルマに儀式の内容を聞き、結婚式を始めることにした。

「まず、互いの血を混ぜるんだ。器に少しずつ垂らしてくれ、同じ量が望ましいが適当で構わない。後で半分ずつ飲むから少しじゃダメだぞ」

アルマはまずシャルに器を渡した。

「どうやって血を出すかの決まりはありますか?」

「場所もやり方も何でも構わない」

「兄さん、切ってください」

「え、うぅん……俺は指先だったけど、アレ痛いしな……」

指先は神経が集中していて痛かったので、シャルに同じ思いをさせないよう二の腕に切り傷を着けた。

「次、おじさん」

査定士は躊躇なく手の甲を切りつけて血を流した。二人の血が混じった器の中身は赤く腥く、見ていたくもない代物だ。

「では、器の前で愛を誓い合ってくれ。俺とサクの場合はセックスだったが……まぁ、好きな方法で構わない」

アルマは二人の目線の高さに器を持ち上げた。二人は戸惑いながらも「愛してる」と言い合い、念のために強く抱き締め合った。

「これで大丈夫だと思う。後は半分ずつ飲めばいい、飲むと魔神王様の幻覚を見られるから魔神王様の支持に従って儀式をこなしてくれ」

二人は「これを飲むのか」と共に戸惑いながら血で満たされた器を眺め、数十秒で覚悟を決めて二人で飲み干した。

「幻覚を見れば儀式は成功だが……」

「まぁ、大丈夫だろ……シャルっ! 危なっ……」

ぐらりと頭を揺らし、突然眠ったシャルが倒れないように支える。査定士の方はアルマが支えていた。今二人は俺とアルマも見た夢、もしくは幻覚を見ているのだろう。巨大過ぎる魔樹に名前を彫るあの子供じみた行為で呪いは完成する。

「……あれ、ぁあ……アレが幻覚ですか」

「大きな木にハートマークと名前を彫ったよ、不思議な感覚だったね。以前会った魔神王とは印象が全く違った」

「これで僕達は夫婦……」

「私は不老不死だね、そんな感じはしないけれど」

実感がないらしい二人はきょとんとした顔ながらも見つめ合い、これからもよろしくと握手をした。
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