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勇者様は二日酔い
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カタラと森デートを楽しんだ翌日、俺は今度こそネメスィにストラップを見せようと人間棟に向かった。
昨日酔い潰れて寝ていたのだから、今日は酔いが覚めているだろう。何を話そうか、何をしようか、期待で胸がいっぱいだ。
「おっ、インキュバスじゃん」
尻尾を揺らして歩いているとすれ違いざまに嫌な視線を向けられた。目を逸らして歩き続けようとしたが、手首を掴まれてしまう。
「待てよ、人間棟に来てるってことは人間とヤりにきたってことだろ? 愛想よくしろよ」
「……お前とヤりに来たんじゃねぇよ、離せ」
「は……? それが人間に対する態度かこのクソ淫魔っ!」
「……っ、俺に手ぇあげたら俺の彼氏が黙ってねぇぞ!」
振り上げられた手を見て咄嗟に叫ぶ。なんてダサいセリフだろう、だが、事実だ。
「へーぇ、彼氏ねぇ? どんな奴だよ、言ってみろ、俺も一応剣の心得はあんだよ」
どう言うべきか、痛む手首に視線を落として考える。何を言えば信用するだろう、どうすれば引いてくれるだろう、思考の海に落ちた俺は俺と男に近付いてきた者に話しかけられるまで気付けなかった。
「すまないね、君、その子は私の連れなんだ。手を離してもらえないかな」
「……おじさん!」
「やぁ、サク。おはよう」
査定士がたまたま通りかかってくれた。幸運だと一瞬思ったが、すぐに不運だったかもと思い直す。ネメスィかカタラだったなら男に力の差を見せつけて追い払えただろうが、年老いた富豪の査定士に喧嘩まがいのことは出来ないだろう。
「へぇ……? こいつが彼氏か、こいつが黙ってねぇって? ははっ! おいジーサン、このインキュバス貸しな。痛い目遭わされたくなかったらな」
「まだジーサンって歳じゃないだろ!」
「サク……そこの訂正はいいよ」
「でもおじさんはまだおじさんだもん! まだまだ元気なんだぞ色々と!」
「サクやめなさい、はしたないよ」
インキュバスにはしたないも何もあるものか。なんて、その時々でインキュバスの下品さを利用したりインキュバスの世間の印象に吠えたり、俺は自分勝手だな。
「はぁ……君、これを見てくれるかい?」
「あぁ? んだよ……はっ!?」
査定士はこの島に入った際、ネメシスから渡された身分証を男に見せた。そういえばあの身分証どこやったかな、金の方は持ち歩いているのだが……
「……さて、私にとってこの子は大切な子でね。他人に触れて欲しくはないんだよ、とても嫌がっているしね。でも、君は力づくで奪いたいんだね? いいよ、私を痛い目に遭わせてごらん」
「い、いえ……すみませんっした……」
男はあっさり俺の手を離し、そそくさとその場を離れた。
「ふぅ……緊張したね」
「おじさんすごーい! それ何書いてんの?」
「サクも貰ったろう? 身分証だよ。この島の魔王に招待された客であること、箱庭の離島の島の魔王の側近であることを証明するもの……ふふ、私は君の側近とされているんだ、何だか不思議な気分だね」
査定士が魔王の側近……身分証の内容はネメシスが決めたのだろうか?
「つまり、お偉いさんの愛人に手ぇ出した感じ?」
「そういう認識だろうねぇ。でも、君の身分証には君が魔王であると記されているはずだから、それを見せてもよかったんじゃないかい?」
「……持ち歩いてないし。俺が魔王って言っても信用されなくて、余計変なことになるよ」
「ううん……それもそうかな。でも、身分証を持ち歩く習慣はつけなさい」
前世では必ず持ち歩いていた物だが、ファンタジー的世界に身分証というものは何だか合わない気がして、見ないようにしていた。
「……ところでサク、人間棟に何の用だい?」
「あ、うん。昨日面白いストラップ買ってさ。これこれ、ショゴストラップ……多分この島の魔王さんを模したものなんだろうけど、ネメスィもショゴスだからさ、見せようと思って」
頭羽にぶら下げたストラップを指すと査定士はそれをつまみ、見つめ、微笑んだ。
「可愛いねぇ」
小さな瓶にドロっとした玉虫色に輝く黒い液体と偽物の目玉が詰められたこれはグロテスクだ。
「可愛い? 俺も可愛いと思って買ったんだけどさ、グロくない? おじさんもこういうの好き? グロ可愛い分かる人?」
「ふふ、好きな人を連想する物を買って身につける君が健気で可愛いなぁと思ったんだよ。ネメスィだったね、彼の部屋はこっちだ、おいで」
「……うんっ!」
精神年齢的にも歳上だからだろうか、査定士からの褒め言葉は他の男達とは少し違って感じる。照れてしまってちゃんと反応は出来ないけれど、素直に受け止められる。
「開いてるね。ネメスィ、居るのかい?」
査定士の腕に抱きついて廊下を進み、鍵のかかっていないネメスィの部屋に入る。
「……あぁ、お前か。何か用か」
「サクが来ているよ。君に見せたいものがあるらしい」
査定士に促されてベッドに座っているネメスィの元へ走り、彼の前に屈んで頭羽を揺らす。ストラップの説明をしようとしたが、ネメスィの顔色が悪いのが心配になった。
「ネメスィ……? 体調悪いのか?」
「……頭が、ガンガンするんだ。悪いが……あまり話さないでくれ、声も音も、ガンガン響く」
「…………二日酔いか? 飲み過ぎだぞ、ばか」
「反論はない……」
一度スライム状に戻ってから人間の細胞を再生させれば酔いが覚めそうな気もするが、それにはネメスィの望む人間らしさはないんだろうな。
「昨日、カタラと出かける約束してたんだろ? なのに酔い潰れてるとか最低だぞ」
「何も言えん……」
「後で謝っとけよ」
「分かってる……ぅう、痛い……」
「寝とけよもう」
ネメスィの肩を押してベッドに寝転がさせ、うなじを押して軽くマッサージしてやる。
「あぁ……悪いな、サク。俺と何かしたくて来てくれたんだろう? 普段と違う何か……街を堂々と練り歩いたり、一風変わったセックスをしたり……すまないな、何もしてやれない」
「いいよ、二日酔いとかも今まで出来なかったろ? ここは平和だ、なーんにも気張らなくていい。ゆっくり休めよ」
「……優しいな。甘えさせてもらう。サク、今日は彼と遊んでいるといい」
ネメスィが指したのは査定士だ。言われなくてもそのつもりだったが、言われると否定したくなるな。
「ネメスィ、一人で大丈夫か?」
「あぁ……言ったろ? 声も頭に響いて痛いんだ……サクの顔が見られるのは嬉しいんだが、早く出ていってくれた方が助かる」
申し訳なさそうにするネメスィは珍しい。
「そっか……仰向けで寝てる時に吐くと喉詰まって死んじゃうから、横向いとけよ」
「あ、あぁ……」
「じゃあ、お大事にな」
査定士と共に廊下に出て、なんとなく彼と見つめ合う。
「サク、今日はこれからどうするんだい?」
「んー……おじさんと一緒に何かしたいな。おじさん何か予定あるの?」
「娯楽室に行こうと思ってたんだけど、一緒に来るかい?」
「うんっ、おじさんとホテル内デートするー、連れてって」
査定士の前だと何故か可愛こぶってしまう。いや、演技しているという意識はない、今日はこういうテンションなのか? 自分でもよく分からないな。
「大人な雰囲気……朝なのに夜みたい」
人間棟の娯楽室はダーツなどの大人っぽさを感じる遊びが出来る部屋だ。前世でも見知ったものもあれば、全く知らない遊戯もある。
「ダーツはこの世界にもあるんだな……細かいルールは違うのかな、元々詳しくないから分かんないや」
「サク? 何か興味があるのかい?」
「ううんっ、おじさんの好きなのやって。俺おじさんがやってるとこ見たいな」
本当にはるか年下の愛人のような立ち振る舞いをしてしまう。
「それじゃあ……まずはこれにしようかな。君、対戦をお願いしたい」
査定士は俺の前世の世界にはなかったボードゲームらしきものを選んだ。見た感じ陣取り系だろう。
「頑張って、おじさんっ」
俺は他人がゲームをしているのを横から見るのが結構好きだ。一対一のゲームのようだし応援に徹しよう。
「なんだおっさん、インキュバス連れでいいご身分だな」
「あぁ、いいご身分かもしれないね」
査定士は絡んできた外野に身分証をチラリと見せ、黙らせた。対戦相手の男は寡黙なようで静かにゲームの準備を進めている。
「サク、見学に飽きても私から離れてはいけないよ」
妙な輩に絡まれるのを危惧しているらしい査定士の視線と腰を抱く腕は優しく、俺は「言われなくとも」と笑顔で返した。
昨日酔い潰れて寝ていたのだから、今日は酔いが覚めているだろう。何を話そうか、何をしようか、期待で胸がいっぱいだ。
「おっ、インキュバスじゃん」
尻尾を揺らして歩いているとすれ違いざまに嫌な視線を向けられた。目を逸らして歩き続けようとしたが、手首を掴まれてしまう。
「待てよ、人間棟に来てるってことは人間とヤりにきたってことだろ? 愛想よくしろよ」
「……お前とヤりに来たんじゃねぇよ、離せ」
「は……? それが人間に対する態度かこのクソ淫魔っ!」
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振り上げられた手を見て咄嗟に叫ぶ。なんてダサいセリフだろう、だが、事実だ。
「へーぇ、彼氏ねぇ? どんな奴だよ、言ってみろ、俺も一応剣の心得はあんだよ」
どう言うべきか、痛む手首に視線を落として考える。何を言えば信用するだろう、どうすれば引いてくれるだろう、思考の海に落ちた俺は俺と男に近付いてきた者に話しかけられるまで気付けなかった。
「すまないね、君、その子は私の連れなんだ。手を離してもらえないかな」
「……おじさん!」
「やぁ、サク。おはよう」
査定士がたまたま通りかかってくれた。幸運だと一瞬思ったが、すぐに不運だったかもと思い直す。ネメスィかカタラだったなら男に力の差を見せつけて追い払えただろうが、年老いた富豪の査定士に喧嘩まがいのことは出来ないだろう。
「へぇ……? こいつが彼氏か、こいつが黙ってねぇって? ははっ! おいジーサン、このインキュバス貸しな。痛い目遭わされたくなかったらな」
「まだジーサンって歳じゃないだろ!」
「サク……そこの訂正はいいよ」
「でもおじさんはまだおじさんだもん! まだまだ元気なんだぞ色々と!」
「サクやめなさい、はしたないよ」
インキュバスにはしたないも何もあるものか。なんて、その時々でインキュバスの下品さを利用したりインキュバスの世間の印象に吠えたり、俺は自分勝手だな。
「はぁ……君、これを見てくれるかい?」
「あぁ? んだよ……はっ!?」
査定士はこの島に入った際、ネメシスから渡された身分証を男に見せた。そういえばあの身分証どこやったかな、金の方は持ち歩いているのだが……
「……さて、私にとってこの子は大切な子でね。他人に触れて欲しくはないんだよ、とても嫌がっているしね。でも、君は力づくで奪いたいんだね? いいよ、私を痛い目に遭わせてごらん」
「い、いえ……すみませんっした……」
男はあっさり俺の手を離し、そそくさとその場を離れた。
「ふぅ……緊張したね」
「おじさんすごーい! それ何書いてんの?」
「サクも貰ったろう? 身分証だよ。この島の魔王に招待された客であること、箱庭の離島の島の魔王の側近であることを証明するもの……ふふ、私は君の側近とされているんだ、何だか不思議な気分だね」
査定士が魔王の側近……身分証の内容はネメシスが決めたのだろうか?
「つまり、お偉いさんの愛人に手ぇ出した感じ?」
「そういう認識だろうねぇ。でも、君の身分証には君が魔王であると記されているはずだから、それを見せてもよかったんじゃないかい?」
「……持ち歩いてないし。俺が魔王って言っても信用されなくて、余計変なことになるよ」
「ううん……それもそうかな。でも、身分証を持ち歩く習慣はつけなさい」
前世では必ず持ち歩いていた物だが、ファンタジー的世界に身分証というものは何だか合わない気がして、見ないようにしていた。
「……ところでサク、人間棟に何の用だい?」
「あ、うん。昨日面白いストラップ買ってさ。これこれ、ショゴストラップ……多分この島の魔王さんを模したものなんだろうけど、ネメスィもショゴスだからさ、見せようと思って」
頭羽にぶら下げたストラップを指すと査定士はそれをつまみ、見つめ、微笑んだ。
「可愛いねぇ」
小さな瓶にドロっとした玉虫色に輝く黒い液体と偽物の目玉が詰められたこれはグロテスクだ。
「可愛い? 俺も可愛いと思って買ったんだけどさ、グロくない? おじさんもこういうの好き? グロ可愛い分かる人?」
「ふふ、好きな人を連想する物を買って身につける君が健気で可愛いなぁと思ったんだよ。ネメスィだったね、彼の部屋はこっちだ、おいで」
「……うんっ!」
精神年齢的にも歳上だからだろうか、査定士からの褒め言葉は他の男達とは少し違って感じる。照れてしまってちゃんと反応は出来ないけれど、素直に受け止められる。
「開いてるね。ネメスィ、居るのかい?」
査定士の腕に抱きついて廊下を進み、鍵のかかっていないネメスィの部屋に入る。
「……あぁ、お前か。何か用か」
「サクが来ているよ。君に見せたいものがあるらしい」
査定士に促されてベッドに座っているネメスィの元へ走り、彼の前に屈んで頭羽を揺らす。ストラップの説明をしようとしたが、ネメスィの顔色が悪いのが心配になった。
「ネメスィ……? 体調悪いのか?」
「……頭が、ガンガンするんだ。悪いが……あまり話さないでくれ、声も音も、ガンガン響く」
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「反論はない……」
一度スライム状に戻ってから人間の細胞を再生させれば酔いが覚めそうな気もするが、それにはネメスィの望む人間らしさはないんだろうな。
「昨日、カタラと出かける約束してたんだろ? なのに酔い潰れてるとか最低だぞ」
「何も言えん……」
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「分かってる……ぅう、痛い……」
「寝とけよもう」
ネメスィの肩を押してベッドに寝転がさせ、うなじを押して軽くマッサージしてやる。
「あぁ……悪いな、サク。俺と何かしたくて来てくれたんだろう? 普段と違う何か……街を堂々と練り歩いたり、一風変わったセックスをしたり……すまないな、何もしてやれない」
「いいよ、二日酔いとかも今まで出来なかったろ? ここは平和だ、なーんにも気張らなくていい。ゆっくり休めよ」
「……優しいな。甘えさせてもらう。サク、今日は彼と遊んでいるといい」
ネメスィが指したのは査定士だ。言われなくてもそのつもりだったが、言われると否定したくなるな。
「ネメスィ、一人で大丈夫か?」
「あぁ……言ったろ? 声も頭に響いて痛いんだ……サクの顔が見られるのは嬉しいんだが、早く出ていってくれた方が助かる」
申し訳なさそうにするネメスィは珍しい。
「そっか……仰向けで寝てる時に吐くと喉詰まって死んじゃうから、横向いとけよ」
「あ、あぁ……」
「じゃあ、お大事にな」
査定士と共に廊下に出て、なんとなく彼と見つめ合う。
「サク、今日はこれからどうするんだい?」
「んー……おじさんと一緒に何かしたいな。おじさん何か予定あるの?」
「娯楽室に行こうと思ってたんだけど、一緒に来るかい?」
「うんっ、おじさんとホテル内デートするー、連れてって」
査定士の前だと何故か可愛こぶってしまう。いや、演技しているという意識はない、今日はこういうテンションなのか? 自分でもよく分からないな。
「大人な雰囲気……朝なのに夜みたい」
人間棟の娯楽室はダーツなどの大人っぽさを感じる遊びが出来る部屋だ。前世でも見知ったものもあれば、全く知らない遊戯もある。
「ダーツはこの世界にもあるんだな……細かいルールは違うのかな、元々詳しくないから分かんないや」
「サク? 何か興味があるのかい?」
「ううんっ、おじさんの好きなのやって。俺おじさんがやってるとこ見たいな」
本当にはるか年下の愛人のような立ち振る舞いをしてしまう。
「それじゃあ……まずはこれにしようかな。君、対戦をお願いしたい」
査定士は俺の前世の世界にはなかったボードゲームらしきものを選んだ。見た感じ陣取り系だろう。
「頑張って、おじさんっ」
俺は他人がゲームをしているのを横から見るのが結構好きだ。一対一のゲームのようだし応援に徹しよう。
「なんだおっさん、インキュバス連れでいいご身分だな」
「あぁ、いいご身分かもしれないね」
査定士は絡んできた外野に身分証をチラリと見せ、黙らせた。対戦相手の男は寡黙なようで静かにゲームの準備を進めている。
「サク、見学に飽きても私から離れてはいけないよ」
妙な輩に絡まれるのを危惧しているらしい査定士の視線と腰を抱く腕は優しく、俺は「言われなくとも」と笑顔で返した。
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