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魔物の王国

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城の解体完了後、ネメシスは書き上げた設計図を持って魔神王の元へ戻った。一日待つと彼は暗い顔で帰ってきて、プロに任せることになったと報告した。

「僕の設計図……微妙だったみたい。明後日からちゃんとした人達派遣してくれるってさ。街も一緒にやっちゃうからその間の仮住居も手配してきたよ」

素人の俺達は邪魔なだけ、ネメシスが手配した別の島のホテルに泊まることになった。

「この島はなんか、近代的だな……しっかり電気通ってるし、水道も……平成日本となんら遜色ないぞ」

そういえば平成って何年続いたんだろう。

「サク、何してるの?」

ルームランプの中を覗いているとネメシスが部屋に入ってきた。

「いや、ここはかなり発展してるなーって」

「箱庭の離島はちょっと遅れてるからね」

「……あのさ、一人部屋ちょっと寂しいんだけど」

「僕も大部屋にしようと思ってたよ、でも部屋で盛られちゃ困るってさ。それよりサク、この島の魔王に挨拶しなきゃ。サクも魔王になるんだから」

「あ、あぁ……うん、そうだよな。えっ、一人? 他の奴らは?」

「魔王業を多人数でやるつもりでも、魔王はあくまで君だけだからね。僕は魔神王様直属だから行けるけど、他の人達はダメ」

ネメシスに手を引かれてホテルを出て街を歩く。オーガもオークもインキュバスやサキュバスも、見たことのない魔物も普通に歩いている。

「すごい……色んなのがいるな」

「君の島も直にそうなるよ」

「俺の島……」

街を発展させるゲームをやったことはあるが、いざ現実になると困るばかりだ。しばらくはネメシスに頼りきりになるだろう。

「ここが魔王城、君のお城はもっと立派に作ってもらってるからね」

「……反感買わないか?」

「強く見せておかないと」

魔王城の内部には意外なことに人気はなかった。壁も床も天井も黒く、ヌメっている。不気味さに怯えてネメシスの腕に抱きつき、周囲を見回していると、壁に突然目が生えた。

「ひぃっ!?」

「あ、言い忘れてたけど──」

目が消え、壁が歪に盛り上がる。それは人の形になって壁から分離し、ネメシスを黒髪黒目にしたような青年になった。

「──このお城そのものが魔王、僕の父親でもある魔神王様の兄君のショゴスさ」

魔神王の兄、ネメシスとネメスィを捨てた男、彼には一度会ったことがある。あれは確か、俺が住んでいる島の王がまだ人間だった頃だ。彼が手を出したことで王が邪神に乗っ取られていたことが分かったんだ。

「お、お久しぶりです」

「……会ったことないと思うけど」

「あ、覚えてませんよね……箱庭の離島の王城にいたインキュバスなんですけど」

「あぁ、箱庭の……あの島に向かわせた僕、帰ってこなかったんだよね。だから僕は記憶持ってない」

そうか、俺が見たのは記憶を共有できなかった分身だったのだ。

「インキュバスを魔王にするなんてね。ま、弟が決めたことなら文句はない。僕の弟を失望させたら……分かってるね」

「は、はい……頑張ります」

ネメシスがシャルを見て彼を思い出した理由が早速分かった気がした。

「それで、何の用?」

「彼の城の建築中、この島のホテルに泊まらせていただくことになったのでご挨拶に伺いました」

「いらないよそんなの。この島にいていいって言ったんだから、それで終わりだよ。出てく時にも挨拶いらないからね、そういう気が回らないから出来損ないだって言うんだ。僕は忙しいんだよ、君と違って」

魔王はネチネチと言いながらネメシスに歩み寄り、黒髪のボブが揺れる。たじろいだネメシスの金髪ボブはふんわりと輝いている。やはり俺の貧弱な感性では2Pカラーって感想しか出ないな。

「申し訳ありません……お父様」

「僕の息子は一人だけだ。君じゃなかったはずだけど」

「……ちょっと、言い過ぎですよ。ネメシスはあなたの息子でしょ! 出来損ないなんて子供に言っていい言葉じゃない、息子が来たんだから部屋に通して茶でも出したらどうだ父親なら!」

五児の母として意見したくなり、つい言ってしまったが冷たい瞳に見下ろされて熱い気持ちが冷めてしまう。

「あ……ご、ごめんなさい、生意気言って」

「…………謝れるならいい子だよ」

ぽんぽんと頭を撫でられて腹が立つ。また気持ちが熱くなり始めた。

「い、いやっ、俺は確かに無礼だった! それは謝るけど発言自体は撤回しない! 父親として出来損ないなのはお前の方だろ!」

「ちょ、ちょっとサク!」

「離せよネメシっ……えっ?」

頬をぶたれた。突然のことで訳が分からず、ただ俺を叩いた魔王を見つめる。

「ごめんなさいは?」

「えっ? ご、ごめんなさい……?」

「よろしい」

「サク、お父様こういう頭おかしい人だからもうやめなよ。僕のために言ってくれてるのはありがとうだけど、僕もう諦めてるから」

ネメシスが俺の耳元で囁いた直後、彼の髪が掴まれる。

「誰の頭がおかしいって?」

「ごめんなさい!」

ネメシスは食い気味に謝り、魔王はにこやかに彼を許した。確かに、おかしな人だ。

「えっと……そろそろお暇させていただきます」

「うん、早く帰って。僕、弟のフェルト人形作るので忙しいんだから」

足早に城から去り、城を振り返って特に意味のない時間が生まれる。ネメシスが落ち込んでいるのを感じ取ってしまった俺はなごませようと少しふざけた。

「弟のフェルト人形ってさ、魔神王さんにあげる人形のことかな、魔神王さんモデルの人形かな」

「十中八九、後者だろうね。見て、そこの噴水。銅像立ってるだろ? あれ、お父様が作った魔神王様像」

「……すごいブラコンだな」

「君も銅像とか立てられたくなかったら弟さんには気を配っておきなよ」

流石にそこまでではないと笑いながら、ネメシスに笑顔が戻ったことに胸を撫で下ろす。明るい気持ちでホテルに戻り、ネメシスと別れる。一人部屋は退屈で寂しいのでシャルの部屋を尋ねた。

「シャールっ、遊びに来たぞ。何してるんだ?」

シャルは隣室だ、このホテルでは種族別に棟が建てられており、他の者を尋ねるのは結構な手間だ。異種族の棟に入る手続きも若干面倒くさい。

「兄さんっ、来てくれたんですね。くまさんの服を作っていたんですよ、魔力で作ってしまえば早いんですが……布を縫うのは案外楽しいんです」

手芸に目覚めたシャルの頭を撫で、隣に座ってクマのぬいぐるみを見る。今はもう跡形もない王城から見つけたものだ。

「……なんか、羽と尻尾生えてるんだけど」

「はいっ、兄さんに似せました」

頭羽と腰羽の骨部分は木製、皮膜は薄くラメの入った布。クマ本来の尻尾は毟られ、長いインキュバスの尻尾が生えている。

「今作ってる服も兄さんとお揃いなんですよ」

「…………可愛いなぁお前は」

未来に一抹の不安を覚えたが、まぁ、流石に銅像までは作らないよな?

「そうだ、兄さんの匂いのついたくまさんにしたいので、くまさんの服が出来たら兄さんに一日懐で温めておいて欲しいです」

「そんなに俺の匂い好きか? まぁ、お前がして欲しいならするけどさ……」

肉親の体臭は臭く感じると聞くが、俺達には当てはまらないようだ。

「あと、兄さん……お願いなんですけど、一人で寝るのは寂しくて……一緒に寝てくれませんか?」

「俺も寂しいと思ってたんだ、そうしようか。あ、でも……このホテル内では、セックス禁止。いいな?」

「はいっ、セックスはしません。キスはセーフですか?」

多分、声とか体液とかの関係で性行為は控えて欲しいのだろう。キスは無問題だ。

「キスくらいならいいだろ」

キスなら大丈夫だと微笑んだ瞬間、シャルは裁縫道具を投げ捨てて俺の首に抱きついた。
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