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ピアスからの甘味

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巨大なドラゴンとはいえ我が子のくしゃみで吹っ飛ばされるなんて、親としてどうなんだ。なんて自分に呆れながら吹っ飛んだ先が解体中の城の中だったことに安堵する。

「ちょうどよくソファに吹っ飛ぶなんて……俺、ここぞって時だけ運いいな」

ソファでも背中がかなり痛いのに、壁に叩きつけられていたら確実に骨折していた。幸運だったと深く息をつき、廃墟から出る。

「ぴっ、ママ! ママ、ドコ行ってたの?」

「あぁ、ちょっとな……ごめんごめん、寂しかったか?」

「ぴぅぅ……」

鼻には近付かない方がいいな、顔の側面から額に移るようにしよう。

「しゅうぅっ……! あなたが吹き飛ばしタんでしょう……母様、ご無事ですカ?」

「言わないでやってくれシャルJr、俺は平気だから怒るなよ」

黒いドラゴンと姿形は同じな薄紫の鱗のドラゴン。シャルの子である彼は他のドラゴンより聞き分けがよく、器用だ。

「しゅう、母様が言うナら。でも、しゅうぅ……」

「俺は大丈夫だから、な?」

「しゃぁ……」

蛇のような鳴き声の巨大なドラゴンの頭に乗り、額を撫でる。鱗の端は鋭利で危険だ、俺の薄い皮膚はすぐに裂ける。子供達に罪悪感を持たせないためにも気を付けなければ。

「ふふ、お前はお母さん思いだな。ありがとう」

「しゅうぅん」

「うん、兄弟達にも優しくな。それじゃ作業に戻ってくれ」

飛ぶのにも慣れてきた。紫のドラゴンの頭から白いドラゴンの頭に移り、優雅な彼の額も撫でる。

「きゅい? ママ? ママっ、見て、きらきら箱」

鋭い爪で器用に挟んだ小さな箱、見て欲しいそうなので地面に降り、箱を受け取った。キラキラ箱という安直な可愛い呼び方の通り、箱には美しい細工があった。

「螺鈿、か……? ぽいよな、宝石箱か、綺麗だな。傷も入ってないし、いいもん見つけたなぁ」

「きゅっ、ママにあげる」

ネメスィを介さず俺に直接渡したくて隠し持っていたのだろう。愛おしさと感謝の気持ちでいっぱいだ。

「ありがとうな、カタラJr」

撫でて欲しそうに頭を下ろしてきたので撫でてやり、その後改めて宝石箱を眺めた。蓋は開かない、鍵穴があるから鍵が必要なのだろう。

「鍵なんか見つからねぇよな……ま、このままでも綺麗だし、いいか」

息子……いや娘? 我が子からのプレゼントと言うだけで尊い。揺すってみると中から音がするから宝石が入っているのは間違いないが、無理に開けようとして壊れたら悲しい。

「本当にありがとう! じゃ、作業に戻ってくれ」

大きく手を振って赤いドラゴンの元へ向かう。

「しゅうぅぅっ……! ずるいっ、ずるい、母様に贈リものっ」

「ぴゅいっ! ほーせき、見つけタラ、バチバチに渡す! ずるい!」

「きゅ? きゅっきゅっきゅ……羨ましイなら、きらきら探セ」

「しゅうぅぅ……」

「ぴゅぃいい……」

後ろの方で言い争いの声が聞こえる。何を渡されても同じ程度の喜び方をしなければな。

「アルマJr! どうだ、順調か?」

他のドラゴン達よりも大きい赤いドラゴン。彼はアルマの子らしく厳つい見た目をしており、鱗も他の子達よりトゲトゲしい。刺さらないように気を付けて頭に乗り、バランスを掴むため角に手をついた。

「みぅ、まま……力強いの役立つ、おもて、なかった。うれしい」

「あぁ、そうだな。お前はすっごく頼もしいぞ」

「みぃぃ……うれしい。まま、すき」

仔猫のような鳴き声で甘える赤いドラゴンの角を撫でる。ここでも何か感じるだろうか、気持ちよさそうな声を出しているから大丈夫かな。

「ネメスィとネメスィJrどこ行ったか知らないか?」

「めぅ? お城のなか、いった」

「城? そっか……分かった、ありがとう」

倒壊していない場所から先に使えそうなものを持ち出すつもりなのだろう。これ以上作業を邪魔するのもダメだ、持ち場に戻ろう。



庭へ戻ると食事を終えたアルマがカタラ達に合流していた。何着服を見つけてもアルマが着られるサイズのものは当然見つからず、相変わらず布をそのまま体に巻き付けて服を装っている。

「見てくれカタラ、お前の子が俺にくれたんだ」

「ん? なんだこりゃ、キラキラしてんな」

「多分宝石箱だよ、ジュエリーボックス。アクセとかしまっとくやつ」

「ふーん……? 中身は?」

俺は鍵穴をカタラに見せ、鍵が見つかっていないか聞いてみた。しかしあっさりとないと答えられてしまい、開ける気はさほどないとはいえ落ち込んだ。

「鍵はねぇけど……こんなもんなら開けられるんじゃないか? なぁシャル」

箱を受け取ったシャルは鍵穴に指の腹を押し付け、指を軽く回し、あっさりと開けてしまった。

「開いた!? すごい……どうやったんだ?」

「魔力を実体化させて鍵を作りました。簡単な鍵でしたから何とかなりましたよ」

「すごいなぁ、流石だなシャル、すごいすごい」

「そ、そんな、カタラさんや兄さんにだって出来るはずですよ、そんなに褒めるようなことじゃ……あの、兄さん……」

シャルの頭を抱き締めて撫で回す。離す頃には耳まで真っ赤にして照れており、それをからかうとムスッとした顔で抗議したがそれすらも愛らしい。

「中身なんだったんだよ」

「ピアスとかネックレスとか指輪とか……アクセだな」

「兄さんつけますか?」

ドレスを着ている今なら似合うかもしれないが、別に身を飾る趣味はない。

「僕にも見せてください……わ、キラキラしてますね。綺麗です」

こういったものに一番興味がありそうな査定士は別の宝石に夢中になっており、おそらく俺が戻っていることにすら気付いていない。

「あ……見てください、この黒いの。兄さんの目見たいですよ」

シャルはキラキラと輝く黒い宝石がぶら下がったピアスを見つけると、俺の目の横へ持ち上げて見比べた。

「兄さんの目の方が綺麗ですね」

「サク、黒は似合わないんじゃないか? 髪も目も黒いし、白や黒より鮮やかなやつのがいいだろ。青とか」

「そうですね、兄さんには紫色とか似合うと思います」

「赤色が似合うと思うよ」

カタラもシャルもアルマもみんな自分の目の色を推してくる──いや、アルマの目は金色だな、赤いのは髪だ。ネメスィの方が金色のイメージが強いから自分は赤にしたのだろう。

「それじゃあ兄さん、このピアスは僕がもらいますね。兄さんの弟らしく、兄さん色の宝石をつけます!」

「兄貴の目の色の宝石つける弟なんて聞いたことねぇよ。俺に寄越せ俺に。俺髪白いから黒いの目立つ」

「カタラさん、ピアスつける場所ないでしょ」

カタラの耳にピアスホールはない、しかしそれはシャルも同じだ。俺とカタラは揃ってそう主張したが、シャルは気にせずにピアスを耳に当てた。

「……っ! 思ったより痛いですね……」

ピアスのフックの先端は丸くなっていたのに、シャルは無理矢理耳たぶを貫いた。

「な、何やってんだバカっ! 血が……血ぃめっちゃ出てる!」

「心配しないでください兄さん、大したことありませんから」

シャルに近付くと芳醇な血の香りに欲がそそられた。飛んだから魔力を消耗したのだろう、白い肌に映える鮮血を舐め取りたくなってきた。

「バカ。お前はインキュバスだろ? 人間と違ってピアスホールが安定しない、外した瞬間に塞がる」

「外しませんから構いません、返してください」

血に気を取られて気付かなかったが、カタラが片割れのピアスを奪っていたようだ。

「ダメだ、刺さってる限りずっと再生しようとするからずっと痛いだろ。穴に仮の皮膚貼ったりもしないで元の形に戻ろうとするから血は止まらないはずだ」

「……詳しいんですね」

「ありがとよ。ほら、もう片っぽも寄越せ」

シャルは一瞬俺を見つめ、深いため息をついて乱暴にピアスを外してカタラへ投げた。

「カタラ……カタラ、つけるのか?」

「んー……いや、なんか怖いしやめとくよ。ネメスィにでもやろうか。お前が渡してやれ、喜ぶぞ」

「カタラにオススメされたって言っとく」

「……俺のことはいいだろ」

ピアスを受け取ったらシャルへ向き直る。不満げな彼の首に垂れた血を人差し指で拭う。

「……ん、美味いな。なぁ、シャル……それ舐めていいか?」

傷はもう塞がっている。

「兄さん……! ええ、どうぞどうぞ。好きなだけ舐めてください」

シャルは嬉しそうに笑って頭を傾け、俺に舐めさせやすいようにした。やはりどこか歪んでいる彼の笑顔に癒される俺も大概だなんて自嘲しながら、甘美な血を飾った肌に舌を這わせた。
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