上 下
342 / 604

命乞いの必要はない

しおりを挟む
カタラは積極的に魔神王への攻撃を考えており、シャルもそれに同調している。査定士は歯がゆさを堪えたような顔のままドラゴン達をなだめ、アルマは俺の様子を伺っている。

「ふんふふふーん、ふんふふふーん……」

女神は俺の体で勝手に鼻歌を歌い、下手くそなステップを踏んでいる。

「まず、魔神王が何属性なのかによるよな。精霊達は結構集まってくれてるから俺の攻撃の幅もかなり広いが……シャル、お前は?」

「戦闘となると僕は肉弾戦か誘眠の術の二択ですね。僕の身体はとても脆いので反撃されたら終わりです、瞬殺できない相手に肉弾戦は向きません。術は……神性を眠らせられるとは思えません」

「となると戦力はこのカタラさんのみ……ドラゴンは、うーん、生後一ヶ月あるかないかで魔神王と戦えってのは無茶だよなぁ。おいネメスィ、魔神王って何属性?」

カタラの手のひらで光の玉が踊っているように見える、光が強く見えにくいがあれが精霊なのだろう。

「…………お前ごとき叔父上に傷一つ付けられる道理がない、無謀な真似はやめろ」

「……あ? ネメスィ、お前にとっては叔父さんなんだからそりゃ複雑な気分だろうけどよ、このままじゃサクが戻ってこないんだぞ? 神の座から引きずり下ろすってだけで……別に殺すわけじゃないんだから協力しろよ、つーか叔父さんなら説得しろよ」

「叔父上は俺の言葉などお聞きにならない! それはついさっき証明された、説得も攻撃も無駄だ!」

言い争う二人を止めたいのに、俺の体は俺の意思で動いてくれない。

『……あ、ボクが死んだね』

『なんだよ急に……暇なら俺の体ちょっと返せよ、アイツらと話したい』

女神は俺の求めに応じずに一歩飛び退いた。次の瞬間、たった今まで俺が立っていた場所に魔神王が現れた。

『……っ!? お、おい、ボクが死んだって言ったの、まさか……あの黒いのか?』

『あぁ、こそっとリソースを奪ってやったら抵抗出来なかったみたいだね』

『お前のせいで死んだのか!? お前……なんで平気な顔してるんだ、自分だろ』

『問題ないよ、ニャルラトホテプはボク一人で十分さ。全てはキミの体を手に入れるための布石に過ぎないんだから』

『え……? お前、さっきは俺の体はそんなにいらないとか言ってたじゃん』

またゲラゲラと下卑た笑い声が頭の中に響く。

『ボクが本当のことだけ話してると思ってるんだ! 男にモテるのはボクのスキルのおかげだけじゃないのかなぁ? ド天然バカってモテるもんね!』

『このクソ野郎っ……!』

『やだ、ボク女神だよ? 野郎だなんてひどーい。ふふ、キミにはどーせ何も出来ないだろうしネタばらししてあげる。いい? 魔樹は魔神王が各地に生やしたモノ、彼に繋がってるんだよ。魔樹から生まれたインキュバスの身体は魔樹と縁が深い、キミを通して魔樹に繋がり魔神王の魔力を奪えるんだ』

魔神王の魔力を奪い、この世界の神の座も奪う作戦なのか。なら本当にカタラ達に手伝わせる必要はない、魔力を奪う前に魔神王にカタラ達を殺させ、俺を絶望させて遊ぶだけ──許せない。

『カタラ! クソ……カタラっ、戦うな、カタラぁっ! ネメスィ……ネメスィ、みんなを止めてくれっ!』

女神は俺に俺の体の操作権を渡さない、いくら叫んでも彼らに伝わる音にはならない。

『邪神……お前、最初からっ、俺を転生させたあの時から、俺の体を奪うつもりで……?』

『当たり前じゃないか。だから黒髪黒目にしたんだよ、基本ピンクのインキュバスを黒くするのは大変だったけど、ピンク色なんてボクらしくないもん』

俺には何も出来ない。まただ、また俺は無力なままみんなが傷付く様を見なければならない。

「ネメスィ! とっとと教えろ、魔神王は何属性のどんな魔物なんだ!」

「……叔父上は、ありとあらゆる属性を支配下に置き、神性でありながら魔性も持つ……完全無欠の神だ。何もするな、カタラ。動かなければ叔父上は俺達を敵と認識しないかもしれん」

カタラはネメスィの忠告を即刻無視し、魔術陣を組み立てると光の玉に被せ、赤い光を燃え盛る鳥へと変えた。

「──火の精霊よ──」

「…………おいで」

勇ましく鳴く鳥型の精霊に魔神王は手を差し伸べる。瞬間、精霊はヒヨコのような姿に変わり、魔神王の手にぽてっと落ちた。

「よしよし……さぁ、おいで、みんなおいで、僕のところへおいで」

カタラの周りに漂っていた光の玉が魔神王の元へ向かい、彼の周りを衛星のように飛び回る。

「え……? せ、精霊が盗られた……? んなバカなっ、アイツらは契約済みの精霊だぞっ!」

精霊達が魔神王に吸い込まれるようにして姿を消す。

「この世の全ての魔力は叔父上のもの、精霊など……叔父上の力の一端に過ぎない。だから勝てるわけがないと言っているんだ」

ネメスィは魔神王を見つめたままゆっくりと歩を進め、攻撃手段を失って立ち尽くすカタラの腰に腕を巻いた。

「叔父上様っ! 申し訳ございません、この者は俺の親友なのです。どうか、どうか非礼をお許しください!」

頭を下げるネメスィの横を抜けてシャルが前に出る。勝てないと悟っているのか攻撃の意思は見られない。

「魔神王さん……お願いします、見逃してください。兄さんなんです、僕のたった一人の兄さんなんです、兄さんは邪神なんかじゃないっ……邪神に体を乗っ取られただけでっ、兄さんは兄さんのまま兄さんの中に居るんです! お願いしますっ、兄さんごと殺さないで……!」

ハッとした様子でアルマが俺を抱き締め、シャルの隣に並ぶ。魔神王は虹色の瞳を鈍く光らせて俺達を見つめている、ネメスィの話とは違い魔神王には事情を聞く程度の優しさはあるらしい。

「……俺からも頼みます、魔神王様。サクは俺の妻なんです、あなたにお許しをいただき婚姻の契約も済ませています……死さえ二人を分かつことなく、それはあなたが契約の際におっしゃることですよね。俺達はこれからも共に歩んでいきたいと思っています」

髪も肌も真っ白な魔神王、薄桃色の唇が開き、声変わり前の少年らしい高い声で言葉を紡いだ。

「頭が高い」

「……っ! ご、ごめんなさい……」

「あ……す、すまないっ、礼儀作法なんて分からなくて」

二人は慌ててその場に跪く。魔神王は二人から興味を失ったように虹色の視線をネメスィへ向ける。ネメスィもまた慌てて跪き、カタラの頭を押さえて彼にも膝をつかせた。

「どうか非礼をお許しください叔父上様っ! 彼らは俺の友人達です、どうかご慈悲を……そして、サクは俺の愛する者です。お願いです……叔父上様」

「ねめしぃ」

「ネメスィです、叔父上様……叔父上様、俺の我儘を聞いていただけませんか……?」

深々と頭を下げたネメスィの額はもう地面に擦っている。魔神王はネメスィの前に膝をついて屈むと金色の柔らかな髪を撫でた。

「お、叔父上様……!」

魔神王はネメスィの頼みを聞いてくれる気になったのだろうか、少なくともネメスィはそう思って顔を上げた。

「そんなに心配しなくても可愛い甥っ子の友達に怪我させたりしないよ。でも、危ないから自分達でちゃんと守り合うんだよ。僕は今から邪神と戦わなきゃいけない、巻き込まれないでね」

 途中まで笑顔で頷いていたネメスィが硬直する。

「そ、そんなっ、叔父上様……やめてください! サクは、サクは俺の大切な人なんです!」

そんな場合じゃないと分かっているのにネメスィの必死な叫びにときめいてしまう。

「……うん、分かった」

「叔父上様……!」

「なるべく同じ形に作ってあげるよ」

魔神王に繋がる魔樹から生まれたインキュバスごとき、魔神王はいくらでも生み出せるのだろう。だからきっとネメスィの愛情が分からないのだ。

「…………ドラゴン達、この場にいる者を守れ。サクっ! 来い!」

ネメスィの背から黒い粘液が吹き出し、翼を形作る。地面を蹴って俺を抱き締めると翼を揺らして空へと飛び上がり、雲を突き破った。

「よし、ここまで来れば……サク、いや、今は邪神か、手短に話すが──」

「ねめしー、なんで逃げるの?」

目の前にぬっと魔神王が現れ、ネメスィは声にならない悲鳴を上げた。
しおりを挟む
感想 156

あなたにおすすめの小説

病気になって芸能界から消えたアイドル。退院し、復学先の高校には昔の仕事仲間が居たけれど、彼女は俺だと気付かない

月島日向
ライト文芸
俺、日生遼、本名、竹中祐は2年前に病に倒れた。 人気絶頂だった『Cherry’s』のリーダーをやめた。 2年間の闘病生活に一区切りし、久しぶりに高校に通うことになった。けど、誰も俺の事を元アイドルだとは思わない。薬で細くなった手足。そんな細身の体にアンバランスなムーンフェイス(薬の副作用で顔だけが大きくなる事) 。 誰も俺に気付いてはくれない。そう。 2年間、連絡をくれ続け、俺が無視してきた彼女さえも。 もう、全部どうでもよく感じた。

王女の中身は元自衛官だったので、継母に追放されたけど思い通りになりません

きぬがやあきら
恋愛
「妻はお妃様一人とお約束されたそうですが、今でもまだ同じことが言えますか?」 「正直なところ、不安を感じている」 久方ぶりに招かれた故郷、セレンティア城の月光満ちる庭園で、アシュレイは信じ難い光景を目撃するーー 激闘の末、王座に就いたアルダシールと結ばれた、元セレンティア王国の王女アシュレイ。 アラウァリア国では、新政権を勝ち取ったアシュレイを国母と崇めてくれる国民も多い。だが、結婚から2年、未だ後継ぎに恵まれないアルダシールに側室を推す声も上がり始める。そんな頃、弟シュナイゼルから結婚式の招待が舞い込んだ。 第2幕、連載開始しました! お気に入り登録してくださった皆様、ありがとうございます! 心より御礼申し上げます。 以下、1章のあらすじです。 アシュレイは前世の記憶を持つ、セレンティア王国の皇女だった。後ろ盾もなく、継母である王妃に体よく追い出されてしまう。 表向きは外交の駒として、アラウァリア王国へ嫁ぐ形だが、国王は御年50歳で既に18人もの妃を持っている。 常に不遇の扱いを受けて、我慢の限界だったアシュレイは、大胆な計画を企てた。 それは輿入れの道中を、自ら雇った盗賊に襲撃させるもの。 サバイバルの知識もあるし、宝飾品を処分して生き抜けば、残りの人生を自由に謳歌できると踏んでいた。 しかし、輿入れ当日アシュレイを攫い出したのは、アラウァリアの第一王子・アルダシール。 盗賊団と共謀し、晴れて自由の身を望んでいたのに、アルダシールはアシュレイを手放してはくれず……。 アシュレイは自由と幸福を手に入れられるのか?

元おっさんの俺、公爵家嫡男に転生~普通にしてるだけなのに、次々と問題が降りかかってくる~

おとら@ 書籍発売中
ファンタジー
アルカディア王国の公爵家嫡男であるアレク(十六歳)はある日突然、前触れもなく前世の記憶を蘇らせる。 どうやら、それまでの自分はグータラ生活を送っていて、ろくでもない評判のようだ。 そんな中、アラフォー社畜だった前世の記憶が蘇り混乱しつつも、今の生活に慣れようとするが……。 その行動は以前とは違く見え、色々と勘違いをされる羽目に。 その結果、様々な女性に迫られることになる。 元婚約者にしてツンデレ王女、専属メイドのお調子者エルフ、決闘を仕掛けてくるクーデレ竜人姫、世話をすることなったドジっ子犬耳娘など……。 「ハーレムは嫌だァァァァ! どうしてこうなった!?」 今日も、そんな彼の悲鳴が響き渡る。

【第1章完結】悪役令息に転生して絶望していたら王国至宝のエルフ様にヨシヨシしてもらえるので、頑張って生きたいと思います!

梻メギ
BL
「あ…もう、駄目だ」プツリと糸が切れるように限界を迎え死に至ったブラック企業に勤める主人公は、目覚めると悪役令息になっていた。どのルートを辿っても断罪確定な悪役令息に生まれ変わったことに絶望した主人公は、頑張る意欲そして生きる気力を失い床に伏してしまう。そんな、人生の何もかもに絶望した主人公の元へ王国お抱えのエルフ様がやってきて───!? 【王国至宝のエルフ様×元社畜のお疲れ悪役令息】 ▼第2章2025年1月18日より投稿予定 ▼この作品と出会ってくださり、ありがとうございます!初投稿になります、どうか温かい目で見守っていただけますと幸いです。 ▼こちらの作品はムーンライトノベルズ様にも投稿しております。

愛人がいらっしゃるようですし、私は故郷へ帰ります。

hana
恋愛
結婚三年目。 庭の木の下では、旦那と愛人が逢瀬を繰り広げていた。 私は二階の窓からそれを眺め、愛が冷めていくのを感じていた……

前世が飼い猫だったので、今世もちゃんと飼って下さい

夜鳥すぱり
BL
黒猫のニャリスは、騎士のラクロア(20)の家の飼い猫。とってもとっても、飼い主のラクロアのことが大好きで、いつも一緒に過ごしていました。ある寒い日、メイドが何か怪しげな液体をラクロアが飲むワインへ入れているのを見たニャリスは、ラクロアに飲まないように訴えるが…… ◆明けましておめでとうございます。昨年度は色々ありがとうございました。今年もよろしくお願いします。あまりめでたくない暗い話を書いていますがそのうち明るくなる予定です。

完結·助けた犬は騎士団長でした

BL
母を亡くしたクレムは王都を見下ろす丘の森に一人で暮らしていた。 ある日、森の中で傷を負った犬を見つけて介抱する。犬との生活は穏やかで温かく、クレムの孤独を癒していった。 しかし、犬は突然いなくなり、ふたたび孤独な日々に寂しさを覚えていると、城から迎えが現れた。 強引に連れて行かれた王城でクレムの出生の秘密が明かされ…… ※完結まで毎日投稿します

ちっちゃくなった俺の異世界攻略

鮨海
ファンタジー
あるとき神の采配により異世界へ行くことを決意した高校生の大輝は……ちっちゃくなってしまっていた! 精霊と神様からの贈り物、そして大輝の力が試される異世界の大冒険?が幕を開ける!

処理中です...