上 下
324 / 604

とろとろ零れて

しおりを挟む
風呂を上がり、体を拭きながら見回したが洗面所には既にシャルは居なかった。ひっくり返して乾燥中の洗面器だけが残っている。

「ぴゅう……ぴゆぅぅ……」

鱗の隙間まで拭くのは大変だ、自然乾燥でいいのだろうか。

「んー……ま、いいか。行くぞ……あっこら、食うな」

ドラゴンは手拭いを噛んで離さない。手拭いを持ち上げればドラゴンがぷらぷらと揺れる。

「ぴぅ……」

胴を掴んで引っ張るとようやく離したが、元気がないように見える。風呂で体力を使って眠くなったのだろうか、幼い子にはよくあることだ。

「寝床用意してやるからな」

卵を毛布で包んでいたように、ドラゴンにも毛布でベッドを作ろう。一匹一匹の方がいいだろうか、五匹まとめてがいいだろうか。



部屋に戻るとシャルが手のひらに薄紫色の鱗のドラゴンを乗せて走りよってきた。

「兄さん……なんだか元気がないんです」

「あぁ、こっちもだよ。風呂入ったから眠くなったんじゃないかな。寝床用意しないと……毛布あるか?」

「用意します、預かっていてください」

俺の手の中に紫のドラゴンが落とされる。黒いドラゴンがそれに気付き、尻尾を噛み、怒った紫のドラゴンが俺の手を噛む。

「なんで俺に噛み付くんだよっ……あぁもう、離せ、噛むなよ二人とも」

「兄さん、用意出来ましたけど……」

「あぁ、悪い、ありがとうな」

卵を包んでいた時と同じ作りの毛布のベッド、その真ん中に二匹のドラゴンを下ろす。

「ぴぅ……」

「しゅるる……」

「シャルJrは蛇みたいな鳴き声だな。寝ていいんだぞー?」

俺はベッドの上に寝転がり、シャルは床に膝立ちになり、ドラゴンの様子を観察する。やはり卵から孵れば母性本能は薄れるようで、シャルが子供に近付いても緊張していない。

「やっぱり卵を守らせるためにドラゴンが仕込んだもんなんだな……あの強姦魔め」

あのドラゴンほどに大きくなったりはしないよな? そんな大きなドラゴン五匹なんて、部屋に収まりきらない。

「……ドラゴンって何食べるんでしょう」

「知らないのか? シャルなら知ってると思ってたけど」

「…………ごめんなさい、知りません。ごめんなさい、兄さんの期待に応えられません……」

「ぁ、いや、気にするなよ、知らないよな普通。兄貴のくせに何にも出来ない俺の方がよっぽど酷いしさ、気にするなって本当」

落ち込んでしまったシャルの頭を撫でていると母性本能が膨らんできたのが分かった。卵を産んだせいで変な癖がついてしまったな。

「おじさんなら知ってるかもしれませんよ」

「そうだな、聞いてくるか」

その前に他の卵の様子を見ておこう。そろそろ孵るかもしれない。

「こっちがアルマの……こっちがカタラのだな」

俺とシャルの特徴を引き継いだ二匹のドラゴンを見て確信した、この五つの卵は彼らの魔力が作り出したものだと。だから俺の腹を使ってドラゴンと四人が子作りしたようなもので、言ってしまえば俺は代理母のようなもので──まぁ、強姦魔トカゲなんて気にせずにいよう。

「カタラさんの方ちょっと揺れてる気がします」

「だな。カタラ呼んでくれ。アルマのはまだか……ネメスィのは? もう孵ったのか?」

あの漆黒の卵がない。周囲に殻が転がっている訳でもない。シャルに呼ばれてやってきたカタラがベッドの横に膝をついたので聞いてみた。

「ネメスィの卵ならネメスィが持ってったぜ」

慌てて探せば部屋の端の方で物珍しそうに黒い卵を眺めているネメスィを見つけた。引っくり返したり、軽く叩いたりして観察している。

「ネメスィ! 勝手に卵持ってくなよ! っていうか雑に扱いすぎ!」

すぐさまネメスィの元へ行き、卵を奪還。乱暴な扱いに注意するとネメスィは不服そうに俺を睨んだ。

「それは俺の卵なんだろ? 俺が触って何が悪い」

「扱いが雑だって言ってるんだよ!」

「ドラゴンの卵だ、何をしたって割れはしない」

「ネメスィ、蛇の卵は上下逆さにすると中の子が溺れることがあるそうだよ」

ぬっと俺の後ろから査定士が顔を出す。ニットを着込んだ彼の腕にはシャルが絡みついていた。

「……蛇とドラゴンを同じにするな」

「ドラゴンの卵に興味があるならいつかサクが産むだろう無精卵を待つようにと言っただろう」

「弟も卵に触っていた、なのにどうして俺だけそんなに責められなければならないんだ」

拗ねた様子のネメスィはじとっとシャルを睨む。シャルは慌てて俺の腕に抱きつき、弁解を始めた。

「違うんです兄さん! 卵が揺れて、卵置き場から転がり落ちてしまったから戻そうとして……そうしたら割れ始めて、動かさない方がいいかと思って! 出てくるまで持ってただけなんです!」

シャルはドラゴンの卵という希少性にあまり興味を持っていなかった、今の弁解はおそらく真実だろう。

「分かった分かった、お前のことは言ってないからちょっと引っ付かないでくれ、卵が落ちる」

シャルに抱きつかれてはバランスが崩れてしまう。申し訳なさそうに俺の腕を離したシャルに微笑みかけ、ぱぁっと明るくなる表情を愛しく思う──そうして卵から意識を外している間にネメスィが卵を奪い取った。

「あっ……! か、返せ!」

「俺の卵だ」

「俺が産んだんだ! 返せってば!」

卵を持ったまま頭上に手を上げられてしまった。俺はネメスィの肩を左手で掴み、爪先立ちをして右手を伸ばし、飛べないくせに羽をバタバタ揺らす。

「俺のっ、卵ぉ……! 俺の卵返せよぉバカ! バカネメスィ! バカスィ!」

「バ、バカスィ……!? 分かった、分かった……返せばいいんだろ。ちょっと離れろ」

片手で卵を持ち、もう片方の手で俺を押しのける。卵を持った手を頭上から下げる途中、片手で持つには少し厳しいサイズになった卵はネメスィの手から滑り、床に吸い込まれた。

「あっ」

ゴン、と鈍い音を立てた卵と床。完璧にタイミングを合わせて同じ音が全員の口から漏れた。

「い、やっ……卵! 俺の赤ちゃんっ!」

「サ、サク……落ち着いて、ドラゴンの卵がこんな高さから落ちただけで割れることはないよ」

査定士の言葉では落ち着きを取り戻せず、俺は慌ててその場に屈み、卵を持ち上げた。

「俺の卵……」

無事そうだ、そう思った瞬間、ペキッと軽い音が聞こえて卵の破片が床に落ちた。

「ぇ……や、やだ、やだ……!」

ヒビが入っただろう部分を上に向けて確かめてみると、どろどろと黒く粘着質な液体が溢れ出してきた。

「い、や……嫌ぁあぁあああっ!? やだっ、やだぁっ、出てきちゃダメっ……ダメ、やだ……俺の赤ちゃんこぼれちゃ、ぁ、あ……ぁ、ああ……!」

膝の上にびちゃびちゃと落ちる黒い液体の生温かさに生命の気配を感じ、赤ちゃんが死んでしまったのだと思い込んだ俺はショックで意識を手放した。
しおりを挟む
感想 156

あなたにおすすめの小説

病気になって芸能界から消えたアイドル。退院し、復学先の高校には昔の仕事仲間が居たけれど、彼女は俺だと気付かない

月島日向
ライト文芸
俺、日生遼、本名、竹中祐は2年前に病に倒れた。 人気絶頂だった『Cherry’s』のリーダーをやめた。 2年間の闘病生活に一区切りし、久しぶりに高校に通うことになった。けど、誰も俺の事を元アイドルだとは思わない。薬で細くなった手足。そんな細身の体にアンバランスなムーンフェイス(薬の副作用で顔だけが大きくなる事) 。 誰も俺に気付いてはくれない。そう。 2年間、連絡をくれ続け、俺が無視してきた彼女さえも。 もう、全部どうでもよく感じた。

王女の中身は元自衛官だったので、継母に追放されたけど思い通りになりません

きぬがやあきら
恋愛
「妻はお妃様一人とお約束されたそうですが、今でもまだ同じことが言えますか?」 「正直なところ、不安を感じている」 久方ぶりに招かれた故郷、セレンティア城の月光満ちる庭園で、アシュレイは信じ難い光景を目撃するーー 激闘の末、王座に就いたアルダシールと結ばれた、元セレンティア王国の王女アシュレイ。 アラウァリア国では、新政権を勝ち取ったアシュレイを国母と崇めてくれる国民も多い。だが、結婚から2年、未だ後継ぎに恵まれないアルダシールに側室を推す声も上がり始める。そんな頃、弟シュナイゼルから結婚式の招待が舞い込んだ。 第2幕、連載開始しました! お気に入り登録してくださった皆様、ありがとうございます! 心より御礼申し上げます。 以下、1章のあらすじです。 アシュレイは前世の記憶を持つ、セレンティア王国の皇女だった。後ろ盾もなく、継母である王妃に体よく追い出されてしまう。 表向きは外交の駒として、アラウァリア王国へ嫁ぐ形だが、国王は御年50歳で既に18人もの妃を持っている。 常に不遇の扱いを受けて、我慢の限界だったアシュレイは、大胆な計画を企てた。 それは輿入れの道中を、自ら雇った盗賊に襲撃させるもの。 サバイバルの知識もあるし、宝飾品を処分して生き抜けば、残りの人生を自由に謳歌できると踏んでいた。 しかし、輿入れ当日アシュレイを攫い出したのは、アラウァリアの第一王子・アルダシール。 盗賊団と共謀し、晴れて自由の身を望んでいたのに、アルダシールはアシュレイを手放してはくれず……。 アシュレイは自由と幸福を手に入れられるのか?

元おっさんの俺、公爵家嫡男に転生~普通にしてるだけなのに、次々と問題が降りかかってくる~

おとら@ 書籍発売中
ファンタジー
アルカディア王国の公爵家嫡男であるアレク(十六歳)はある日突然、前触れもなく前世の記憶を蘇らせる。 どうやら、それまでの自分はグータラ生活を送っていて、ろくでもない評判のようだ。 そんな中、アラフォー社畜だった前世の記憶が蘇り混乱しつつも、今の生活に慣れようとするが……。 その行動は以前とは違く見え、色々と勘違いをされる羽目に。 その結果、様々な女性に迫られることになる。 元婚約者にしてツンデレ王女、専属メイドのお調子者エルフ、決闘を仕掛けてくるクーデレ竜人姫、世話をすることなったドジっ子犬耳娘など……。 「ハーレムは嫌だァァァァ! どうしてこうなった!?」 今日も、そんな彼の悲鳴が響き渡る。

【第1章完結】悪役令息に転生して絶望していたら王国至宝のエルフ様にヨシヨシしてもらえるので、頑張って生きたいと思います!

梻メギ
BL
「あ…もう、駄目だ」プツリと糸が切れるように限界を迎え死に至ったブラック企業に勤める主人公は、目覚めると悪役令息になっていた。どのルートを辿っても断罪確定な悪役令息に生まれ変わったことに絶望した主人公は、頑張る意欲そして生きる気力を失い床に伏してしまう。そんな、人生の何もかもに絶望した主人公の元へ王国お抱えのエルフ様がやってきて───!? 【王国至宝のエルフ様×元社畜のお疲れ悪役令息】 ▼第2章2025年1月18日より投稿予定 ▼この作品と出会ってくださり、ありがとうございます!初投稿になります、どうか温かい目で見守っていただけますと幸いです。 ▼こちらの作品はムーンライトノベルズ様にも投稿しております。

愛人がいらっしゃるようですし、私は故郷へ帰ります。

hana
恋愛
結婚三年目。 庭の木の下では、旦那と愛人が逢瀬を繰り広げていた。 私は二階の窓からそれを眺め、愛が冷めていくのを感じていた……

前世が飼い猫だったので、今世もちゃんと飼って下さい

夜鳥すぱり
BL
黒猫のニャリスは、騎士のラクロア(20)の家の飼い猫。とってもとっても、飼い主のラクロアのことが大好きで、いつも一緒に過ごしていました。ある寒い日、メイドが何か怪しげな液体をラクロアが飲むワインへ入れているのを見たニャリスは、ラクロアに飲まないように訴えるが…… ◆明けましておめでとうございます。昨年度は色々ありがとうございました。今年もよろしくお願いします。あまりめでたくない暗い話を書いていますがそのうち明るくなる予定です。

完結·助けた犬は騎士団長でした

BL
母を亡くしたクレムは王都を見下ろす丘の森に一人で暮らしていた。 ある日、森の中で傷を負った犬を見つけて介抱する。犬との生活は穏やかで温かく、クレムの孤独を癒していった。 しかし、犬は突然いなくなり、ふたたび孤独な日々に寂しさを覚えていると、城から迎えが現れた。 強引に連れて行かれた王城でクレムの出生の秘密が明かされ…… ※完結まで毎日投稿します

ちっちゃくなった俺の異世界攻略

鮨海
ファンタジー
あるとき神の采配により異世界へ行くことを決意した高校生の大輝は……ちっちゃくなってしまっていた! 精霊と神様からの贈り物、そして大輝の力が試される異世界の大冒険?が幕を開ける!

処理中です...