上 下
308 / 604

卵達のためにならない

しおりを挟む
黒いハート模様が微かに見える卵。
うっすらと紫色のハート模様か浮かんで見える卵。
表面がザラついたくすんだ赤色の卵。
漆を塗ったように黒い卵。
銀粉を浴びたような煌めく卵。

俺達一人一人の特徴を引き継ぐのだとしたら──
俺、シャル、アルマ、ネメスィ、カタラなのか?

「ネメスィの黒って……溶けてる時の?」

「俺達のが混じっているという仮説が正しいとは思えないが、もしそうだとしたら……な」

言われてみれば、卵の漆黒はネメスィのスライム形態の色に似ている気がする。

「……卵って兄さんの魔力から作られるんですよね?」

「あぁ、竜はサクの魔力の使い方を書き換え、サクの魔力のみで自身の子を作るんだ」

ドラゴンの精子は卵の種ではなく、卵を作るプログラムを打ち込むものだと? 意味の分からない種族だな。

「だから卵にサクの魔力以外が混じることはない、この卵は全て強姦魔のドラゴンとサクの子だ」

「……兄さんが消化したばかりの魔力を使って作ったとかは考えちゃダメなんですか? 僕達インキュバスは消化器官で体液に含まれる魔力を消化し、それを自身の魔力の属性に変換します。消化したばかりの魔力は取り込んだだけで属性は元のままのはずです」

「…………何?」

「だって、飲んでからしばらくしないと使いやすい魔力増えませんもん。属性が違う魔力も扱えなくはないですけど、難しいです……だから、その自分のものだけど変換前の魔力を使って卵を作ったとは考えられませんか?」

「……インキュバスの生態にはそこまで詳しくない。自然発生かつ弱いからな、詳しくなる必要なんてなかった……今はあの時の選択を後悔している」

ドラゴンの繁殖に詳しかったのはドラゴンが難易度の高い討伐対象で、増えると困るからか? 勇者業には真面目なんだな。

「…………まぁ、孵化してみれば分かるだろう。サク似でない特徴があれば、シャル、お前の仮説が正しい」

「……別に正しさなんて欲しくありませんけど」

欲しいのは──と紫色の瞳が見つめるのは俺。俺と目が合うとふにゃりと笑う。

「いつ頃生まれますかね、兄さん」

「さぁ……」

「僕に懐いてくれるといいなぁ……ね、兄さん」

アルマは夫として俺が別の男との子を産んだことに不満があるようだが、シャルはただ俺を祝福してくれる。誰よりも歪んだ愛を持つシャルがどうして怒らないのか不思議だ。

「……なぁ、シャル。シャルはさ、怒ったり嫉妬したりしないのか? 俺は……ドラゴンに無理矢理、されて……この子達はお前の血なんか引いてないかもしれないんだぞ?」

シャルは「血?」と首を傾げる。あぁ、そうだ、ついさっき魔力属性がどうとか言っていたばかりだな、この世界では血を継ぐなんて言い方はしないのだろう。

「…………僕は兄さんが幸せならそれでいいんです。兄さんが強姦されたことを思い出すから卵なんていらないと言えば、今すぐ潰します」

「……シャル」

「兄さんは優しいからそんなこと頼んだりしませんもんね、子供に罪はないなんて言って……ふふ、本当に兄さんは優しいですね。でも、そのドラゴンはここから出られたら殺します。兄さんは出たくないらしいので、出ようとも思っていませんけどね」

擦り寄せられる頬が気持ちいい、ふわふわと当たる髪も心地いい、バチバチと弱く叩く頭羽だけが鬱陶しい。

「……ぁ、なぁネメスィ、卵って温めた方がいいのか?」

「放置で問題ないはずだ」

流石ドラゴン、強いな。

「……じゃ、俺はもう寝ようかな。なんか疲れた……枕元に置いとくから、落とさないでくれよ」

「落ちたって割れない」

「僕がしっかり守りますよ」

アルマは無言のまま俺をベッドに寝かせ、毛布をかけてくれた。

「ありがとう、アルマ……アルマ?」

何も言わないアルマを不思議に思って微かに濁った瞳を見つめると、金色の瞳はすぐに輝いた。

「なんだ? サク」

「…………なんでもない。おやすみ」

大きな手に胸をトントンと叩かれ、幼子にするような寝かしつけ方だなと恥ずかしくなりつつもすぐに眠ることが出来た。


夢を見た。シャルに見させられたのではない、きっと自分で作り出した夢……酷い悪夢だった。

「あ、卵……!」

インキュバスのくせに夢を見ていた時は夢だと気付けなかった。知らぬ間に真っ暗闇の中に居て、傍に転がっていた五つの卵を拾い集め、ぎゅっと抱き締めた。

「ふふ…………ぅわっ!?」

暗闇の中で座り込んでいた俺を誰かが蹴り飛ばした、腕に乗せるように抱いていた卵を落としてしまい、ゴロゴロと転がっていった卵は誰かの足に当たって止まった。

「た、卵……やめて、待って! やめてお願いっ!」

卵は残らず踏み潰されて、鶏の卵から黄身が零れるように赤いドロっとしたものが暗闇に溢れた。

「ぁ、ぁ……俺、の……嘘っ、なんで、なんでこんなことするんだよっ!」

おぎゃあおぎゃあと人間の赤子の泣き声が暗闇に響き渡る。俺が泣きながら睨みつけた卵殺しの犯人は、俺の大好きな五人の男達だった。


勢いよく上体を起こす。汗びっしょりだ、酷い悪夢を見た。

「はぁ、はぁ、はぁ、はぁーっ……」

枕元に置いてある卵五つを確認し、一つもヒビすら入っていないことに安堵する。

「よかった……」

周囲を見回すとベッドの下側の方で机を囲んで食事中の男達を見つける。ワインに合うだろうサラミっぽい何かを食べている。

「…………なんて夢、見てるんだよ。俺……」

これがノイローゼなのか? 最低の気分だ。

「うわ、これ美味い……!」

カタラは俺より先に起きていたようだ。オムレツだろうか? 黄色の何かを食べている。

「ハーピーの卵だよ、鶏とはまた違うよね」

「ハーピー……半分人型のやつだよな、なんか食いたくなくなってきた」

「ちゃんと無精卵のはずだよ?」

「そういうんじゃなくてさぁ……」

卵を食べているのか、俺も前世では卵料理は好きだった。卵……卵、食べるの? 俺の可愛い赤ちゃんなのに……違う、あの卵は無精卵らしいし、俺の卵でもない。落ち着け、大丈夫だ。

「……僕には食べ物を味わったことがないので、興味深いです。どんな味なんですか?」

「どんなって言われてもな……卵は卵の味としか言えないんだよなぁ」

「じゃあ、鶏のとどう違うんですか?」

「んん……? んー、鶏のより大雑把な味かな」

それ、鶏の卵の方が美味しいってことじゃないのか。

「味に雑とかあるんですか……?」

「……あるにはあるな」

肉ばかり食べているアルマが思い出すような仕草で答える。

「コカトリスの卵は珍味だそうだね、美味しくはないと聞くけれど」

「珍しい系で言えばサラマンダーの卵食ったことあるんだ、熱くて味分かんなかったけど」

「……ドラゴンの卵ってどんな味なんだろうな」

「ネメスィ、お前なぁ……あっ」

カタラの視線が俺に向く。

「サク起きてるじゃん、バカなこと言ってんなよなネメスィ」

「無精卵も産むはずだ、そのうち……」

「一旦黙れ。サークっ、おはよ」

カタラが席を立って近付いてくる。俺の卵を食べるため、こっちに向かってきている。

「……く、来るな」

「え? あぁ……もうほらネメスィ! お前がバカなこと言うからだぞ!」

「…………悪い、サク。その卵を食う気はない、ただそのうち無精卵を産んでくれないかと」

「長い! 謝るだけでいいんだよ。サク、ごめんな、大丈夫だからそんな怯えた顔すんなよ」

ネメスィまでこちらを向いた、カタラに早く卵を取ってこさせたいに違いない。

「嫌、嫌だ……ダメ、絶対ダメっ…………絶対、渡さないっ!」

俺は卵を抱えてベッドを飛び降り、カタラの横を抜けてウォークインクローゼットに飛び込んだ。すぐに扉を閉めてその前に座り込み、毛布に包まれた卵が五つあることを確認する。

「……大丈夫、大丈夫、食べさせたりしないから」

早く生まれてきて欲しい。生まれてしまえば食べるなんて言わないはずだ、俺の大好きな優しいみんなに戻ってくれるはずだ。そのためにも、俺がしっかり抱き締めて温めなければ。
しおりを挟む
感想 156

あなたにおすすめの小説

病気になって芸能界から消えたアイドル。退院し、復学先の高校には昔の仕事仲間が居たけれど、彼女は俺だと気付かない

月島日向
ライト文芸
俺、日生遼、本名、竹中祐は2年前に病に倒れた。 人気絶頂だった『Cherry’s』のリーダーをやめた。 2年間の闘病生活に一区切りし、久しぶりに高校に通うことになった。けど、誰も俺の事を元アイドルだとは思わない。薬で細くなった手足。そんな細身の体にアンバランスなムーンフェイス(薬の副作用で顔だけが大きくなる事) 。 誰も俺に気付いてはくれない。そう。 2年間、連絡をくれ続け、俺が無視してきた彼女さえも。 もう、全部どうでもよく感じた。

王女の中身は元自衛官だったので、継母に追放されたけど思い通りになりません

きぬがやあきら
恋愛
「妻はお妃様一人とお約束されたそうですが、今でもまだ同じことが言えますか?」 「正直なところ、不安を感じている」 久方ぶりに招かれた故郷、セレンティア城の月光満ちる庭園で、アシュレイは信じ難い光景を目撃するーー 激闘の末、王座に就いたアルダシールと結ばれた、元セレンティア王国の王女アシュレイ。 アラウァリア国では、新政権を勝ち取ったアシュレイを国母と崇めてくれる国民も多い。だが、結婚から2年、未だ後継ぎに恵まれないアルダシールに側室を推す声も上がり始める。そんな頃、弟シュナイゼルから結婚式の招待が舞い込んだ。 第2幕、連載開始しました! お気に入り登録してくださった皆様、ありがとうございます! 心より御礼申し上げます。 以下、1章のあらすじです。 アシュレイは前世の記憶を持つ、セレンティア王国の皇女だった。後ろ盾もなく、継母である王妃に体よく追い出されてしまう。 表向きは外交の駒として、アラウァリア王国へ嫁ぐ形だが、国王は御年50歳で既に18人もの妃を持っている。 常に不遇の扱いを受けて、我慢の限界だったアシュレイは、大胆な計画を企てた。 それは輿入れの道中を、自ら雇った盗賊に襲撃させるもの。 サバイバルの知識もあるし、宝飾品を処分して生き抜けば、残りの人生を自由に謳歌できると踏んでいた。 しかし、輿入れ当日アシュレイを攫い出したのは、アラウァリアの第一王子・アルダシール。 盗賊団と共謀し、晴れて自由の身を望んでいたのに、アルダシールはアシュレイを手放してはくれず……。 アシュレイは自由と幸福を手に入れられるのか?

元おっさんの俺、公爵家嫡男に転生~普通にしてるだけなのに、次々と問題が降りかかってくる~

おとら@ 書籍発売中
ファンタジー
アルカディア王国の公爵家嫡男であるアレク(十六歳)はある日突然、前触れもなく前世の記憶を蘇らせる。 どうやら、それまでの自分はグータラ生活を送っていて、ろくでもない評判のようだ。 そんな中、アラフォー社畜だった前世の記憶が蘇り混乱しつつも、今の生活に慣れようとするが……。 その行動は以前とは違く見え、色々と勘違いをされる羽目に。 その結果、様々な女性に迫られることになる。 元婚約者にしてツンデレ王女、専属メイドのお調子者エルフ、決闘を仕掛けてくるクーデレ竜人姫、世話をすることなったドジっ子犬耳娘など……。 「ハーレムは嫌だァァァァ! どうしてこうなった!?」 今日も、そんな彼の悲鳴が響き渡る。

【第1章完結】悪役令息に転生して絶望していたら王国至宝のエルフ様にヨシヨシしてもらえるので、頑張って生きたいと思います!

梻メギ
BL
「あ…もう、駄目だ」プツリと糸が切れるように限界を迎え死に至ったブラック企業に勤める主人公は、目覚めると悪役令息になっていた。どのルートを辿っても断罪確定な悪役令息に生まれ変わったことに絶望した主人公は、頑張る意欲そして生きる気力を失い床に伏してしまう。そんな、人生の何もかもに絶望した主人公の元へ王国お抱えのエルフ様がやってきて───!? 【王国至宝のエルフ様×元社畜のお疲れ悪役令息】 ▼第2章2025年1月18日より投稿予定 ▼この作品と出会ってくださり、ありがとうございます!初投稿になります、どうか温かい目で見守っていただけますと幸いです。 ▼こちらの作品はムーンライトノベルズ様にも投稿しております。

愛人がいらっしゃるようですし、私は故郷へ帰ります。

hana
恋愛
結婚三年目。 庭の木の下では、旦那と愛人が逢瀬を繰り広げていた。 私は二階の窓からそれを眺め、愛が冷めていくのを感じていた……

社畜だけど異世界では推し騎士の伴侶になってます⁈

めがねあざらし
BL
気がつくと、そこはゲーム『クレセント・ナイツ』の世界だった。 しかも俺は、推しキャラ・レイ=エヴァンスの“伴侶”になっていて……⁈ 記憶喪失の俺に課されたのは、彼と共に“世界を救う鍵”として戦う使命。 しかし、レイとの誓いに隠された真実や、迫りくる敵の陰謀が俺たちを追い詰める――。 異世界で見つけた愛〜推し騎士との奇跡の絆! 推しとの距離が近すぎる、命懸けの異世界ラブファンタジー、ここに開幕!

前世が飼い猫だったので、今世もちゃんと飼って下さい

夜鳥すぱり
BL
黒猫のニャリスは、騎士のラクロア(20)の家の飼い猫。とってもとっても、飼い主のラクロアのことが大好きで、いつも一緒に過ごしていました。ある寒い日、メイドが何か怪しげな液体をラクロアが飲むワインへ入れているのを見たニャリスは、ラクロアに飲まないように訴えるが…… ◆明けましておめでとうございます。昨年度は色々ありがとうございました。今年もよろしくお願いします。あまりめでたくない暗い話を書いていますがそのうち明るくなる予定です。

完結·助けた犬は騎士団長でした

BL
母を亡くしたクレムは王都を見下ろす丘の森に一人で暮らしていた。 ある日、森の中で傷を負った犬を見つけて介抱する。犬との生活は穏やかで温かく、クレムの孤独を癒していった。 しかし、犬は突然いなくなり、ふたたび孤独な日々に寂しさを覚えていると、城から迎えが現れた。 強引に連れて行かれた王城でクレムの出生の秘密が明かされ…… ※完結まで毎日投稿します

処理中です...