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どこぞの生物兵器のような

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背中が痛い。硬い床で眠っていたせいだ。でも、温かい。査定士が抱き締めてくれていたおかげだ。

「ん……ぅ……ぅあ、ぱりぱり」

大量に注がれ、ぶっかけられたドラゴンの精液。それらは寝て起きた今、乾いてパリパリに固まっている。

「おじさん……寝てる?」

下は履いているが、上の服は俺用の敷物にしてくれたから査定士は上半身裸だ。彼の裸を見たことはあるはずなのに、何故か新鮮な気分だ。

「いてて……んー、背中痛い。首も凝った……」

伸びをしながら鍵束を拾い、檻を出る。何故か兵士は居らず、通路は乾いた血で汚れていた。通路の端の方には鉄片混じりの肉塊があるが……まさか、兵士だろうか。

「ドラゴンさん……起きてる?」

ドラゴンの檻を開けると、丸まっていた彼が大きな頭を扉から出した。

「さく、おはよウ」

「おはよ、ドラゴンさん。俺……ここから出たいんだけど」

「そウ」

「……一緒に行こう? 俺とおっさんだけじゃ出られないと思うし、ドラゴンさんも出たいだろ?」

ドラゴンは縦長の瞳孔を膨らませて俺を見つめる。彼が少し口を開く度に見える牙はアルマのものとは比べ物にならない、恐ろしい。

「出たイ。けれどワタシの翼は杭を打たれていル。檻からは出られなイ」

俺を隠す時、兵士に「ここが好き」なんて言っていたからもしやと思ったが、あれは嘘だったらしい。ひとまず安堵するが、ドラゴンの翼を壁に縫いつけた杭を抜く方法は俺には分からない。

「……これ外せば出れる?」

「出ル。でも、ワタシの前足は翼の方へは曲がらなイ。噛んで引っ張ると歯が痛イ」

人間で言えば釘を歯で抜くようなものだろうか。まず出来る人間は居ない。

「俺の力じゃ絶対無理だしなー……アルマなら抜けるかな……でも、アルマ居ないし……」

俺が店から逃げて一晩は経ったはずだが、ネメスィは俺を探しているだろうか。一日以上手紙を寄越さなければ──だから、探し始めた頃かな。

「……助けに来てくれるかな」

「誰ガ?」

「俺の旦那様……達。でも、もう嫌なんだ。誰かに助けられるの。俺のせいで誰かが傷つくの……もう、嫌だ」

『なら、死ぬか』

「死ねたらいいんだけど……え?」

数人の男の声が重なったような不気味な声に振り向くと、査定士が入れられている檻の隣の檻から化け物が出てきた。

「ひぃいっ!? 何あの生物災害って感じの化け物! ドラゴンさん! 檻入れて!」

二メートルに到達しそうな体躯。奇妙に肥大化した歪な腕は血管が露出しており、鋭い鉤爪はドラゴンのものよりも大きく、地面に引きずっていた。足の間からはイカやタコの触手のようなものが無数にぶら下がっており、それで歩行しているようだった。

「さく……アレ、さっき、兵士たくさん殺してタ」

「そ、そんなっ……そんなのが居たのに寝てたのかよ俺っ……」

ドラゴンの檻に入り、おそらく収監されていただろう男性の死体を貪る化け物を観察する。

『出てこいよクソインキュバス、てめぇは殺さねぇ……最後までな』

「…………ま、まさか、お前……中佐なのか?」

店にやってきて乱暴に振る舞い、俺をインキュバスと見抜き、先輩を殺した男だ。

『おぅよ、てめぇのせいで化け物みてぇな姿になっちまった……だが、この圧倒的な力! 素晴らしい……! 見た目なんかどうでもいいわな』

初めは中佐だと全く分からなかった。化け物は人間らしい部分を片腕や足や胴に残すばかりで、その顔は皮を剥がされた人間のようになっており、見分けるための顔が変わっていたのだ。

「……王様が急に崇め始めた神様にしてもらったって言ってたよな。スキンレスワン……ニャルラトホテプの顕現だ、ニャルと言えば俺が前に生きてた世界のあるジャンルでは有名なゲスい邪神だよ。TRPGでやってた時はニャル様好きだったけど……生で見ると、本当に酷いな……吐き気がする。こういう時にSANって減るんだろうな」

ぶつぶつと前世のゲーム知識からの発言をしてしまったが、化け物にもドラゴンにも意味は分かっていない。

「あの邪神に関わった奴はみんな不幸になるってのがお約束なんだよ! お前はもうおしまいだ!」

ドラゴンのものよりも大きな鉤爪が檻に叩きつけられる。ガシャーンッ! と鳴った音と目の前まで迫った爪に思わず後ずさる。

『おしまいなのはてめぇだよ、ここの囚人全員食ったら次はてめぇだ』

食いかけの死体を投げ捨て、化け物は俺に背を向ける。安堵したのも束の間、化け物が向かっているのが査定士が入れられている檻だと気付く。

「ま、待てっ! 待てよっ! 俺に恨みがあるなら俺だけ殺せばいいだろ、なんで囚人も殺すんだよ!」

『処刑待ちだからだよ、どーせ殺すんなら食ってもいいだろ。体の変形が進んで……ハラが、減っテ……仕方ねぇんだ』

化け物は返事はしたが、止まりはしない。俺はドラゴンの静止を振り切って檻を飛び出し、ノロマな化け物の横を抜けて査定士の檻に入った。

「おじさん! おじさん起きて! 起きろおっさん!」

「ん、ぅっ、痛い、痛いよ……サク? どうしたんだい? 心はもう大丈夫? あぁ、精液がパリパリに……」

「んなことどうでもいいから逃げるぞっ!」

査定士を無理矢理引っ張り起こし、檻から連れ出す。化け物を見て硬直してしまった彼に飛びつき、屈ませ、鉤爪を避けさせる。

『……んだよクソインキュバス、そいつが大事なのか? 魔物のくせに人間庇いやがって……気に入らねぇなぁ、人間様の鳴き声真似てるだけのクソ気色悪い魔物がよぉ!』

「人間やめてるお前の方がよっぽど気色悪い見た目してるだろ! おじさん、立って、逃げるよ!」

査定士の腕を引いて立ち上がらせ、背を押して走らせる。

「サ、サク、あれは一体……」

「分かんない! でも、ここに入ればっ……!」

ドラゴンの檻に隠れる。それが唯一の逃げ道だ。守ってもらうのは嫌だと言ったばかりだが、ドラゴンなら化け物にも圧勝だろうし罪悪感はさほどないし、何より今は査定士を助けなければいけない。俺の感傷に付き合わせる暇は──

「痛っ! ぅ、あっ……」

──査定士を檻の中に突き飛ばせたが、俺は尻尾を掴まれて引っ張り倒されてしまった。脊椎がジンジンと痛む、転ばされて打った腰も痛い、尻尾を切ったままなら捕まらなかったのに……

『…………クソ。てめぇはもういいわ』

化け物はドラゴンの檻の中を覗いたが、やはりドラゴンに勝つ自信はなかったようで査定士を簡単に諦めた。
化け物は尻尾を掴んだままの俺を引きずり、彼にとってのいい位置に運ぶと鉤爪を振り上げた。

「サクっ!」

査定士が檻を飛び出してくる。最も恐れていたことだ、また俺を庇って俺を愛してくれた人が殺される──もう二度とさせない。

「……ごめんなさいっ!」

地面に寝転がったままの俺が出来るのは、インキュバスらしく弱い力で査定士を蹴ることだけだった。直後に振り下ろされた鉤爪に視界が塞がれ、査定士の様子は見えない。

「お、おじさんっ……! 無事?」

恐る恐る尋ねた直後に気付いた、鉤爪と地面の隙間には血が広がっていることに。
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