上 下
207 / 604

ようやく一時的に解放される

しおりを挟む
仕事部屋に居るだろう査定士を探したが彼は仕事机には居らず、ソファで小物の鑑定をしていた。骨董品か何かだろう、手袋をして眼鏡をかけて真剣な顔をしている。

「……おや、サク。どうかしたのかい? 君の旦那様は部屋に戻っているはずだよ」

「シャル、どうかなって……」

シャルは査定士の太腿を枕にしてソファで眠っている。柔らかそうな毛布に包まり、顔だけを出した姿は愛らしい。

「この通りぐっすりだよ」

「……あなたには随分懐いてるよな、シャル」

「そんな顔しなくてもイタズラはしていないよ、だからこそ懐いてくれているんだしね」

鑑定品を机に置き、手袋と眼鏡を外す。皺が目立つ血管が浮いた手で頬を撫でられたシャルはぷるぷると頭羽を揺らした。

「シャルに俺以外の人とも仲良くするようにって言ったんだ。シャルには辛いことかもしれないから気にしてたんだけど……」

「……そうだね、この子は君以外と接するのは苦手だ。特に感情の言語化が苦手らしくてね、私と接する時はいつも何も言わないんだよ」

「何も言わない……?」

それでも膝枕をするほど仲良くなれるものなのか? 俺の考えが表情で伝わったのだろう、査定士は俺に向かいのソファに座るよう促した。

「シャルにいつもどうしてるんだ? カタラとかネメスィとかとも仲良くして欲しくて、シャルと仲良くするコツ教えたら向こうから歩み寄ってくれるかなって」

「お兄ちゃんだね、サク」

「……茶化さないでくれ」

「あぁ、ごめんね。茶化したつもりはないんだよ、ただ微笑ましくて」

頭羽を垂らして眠っているシャルを数秒見つめてから俺に視線を戻し、査定士はゆっくりと話し始めた。

「まず、シャルと接する時は可能な限り軽装になる。ポケットに入っている物を全て見せて、手のひらを広げて何も持っていないことを示す」

シャルは観光地の鹿か何かか?

「敵意の有無の確認として夢を見せてくることがあるから、眠らされても大丈夫なよう、椅子だとかに咄嗟に座れる位置でやるのもコツだ」

「……警戒心強いんだな」

「そうだね。だからシャルに触れるまで手はシャルの視界から外してはいけない。素早く動くのもダメだ。会話は苦手だから一方的に話すか、無言で撫でるのがいい。撫でる位置には好みがあるから慎重にね」

査定士は覚え書き用だろう紙を一枚出し、そこに棒人間を描いて羽を四枚と尻尾を一本生やした。

「まず、尻尾、腰周り、胸元、目鼻口は絶対ダメだ。君の目の前でない限り、言葉で確認してからでない限り、殺されても文句は言えない」

今言った箇所を黒色のペンで塗り潰す。

「足は嫌い、手も嫌い、頭は好き、羽はどうでもいい、顎の下は好き、喉は気分による、鎖骨は嫌い、お腹も嫌い、背中は好き……」

赤いペンで嫌いな部分を塗り、どうでもいい部分は白いまま、シャルの早見表が出来上がった。

「……ちなみに、シャルは咄嗟に殺せない相手と接するのをとても嫌がるから、どちらにせよ強い彼らには近寄りたがらないよ」

野生動物らしさを感じてしまうけれど、野生と言えば野生なので仕方ないとも思う。

「難しいかな……」

「一緒に過ごしていればそのうち慣れるよ」

「だといいけど」

席を立ってシャルの前に屈み、幼い寝顔に触れる。親指の腹で唇を撫でるとシャルはうっすらと目を開け、微笑んだ。

「にぃさん、にーさん、にぃさん……兄さん、おはようございます」

「おはよう、もう昼過ぎだぞ」

シャルが起き上がると査定士は仕事道具などを片付け、また戻ってきた。座る前に手のひらをシャルの方へ向けていたのも、シャルが横目で査定士を見ていたのも、査定士の話を聞かなければ気付けないほど自然な動きだった。

「兄さん、隣に座ってください」

無邪気に微笑むシャルは俺以外の者には──懐いている査定士にさえ──強い警戒心を抱いている。シャルが無警戒で甘えるのは俺だけ、たまらない優越感だ。

「ごめんな、寂しくなかったか?」

「とても寂しかったです……兄さん」

「でも俺以外と仲良くしてたんだな、お願い聞いてくれててお兄ちゃん嬉しいぞ」

頬を撫でながら唇を撫で、鼻筋をなぞり、閉じた瞼に優しく触れる。

「……兄さん?」

もう片方の目を開けて不思議そうにするだけで、嫌がる素振りは見せない。胸元に手を移して尻尾同士を絡めるとほんのりと頬を赤らめた。

「兄さん……」

査定士曰く「絶対ダメ」なところは、俺にしか触らせたくないのだろう。そう考えてほくそ笑みながら胸から脇腹を通って腰を撫で、柔らかく小さな尻を鷲掴みにした。

「いいですよ、兄さん……好きなようにしてください」

きっと殴っても嫌がったり泣いたりするだけで反撃はしてこないのだろうと思うと、生唾を呑み込んだ。

「シャル、俺さっきまでアルマに抱かれててさ……おなかいっぱいなんだよ、だからさ……その、そろそろ射精させてくれないか?」

「兄さん、射精を禁止しているのは射精の快感を忘れるためでもあるんですよ? 精液を出しちゃお腹が空きますよね、お腹を空かせる行為を好んでいては危険でしょう? 特に兄さんは快楽に弱い……旦那さんが居たって他の男と寝るんですからね」

「…………インキュバスなんだからしょうがないじゃん」

シャルにも査定士にも聞こえない声で呟き、シャルの手を掴んで足の間に引っ張る。

「……シャル、快楽に弱くて結婚しても他の男と寝てばっかりの淫乱な俺は嫌い?」

「いえ、もちろん大好きですよ」

「なら俺のお願い聞いてくれないか?」

「兄さん……もう、ずるい人ですね」

太腿に挟んだシャルの手に微かな光が灯る。その光はすぐに消え、俺の体に何か変わったことも起こらなかった。

「これで射精禁止の術は解けましたけど、床とかに適当に零すのはやめてくださいね。ちゃんと器に出して、後で飲むんですよ」

「……自分で自分の飲むのやだな」

「じゃあ僕に渡してください」

「直接とかさ、かかったもの舐められるとかさ、それならまだいいけど……器に出したもん飲ませるとか、そういうプレイじゃん」

シャルは「そういうプレイに何か問題が?」とでも言いたげな瞳で俺を見つめる。

「いいねぇそれ。兄の精液をコップから飲む弟……とてもイイ」

査定士は乗り気だし……なんなんだこの人。

「それで、兄さん。記念すべき久しぶりの精液はどうやって出したいんですか?」

「へっ? ぁ……いや、特に考えてないけど」

射精したいとは考えてもどう射精したいかを考える奴はそうそう居ないと思う。

「また私が口でしてあげようか?」

「あ、おじさんずるーい……僕も兄さんが望むなら兄さんに喉を犯されたって構いませんよ?」

「ふふ、口淫にはそれなりに自信があるけれどインキュバスに勝つ自信はないかな」

「兄さん、どっちの口にします? 僕のおすすめは僕です」

査定士には少し前にされた。またいつかしてもらいたいと思っていたが、シャルの口を試したい気もしている。弟にしゃぶらせる背徳感への期待も大きい。

「それじゃ、シャル……頼めるか?」

「やったぁ。兄さん、僕を選んでくれて嬉しいです、大好きですよ、兄さん」

ペラペラと純粋で病んだ愛を伝えてくる口、薄桃色の唇が可愛らしいそれは小さい。

「兄さんは座っていてくださいね。あ、立って腰を振って僕の喉を犯したいですか?」

「いや、可愛い弟にそんなこと出来ないって」

小さな口に入るよう、細い首を痛めないよう、性器は小さくしなければ。インキュバスは性器の大きさを操れる、俺は不得意だがシャルのために頑張らなければ。

「前は出せるようにしていないので、ここを外して、脱がして……」

ジーンズを脱がされ、性器が露出する。

「わ……! おっきくしてますね、兄さん」

小さくなれ、小さくなれ、そう心の中で何度も唱えているのに俺の陰茎は膨らんでいく。勃起という意味ではない、大きさが変わっていく。

「…………ごめん」

小さな口に入り切らずに苦戦しているところが見たい、そんな深層心理が反映されてしまっているのだろう。恥ずかしい限りだ。
しおりを挟む
感想 156

あなたにおすすめの小説

病気になって芸能界から消えたアイドル。退院し、復学先の高校には昔の仕事仲間が居たけれど、彼女は俺だと気付かない

月島日向
ライト文芸
俺、日生遼、本名、竹中祐は2年前に病に倒れた。 人気絶頂だった『Cherry’s』のリーダーをやめた。 2年間の闘病生活に一区切りし、久しぶりに高校に通うことになった。けど、誰も俺の事を元アイドルだとは思わない。薬で細くなった手足。そんな細身の体にアンバランスなムーンフェイス(薬の副作用で顔だけが大きくなる事) 。 誰も俺に気付いてはくれない。そう。 2年間、連絡をくれ続け、俺が無視してきた彼女さえも。 もう、全部どうでもよく感じた。

王女の中身は元自衛官だったので、継母に追放されたけど思い通りになりません

きぬがやあきら
恋愛
「妻はお妃様一人とお約束されたそうですが、今でもまだ同じことが言えますか?」 「正直なところ、不安を感じている」 久方ぶりに招かれた故郷、セレンティア城の月光満ちる庭園で、アシュレイは信じ難い光景を目撃するーー 激闘の末、王座に就いたアルダシールと結ばれた、元セレンティア王国の王女アシュレイ。 アラウァリア国では、新政権を勝ち取ったアシュレイを国母と崇めてくれる国民も多い。だが、結婚から2年、未だ後継ぎに恵まれないアルダシールに側室を推す声も上がり始める。そんな頃、弟シュナイゼルから結婚式の招待が舞い込んだ。 第2幕、連載開始しました! お気に入り登録してくださった皆様、ありがとうございます! 心より御礼申し上げます。 以下、1章のあらすじです。 アシュレイは前世の記憶を持つ、セレンティア王国の皇女だった。後ろ盾もなく、継母である王妃に体よく追い出されてしまう。 表向きは外交の駒として、アラウァリア王国へ嫁ぐ形だが、国王は御年50歳で既に18人もの妃を持っている。 常に不遇の扱いを受けて、我慢の限界だったアシュレイは、大胆な計画を企てた。 それは輿入れの道中を、自ら雇った盗賊に襲撃させるもの。 サバイバルの知識もあるし、宝飾品を処分して生き抜けば、残りの人生を自由に謳歌できると踏んでいた。 しかし、輿入れ当日アシュレイを攫い出したのは、アラウァリアの第一王子・アルダシール。 盗賊団と共謀し、晴れて自由の身を望んでいたのに、アルダシールはアシュレイを手放してはくれず……。 アシュレイは自由と幸福を手に入れられるのか?

元おっさんの俺、公爵家嫡男に転生~普通にしてるだけなのに、次々と問題が降りかかってくる~

おとら@ 書籍発売中
ファンタジー
アルカディア王国の公爵家嫡男であるアレク(十六歳)はある日突然、前触れもなく前世の記憶を蘇らせる。 どうやら、それまでの自分はグータラ生活を送っていて、ろくでもない評判のようだ。 そんな中、アラフォー社畜だった前世の記憶が蘇り混乱しつつも、今の生活に慣れようとするが……。 その行動は以前とは違く見え、色々と勘違いをされる羽目に。 その結果、様々な女性に迫られることになる。 元婚約者にしてツンデレ王女、専属メイドのお調子者エルフ、決闘を仕掛けてくるクーデレ竜人姫、世話をすることなったドジっ子犬耳娘など……。 「ハーレムは嫌だァァァァ! どうしてこうなった!?」 今日も、そんな彼の悲鳴が響き渡る。

【第1章完結】悪役令息に転生して絶望していたら王国至宝のエルフ様にヨシヨシしてもらえるので、頑張って生きたいと思います!

梻メギ
BL
「あ…もう、駄目だ」プツリと糸が切れるように限界を迎え死に至ったブラック企業に勤める主人公は、目覚めると悪役令息になっていた。どのルートを辿っても断罪確定な悪役令息に生まれ変わったことに絶望した主人公は、頑張る意欲そして生きる気力を失い床に伏してしまう。そんな、人生の何もかもに絶望した主人公の元へ王国お抱えのエルフ様がやってきて───!? 【王国至宝のエルフ様×元社畜のお疲れ悪役令息】 ▼第2章2025年1月18日より投稿予定 ▼この作品と出会ってくださり、ありがとうございます!初投稿になります、どうか温かい目で見守っていただけますと幸いです。 ▼こちらの作品はムーンライトノベルズ様にも投稿しております。

社畜だけど異世界では推し騎士の伴侶になってます⁈

めがねあざらし
BL
気がつくと、そこはゲーム『クレセント・ナイツ』の世界だった。 しかも俺は、推しキャラ・レイ=エヴァンスの“伴侶”になっていて……⁈ 記憶喪失の俺に課されたのは、彼と共に“世界を救う鍵”として戦う使命。 しかし、レイとの誓いに隠された真実や、迫りくる敵の陰謀が俺たちを追い詰める――。 異世界で見つけた愛〜推し騎士との奇跡の絆! 推しとの距離が近すぎる、命懸けの異世界ラブファンタジー、ここに開幕!

愛人がいらっしゃるようですし、私は故郷へ帰ります。

hana
恋愛
結婚三年目。 庭の木の下では、旦那と愛人が逢瀬を繰り広げていた。 私は二階の窓からそれを眺め、愛が冷めていくのを感じていた……

美少年に転生したらヤンデレ婚約者が出来ました

SEKISUI
BL
 ブラック企業に勤めていたOLが寝てそのまま永眠したら美少年に転生していた  見た目は勝ち組  中身は社畜  斜めな思考の持ち主  なのでもう働くのは嫌なので怠惰に生きようと思う  そんな主人公はやばい公爵令息に目を付けられて翻弄される    

ちっちゃくなった俺の異世界攻略

鮨海
ファンタジー
あるとき神の采配により異世界へ行くことを決意した高校生の大輝は……ちっちゃくなってしまっていた! 精霊と神様からの贈り物、そして大輝の力が試される異世界の大冒険?が幕を開ける!

処理中です...