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初対面

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シャルとカタラは外に出ていってしまったようだ。俺はまた安全圏から大好きな男達の無事を祈る──そんなの嫌だ。
俺は泣くのをやめて査定士の股の間を通した尻尾を机上のランプに絡ませ、引っ張り落として割った。

「……っ!? あっ! ま、待て、待ちなさいサク!」

狙い通り、査定士はランプに気が向いた。羽交い締めにされていたので素早く腕を真上に上げて抜け出した。廊下をブーツで走ってガコガコと音を立て、玄関の扉を開け放つ。石畳を走って鉄柵門を開け、街に出る。

「シャルーっ! カタラぁ! アルマぁ! どこ……?」

街は静かだ。アルマが雄叫びを上げたのは思っていたより遠くのようだ、見渡しても見えない位置に居てもあんなにも大きく聞こえるなんて、アルマは一体どんな声帯をしているんだ。
何か騒ぎは聞こえないかと耳を済ませているとすぐ傍で絹を裂くような女の悲鳴が聞こえた。俺を指差して叫んでいる。

「魔物! 魔物が居るわ、街中に魔物が!」

「ぁ……ち、違います! 俺悪い魔物じゃありません!」

無意味な弁解を叫びながらどこかへ向かって走る。本当にこっちで合っているのだろうか、もう一回吼えてくれないかな、頭を悩ませながら走る──兵士らしき集団が見え、慌てて物陰に隠れた。彼らはアルマに対応するために居るのではないようだ。

「王の……命令……」
「……なんだって、急に……」

遠くてよく聞こえない、頑張れよエルフ耳。そうだ、頭羽を耳の後ろに当てれば集音を補助してくれるかも。

「なんでもこうやって人を集めたら強くなるとか」
「はぁ……? 意味分かんねぇな」

ちょっと聞こえやすくなった。

「噂ではな、地下室で惨殺してるって話だ」
「あー……俺もチラッと生贄がどうとか聞いたわ」

物騒な話をしているようだが、今の俺にはそれより重要なことがある。物陰から物陰に移り、猫が通りそうな建物の隙間を通路として使う。向こう側に抜けた直後、肩に剣が置かれた。

「…………ぁ」

「魔物……インキュバスだな?」

恐る恐る振り返れば鎧を着込んだ兵士が居た。その鎧はアルマの前で俺を輪姦した奴らと、アルマの首を刎ねた奴らと同じで、冷や汗が噴き出た。

「ゆっくり振り返れ、手を頭の上に……」

言われるがままにして地面に膝をつき、手を後頭部に置いてそっと兵士を見上げる。顔を覆っていた鉄板をカシャンと上げ、俺をじっと見つめ、その兜を開けた部分に火かき棒を突っ込まれ、俺の顔に眼球を落とした。

「ひっ……!? ぅわぁああっ!? ひっ、ひぃっ、やだっ、目っ、目ぇっ!」

慌てて立ち上がって顔を摩り、地面に落ちた目玉から更に離れる。呼吸を落ち着かせて兵士の方を見れば、兜の中を火かき棒でかき混ぜているシャルが居た。

「シャル! シャルぅっ! よかったぁ……!」

「兄さん……待っててって言ったじゃないですか」

シャルは俺に視線を寄越しながらもまだ火かき棒で掻き回している。
人の頭は鍋じゃないぞ、ゾンビ映画でもそんなに念入りに頭を潰さないぞ、そう言ったところでシャルは首を傾げるだけだろう。

「心配だったんだよぉ、大丈夫か? 人間怖いんだろ、いっぱい見たよな? よしよし……」

「兄さん……ありがとうございます」

「おい弟! 急に飛ぶな……サク? なんだよ家で待ってるんじゃなかったのか? って弟……お前また人殺して……うぇぇ……えっぐぅ」

走ってきたカタラはさっきまで動いていた兵士の兜の中を覗いて舌をベッと出した。だが吐き気を催した様子はない、流石ファンタジー世界の住人、グロ耐性が高い。俺は吐きそうだ。

「カタラ、カタラも無事か……よかった。アルマは? 居た?」

「多分こっちだ。ほら行くぞ。えっと……この辺ややこしいな、土地勘ないし……多分向こうからぐるっと回れば」

「時間かかりそうですね、飛びましょう」

シャルは自分の首に腕を、腰に足を巻き付けるよう俺に言った。言われた通りにしがみつくとシャルは俺の腰に尻尾を巻き、背に右腕を巻き、カタラの服を左手で掴んで飛び上がった。

「お前俺の持ち方雑過ぎるだろ!」

喚くカタラを無視してシャルは羽をゆったりと揺らして建造物を越える。下に大勢の兵士が円になっているのが見えた、中心には馬車がある。

「……っ、アルマ! アルマぁ!」

「兄さん、暴れないで……!」

馬車の傍に赤い大男が見えてアルマだと察し、空を飛んでいるのも忘れて手を伸ばす。シャルは咄嗟に両腕で俺を支えた。つまり、カタラを離した。

「あっ」

「ざっけんなぁあっ!」

「シャルっ、早くキャッチして!」

越えた建物の高さから考えて五階程度の高さはある。背中から落ちればまず助からない。カタラが落ちていく真下には何もない、シャルも追いつかない。

「……っ! ん……? あれ?」

地面に叩きつけられるのを覚悟して目を閉じたカタラは痛みを感じていないのを不思議がって目を見開く。

「追いつけませんでしたが死にませんでしたね、惜しい……いえ、よかったですね兄さん、ごめんなさい、次から気を付けます」

問い詰めるべき点のあるシャルの発言を無視し、ネメスィにお姫様抱っこをされて硬直しているカタラを眺める。

「…………重い」

「痛っ!?」

予想通り、ネメスィはパッと手を離してカタラを背中から地面に落とした。シャルが落とした時よりはずっとマシだが、かなり痛い高さだ。

「アルマ! アルマっ……!」

カタラの無事を確認した俺はシャルの腕の中から抜け出してアルマの元へと走る。

「サク!? 待て、来るな!」

そう言いながらもアルマも走ってくる。手を広げればアルマも手を広げ、俺を抱き締めてくれた。その身体に槍を突き刺されて。

「……っ、サク、無事か」

アルマが俺に「来るな」と叫んだのは、アルマが俺を抱き締めたのは、兵士達の槍に俺が貫かれないようにだ。

「……おい来たぞ!」
「引け! 引け!」

ネメスィが走ってくると兵士達は槍を引き抜いて下がっていった。

「奴ら、俺の射程距離を分かっている。全員俺の傍に居ろ、とりあえず槍や剣は来ない」

「え……それじゃ、僕が落としたから……? ご、ごめんなさい兄さん……」

シャルがカタラを落としたからカタラを助けるためにネメスィがアルマの傍を離れ、アルマが狙われている時に俺がアルマの元へ走ったから、アルマが刺された。
俺が居なければアルマは避けられただろうから俺のせいだ。

「シャル、俺のせいって方が大きいから気にするな。ごめんアルマ……ちゃんと周り見なくて、アルマの言うこと聞けなくて」

「いや……大丈夫だ。この程度なら」

再生は始まっていないがアルマの傷は浅い。兵士達が槍を深く刺せなかったのか、嬲り殺すために深く刺さなかったのかで判断が分かれる。

「ネメスィ、状況は」
「カタラ、状況は」

五人背を合わせて固まってすぐ、二人が呟く。

「オーガを馬車に乗せて王都に侵入、検問でオーガが見つかり大騒ぎ。オーガの雄叫びで第一波は引かせたが逃げ切れず、現在第三波対応中。俺の電撃の威力と射程距離は第二波でバレた」

「サクを売ったおっさんの家に行ったらサクとその弟が居て、おっさんはサクに惚れてて家貸してくれてる。オーガが来てるって分かったから連れ帰るつもりで迎えにきた」

状況整理を終えた二人は同時にため息をつく。

「戦力は」

「サクの弟は今あんまり魔力溜まってない、俺は精霊……今なら同時に五体は呼べる、ただ背中が痛い」

「俺の電撃は後三発、オーガの雄叫びは一発、俺は電撃を打ち終えたら動けないがオーガはその後も戦闘が可能、格闘はかなり強いと見た」

戦力確認を終えた二人は同時に深く息を吸う。俺は自分の戦力外を改めて認識し、落ち込んだ。

「カタラ、集団戦プランC」

「了解。弟、サクと旦那持ち上げろ」

「分かりました、任せます。兄さん、背に」

プランCとやらを説明して欲しいところだが、周囲の建物に弓兵が入り始めた今そんな悠長な真似はしていられない。シャルの背におぶさってしがみつく。

「君がサクの弟か……もう少し平和な場所で会いたかったな。いけるか?」

「余裕です」

シャルは両手でアルマの右手を掴み、少し飛んだ。

「──我の求めに応じ、我が敵を押し流せ、水の精──」

カタラの周りに光がチラつき、カタラの足元から水が溢れて一気に兵士達の元まで広がる。勘のいい兵士は慌てて逃げるが、遅い。ネメスィが剣先を水に触れさせると兵士達は次々に倒れていった。

「感電……? カタラ、カタラ大丈夫なのか?」

「ん? あぁ、何年このビリビリ人間の相棒やってると思ってんだ。俺の服は電気通さねぇよ」

ラバースーツでも着て……いや、もっとファンタジー感溢れる何かだろう。後でゆっくり聞いてみよう。

「地上は片付きましたけど、弓が……!」

シャルの言葉に見上げれば周囲の建物の屋上や最上階の窓に弓兵が並んでいた。

「オーガ、やれ」

「言われなくとも」

アルマが大きく息を吸った。俺は慌てて耳を塞いだが、地の底から響くような雄叫びに腹の底から揺さぶられるような気分を味わった。
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