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昔話と隠してきた本音

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カタラの背に心地好く揺られながら彼の昔話を聞く。
彼は物心つく前から精霊が見えて、会話も出来た。髪と目の色が両親のどちらとも違うこともあって気味悪がられ、まだ歩くことも満足に出来ない歳にカゴに入れられて川に流された。

「……で、森の傍に孤児院があって、俺が流された川が横通ってたんだと。そこの院長が俺を拾ったんだよ」

俺は想像以上に辛い境遇でカタラが生きてきたことを憐れみ、彼の首に腕を回してきゅっと抱き締めた。

「そこでネメスィと会ったのか?」

「いや……確か、六歳くらいだったかな。魚釣ってたら川に落ちて流されたんだ」

水難が多いな。

「あん時はマジで死ぬかと思った。流されてる最中で腕掴まれて引っ張り上げられたんだ。肩脱臼するかと思ったな」

それがネメスィだったのかと聞けばカタラは無言で頷いた。肩に顎を乗せて顔を覗けば彼の頬は緩んでいた。

「ネメスィも親に捨てられて森フラフラしてたんだ。そん時ネメスィ幾つだったんだろうな……見た感じ結構おっきかったんだけど、今じゃ身長はそこまで変わらないしな」

俺は彼らが同い年だと思っていたが、ネメスィの方が歳上だったのか? いや、当時ネメスィの方が成長が早かっただけかもしれない。

「で、俺達は二人で院に戻った。ネメスィは何故か詠唱も無し魔術陣も無し精霊も呼ばずに魔力に雷属性を付与できた。そんな変わった奴だったから俺も精霊と話せるってこと早めに打ち明けられて、似たもん同士仲良くなったんだ。院長は優しかったけど他の子は俺ら怖がってたしな、寂しかったんだよ」

カタラはこれまで楽しげに話してきたが、不意にため息をつき、話を止めた。

「…………カタラ?」

「あぁ……ごめんな。えっとな、ある時……トカゲを拾ってきた子が居たんだ。猫くらいのデカいトカゲだ。院長も俺も他の子達もみんな「育ててみよう」つった」

猫くらいのトカゲ……まぁ現実世界にもコモドオオトカゲとか居るしなぁ。

「……そのトカゲを育て始めて何ヶ月かして、俺はいつもみたいにネメスィと森で遊んでた。森を抜ける奴の護衛して小遣いもらったり、釣りしたり、木登りしたり…………院に帰ったら、燃えてた。ちっこい木造の院がさ、燃えてたんだ」

「え……!? な、なんで?」

「真っ黒い人型の炭が幾つも転がっててさぁ……見覚えのある、大きさでさ、数も合っててさ」

カタラは今にも泣きそうな声で話している。マント越しに背を摩ると少し落ち着いて、礼を言ってから話を再開した。

「……炎の中でトカゲがピィピィ鳴いてた。俺は水の精を呼んで慌てて助けた」

「あ、トカゲは無事だったんだな、よかった……」

「…………抱っこしてたらトカゲが咳したんだ。んの瞬間俺の服に火がついてさ。驚いてトカゲ落として消火するじゃん、そしたらトカゲが泣き叫んで……そこらじゅう火の海になった」

ただのトカゲではなくサラマンダーやドラゴンの幼体だったということだろうか。

「……俺はその時に誓ったんだ。魔物の研究者になるって。魔物と人間が共存出来るようにするって。あのトカゲはわざと火を吹いたんじゃない、それは分かってる。炎の中で鳴いてた時も一番仲良しの子にすがりついてたからな。無知は悲劇を呼ぶ、互いのことをよく知らなきゃならなかったんだ……それを教えられた…………でも、代償としては大きすぎるよな」

カタラはまた深くため息をついた。

「そのトカゲはネメスィが殺したよ。泣き止まそうと俺が撫でてんのに、ひっくり返して心臓を一突きだ。ネメスィもトカゲを可愛がってたんだぞ? 餌やったり芸仕込もうとしてたりしてたんだ……なのに、何の躊躇もなく殺して、眉一つ動かさなかった」

前までなら俺は「ネメスィはそういう奴だ」と頷いていたかもしれないが、嫌わないでくれと泣いた彼の顔を思い出すとどうも信じ難い。

「……俺は魔物の研究をしまくった。まぁ、安全そうな奴を選んでちょっと飼ってみるってのを繰り返したんだ。ネメスィと一緒にな。ネメスィは俺達のペットを十六匹殺した」

「十六……多いな」

「魔物は未知だからな、下調べなんか出来ないし、懐かない奴も当然いる。俺はやばそうだったら逃がしてたんだけど、その前にネメスィが殺すことも多かったんだ」

それはカタラを守った結果じゃないのか? トカゲを殺した時も表に出さなかっただけで悲しんでいて、当然孤児院の院長や同じ境遇の子達が死んだのも悲しんでいて、唯一残ったカタラを必死に守っていたんじゃないのか?

「……だからさ、なぁ、分かるだろ? ネメスィは仲間だって認めた奴は自分以外が傷付けるのは許さない。でも、仲間が大事にしようとする奴は平気で壊すんだよ」

「…………アルマは危険じゃない。お前のペットが何匹も殺されたのはお前が危なかったからじゃないのか? アルマは俺に酷いことしない、ネメスィよりもお前よりも優しいんだ」

心地好かった揺れが止まる。カタラは俯いていて、おぶられている俺は彼の顔を覗けない。

「……俺がそのアルマを殺したくて仕方ないんだから! ネメスィが我慢出来るわけねぇんだよ!」

足元の木の根を踏み折り、叫んだ。カタラの大声は木々の隙間を反響し、ゆっくりと消えていく。

「なぁっ、サク……分かってんのかお前、俺もネメスィもお前が好きなんだ。お前の初めての男は俺だろ? サク、サクっ……なんで結婚なんかしちまうんだよ!」

カタラは首元と肩にあるマントの留め具を外し、服に縫い止めていた魔力のピンも外し、俺をマントに包んだまま地面に落とした。

「サク……なぁ、嫉妬深いもんなんだよ、人間ってのはさ。淫魔のお前には人間の貞操観念や嫉妬なんて分かんないんだよな? あぁ、仕方ない、仕方ないよ……そうだ、種族が違うんだから互いを知らなきゃ」

俺の足元に膝立ちになったカタラがアルマの首を掴む。俺はアルマの首を必死に抱き締めて抵抗し、アルマの頬や顎を何度も引っ掻いた。

「カタラ……やめて、アルマは、アルマは俺の伴侶なんだ」

「……俺がそうなりたかった」

「ごめんってば……謝るから。だから、離して」

カタラの手がアルマの首から離れる。カタラはゆっくりと立ち上がり、俺を見下ろして微笑んだ。

「………………何怯えてんだよ、サク。この理性的なカタラさんが大好きなお前に暴力振るう訳ないだろー? ははっ、そんな顔すんなよ、なぁ……サク」

「ち、違うっ……後ろ!」

カタラが大声を上げたせいだろうか、それとも俺が夜中に森を歩かせたからだろうか、いつの間にかゴブリンの群れが俺達を取り囲んでいた。
カタラの背後には肩車を四匹で行っているゴブリンが居り、カタラが後ろを向く前に彼の頭を殴って昏倒させた。
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