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絶対に許せない
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査定士の家に来てから何日経っただろう。今日は彼らがシャルが捕らえられた施設の見学に行く日だ。買取の交渉、もしくは盗みの下見が本当の目的。
俺は一人家で留守番を言い付けられ、シャルが気になって眠ることも出来ずにベッドの上をゴロゴロと転がっていた。
「……起きているかな? 帰ってきたよ、ただいま」
ミノムシのように毛布にくるまっていると査定士の声が聞こえた。もう帰ってきたのかと顔を出してみれば査定士と使用人がベッドの横に並んで立っていた。
「よ、ただいま。いい知らせと悪い知らせがあるぞ」
なんだその洋画みたいな言い回し、と言っても洋画のないこの世界では首を傾げられるだけだ。
「……いい知らせから頼む」
「お前の弟、あっさり買えたぞ。もうあらかたデータは取れたし危ないから処分予定だったんだってよ、二日目の見学はキャンセルだな」
「シャル……! よかった、悪い方は何?」
どうせ高かったとかそんな内容だろう。そう油断していた俺に、査定士は辛そうな顔で背後に置いていた樽のような物を見せた。
「……損傷が、とても激しい」
樽の中は樹液で満たされており、その中にシャルは居た。査定士が持ち上げたシャルの体は半分もなかった。
「魔物に詳しいと自負している私だが、どれほどの損傷を受けても平気なのかなんて知らない。私の仕事は査定なんだ、実験じゃない……だから私には分からない、とりあえず樹液を用意したが……この子はこれで生きているのかい?」
「生きてなきゃ困りますよ、こいつ自体もこの量の樹液もめちゃくちゃ高かったんですから」
樽の前に立って査定士からシャルを受け取る。当然のように腕はなく、頭羽は右が切られていて、左は皮膜が破れていた。胸から下はなく、途中で折れた背骨が飛び出ている。肺や胃などは見当たらない、心臓もない。
「…………シャル?」
「生きて、いるかな……?」
「つい、先日……夢で会った。一緒に生きたいって、助けてって言って……お腹、ぐちゃぐちゃに……って」
ぐちゃぐちゃどころか無いじゃないか。ぐちゃぐちゃに掻き回されたからちぎれて取れたのか?
「……なんで。どうして、こんなこと出来るんだ。俺達は……インキュバスは、人の形してるじゃないか。人の形してる生き物を、どうしてこんなふうに出来るんだよ」
「王都の連中はみんなそんなもんだ、生まれながらの権力者ってのは自分と自分の知り合い以外を人間だなんて思っちゃいない、魔物だけじゃなく人間もそんな目に遭ってんだよ。ご主人様みたいな優しいのが珍しいんだ」
「私は別に優しくないよ……えぇと、生きていそうなら樹液に浸けておいてあげて。私は外せない仕事があるんだ、後は君に任せたよ」
査定士は使用人の肩を叩いてそそくさと部屋を出ていった。使用人は何も言わず、ベッドに腰かけて俺を眺めた。
「シャル……しゃ、るっ……生きてるよな? 俺と一緒に生きるんだもんな……?」
この世界に蘇生魔法や蘇生アイテムはないのか? 魔物蔓延るファンタジー世界には必須だろう。
「アルマは首切られても生き返ったんだ、シャルも……」
アルマが生き返ったのは女神様のおかげだ。
「女神様、そうだ、女神様っ……女神様、助けて! シャルを、俺の弟を助けて!」
「……お、おい、どうしたんだよ」
何も考えないようにしているふうだった使用人が立ち上がり、俺の顔を覗き込んだ。
「女神様! 女神様ぁ! どこ!? シャルを助けてってば、魔力は十分だろ!? 足りないならこの樹液飲むから……!」
「おい落ち着け! 女神って何だよ、この世に神は魔神王だけのはずだろ!」
魔の文字が付く神が居てたまるか、魔物を生み出す神が居てたまるか、この世界に居るべきなのは女神様の方だ。
女神様に嘆願する俺を使用人は何故か邪魔する。使用人が俺の腕を掴んだ瞬間、シャルの右腕が一瞬で再生した。
「……っ!? あぶねっ……」
シャルの右腕は俺の腕を掴んでいた使用人の手を引っ掻くように振られ、使用人のスーツの袖を切り裂いた。
「シャツまでは届いてねぇな……よかった、修理はジャケットだけだ……」
シャルの胸から心臓のような物がぶら下がり、ドクドクと脈打っていた。先程までは心臓なんてなかった、再生が進んでいるのだ。現に今も心臓から血管が伸びている。
「女神様っ……ありがとうございます! 女神様、女神様ぁ……!」
俺はシャルをぎゅっと抱き締めて頭を撫で、それから樽の中に戻した。樹液の中なら痛みも少なく早く再生が進むはずだ。
「ほら、見ただろ? 女神様のおかげでシャルが生き返った! やっぱり女神様こそがこの世界の神だ!」
「女神なんかいねぇって……生き返ったんじゃなく、ギリギリ生きてたんだろ。どうしたんだよお前、おかしいぞ」
「おかしい……? 俺はおかしくなんかない! おかしいのはお前だろ、女神様の奇跡を見たくせになんで女神様の存在を否定するんだよ!」
「お前カルトにでも入ってたのか? どうでもいいけど……ま、とりあえず弟生きててよかったな。俺、掃除とかあるから……なんかあったら鈴鳴らして呼べよ」
女神様の存在を否定する無礼者はベッド脇の棚に置かれた鈴を指差し、引き攣った笑顔で手を振って部屋を出ていった。
「シャル……よかったなぁ、シャル。シャルも起きたら女神様にありがとう言うんだぞ」
シャルの頭を撫でると樹液が手に絡んだ。ドロっとした甘い液体を舐めながら樽を背もたれに床に座り、静かに目を閉じる。シャルが生きていたという安心感に、今まで眠れていなかった疲労が重なり、俺はぐっすりと眠った。
俺は一人家で留守番を言い付けられ、シャルが気になって眠ることも出来ずにベッドの上をゴロゴロと転がっていた。
「……起きているかな? 帰ってきたよ、ただいま」
ミノムシのように毛布にくるまっていると査定士の声が聞こえた。もう帰ってきたのかと顔を出してみれば査定士と使用人がベッドの横に並んで立っていた。
「よ、ただいま。いい知らせと悪い知らせがあるぞ」
なんだその洋画みたいな言い回し、と言っても洋画のないこの世界では首を傾げられるだけだ。
「……いい知らせから頼む」
「お前の弟、あっさり買えたぞ。もうあらかたデータは取れたし危ないから処分予定だったんだってよ、二日目の見学はキャンセルだな」
「シャル……! よかった、悪い方は何?」
どうせ高かったとかそんな内容だろう。そう油断していた俺に、査定士は辛そうな顔で背後に置いていた樽のような物を見せた。
「……損傷が、とても激しい」
樽の中は樹液で満たされており、その中にシャルは居た。査定士が持ち上げたシャルの体は半分もなかった。
「魔物に詳しいと自負している私だが、どれほどの損傷を受けても平気なのかなんて知らない。私の仕事は査定なんだ、実験じゃない……だから私には分からない、とりあえず樹液を用意したが……この子はこれで生きているのかい?」
「生きてなきゃ困りますよ、こいつ自体もこの量の樹液もめちゃくちゃ高かったんですから」
樽の前に立って査定士からシャルを受け取る。当然のように腕はなく、頭羽は右が切られていて、左は皮膜が破れていた。胸から下はなく、途中で折れた背骨が飛び出ている。肺や胃などは見当たらない、心臓もない。
「…………シャル?」
「生きて、いるかな……?」
「つい、先日……夢で会った。一緒に生きたいって、助けてって言って……お腹、ぐちゃぐちゃに……って」
ぐちゃぐちゃどころか無いじゃないか。ぐちゃぐちゃに掻き回されたからちぎれて取れたのか?
「……なんで。どうして、こんなこと出来るんだ。俺達は……インキュバスは、人の形してるじゃないか。人の形してる生き物を、どうしてこんなふうに出来るんだよ」
「王都の連中はみんなそんなもんだ、生まれながらの権力者ってのは自分と自分の知り合い以外を人間だなんて思っちゃいない、魔物だけじゃなく人間もそんな目に遭ってんだよ。ご主人様みたいな優しいのが珍しいんだ」
「私は別に優しくないよ……えぇと、生きていそうなら樹液に浸けておいてあげて。私は外せない仕事があるんだ、後は君に任せたよ」
査定士は使用人の肩を叩いてそそくさと部屋を出ていった。使用人は何も言わず、ベッドに腰かけて俺を眺めた。
「シャル……しゃ、るっ……生きてるよな? 俺と一緒に生きるんだもんな……?」
この世界に蘇生魔法や蘇生アイテムはないのか? 魔物蔓延るファンタジー世界には必須だろう。
「アルマは首切られても生き返ったんだ、シャルも……」
アルマが生き返ったのは女神様のおかげだ。
「女神様、そうだ、女神様っ……女神様、助けて! シャルを、俺の弟を助けて!」
「……お、おい、どうしたんだよ」
何も考えないようにしているふうだった使用人が立ち上がり、俺の顔を覗き込んだ。
「女神様! 女神様ぁ! どこ!? シャルを助けてってば、魔力は十分だろ!? 足りないならこの樹液飲むから……!」
「おい落ち着け! 女神って何だよ、この世に神は魔神王だけのはずだろ!」
魔の文字が付く神が居てたまるか、魔物を生み出す神が居てたまるか、この世界に居るべきなのは女神様の方だ。
女神様に嘆願する俺を使用人は何故か邪魔する。使用人が俺の腕を掴んだ瞬間、シャルの右腕が一瞬で再生した。
「……っ!? あぶねっ……」
シャルの右腕は俺の腕を掴んでいた使用人の手を引っ掻くように振られ、使用人のスーツの袖を切り裂いた。
「シャツまでは届いてねぇな……よかった、修理はジャケットだけだ……」
シャルの胸から心臓のような物がぶら下がり、ドクドクと脈打っていた。先程までは心臓なんてなかった、再生が進んでいるのだ。現に今も心臓から血管が伸びている。
「女神様っ……ありがとうございます! 女神様、女神様ぁ……!」
俺はシャルをぎゅっと抱き締めて頭を撫で、それから樽の中に戻した。樹液の中なら痛みも少なく早く再生が進むはずだ。
「ほら、見ただろ? 女神様のおかげでシャルが生き返った! やっぱり女神様こそがこの世界の神だ!」
「女神なんかいねぇって……生き返ったんじゃなく、ギリギリ生きてたんだろ。どうしたんだよお前、おかしいぞ」
「おかしい……? 俺はおかしくなんかない! おかしいのはお前だろ、女神様の奇跡を見たくせになんで女神様の存在を否定するんだよ!」
「お前カルトにでも入ってたのか? どうでもいいけど……ま、とりあえず弟生きててよかったな。俺、掃除とかあるから……なんかあったら鈴鳴らして呼べよ」
女神様の存在を否定する無礼者はベッド脇の棚に置かれた鈴を指差し、引き攣った笑顔で手を振って部屋を出ていった。
「シャル……よかったなぁ、シャル。シャルも起きたら女神様にありがとう言うんだぞ」
シャルの頭を撫でると樹液が手に絡んだ。ドロっとした甘い液体を舐めながら樽を背もたれに床に座り、静かに目を閉じる。シャルが生きていたという安心感に、今まで眠れていなかった疲労が重なり、俺はぐっすりと眠った。
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