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番外編 死人もどき(アルマside)
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自分の子供時代を知っているらしいが、自分の方は相手が誰なのか全く分からない。
アルマはそんな気まずい状態でオーガの男達と狩りに出ていた。
「いやしかしインキュバスを連れて帰って来た奴は初めてじゃないか?」
「サキュバス捕まえた奴なら昔居たぞ? 仲間内でまわして死なせちまったけどよ」
幼い頃に人間に捕らえられたアルマには集団での狩りは初めてのことばかりで、他のオーガ達の話をほとんど聞かずに木々の枝振りや朝露を眺めて楽しんでいた。
「アルマー! アルマ、おいアルマ!」
「……あっ、あぁ、何だ? すまない、ボーッとしていた」
「いや、お前の嫁さん貸してくれって話」
「つーかもう誰か襲ってんじゃねぇか?」
「かもな。式の時可愛かったもんなー、股間に効くわあの鳴き声」
「……わ、悪い、長らく離れていたから俺は少しズレているようだ。冗談……なんだよな? 貸せとか、襲うとか……」
今度はオーガ達が目を見開いた。そして、探している獲物が逃げかねない大声を上げて笑った。その笑いにアルマは安堵する。
「だ、だよな……冗談だよな。はは……」
「ったりめぇだろアルマぁ、死んだと思ってたお前が帰ってきたんだ、勝手に嫁さん襲うような真似しねぇって」
「だから貸してくれーって言ってんだよ」
「どんだけヤりてぇんだよお前、まぁ俺もヤりてぇけど」
冗談なら笑い流そう、帰ってきたばかりの集落でつまらない奴だと思われると暮らしにくくなる。アルマはそう考えて黙っていたが、加速する下品な話にすぐに耐えきれなくなった。
「……冗談でもそういうのはやめてもらいたい。サクは俺の妻だ、サクが触れてもいいと思ってくれるのは俺だけだ。サクはひ弱なインキュバスだぞ? お前達がそんな話をしているのを聞いたら怯えてしまう、たとえ冗談だとしてもだ」
語気を荒くすることもなく静かに、しかし通る声で言ったアルマにオーガ達は一瞬怯んだが、すぐに半笑いで謝った。
アルマは自分の言葉がしっかり届いていないと悟りつつもまさか一日目に襲われるなんてことはないだろうと狩りを続けた。
目標の数の猪が捕れて帰る途中、鹿を捕っていた女性グループと遭遇する。
「アルマ、初狩りは上手くいった?」
「姉さん……あぁ、上手くできたよ」
「……っていくら頑張っても嫁には食わせらんないのよね。見送りもしないでずっと寝てるし……ホント、嫁としては最悪よアレ」
「そう言わないでくれ、俺が捕った獲物を俺が食い、そしてサクに別の形で飲ませるんだ。ちゃんとサクの食事になるんだよ。見送りなんてなくてもいい、家で元気で待っていてくれれば、それで……」
どんな笑顔で「おかえり」と言ってくれるだろう。寂しがっているか、抱き着いてくるか、キスをねだるか、ニマニマと口元を緩めながら家に帰ったアルマを出迎えたのは凄惨な光景だった。
「…………サク?」
集落の広場で取り分を決めた獲物を落とし、部屋の中心で折れ曲がった手足を放り出して倒れているサクに駆け寄る。
「サク? サク……? サク、返事をしてくれ、サク……」
殴られたのか見るに堪えない顔に触れようとして、手を引っこめる。触れて大丈夫なものかと躊躇ったのだ。
「嘘……酷い…………こんな乱暴に……」
「……ね、姉さん……どうしよう……魔樹の元に運ばないと。でも、動かして大丈夫だろうか……」
姉はサクの傍に屈み、口元に手をやり、もう片方の手を絞められた痕がある首に当てた。
「…………呼吸も脈もない」
「え……?」
「…………死んでる」
「そ、そんなっ……そんな馬鹿な! 俺達は誓ったんだ、共に死ぬまで永遠にと……それが、こんなっ……」
アルマは姉をどかしてサクの胸にそっと耳を当てた。しかしその耳は鼓動を拾わなかった。
「まだ……温かい、のに」
「アルマ、残念だけど……」
姉のお悔やみの言葉を無視してアルマは家を飛び出し、集落の中心付近で喉が張り裂けそうなほどに大きな雄叫びを上げた。姉はその叫び声が無念からのものだと勘違いし、開け放たれた扉を閉じて死体をどうにかしようと振り返った。
「……っ!? だ、誰!?」
いつの間にかサクの傍らに立っていたのは1.5mもない小さな子供だ。人間で言えば十二~三の少年か少女に似ていたが、オーガである姉にはもっと幼い子供に見えていた。
しかし、床に広がる十数mの白髪や呼吸すら抑えなくてはならないと思うほどの威圧感、それなのに実体ではないと悟る儚さ、それらは人間でもオーガでも子供でもないと伝えているかのようだった。
『………………魔力が足りない』
男とも女ともつかない声で呟き、サクの体に手をかざす。するとサクは咳き込み、血を吐いた。
『…………今は片割れの分で命を繋いでる。早く魔力を与えてあげて。完治するまで痛覚は麻痺させておくから、早く魔樹の元に運べ』
口調や声色がコロコロと変わる気味悪さに姉は座り込んでしまいそうになったが、何とか耐えて声を発した。
「なんなの……誰なのよ」
『僕はアマルガムの契約システム、よく間違えられるけどアマルガム本人じゃないからね。愛があるなら共に生きろ、生きられなければ共に死ね……そんな契約を守らせる、ただのシステムだよ』
そう言い残すと白い子供は大気に溶けるように消えた。姉はその場に座り込んで深く息を吐き、サクの傍ににじり寄って呼吸と脈拍を確認し、アルマの元へ走った。
集落の中心で皆を集める雄叫びを上げ、集まった同種達にアルマは結婚したばかりの妻が強姦され殺されたことを伝えた。犯人は誰なのか、そう叫ぶと最前列に居た中年女性のオーガ達がヒソヒソと話し始めた。
「……ねぇ、ほら、朝方……井戸の前に居なかった?」
「居た居た。水汲むだけなのに随分苦労して……」
「それ手伝って家に入ったの、あの子、確か……」
「何か知っているのか!」
アルマはおばさんオーガ達に迫り、水汲みを手伝っていた青年が居たことを知った。その青年は雄叫びに呼ばれなかったようで家に居ることも分かった。
「……夜分遅くすまない、少し構わないかな」
まだ犯人と分かった訳ではない。アルマはその言葉を何度も心の中で唱え、疑わしい青年の家の戸を叩いた。
「はーい……ぉ? アルマ? だっけ」
「あぁ……聞きたいことがあるんだ、時間は取らせない」
青年はアルマの背後に野次馬達を確認し、俯いてニヤリと笑ってから家を出てアルマの前に立った。
「君、朝方にサクの……私の妻のインキュバスの手伝いをしてくれたそうだね」
「あぁ、水汲みのこと? したよ」
「ありがとう、感謝するよ。それで……家まで水を運んだね? その後は……どうしたかな」
青年は後ろ手に隠していた物をアルマの目の前に突きつけた。
「……そ、れ……は」
艶のある黒の骨部分に薄桃色の皮膜──オーガの手のひらに収まるその羽はサクの頭に生えていたものだ。
「記念品」
青年は皮膜に唇を触れさせてニコッと笑った。直後、青年はアルマの拳に頬骨を砕かれ、その場に倒れ込んだ。
「いってぇ……まぁ聞けよ、死人もどきのアルマ。他人の嫁だろうが異種族は殺しても罪にならねぇ、でも、同族殺しは極刑だ」
青年は既に野次馬達に腕を掴まれているアルマを見上げ、人懐っこい笑顔のまま話した。
この集落ではオーガ同士の喧嘩は血が出ない程度と決められている、歯の一本でも折ったら折った方が罰を与えられる。
青年の狙いは衆目の前でアルマを罪人に仕立て上げることだった。
「……それが何だ?」
「はぁ……? 聞いてたか? 俺は悪いことはしてねぇんだよ、そんな俺を殺したらお前は死刑だっつってんの」
「だから、それが何だ?」
アルマが軽く腕を引くとアルマを抑えていた野次馬達は手を離した。
「……っ!? お、おい、何離してんだよ、押さえろよこの罪人を!」
狡賢い者や喧嘩をしない者は嫌いなのだ、オーガという野蛮な種族は。そして決まりを厳格に守るのも嫌いな種族であった。青年のように狡賢いものは狡賢いゆえに青年を庇うことはない、青年に味方は居ないのだ。
「死人もどき、俺にぴったりだな。十年以上檻に閉じ込められ、既に死んでいた俺にとって……俺を生き返らせてくれたサクが居ない世界で生きている意味は無い。サクが死んだなら俺も死のう……お前を道連れにな」
「は……!? ちょ、ちょっ……! おい誰か! 誰か止めろよ! と、父さん! 父さん助けて!」
青年は野次馬の中に父を見つけ、助けを求めた。
「立って戦え! それでもオーガか、勝たなければお前は俺の息子じゃない!」
「はぁあ!? 息子が殺されそうだってのに……!」
父への視線を遮るようにアルマが迫る。振り上げた手は拳を作っていない、爪で切り裂くつもりなのだ。
「アルマ!」
鋭い爪が青年の肌に触れる寸前で止まり、アルマは自分を読んだ姉の方を向いた。
「えっと、何だっけ……サク、そう、サク! あの子生きてた! 息を吹き返したのよ、でもすぐに魔樹まで運ばないと本当に死ぬかも……!」
「……生きていた? 本当か?」
「そんな嘘つく必要ある!? いいから早く来なさいよ! 喧嘩なんかしてる場合!?」
アルマは腕を下ろし、青年から離れた。
「…………族長。同種に傷を負わせた俺には罰が必要です、追放刑でいかがでしょう」
集団に背を向け、その中にいるであろう族長に話しかける。
「……この程度の傷なら平手打ちが妥当だ。理由が理由だし、罰なんて……」
「いえ、追放してください。俺はもうこの集落には帰りません」
「アルマ……?」
「すまない。姉さん……俺はサクを幸せにすると決めたんだ。俺達は二人きりで生きていく、サクを襲う可能性のある生き物が居ない場所で静かに暮らす」
アルマは添えるように腕を掴んだ姉の手を振り払う。
「……初めての恋のために家族と集落を捨てる俺を許してくれ、姉さん」
「…………好きにすれば? 死んだと思ってたアンタが生きてたんだから、何をどうしようとどうでもいい……そう言ったでしょ」
「ありがとう……すまない、姉さん…………さようなら」
姉はアルマに手を振ることなく無言で見送った。オーガの集団は思い思いにアルマに声をかけ、姿が見えなくなると揃って青年の方を向いた。
「な、なんだよ……」
「…………殴られて座り込むだけの弱いオーガなんてこの集落にはいらない」
「……か弱いインキュバスを殺すまで痛めつけなければ犯せないような弱いオーガはこの集落にはいらない」
「は……? え……ちょっ、待ってくれよ、異種族を殺しても罪にはならないはずだろ!?」
「ちゃんと聞け、弱いオーガはいらないと言っただろう」
「弱いオーガは捨てると昔から決まっている」
恐る恐るサクを抱えたアルマが魔樹の元へ辿り着いた頃、青年は集落中のオーガに追い立てられて集落を追い出され、森に逃げた。
「クソっ、クソ……しらばっくれりゃよかった」
襲わなければよかった、とは思わない。それほどまでに素晴らしい体だった。
青年はしばらく集落を追い出されたことを悔しがっていたが、一人でも生きていく力は十分にあると悟り、むしろ清々したと開き直って歩みを朗らかにした。
「……またどっかでインキュバスに会えねぇかな~」
サクの頭羽の皮膜に唇を触れさせ、呟く。
青年の願望は近いうちに叶うことになる、サクの頭羽を持ち歩いたがために病んだ突然変異体に見つかることになる。
だが、今の青年にはそんなこと知る由もない。
アルマはそんな気まずい状態でオーガの男達と狩りに出ていた。
「いやしかしインキュバスを連れて帰って来た奴は初めてじゃないか?」
「サキュバス捕まえた奴なら昔居たぞ? 仲間内でまわして死なせちまったけどよ」
幼い頃に人間に捕らえられたアルマには集団での狩りは初めてのことばかりで、他のオーガ達の話をほとんど聞かずに木々の枝振りや朝露を眺めて楽しんでいた。
「アルマー! アルマ、おいアルマ!」
「……あっ、あぁ、何だ? すまない、ボーッとしていた」
「いや、お前の嫁さん貸してくれって話」
「つーかもう誰か襲ってんじゃねぇか?」
「かもな。式の時可愛かったもんなー、股間に効くわあの鳴き声」
「……わ、悪い、長らく離れていたから俺は少しズレているようだ。冗談……なんだよな? 貸せとか、襲うとか……」
今度はオーガ達が目を見開いた。そして、探している獲物が逃げかねない大声を上げて笑った。その笑いにアルマは安堵する。
「だ、だよな……冗談だよな。はは……」
「ったりめぇだろアルマぁ、死んだと思ってたお前が帰ってきたんだ、勝手に嫁さん襲うような真似しねぇって」
「だから貸してくれーって言ってんだよ」
「どんだけヤりてぇんだよお前、まぁ俺もヤりてぇけど」
冗談なら笑い流そう、帰ってきたばかりの集落でつまらない奴だと思われると暮らしにくくなる。アルマはそう考えて黙っていたが、加速する下品な話にすぐに耐えきれなくなった。
「……冗談でもそういうのはやめてもらいたい。サクは俺の妻だ、サクが触れてもいいと思ってくれるのは俺だけだ。サクはひ弱なインキュバスだぞ? お前達がそんな話をしているのを聞いたら怯えてしまう、たとえ冗談だとしてもだ」
語気を荒くすることもなく静かに、しかし通る声で言ったアルマにオーガ達は一瞬怯んだが、すぐに半笑いで謝った。
アルマは自分の言葉がしっかり届いていないと悟りつつもまさか一日目に襲われるなんてことはないだろうと狩りを続けた。
目標の数の猪が捕れて帰る途中、鹿を捕っていた女性グループと遭遇する。
「アルマ、初狩りは上手くいった?」
「姉さん……あぁ、上手くできたよ」
「……っていくら頑張っても嫁には食わせらんないのよね。見送りもしないでずっと寝てるし……ホント、嫁としては最悪よアレ」
「そう言わないでくれ、俺が捕った獲物を俺が食い、そしてサクに別の形で飲ませるんだ。ちゃんとサクの食事になるんだよ。見送りなんてなくてもいい、家で元気で待っていてくれれば、それで……」
どんな笑顔で「おかえり」と言ってくれるだろう。寂しがっているか、抱き着いてくるか、キスをねだるか、ニマニマと口元を緩めながら家に帰ったアルマを出迎えたのは凄惨な光景だった。
「…………サク?」
集落の広場で取り分を決めた獲物を落とし、部屋の中心で折れ曲がった手足を放り出して倒れているサクに駆け寄る。
「サク? サク……? サク、返事をしてくれ、サク……」
殴られたのか見るに堪えない顔に触れようとして、手を引っこめる。触れて大丈夫なものかと躊躇ったのだ。
「嘘……酷い…………こんな乱暴に……」
「……ね、姉さん……どうしよう……魔樹の元に運ばないと。でも、動かして大丈夫だろうか……」
姉はサクの傍に屈み、口元に手をやり、もう片方の手を絞められた痕がある首に当てた。
「…………呼吸も脈もない」
「え……?」
「…………死んでる」
「そ、そんなっ……そんな馬鹿な! 俺達は誓ったんだ、共に死ぬまで永遠にと……それが、こんなっ……」
アルマは姉をどかしてサクの胸にそっと耳を当てた。しかしその耳は鼓動を拾わなかった。
「まだ……温かい、のに」
「アルマ、残念だけど……」
姉のお悔やみの言葉を無視してアルマは家を飛び出し、集落の中心付近で喉が張り裂けそうなほどに大きな雄叫びを上げた。姉はその叫び声が無念からのものだと勘違いし、開け放たれた扉を閉じて死体をどうにかしようと振り返った。
「……っ!? だ、誰!?」
いつの間にかサクの傍らに立っていたのは1.5mもない小さな子供だ。人間で言えば十二~三の少年か少女に似ていたが、オーガである姉にはもっと幼い子供に見えていた。
しかし、床に広がる十数mの白髪や呼吸すら抑えなくてはならないと思うほどの威圧感、それなのに実体ではないと悟る儚さ、それらは人間でもオーガでも子供でもないと伝えているかのようだった。
『………………魔力が足りない』
男とも女ともつかない声で呟き、サクの体に手をかざす。するとサクは咳き込み、血を吐いた。
『…………今は片割れの分で命を繋いでる。早く魔力を与えてあげて。完治するまで痛覚は麻痺させておくから、早く魔樹の元に運べ』
口調や声色がコロコロと変わる気味悪さに姉は座り込んでしまいそうになったが、何とか耐えて声を発した。
「なんなの……誰なのよ」
『僕はアマルガムの契約システム、よく間違えられるけどアマルガム本人じゃないからね。愛があるなら共に生きろ、生きられなければ共に死ね……そんな契約を守らせる、ただのシステムだよ』
そう言い残すと白い子供は大気に溶けるように消えた。姉はその場に座り込んで深く息を吐き、サクの傍ににじり寄って呼吸と脈拍を確認し、アルマの元へ走った。
集落の中心で皆を集める雄叫びを上げ、集まった同種達にアルマは結婚したばかりの妻が強姦され殺されたことを伝えた。犯人は誰なのか、そう叫ぶと最前列に居た中年女性のオーガ達がヒソヒソと話し始めた。
「……ねぇ、ほら、朝方……井戸の前に居なかった?」
「居た居た。水汲むだけなのに随分苦労して……」
「それ手伝って家に入ったの、あの子、確か……」
「何か知っているのか!」
アルマはおばさんオーガ達に迫り、水汲みを手伝っていた青年が居たことを知った。その青年は雄叫びに呼ばれなかったようで家に居ることも分かった。
「……夜分遅くすまない、少し構わないかな」
まだ犯人と分かった訳ではない。アルマはその言葉を何度も心の中で唱え、疑わしい青年の家の戸を叩いた。
「はーい……ぉ? アルマ? だっけ」
「あぁ……聞きたいことがあるんだ、時間は取らせない」
青年はアルマの背後に野次馬達を確認し、俯いてニヤリと笑ってから家を出てアルマの前に立った。
「君、朝方にサクの……私の妻のインキュバスの手伝いをしてくれたそうだね」
「あぁ、水汲みのこと? したよ」
「ありがとう、感謝するよ。それで……家まで水を運んだね? その後は……どうしたかな」
青年は後ろ手に隠していた物をアルマの目の前に突きつけた。
「……そ、れ……は」
艶のある黒の骨部分に薄桃色の皮膜──オーガの手のひらに収まるその羽はサクの頭に生えていたものだ。
「記念品」
青年は皮膜に唇を触れさせてニコッと笑った。直後、青年はアルマの拳に頬骨を砕かれ、その場に倒れ込んだ。
「いってぇ……まぁ聞けよ、死人もどきのアルマ。他人の嫁だろうが異種族は殺しても罪にならねぇ、でも、同族殺しは極刑だ」
青年は既に野次馬達に腕を掴まれているアルマを見上げ、人懐っこい笑顔のまま話した。
この集落ではオーガ同士の喧嘩は血が出ない程度と決められている、歯の一本でも折ったら折った方が罰を与えられる。
青年の狙いは衆目の前でアルマを罪人に仕立て上げることだった。
「……それが何だ?」
「はぁ……? 聞いてたか? 俺は悪いことはしてねぇんだよ、そんな俺を殺したらお前は死刑だっつってんの」
「だから、それが何だ?」
アルマが軽く腕を引くとアルマを抑えていた野次馬達は手を離した。
「……っ!? お、おい、何離してんだよ、押さえろよこの罪人を!」
狡賢い者や喧嘩をしない者は嫌いなのだ、オーガという野蛮な種族は。そして決まりを厳格に守るのも嫌いな種族であった。青年のように狡賢いものは狡賢いゆえに青年を庇うことはない、青年に味方は居ないのだ。
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「は……!? ちょ、ちょっ……! おい誰か! 誰か止めろよ! と、父さん! 父さん助けて!」
青年は野次馬の中に父を見つけ、助けを求めた。
「立って戦え! それでもオーガか、勝たなければお前は俺の息子じゃない!」
「はぁあ!? 息子が殺されそうだってのに……!」
父への視線を遮るようにアルマが迫る。振り上げた手は拳を作っていない、爪で切り裂くつもりなのだ。
「アルマ!」
鋭い爪が青年の肌に触れる寸前で止まり、アルマは自分を読んだ姉の方を向いた。
「えっと、何だっけ……サク、そう、サク! あの子生きてた! 息を吹き返したのよ、でもすぐに魔樹まで運ばないと本当に死ぬかも……!」
「……生きていた? 本当か?」
「そんな嘘つく必要ある!? いいから早く来なさいよ! 喧嘩なんかしてる場合!?」
アルマは腕を下ろし、青年から離れた。
「…………族長。同種に傷を負わせた俺には罰が必要です、追放刑でいかがでしょう」
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「……この程度の傷なら平手打ちが妥当だ。理由が理由だし、罰なんて……」
「いえ、追放してください。俺はもうこの集落には帰りません」
「アルマ……?」
「すまない。姉さん……俺はサクを幸せにすると決めたんだ。俺達は二人きりで生きていく、サクを襲う可能性のある生き物が居ない場所で静かに暮らす」
アルマは添えるように腕を掴んだ姉の手を振り払う。
「……初めての恋のために家族と集落を捨てる俺を許してくれ、姉さん」
「…………好きにすれば? 死んだと思ってたアンタが生きてたんだから、何をどうしようとどうでもいい……そう言ったでしょ」
「ありがとう……すまない、姉さん…………さようなら」
姉はアルマに手を振ることなく無言で見送った。オーガの集団は思い思いにアルマに声をかけ、姿が見えなくなると揃って青年の方を向いた。
「な、なんだよ……」
「…………殴られて座り込むだけの弱いオーガなんてこの集落にはいらない」
「……か弱いインキュバスを殺すまで痛めつけなければ犯せないような弱いオーガはこの集落にはいらない」
「は……? え……ちょっ、待ってくれよ、異種族を殺しても罪にはならないはずだろ!?」
「ちゃんと聞け、弱いオーガはいらないと言っただろう」
「弱いオーガは捨てると昔から決まっている」
恐る恐るサクを抱えたアルマが魔樹の元へ辿り着いた頃、青年は集落中のオーガに追い立てられて集落を追い出され、森に逃げた。
「クソっ、クソ……しらばっくれりゃよかった」
襲わなければよかった、とは思わない。それほどまでに素晴らしい体だった。
青年はしばらく集落を追い出されたことを悔しがっていたが、一人でも生きていく力は十分にあると悟り、むしろ清々したと開き直って歩みを朗らかにした。
「……またどっかでインキュバスに会えねぇかな~」
サクの頭羽の皮膜に唇を触れさせ、呟く。
青年の願望は近いうちに叶うことになる、サクの頭羽を持ち歩いたがために病んだ突然変異体に見つかることになる。
だが、今の青年にはそんなこと知る由もない。
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