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番外編 正義の味方として(カタラside)

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昨日は魔物の解剖図と大人の玩具を買って帰った。今日もサクに何か土産を──そうだ、服を買わなければ。でもサクの趣味に合うものを買いたいし、今朝は早く帰ると約束したし……今日はまっすぐ帰って明日一緒に買いに行こう。

「ただいまー、サクー?」

部屋にサクは居なかった。風呂に入っているのだろう、俺も風呂に入りたい……突入するか? いやいや、大人しく待とう。

「……なんだお前か」

風呂に入っていたのはネメスィだった。サクの居場所をを聞いてみたが──

「知らん……出かけてるんだろう」

──バカだこいつ。人間の街に疎く、臆病そうなサクが出歩く訳がない。今朝「外に出るな」と言い付けたのに。

ネメスィを説得してすぐに部屋を飛び出し、一階カウンターに居た店主に尋ねる。

「あの、すいません、サク……サク知りませんか? 黒髪の、俺よりちょい歳下くらいの男なんですけど」

「……知らないなぁ」

人の良さそうな店主は困ったように笑い、そう言った。店主もカウンターにずっと居る訳ではない、サクが宿から出て行ったとしても見ているとは限らない。

「あれ、おやっさんその子と話してなかったか?」

男性客がそう言うと店主は落ち着いた様子で否定した。

「サクを見たんですか!?」

「わっ、ぁ、あぁ……黒髪の可愛い子だろ? まさか顔見ただけ勃つなんて……ぁ、いや、えーっと、昼間だったかな。カウンターの奥に入ってってたぞ」

「どういうことですか!?」

店主に詰め寄ると彼は俺の必死さを鼻で笑った。

「その子は多分従業員だよ、新しく若い子を雇ったんだ。サクって子とは別人」

「ならその従業員を今すぐここに呼んでもらおうか」

「あー……いや、住み込みじゃないし、もう帰っちゃって」

「明日なら居るんだな?」

「いや、その……毎日来るわけでもないからっ……!? いったぁ……!」

突然ネメスィが店主の胸ぐらを掴み、カウンターから引っ張り出して床に投げた。

「お、おいネメスィ、乱暴過ぎるぞ」

「サクをどこへやった」

「落ち着けって、まだこいつが何かしたって決まったわけじゃないんだし」

周囲に居た客達の視線が俺達に集中する。まずい、ネメスィが勇者らしく振る舞うのを忘れるほど取り乱している。

「ネメスィ、ほら、勇者として人間に暴力振るうのはまずいって。な、ほら、落ち着け。すいません店主さん……」

店主を助け起こしたが手を払われる。店主はじっとネメスィと睨み合っている。

「はっ……な、何が勇者だ。ちょっと人より強いからって好き勝手してるだけじゃないか! おい皆聞け! こいつが探してるサクってのは勇者が飼ってる性奴隷だ! 魔物を倒して勇者ぶってるくせにインキュバスを捕まえてヤりまくってたんだ! 夜中に声が聞こえただろ、アレがサクってインキュバスなんだ!」

店主が大声でそう叫ぶと周囲の者も騒がしくなる。だが、店主の言葉をすぐに信用した訳でもないようで、ネメスィの言い訳を待ってくれている。
俺としてはネメスィに落ち着いて否定してもらって、外へ探しに行くフリをして一旦引き、後で店主を捕まえて話を聞くという手を取りたいが──多分、無理だな。放電してしまっている。

「ひっ……!? な、なんだ、それ……」

バチッ、バチッ……と弾けるような音がネメスィから聞こえる。彼の肌や髪の上を紫電が走っている。

「ネメスィ、落ち着け」

「……サクがインキュバスで俺の飼ってる奴隷だったら何だ? お前がそれを盗んだのは変わりない、魔物を飼うのは違法じゃないが、その魔物を盗むのは違法だろ?」

俺の声掛けの甲斐あってかネメスィは少し落ち着いて反論してくれた。だが、俺の望む方向性の反論ではない。

「ゆ、勇者様……嘘だろ、魔物を宿に入れてたとか……」
「サキュバスならともかくインキュバスって……」
「ド変態じゃねぇか、勇者だなんてホラ吹きやがって……!」

最悪だ、周囲の者からの信頼が失われた。

「そ、そのインキュバスが俺に襲いかかってきやがったんだ! だから俺は返り討ちにしてやった、それの何がっ……ぐぁあっ!?」

「ネメスィ!? ネメスィ、やめろ、ネメスィ! 死んじまう!」

ネメスィが再び店主の胸ぐらを掴むと紫電が店主を取り巻き、彼を感電させる。俺はすぐにこういう時専用の手袋をはめてネメスィの手を店主から外させた。

「殺す気かこのバカ!」

「こいつはサクを……!」

「でも人間を殺しちゃ勇者じゃないだろ!」

ネメスィが腕を振り上げる。俺を殴る気かと身構えたが、その腕は俺の頭の横で止まり、飛んできた酒瓶から俺を守った。

「…………俺は、今までこんな奴らのために、必死に……?」

ネメスィの体表を走る紫電が消えたかと思えば、俺の脇の下に手を通して持ち上げ、ダンッと床を踏み付ける。周囲に居た者達がバタバタと倒れた。

「……殺してはない」

そう呟いて俺を下ろすと店主の頬を叩いて起こした。目を覚ました店主の首に剣を当て、じっと睨みつけている。

「サクを殺したのか? なら、お前も……」

「殺してない! 売ったんだ!」

「…………何?」

「お、王都では魔物が高値で売れる……インキュバスなんか変態の金持ちが大金を出すんだ。だからっ、売っただけだ……他には何もしてない」

「王都……カタラ、すぐに向かうぞ」

王都までは結構な距離がある。夜は魔物が活発化するし、道も見えない。本来なら反対すべきだろう。

「……分かった」

部屋に戻って荷物をまとめ、馬車に運ぶ。ネメスィが馬車を引いて走り出す。俺は杖の先に術で灯したランプを引っ掛け、扉から突き出して彼の進む道を照らした。

「やっぱり魔物が大量に……! ネメスィ、どうする。来るぞ!」

狼型の魔物が馬車に並走する。荷馬車は食料を積んでいることが多い、きっと食べ物が手に入ると踏んでのことだろう。

「問題ない、雷が効かない魔物はそう居ない」

ネメスィは先程宿屋でやったのと同じように地面を通して魔物を感電させ、追跡を逃れた。そんなことが何度かあった、魔物はゴブリンだったり大蝙蝠だったりしたが、ネメスィは問題なく排除した。
しかし──

「ネメスィ! ネメスィ、大丈夫か? 魔力の使い過ぎだ、ちょっと休まないと……」

──とうとう膝をついた。
止まった馬車の外に飛び出せばランプでは照らし切れない暗闇が広がっていて、本能的な恐怖を蘇らされた。ネメスィを立ち上がらせ、馬車に入れようとすると手を払われた。

「休んでる暇はない! サクが……サクが、待ってる……俺、を……待って」

馬車を引いて二歩進み、今度は意識を失って倒れた。

「…………バカ」

ネメスィを馬車に引っ張り上げて寝かせ、俺は外に出た。止まった馬車は魔物にとって最高の獲物だ、どんどんと集まっている。今集まっているのはゴブリンだ。

「……俺もバカだな、朝を待つべきだった……ぁー、もう、急いだ方が遅くなるとか……クソ、最悪だ……」

ランプをぶら下げた杖を持ち、ゴブリンに向けて片っ端から術を放つ。いくら広範囲を攻撃できても四方八方から向かってくる敵に対応が間に合う訳もなく、棍棒に滅多打ちにされ錆びたナイフが肌を裂いた。

それでも何とか夜明けまで耐え切り、数十分の一に減らされたゴブリン達は街道から離れ森の奥へと帰っていった。
馬車に乗る気力もなく馬車にもたれて座り込み、空を見上げる。嫌になるような綺麗な空だった。

「カタラ、どこに……カタラ! 大丈夫か?」

辺りがすっかり明るくなる頃にネメスィは目を覚まし、俺を馬車に引っ張り上げた。

「酷い傷だ……早く王都に向かわなければ」

打撲はあるが骨折はないし、錆びたナイフによる切り傷や刺し傷もそう深くはない。

「大したことねぇよ、それより……そこの袋取ってくれ」

麻袋の中にはサクが依頼をこなした報酬である魔樹の実が入っている。これを食べておけば魔力は回復し、魔物に襲われても後一度くらいなら平気だ。

「サクが俺のために頑張ってくれた証だな」

「お前じゃなくて俺のためな」

小さな物を一つ食べ、眠った。その日の正午過ぎに王都に辿り着き、検問でネメスィに起こされた。武器を持つネメスィや精霊使いの俺は検問に長い時間をかけられる。怪我人であってもだ。

「勇者、ね……ここに来た目的は?」

「……王都の本が欲しいんです、俺、色々と研究してて──」

「研究? 目的は?」

「…………知的好奇心を満たすため、です。本当、個人的に……」

最後まで訝しげな目を向けられたが何とか入ることを許された。その頃にはもう夕方になっていた。

「先に宿を見つけなければな。お前の傷が心配だ、医者も見つけなければ……」

「…………悪い。サクを探さなきゃなんないのに」

「夜に出ると無計画に言ったのは俺だ、気にするな」

「このだだっ広い王都のどこに居るんだよ、サクは……クソ、手がかりも何にもねぇ」

王都の宿は高く、滞在し続けるには金がかかり、その金を稼ぐには時間が必要で……長期戦になる。いや、そもそも見つからないかもしれない。

「なぁ、ネメスィ……サクがあのおっさんに襲いかかったってマジだと思うか?」

「そんな訳ないだろう、襲ったのはあの男の方だ」

俺もそうだと思いたいが、部屋には何の痕跡もなかった。サクが自ら部屋を出たのは間違いない。きっと俺達を待てないほど深刻な空腹だったのだ。

「……朝、サクは腹減ったって言ってた。あの時食わせてやってたら……大人しく待ってたかもしれない」

自ら部屋を出たサクが宿屋の主人に襲いかかったのか、誘っただけなのかは分からない。だがどちらにせよ避けられたことであるのは確かだ。

「俺の……せいだ、俺のっ……俺のせいでっ……」

「……サクの空腹を無視したのは俺も同じだ」

「ネメスィ……」

「必ず見つけるぞ、サクは俺達の仲間だ」

「……もちろんだ」

手がかりも金もない、そんな俺達が唯一サクの捜索に使えるのは執念だけだ。俺達は互いにサクを探し出すことを誓い合い、錆びたナイフによる傷が化膿した俺はまず入院させられた。
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