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厄介な獣に包まれて弟の夢を見る

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意識が遠のく──いや、ダメだ。寝るな。アルマの復活の期限が迫っているのだ。その後はシャルを助けなければいけない。場合によっては二人の前にカタラを助ける必要がある。

「えっと、ありがとうございました……」

あって欲しくないが次の機会があれば短小を探そう、ゴブリン以外で。
そっとペガサスの下から抜け出し、足の断面と手のひらをついて四つん這いで歩いていく──と、腰羽をペガサスに咥えられた。

「え? な、何……?」

振り返ってもペガサスは喋らないし、澄んだ瞳で見つめられても俺に心を読むような力はない。
見つめ合ったまま困っているとペガサスは俺の腰羽を咥えたまま長い足を曲げて座り、俺を引っ張って腹の横に座らせた。そして長い首を回して太腿の上に顎を置く。俺はもう動けないのに更に後ろから抱き締めるように翼で包む。

「…………気に入られた……? やばい……」

獣なら浮気らしさはないとペガサスを誘ってしまったが、獣にだって感情や思考はある。俺とは伝え合う手段がないだけだ。
女神に付与された誰得特性は「男に性的な意味でも好かれる」であって「男を欲情させる」ではない。弟もカタラもネメスィもアルマも、俺をオークションに出した査定士だって、気持ちの大小は様々だが俺に恋愛的な好意も抱いていた。
もちろん性欲発散のためだけに俺を襲う者も居たし、彼らは後から俺を好きになったりなんてしなかった。
このペガサスはおそらく前者なのだ、俺に恋愛的な好意も抱き、俺を傍に置こうとしているのだ。

「…………いやいやいや困る困る困る」

俺に獣姦の趣味はない。いや、したけども。絶頂までしたけれども。それとこれとは話が別だ。

「……あの、ペガサスさん? 俺、番になる気とかはないんで……ヤるだけというか、何というか」

馬の耳に念仏とはこのことか。
駿馬の上翼まで持っているペガサスから逃げられるとは思えない。彼が完全に眠るまで待って、眠ったらこっそりと離れて物陰に隠れよう。
ペガサスの腹にもたれて、ペガサスの頭を膝に置いて、ペガサスの翼で包まれて──温かい。彼は俺よりもかなり体温が高いようだ、全裸で森を歩き回って冷えていた身体には嬉しい。
温まって眠くなり、俺は再び目を閉じた。眠ってはいけないと思っていたのに今度はもう抗えなかった。


暗闇の中で誰かがすすり泣く声を聞いた。俺は泣き声の主を察し、その声の方へ歩いた。

「ごめんなさい、ごめんなさい……ごめんなさいっ、ごめんなさい……置いて行かないで、もうひとりにしないで……」

暗闇なのに何故か自分と相手の姿はハッキリと見える。夢らしいご都合主義に苦笑いし、蹲って泣いている青年の前に屈んだ。

「…………シャル」

ふわふわ柔らかい紫の髪を撫でると、垂れたままだった頭の羽がピクリと動いた。

「に、ぃ……さんっ、兄さん……兄さん兄さん兄さんっ……ごめんなさい、ごめんなさいごめんなさいごめんなさいっ……」

顔を上げたシャルはこちらに来ようというのか膝立ちになって腕を広げたが、俺に触れるのを躊躇って静止した。俺はそんな彼を優しく抱き締めた。

「好き……なんです、好きなんです……好きなだけなんです、兄さん……兄さん、ごめんなさい、兄さんの心を踏み躙るつもりなんてなかったのに、僕……」

抱き返してこずに下げられたままの手が悲しい。

「シャル……いいんだ、気にするなよ。気持ちよかったし、腹いっぱいにしてくれてたし、結構良い暮らしだったぞ?」

「僕っ、僕……兄さんの好きな人を、兄さんの中から消してやりたいって、そんなことしたら兄さんは、兄さんは、悲しい……のに、僕自分のことしか考えられなくて」

忘却の術を使われたり、アルマの首を捨てると言われた時は、確かに怒りを覚えた。だが最初からシャルにも特性は効いていたと分かってしまえば怒りは萎む。俺を犯したくて仕方なかっだろうに俺に嫌な思いをさせまいと我慢していた、俺はそれに甘えて彼を裏切った。
愛しい人が自分から離れて、知らない間に経験人数を増やして、結婚までして……そりゃ少しくらい冷静さを失っても仕方ない。凶行に走ったって同情には値する。

「シャル、大丈夫か? 今どこだ?」

凶行に目を瞑りたくなるのは、助けられたから。
怒れないのは、愛おしいから。
今度は俺が助けたいと思うのは、弟だから。

「……研究所です」

「分かった……待ってろよ。いつになるかは分からないけど、必ず行くから」

「ダメです! 来ないで……!」

「……なんでだよ。危ないって言うのか? 大丈夫、俺は髪が黒いから人間に紛れやすいし、お前だって俺を助けるために危険を冒したんだから、俺もそれくらいする。兄弟だろ?」

前世だとか転生だとかで俯瞰してしまっていたところは多い。きっと俺は今世に本気になっていなかった、だからアルマを殺された。もう二度とあんな思いはしたくない、だから俺はシャルを助ける。

「来ないでください……兄さん、見られたくないんです」

「…………何を?」

「再生能力の、実験が……あって。新しい武器の開発も、で…………僕、酷い姿になりました。だから来ないで……兄さんにはこの姿の僕を覚えていて欲しいんです」

実験? 新しい武器の開発? どういうことだ、シャルは閉じ込められるだけで拷問を受けたりしないとカタラは言っていた。

「お……お前っ、酷いことされてるのか? そんなっ……だってカタラは大丈夫だって、だからお前は後回しに……嘘だ、そんなっ……シャル、シャル…………嘘だろ?」

シャルは紫の目をまん丸にしてしばらく考えた後、優しく微笑んだ。

「嘘です。ごめんなさい兄さん、兄さんに心配されてみたくて……嘘ついちゃいました。僕は五体満足です、すごく快適な環境で研究に協力していますよ」

あぁ……こっちが嘘だ。俺はまたシャルに嘘をつかせてしまった。シャルの手足はきっと四つ揃っていない、劣悪な環境で研究と嘯いて弄ばれている。
夢の中では綺麗な姿を保っているシャルの背を震える手で撫でると、紫の瞳を震わせて俺を見上げ、寂しい微笑みを浮かべた。

「兄さんの心の片隅に……僕の居場所をください。厚かましいお願いだって分かってます、でも、兄さんっ……兄さん、お、お願いです、兄さんっ、僕を愛して…………いえ、何でもありません。僕、兄さんの弟になれてよかった。大好きです、兄さん……どうか、幸せに」

シャルの姿が薄くなっていく、彼が目覚めようとしているのだ。

「シャルっ!? ダメだ、待て! 何言ってんだよお前、死んだりしたら許さないからな、片隅なんかに置いてたまるかお前は俺の弟なんだよ!」

もう抱き締めても触れた感触がない。
でも、まだ、声は届くはずだ。

「……愛してる! 愛してるぞ、シャル、すぐに迎えに行くからな! 絶対助けてみせるから! シャルっ……!」

感触はなかったけれど、だんだんと透明になっていったシャルの唇は確かに最後に俺の頬に触れた。

「シャル、なんでっ……」

今度は俺が暗闇の中で蹲り、最期を察したキスを唇にしなかったシャルへの憐憫を叫んだ。
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