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夢も現も分からなくなって

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カーテン越しの窓は薄暗い。夜の始まりか夜の終わりか、どちらなのかはまだ寝ぼけている俺には分からない。起き上がろうとして腹筋に力を込め、腕と腰を拘束されているのに気付く。

「……兄さん? 起きたんですか?」

俺が身体を揺らしたせいか隣で眠っていたらしい弟も目を覚ました。まだハッキリとは開いていない紫の瞳を擦りながらもう片方の手を手首の縄に伸ばす。

「ごめんなさい……カッとなって、兄さん縛って、怒鳴ったりして…………もう落ち着きました。解きますね」

何の話──あぁ、そうか、思い出した。眠る前に弟を怒らせて縛られてしまっていたんだ。出てくる者の性格は全く違うのに感覚が妙にリアルなせいで夢と現実がごっちゃになってきている。現実の弟は確かシャルという名前ではなくて、優しくて、俺に欲情は……しないんだっけ? どうだったかな。

「解けました。腰の方も……痕とかはありませんね、本当にごめんなさい、兄さん。僕は兄さんが嫌がることなんてしたくありません、だから……死のうとなんてしないでください。僕がお世話しますから、兄さんは何もしなくていいですから……生きてさえいてくれれば、それで、僕は満足です。兄さんが僕のこと嫌いでも……僕は兄さんが大好きです」

縄の拘束を外された俺は弟に抱き起こされ、ベッドの中央に座らされた。弟から視線を外してベッドから離れた位置にある机を見れば、アルマの首がある。

「兄さん? 兄さん、どうしたんですか、急に泣き出して……どこか痛みますか? 動けないの怖かったんですか? 兄さん、返事してください、教えてください」

夢の中で「大っ嫌いだ」と言われた。もちろん、アルマの幽霊が夢枕に立ったなんてことではないと思う。俺がアルマに嫌われていると思っていて、それが夢に現れたのだろう。夢というのはそういうものだ。いや……少し違う、アルマに嫌われていると思っているのではなく、アルマに嫌われていた方が都合がいいのだ。それなら遠慮なく弟に乗り換えられるから。きっとそっちだ、そうに違いない、俺は淫乱な屑なのだから。

「アルマは……俺のことどう思ってるのかな」

「…………僕は話したこともないので分かりません、ごめんなさい」

「俺が、他の男に抱かれてたら……怒るかな」

強姦されても、輪姦されても、俺に怒りはしなかった。相手だけを憎んで俺の落ち度を追求したりはしなかった。

「どんな人なんですか? アルマさんは」

「優しくて、俺のこと……すごく大切にしてくれた。俺にそんな価値ないのに」

「……なら、きっと怒りませんよ。兄さんはインキュバスなんですから、セックスしないと死んじゃいます。いつまでもアルマさんを想って泣いていたらアルマさん困っちゃいますよ。きっと、早く次のいい人見つけて欲しいって思います」

俺に都合のいい話だ。夢で見たアルマのあの対応も、きっとこれをキツい表現で作ったものなのだ。

「いい人……なんて。アルマの代わりなんて」

居ない。居る訳がない。居ていい訳がない。生涯唯一の伴侶の代わりが見つかっていい道理なんてない。
心の中で未来と幸福を否定して泣きじゃくり、弟に抱き締められて決心する。ここまで助けてくれた弟には悪いけれど、やっぱり死のう、殺してもらおう。アルマの首と共に葬ってもらえることだけが俺に残された幸せの可能性だ。

「……弟、俺を」

「僕じゃダメですか?」

「ころ……は?」

「兄さん、辛いですよね、寂しいですよね、大好きな人が傍に居ないんです、心にぽっかり穴が空いた気分でしょう?」

一瞬何を言っているのか分からなかったが、俺の心の分析だけは正しいので恐る恐る頷く。

「なら、その寂しさを僕で埋めてみませんか? 兄さん、僕達は兄弟です。辛い時は助け合いましょう、兄さん……兄さんが伴侶を失って辛いなら、僕は……その辛さを何とかしたいんです」

「……どういう意味だよ」

「ですから、僕で寂しさを紛らわせてください」

だからその具体的な手段を聞いているんだ。声に出さずにそう考えながら睨むと、弟に伝わったのか気まずそうに口を開いた。

「僕に……抱かれてみませんか? 兄さん……少しは気が紛れると思います」

「…………お前まで利用しろって言うのか? アルマだけじゃなくお前にまで寄生して生きてけって言うのかよ! これ以上俺に屑になれって言うのかよ! 夢の中だけじゃなく現実でもアルマを裏切れって言うのかよ! お前に無理矢理抱かせるくらいなら、お前にこれ以上負担かけるくらいなら、死んだ方がマシだ! あぁっ……そうだよ、死ぬ……殺せ、殺してくれよ! もう嫌なんだ……!」

醜い嗚咽が漏れるまで声を張り上げた弟への八つ当たりは弟を呆然とさせた。

「に、ぃ……さん、は……そんなに、僕がっ……嫌い、ですか……? 僕に抱かれるくらいなら、死にたいくらい……僕が嫌いですか? 好きって言ってくれたの、嘘だったんですか」

「違う……お前が優しい弟だって知ってるから、お前に迷惑かけたくないんだよ。俺なんか抱きたくないだろ、俺なんか……関わってたって仕方ないだろ。助け合うとか言ってたよな、俺が今までお前を助けたことがあったか? これからお前を助けられると思うか? 弟に寄生するなんてごめんだ」

今まで散々頼っておいて、夢の中で願望の投影機にさせておいて、死にたくなったから助けの手を振り払う。

「……恩知らずの屑と恥知らずの屑なら、俺は恩知らずに死ぬよ」

元社畜の性なのか何の見返りも出せずに扶養させるのは、俺にとって何よりも嫌な恥辱だ。

「…………兄さんは、酷いです。自分勝手です。僕は兄さんが大好きで、兄さんのために生きているのに……兄さんが居なくなったら僕に生きる意味なんてないのに、兄さんのために生きて兄さんのために死にたい僕に兄さんを殺せだなんて酷いです」

弟はふらふらと立ち上がって俺を抱きかかえ、抵抗出来ない俺をこの家に連れ戻された時に入れられた俺にピッタリの大きさの鳥籠に入れた。

「お、おいっ……出せよ! 何するんだ!」

「……兄さんが僕と生きたいって言ってくれるようになるまで、僕と結婚したいって言ってくれるようになるまで、しっかりお世話してあげます。愛してますよ、兄さん」

「は……? 結婚って、何、言って……お前は弟だろ」

「………………別にいいでしょ弟だって、好きなんですから」

首輪は繋がれていなくても鳥籠の大きさは足を失った今の俺にピッタリだから、身体の向きを変える程度の動きしか出来ないし、鉄柵を掴んで揺らしても蓋は開かないし、壊れない。
弟は愛おしそうに俺を見つめて鳥籠の上部を撫でた後、微笑みを残して部屋を出て行った。
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