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無償ほど危険なものはない

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オーガの青年は水が満杯の木桶を二つとも軽々と運び、家の水瓶に入れてくれた。

「アルマはいねーの?」

「狩りに行ってます」

「お姉さんも?」

「はい」

「…………ふぅん」

水瓶はまだ半分も溜まっていない。しかし青年にやらせる訳にはいかないし、姉には正直に出来ませんでしたと言うしかないか。

「水汲みはこんだけ?」

「いえ、この水瓶いっぱいと、奥の分もいっぱいに」

「うへぇ……キッツ。ちな奥の分ってどんくらい?」

オーガからしてもキツい仕事なのか。それとも俺の身体能力を鑑みての言葉なのか。俺は青年に背を向け、奥の扉のない水瓶置きの部屋を指差す。

「同じ水瓶が五個あって……ひぁっ!? ちょっ、ちょっと! 尻尾触らないでください!」

「あー、ごめんごめん、ゆらゆらしてて面白かったから」

握られたのが先端付近でなくてよかった。それでも変な声が出てしまったけれど。

「……お姉さんには出来ませんでしたって言って、アルマにもあなたが手伝ってくれたことは話しますから……その、お忙しい中ありがとうございました」

やんわりと帰そうとするも青年は首を傾げるだけだ、それどころか後ろ手に扉を閉めた。

「…………あの?」

僅かに暗くなった室内とそれによって引き立てられる自分より背の高い青年への恐怖で後ずさると、青年は俺が腰に巻き付けていた尻尾を掴んだ。

「ちょっと! だから尻尾触らないでっ……て、痛いっ!」

力任せに引っ張られて生え際が痛む。

「知ってる知ってる、尻尾ダメなんだよね。尻尾……くりくりがらめなんだよねー?」

ハート型の先端が青年の手に包まれ、ハートの中心を親指でぐりぐりと押される。

「……っ、ぅあぁっ!? ひっ、痛いっ、痛いって! 離せっ……離せ! 離せよっ!」

最初のネメスィと同じように、あの時よりも強い力で敏感な部分を躙られる。青年の指を掴んで尻尾を逃がそうとしても、水汲みで疲れた手でオーガの力に勝てる訳がない。

「んー……? すぐイっちゃうんじゃないの?」

「痛いんだよっ……! 離せ!」

「……ま、いっか」

青年はパッと尻尾を離す。インキュバスの細身なら窓から逃げられるかと扉の対面の窓に走り、開け──はめ殺しだこれ。
何とか割れたり外れたりしないものかと気泡のある歪なガラスを叩いていると腰を掴まれた。

「ひっ……い、嫌だ! やめろっ! お前ふざけんなよ! アルマが帰ってきたらお前なんか!」

「あー、大丈夫大丈夫、狩りなんだろ? 昼過ぎまで帰らないって……俺早漏だし、だいじょーぶ。ほら、濡れた服は脱がないと体に悪いよー?」

ズボンに巻いていた縄をちぎられ、ズボンが床に落ちる。軽々と持ち上げられて部屋の中心に転がされる。背中と頭を打ち、仰向けになった俺の足側に屈んだ青年は俺の左足首を掴んだ。

「さ、水汲みのお礼してねー、新妻さん」

「ゃ……やめろよっ! アルマが帰ってきたらお前のこと言うぞ!? 顔覚えたからな、今やめて出てったら言わないでやるから……」

左足首を掴んだ青年の手を右足で蹴っていたが意味はなく、青年のもう片方の手に右足首も捕まり、簡単に開脚させられた。

「何を言う訳? 結婚した翌日に別の男と寝て、よがって、たっぷり中出しされましたって?」

「……ぁ、ああ! 言うぞ! 俺に落ち度はない! お前が俺を力でねじ伏せて、一方的にヤったんだって言ってやる! よがったりしない!」

姉はともかくアルマはきっと俺を責めたりしない。慰めてくれる……いや、どうして犯された前提なんだ、今はここから逃げることを考えなければ。

「ふーん……? ま、終わった頃には言えないようにしてやるよ」

下卑た笑みを浮かべて顔を近付けてきた。俺は青年の鼻を狙って拳を突き出した。

「……っ!? いったぁ……」

クリーンヒットしたはしたが、鼻の骨が折れるどころか鼻血すら出していないし、足首も両方とも掴まれたままだ。
俺は尻尾を足の間に入れて穴を隠し、更にその上から手で隠した。俺の手をどかすなら足を離さなければならないし、足を離したら蹴ってやる。蹴りを疎ましがって手を離して足を掴めばまた手で隠して──これで青年が諦めるまで抵抗してやる。

「…………うっざ」

想像より容易く足首は解放された。手もまだ掴まれていない、今なら走って逃げられる。素早く起き上がって扉に走る──後ろから首を掴まれ、引っ張られ、俺の身体は簡単に宙を舞って床に叩きつけられた。

「……せっかく水運んでやったのに、てーねーにヤってやろうと思ってたのに……てめぇが悪いんだぞ? 淫魔が調子乗りやがって。ぁー! やっぱ優しくなんて柄でもねぇことすんじゃなかった、オーガらしくが一番だよな」

肺の中の空気が追い出された……どころじゃない。異常に痛い。なんだこれ。前世の経験を漁ってもこんな痛みを味わったことはない。肩甲骨の下あたりか? 肺の裏あたりか? とにかく痛いし、どれだけ息を吸っても半分も取り込まれていない気がする。

「アルマ……? だって? 十年以上前の死人だろ。クソうぜぇ……死人にこんないい穴はもったいねぇっての」

青年は俺の下腹を強く踏みつけてから俺の上に馬乗りになる。

「ゃ、やめ、て……痛い、胸……背中? めちゃくちゃ、痛いっ……これ、本当に何かやばい……」

「あー……肋骨でも折れたんじゃね? ま、だーいじょうぶ……これから顔の骨全部砕かれるんだからよ」

「え……ぁっ、ゃ、やめてっ、お願い、言わない、言わないから! していいし、言わないからっ……」

「遅ぇよバーカ」

青年の拳が眼前に迫る。大きな拳は俺の顔に容易く沈んで、俺に自分の顔が壊れる音と酷い痛みを与えた。

「うわ……ひっでぇ顔。萎え……ねぇなぁ、全っ然!」

何度も何度も顔を殴られて、自分の血の味と臭いを常に味わう。青年はきっと原形もないくらいに歪んでしまっているだろう俺の顔を笑って、不意に腕をへし折った。

「抵抗されんのうぜぇから四つ全部折っとくな」

もう抵抗する気力なんてないのに、激痛に悶えることしか出来ないのに、青年は俺の手足を簡単に楽しそうに折っていく。
アルマが帰ってくるのは昼過ぎ……それまで俺は生きていられるのだろうか。
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