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いい子の素顔はいい子かな?
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小鳥の囀りに目を覚ます。何て爽やかな朝だろう。
「…………ぅ、おとーとぉ……弟? 弟ー?」
俺は寝室に居た。弟が縄を解いて運んでくれたのだろう、身体も妙にさっぱりしているから湯浴みも済ませてくれたのかもしれない。
「ぁー、スっと目覚められる体最高……腰痛も肩凝りも何にもない……最高……」
はだけさせていた部屋着とは別の服を着せられている。これもやはり少し大きい、元々の家主の物なのだろう。家主はどこに行ったんだ?
ひとまず顔を洗おうと洗面所を探すも、そんなものはない。見た感じの文明度だと井戸か何かの汲みおきだろうか……産まれた時から着ていた服は除外して、今まで見た人間の服の技術から見ても、高度な文明でないのは確かだ。
「ファンタジーなら……中世ヨーロッパが主流かな。俺的には和風もいいんだけどここは違うっぽい……日本史専攻だから中世ヨーロッパ分かんないし…………ぁー、ペスト医師……? 後なんかギロチンとか……クソみてぇな知識だな……」
ぶつぶつ呟きながら調理場に行くと水瓶を見つけた。割らなければ! っと危ない俺は淫魔で不法侵入器物破損窃盗その他諸々の犯罪行為を許される勇者ではないのだ。これはRPGではない、今の俺には現実なのだ。
「ふぅ……弟ー? 俺の頼れる弟くーん……居ないのか?」
家を歩き回っても見つからなかった、出かけているのだろう。また日の高いうちから食事か? 危険だ……早く自力で食事出来るようにならなければ。
「……ま、今日は腹いっぱいだし大人しくしてよ」
弟のためにも魔力は温存しなければ。そうは言っても暇だし寂しいので家探しを楽しむ。手作り感漂う装丁の本を開いてみれば、見覚えのない記号が並んでいる。この世界の言葉か……普通に話せていたから期待したが、文字は読めな……ん? 何だろう、読めるぞこれ。
「…………自動翻訳的な?」
魔物も人間も日本語で話していて俺は前世と変わらずに話しているのではなく、産まれた時にしっかり言語をインプットされたということか。
「えー……便利ー……最高……」
大木から自然発生した淫魔の利点はここだな。人間に生まれて何年もかけて一から学習する手間を省き、ある程度の知識を持って誕生する。その分産まれてからは超ハード。まぁ、魔物蔓延るファンタジー世界で人間が安全に生きていくとは思えない。どの種族も難易度はこんなものなのかもしれないな。
「…………小説かこれ」
あらすじを見れば殺人鬼リルルの一生を綴ったものだと分かった、創作なのか伝記なのかは分からない。殺人鬼の話なんて好みではないので本を元の場所に戻し、家探しを再開した。
空の樽が転がっており、それをどかすと地下室、いや床下収納を発見。中を覗けば三つの樽を発見。中身は酒か何かだろう、外に出ていた樽からは強い酒の匂いがしていた。
「ん……? えっ? ぇ……?」
四つの樽を収納出来るらしい床下収納。一つは外に出ていて、樽ひとつ分の隙間が空いていた。そこに誰か居る。蹲っている。慎重に手を伸ばして引っ張り出し、採光窓からの光の元に運んでみれば、それは痩せ細った背の高い老人の死体だと分かった。
「ひぃいっ!?」
首に麻縄が絡まっている。自殺か? なら床下収納に入っているのはおかしい。絞殺されたのだ、そして隠された。誰に……?
「…………兄さん?」
「ひっ!? ぁ、弟……よ、良かった、あの……えっと、じいさんが死んでて……」
弟が帰ってきた。恐怖に震えていた心が安堵に満たされる。腰が抜けたまま彼ににじり寄って彼を見上げて、安堵は急激に萎んだ。弟は全身を血で赤く染めていた。
「兄さん……こういうの嫌いなのに探すのは得意なんですね。ごめんなさい、もっとちゃんと隠すべきでした……すぐに捨てますから、許してください」
「ど、どうしたんだよ、その血……」
「心配してくれてるんですか? 兄さん……嬉しいです。でも、僕は怪我してません。大丈夫です。ありがとうございます」
怪我をしていないならその全身を染めた血は何なのだ。
「……お前っ、殺した……のか?」
「…………偏屈なおじいさんのことですか? 見ての通りです、ちゃんと死んでますよ。兄さんを虐めたクソビッチ共ですか? 大丈夫ですよ、兄さん……大樹の下に埋めても再生出来ないくらいにしっかり潰してきました。安心してください。もう兄さんを虐める奴はいませんよ」
「ひっ……」
「兄さん……? ぁ、兄さんは死体とか血とか苦手なんですよね。ごめんなさい、水浴びしてきます。これも川に流してきますね」
弟は老人の死体を軽々と抱え、再び家を出ていった。
彼は今何を話していた? あの老人を絞め殺した? サキュバス達を殴り殺した? そんな、優しいあの子が、俺を守ってくれたいい子が、そんな残酷なこと……!
「………………逃、げ……」
逃げなければ。弟は残虐な殺人鬼だ。早く逃げなければ次に弟が浴びるのは俺の返り血だ。
長い間放心していたが、ようやくふらふらとだが歩けるようになった。家を出て、えぇと、どこに向かえば──
「兄さん?」
「ひっ……」
「兄さん、どうしたんですか? 家を出るならせめて羽と尻尾を隠さなきゃ危ないです。何か外に出たい用事があったんですか? 僕が代わりにできることなら僕に、兄さんが行かなきゃならないことなら僕も行きますよ」
「……ぁ、あっ……」
「………………兄さん?」
「ひっ、さ、さっ、触るなっ!」
心配そうな瞳。不安そうな表情。いつもと全く変わらないのが逆に恐ろしくて、俺は彼が伸ばしてきた手を叩いてしまった。
「…………ぅ、おとーとぉ……弟? 弟ー?」
俺は寝室に居た。弟が縄を解いて運んでくれたのだろう、身体も妙にさっぱりしているから湯浴みも済ませてくれたのかもしれない。
「ぁー、スっと目覚められる体最高……腰痛も肩凝りも何にもない……最高……」
はだけさせていた部屋着とは別の服を着せられている。これもやはり少し大きい、元々の家主の物なのだろう。家主はどこに行ったんだ?
ひとまず顔を洗おうと洗面所を探すも、そんなものはない。見た感じの文明度だと井戸か何かの汲みおきだろうか……産まれた時から着ていた服は除外して、今まで見た人間の服の技術から見ても、高度な文明でないのは確かだ。
「ファンタジーなら……中世ヨーロッパが主流かな。俺的には和風もいいんだけどここは違うっぽい……日本史専攻だから中世ヨーロッパ分かんないし…………ぁー、ペスト医師……? 後なんかギロチンとか……クソみてぇな知識だな……」
ぶつぶつ呟きながら調理場に行くと水瓶を見つけた。割らなければ! っと危ない俺は淫魔で不法侵入器物破損窃盗その他諸々の犯罪行為を許される勇者ではないのだ。これはRPGではない、今の俺には現実なのだ。
「ふぅ……弟ー? 俺の頼れる弟くーん……居ないのか?」
家を歩き回っても見つからなかった、出かけているのだろう。また日の高いうちから食事か? 危険だ……早く自力で食事出来るようにならなければ。
「……ま、今日は腹いっぱいだし大人しくしてよ」
弟のためにも魔力は温存しなければ。そうは言っても暇だし寂しいので家探しを楽しむ。手作り感漂う装丁の本を開いてみれば、見覚えのない記号が並んでいる。この世界の言葉か……普通に話せていたから期待したが、文字は読めな……ん? 何だろう、読めるぞこれ。
「…………自動翻訳的な?」
魔物も人間も日本語で話していて俺は前世と変わらずに話しているのではなく、産まれた時にしっかり言語をインプットされたということか。
「えー……便利ー……最高……」
大木から自然発生した淫魔の利点はここだな。人間に生まれて何年もかけて一から学習する手間を省き、ある程度の知識を持って誕生する。その分産まれてからは超ハード。まぁ、魔物蔓延るファンタジー世界で人間が安全に生きていくとは思えない。どの種族も難易度はこんなものなのかもしれないな。
「…………小説かこれ」
あらすじを見れば殺人鬼リルルの一生を綴ったものだと分かった、創作なのか伝記なのかは分からない。殺人鬼の話なんて好みではないので本を元の場所に戻し、家探しを再開した。
空の樽が転がっており、それをどかすと地下室、いや床下収納を発見。中を覗けば三つの樽を発見。中身は酒か何かだろう、外に出ていた樽からは強い酒の匂いがしていた。
「ん……? えっ? ぇ……?」
四つの樽を収納出来るらしい床下収納。一つは外に出ていて、樽ひとつ分の隙間が空いていた。そこに誰か居る。蹲っている。慎重に手を伸ばして引っ張り出し、採光窓からの光の元に運んでみれば、それは痩せ細った背の高い老人の死体だと分かった。
「ひぃいっ!?」
首に麻縄が絡まっている。自殺か? なら床下収納に入っているのはおかしい。絞殺されたのだ、そして隠された。誰に……?
「…………兄さん?」
「ひっ!? ぁ、弟……よ、良かった、あの……えっと、じいさんが死んでて……」
弟が帰ってきた。恐怖に震えていた心が安堵に満たされる。腰が抜けたまま彼ににじり寄って彼を見上げて、安堵は急激に萎んだ。弟は全身を血で赤く染めていた。
「兄さん……こういうの嫌いなのに探すのは得意なんですね。ごめんなさい、もっとちゃんと隠すべきでした……すぐに捨てますから、許してください」
「ど、どうしたんだよ、その血……」
「心配してくれてるんですか? 兄さん……嬉しいです。でも、僕は怪我してません。大丈夫です。ありがとうございます」
怪我をしていないならその全身を染めた血は何なのだ。
「……お前っ、殺した……のか?」
「…………偏屈なおじいさんのことですか? 見ての通りです、ちゃんと死んでますよ。兄さんを虐めたクソビッチ共ですか? 大丈夫ですよ、兄さん……大樹の下に埋めても再生出来ないくらいにしっかり潰してきました。安心してください。もう兄さんを虐める奴はいませんよ」
「ひっ……」
「兄さん……? ぁ、兄さんは死体とか血とか苦手なんですよね。ごめんなさい、水浴びしてきます。これも川に流してきますね」
弟は老人の死体を軽々と抱え、再び家を出ていった。
彼は今何を話していた? あの老人を絞め殺した? サキュバス達を殴り殺した? そんな、優しいあの子が、俺を守ってくれたいい子が、そんな残酷なこと……!
「………………逃、げ……」
逃げなければ。弟は残虐な殺人鬼だ。早く逃げなければ次に弟が浴びるのは俺の返り血だ。
長い間放心していたが、ようやくふらふらとだが歩けるようになった。家を出て、えぇと、どこに向かえば──
「兄さん?」
「ひっ……」
「兄さん、どうしたんですか? 家を出るならせめて羽と尻尾を隠さなきゃ危ないです。何か外に出たい用事があったんですか? 僕が代わりにできることなら僕に、兄さんが行かなきゃならないことなら僕も行きますよ」
「……ぁ、あっ……」
「………………兄さん?」
「ひっ、さ、さっ、触るなっ!」
心配そうな瞳。不安そうな表情。いつもと全く変わらないのが逆に恐ろしくて、俺は彼が伸ばしてきた手を叩いてしまった。
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