上 下
12 / 604

いい子の素顔はいい子かな?

しおりを挟む
小鳥の囀りに目を覚ます。何て爽やかな朝だろう。

「…………ぅ、おとーとぉ……弟? 弟ー?」

俺は寝室に居た。弟が縄を解いて運んでくれたのだろう、身体も妙にさっぱりしているから湯浴みも済ませてくれたのかもしれない。

「ぁー、スっと目覚められる体最高……腰痛も肩凝りも何にもない……最高……」

はだけさせていた部屋着とは別の服を着せられている。これもやはり少し大きい、元々の家主の物なのだろう。家主はどこに行ったんだ?
ひとまず顔を洗おうと洗面所を探すも、そんなものはない。見た感じの文明度だと井戸か何かの汲みおきだろうか……産まれた時から着ていた服は除外して、今まで見た人間の服の技術から見ても、高度な文明でないのは確かだ。

「ファンタジーなら……中世ヨーロッパが主流かな。俺的には和風もいいんだけどここは違うっぽい……日本史専攻だから中世ヨーロッパ分かんないし…………ぁー、ペスト医師……? 後なんかギロチンとか……クソみてぇな知識だな……」

ぶつぶつ呟きながら調理場に行くと水瓶を見つけた。割らなければ! っと危ない俺は淫魔で不法侵入器物破損窃盗その他諸々の犯罪行為を許される勇者ではないのだ。これはRPGではない、今の俺には現実なのだ。

「ふぅ……弟ー? 俺の頼れる弟くーん……居ないのか?」

家を歩き回っても見つからなかった、出かけているのだろう。また日の高いうちから食事か? 危険だ……早く自力で食事出来るようにならなければ。

「……ま、今日は腹いっぱいだし大人しくしてよ」

弟のためにも魔力は温存しなければ。そうは言っても暇だし寂しいので家探しを楽しむ。手作り感漂う装丁の本を開いてみれば、見覚えのない記号が並んでいる。この世界の言葉か……普通に話せていたから期待したが、文字は読めな……ん? 何だろう、読めるぞこれ。

「…………自動翻訳的な?」

魔物も人間も日本語で話していて俺は前世と変わらずに話しているのではなく、産まれた時にしっかり言語をインプットされたということか。

「えー……便利ー……最高……」

大木から自然発生した淫魔の利点はここだな。人間に生まれて何年もかけて一から学習する手間を省き、ある程度の知識を持って誕生する。その分産まれてからは超ハード。まぁ、魔物蔓延るファンタジー世界で人間が安全に生きていくとは思えない。どの種族も難易度はこんなものなのかもしれないな。

「…………小説かこれ」

あらすじを見れば殺人鬼リルルの一生を綴ったものだと分かった、創作なのか伝記なのかは分からない。殺人鬼の話なんて好みではないので本を元の場所に戻し、家探しを再開した。

空の樽が転がっており、それをどかすと地下室、いや床下収納を発見。中を覗けば三つの樽を発見。中身は酒か何かだろう、外に出ていた樽からは強い酒の匂いがしていた。

「ん……? えっ? ぇ……?」

四つの樽を収納出来るらしい床下収納。一つは外に出ていて、樽ひとつ分の隙間が空いていた。そこに誰か居る。蹲っている。慎重に手を伸ばして引っ張り出し、採光窓からの光の元に運んでみれば、それは痩せ細った背の高い老人の死体だと分かった。

「ひぃいっ!?」

首に麻縄が絡まっている。自殺か? なら床下収納に入っているのはおかしい。絞殺されたのだ、そして隠された。誰に……?

「…………兄さん?」

「ひっ!? ぁ、弟……よ、良かった、あの……えっと、じいさんが死んでて……」

弟が帰ってきた。恐怖に震えていた心が安堵に満たされる。腰が抜けたまま彼ににじり寄って彼を見上げて、安堵は急激に萎んだ。弟は全身を血で赤く染めていた。

「兄さん……こういうの嫌いなのに探すのは得意なんですね。ごめんなさい、もっとちゃんと隠すべきでした……すぐに捨てますから、許してください」

「ど、どうしたんだよ、その血……」

「心配してくれてるんですか? 兄さん……嬉しいです。でも、僕は怪我してません。大丈夫です。ありがとうございます」

怪我をしていないならその全身を染めた血は何なのだ。

「……お前っ、殺した……のか?」

「…………偏屈なおじいさんのことですか? 見ての通りです、ちゃんと死んでますよ。兄さんを虐めたクソビッチ共ですか? 大丈夫ですよ、兄さん……大樹の下に埋めても再生出来ないくらいにしっかり潰してきました。安心してください。もう兄さんを虐める奴はいませんよ」

「ひっ……」

「兄さん……? ぁ、兄さんは死体とか血とか苦手なんですよね。ごめんなさい、水浴びしてきます。これも川に流してきますね」

弟は老人の死体を軽々と抱え、再び家を出ていった。
彼は今何を話していた? あの老人を絞め殺した? サキュバス達を殴り殺した? そんな、優しいあの子が、俺を守ってくれたいい子が、そんな残酷なこと……!

「………………逃、げ……」
 
逃げなければ。弟は残虐な殺人鬼だ。早く逃げなければ次に弟が浴びるのは俺の返り血だ。
長い間放心していたが、ようやくふらふらとだが歩けるようになった。家を出て、えぇと、どこに向かえば──

「兄さん?」

「ひっ……」

「兄さん、どうしたんですか? 家を出るならせめて羽と尻尾を隠さなきゃ危ないです。何か外に出たい用事があったんですか? 僕が代わりにできることなら僕に、兄さんが行かなきゃならないことなら僕も行きますよ」

「……ぁ、あっ……」

「………………兄さん?」

「ひっ、さ、さっ、触るなっ!」

心配そうな瞳。不安そうな表情。いつもと全く変わらないのが逆に恐ろしくて、俺は彼が伸ばしてきた手を叩いてしまった。
しおりを挟む
感想 156

あなたにおすすめの小説

病気になって芸能界から消えたアイドル。退院し、復学先の高校には昔の仕事仲間が居たけれど、彼女は俺だと気付かない

月島日向
ライト文芸
俺、日生遼、本名、竹中祐は2年前に病に倒れた。 人気絶頂だった『Cherry’s』のリーダーをやめた。 2年間の闘病生活に一区切りし、久しぶりに高校に通うことになった。けど、誰も俺の事を元アイドルだとは思わない。薬で細くなった手足。そんな細身の体にアンバランスなムーンフェイス(薬の副作用で顔だけが大きくなる事) 。 誰も俺に気付いてはくれない。そう。 2年間、連絡をくれ続け、俺が無視してきた彼女さえも。 もう、全部どうでもよく感じた。

王女の中身は元自衛官だったので、継母に追放されたけど思い通りになりません

きぬがやあきら
恋愛
「妻はお妃様一人とお約束されたそうですが、今でもまだ同じことが言えますか?」 「正直なところ、不安を感じている」 久方ぶりに招かれた故郷、セレンティア城の月光満ちる庭園で、アシュレイは信じ難い光景を目撃するーー 激闘の末、王座に就いたアルダシールと結ばれた、元セレンティア王国の王女アシュレイ。 アラウァリア国では、新政権を勝ち取ったアシュレイを国母と崇めてくれる国民も多い。だが、結婚から2年、未だ後継ぎに恵まれないアルダシールに側室を推す声も上がり始める。そんな頃、弟シュナイゼルから結婚式の招待が舞い込んだ。 第2幕、連載開始しました! お気に入り登録してくださった皆様、ありがとうございます! 心より御礼申し上げます。 以下、1章のあらすじです。 アシュレイは前世の記憶を持つ、セレンティア王国の皇女だった。後ろ盾もなく、継母である王妃に体よく追い出されてしまう。 表向きは外交の駒として、アラウァリア王国へ嫁ぐ形だが、国王は御年50歳で既に18人もの妃を持っている。 常に不遇の扱いを受けて、我慢の限界だったアシュレイは、大胆な計画を企てた。 それは輿入れの道中を、自ら雇った盗賊に襲撃させるもの。 サバイバルの知識もあるし、宝飾品を処分して生き抜けば、残りの人生を自由に謳歌できると踏んでいた。 しかし、輿入れ当日アシュレイを攫い出したのは、アラウァリアの第一王子・アルダシール。 盗賊団と共謀し、晴れて自由の身を望んでいたのに、アルダシールはアシュレイを手放してはくれず……。 アシュレイは自由と幸福を手に入れられるのか?

元おっさんの俺、公爵家嫡男に転生~普通にしてるだけなのに、次々と問題が降りかかってくる~

おとら@ 書籍発売中
ファンタジー
アルカディア王国の公爵家嫡男であるアレク(十六歳)はある日突然、前触れもなく前世の記憶を蘇らせる。 どうやら、それまでの自分はグータラ生活を送っていて、ろくでもない評判のようだ。 そんな中、アラフォー社畜だった前世の記憶が蘇り混乱しつつも、今の生活に慣れようとするが……。 その行動は以前とは違く見え、色々と勘違いをされる羽目に。 その結果、様々な女性に迫られることになる。 元婚約者にしてツンデレ王女、専属メイドのお調子者エルフ、決闘を仕掛けてくるクーデレ竜人姫、世話をすることなったドジっ子犬耳娘など……。 「ハーレムは嫌だァァァァ! どうしてこうなった!?」 今日も、そんな彼の悲鳴が響き渡る。

【第1章完結】悪役令息に転生して絶望していたら王国至宝のエルフ様にヨシヨシしてもらえるので、頑張って生きたいと思います!

梻メギ
BL
「あ…もう、駄目だ」プツリと糸が切れるように限界を迎え死に至ったブラック企業に勤める主人公は、目覚めると悪役令息になっていた。どのルートを辿っても断罪確定な悪役令息に生まれ変わったことに絶望した主人公は、頑張る意欲そして生きる気力を失い床に伏してしまう。そんな、人生の何もかもに絶望した主人公の元へ王国お抱えのエルフ様がやってきて───!? 【王国至宝のエルフ様×元社畜のお疲れ悪役令息】 ▼第2章2025年1月18日より投稿予定 ▼この作品と出会ってくださり、ありがとうございます!初投稿になります、どうか温かい目で見守っていただけますと幸いです。 ▼こちらの作品はムーンライトノベルズ様にも投稿しております。

愛人がいらっしゃるようですし、私は故郷へ帰ります。

hana
恋愛
結婚三年目。 庭の木の下では、旦那と愛人が逢瀬を繰り広げていた。 私は二階の窓からそれを眺め、愛が冷めていくのを感じていた……

前世が飼い猫だったので、今世もちゃんと飼って下さい

夜鳥すぱり
BL
黒猫のニャリスは、騎士のラクロア(20)の家の飼い猫。とってもとっても、飼い主のラクロアのことが大好きで、いつも一緒に過ごしていました。ある寒い日、メイドが何か怪しげな液体をラクロアが飲むワインへ入れているのを見たニャリスは、ラクロアに飲まないように訴えるが…… ◆明けましておめでとうございます。昨年度は色々ありがとうございました。今年もよろしくお願いします。あまりめでたくない暗い話を書いていますがそのうち明るくなる予定です。

完結·助けた犬は騎士団長でした

BL
母を亡くしたクレムは王都を見下ろす丘の森に一人で暮らしていた。 ある日、森の中で傷を負った犬を見つけて介抱する。犬との生活は穏やかで温かく、クレムの孤独を癒していった。 しかし、犬は突然いなくなり、ふたたび孤独な日々に寂しさを覚えていると、城から迎えが現れた。 強引に連れて行かれた王城でクレムの出生の秘密が明かされ…… ※完結まで毎日投稿します

ちっちゃくなった俺の異世界攻略

鮨海
ファンタジー
あるとき神の采配により異世界へ行くことを決意した高校生の大輝は……ちっちゃくなってしまっていた! 精霊と神様からの贈り物、そして大輝の力が試される異世界の大冒険?が幕を開ける!

処理中です...