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幼馴染を泥棒から取り返してみた

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身体が動かない。ギチギチと身体が締め付けられている。タコかイカを思い出させる骨のない触手はぬるぬるとぬめっているが俺を滑り落とすようなドジは踏まず、俺を拘束し続ける。

「……っ」

触手の先端が口に入り込んでいる。全身全霊で噛み付いても触手の力は緩まず、噛み切ることも出来ない。レンを装っていた怪異はどこかへ消えたようだ、俺を騙すための夢を作るとか……今度こそ違和感すら覚えない精巧な夢を作られるかもしれない、念入りに記憶を消されてしまうかもしれない、抵抗したいのに身体が少しも動かない。

「ゔ、ゔぅ……ぉ、えっ」

生臭いモノが喉の奥まで入り込む。嗚咽しても噛んでも何をしても止まらない。自分一人でひとしきりもがいた後、俺は情けなくも心の中で助けを求めた。頭の中で「助けて」と何度も叫んだ。次の瞬間──

『もちぃいいーっ!』

──と大絶叫が聞こえ、タコのようなイカのような足が切り裂かれ、俺に自由が戻った。落下していく俺を受け止めたのは、当然……

「レン!」

……幼馴染で、俺のお嫁さんの、大切な彼氏だ。

「レン! レン! 会いたかった……! 本物のレンだ! レンだぁ……!」

『お前俺のこと忘れやがって、勝手に俺は女の方が幸せとか決め付けやがったなぁ!』

ゴンッ、と頭突きをされ、俺はすかさずレンの首に抱きついた。

「ごめんなさい……!」

『お、おう……そんな素直に謝られると逆に困るな。お前は悪くないだろ? 記憶弄られたりしてたんだから』

「うん、でも、ごめんなさい。レン……ごめんね、俺あんなこと言ったけど、それは記憶なかったからで……あの女の子のレンに抱きつかれたり、手繋いだりする度に感じてたんだ」

抱きついた身体は硬くがっしりとしている。安心感のある男のものだ。俺を支える腕もたくましい、センパイに比べれば細いけれど十分だ。微かに筋が浮いていてカッコイイ。

「物足りないなって……もっと、たくましい腕に抱かれて、硬くて大きな手に包まれたくて、すごく違和感と寂しさがあって……レン、あぁ……これだ。俺が求めてた感触。レン……!」

『もち……いいのか? 女の子じゃなくて』

「うん、ぷにぷにして頼りなくて嫌だった。それに、その、女の子じゃ、その……だ、抱いて……もらえない、し」

レンに抱き締められているからか下腹が疼いてきた。興奮に気付かれないように身体をくねらせ、言葉を誤魔化す。

『お前…………はぁ、最初にてめぇ堕としたのが形州ってことだけは気に入らねぇけど、そのちんぽ狂いっぷりはありがたいぜ』

「ちっ……く、狂…………なんてこと言うんだよぉ! レンのバカぁ!」

『はぁ!? 俺は助けに来てやったんだぜ!?』

「ありがとう」

『お、おう……』

「それはそれとして狂いってのは訂正しろよぉ! 男好きくらいに……それもヤダ。俺が好きなのは……よ、にん……だけだし」

自分で言っておいて十分多いなとため息をつく。

「ぁ……ねぇ、レン。ここからどうやって出るの? 真っ暗で……何にも見えない。早くレンの顔見たいよ」

『え、お前俺の顔見えてなかったの?』

「うん……」

『あんなにレンレン言ってたくせに』

「見えなくても分かるよ。本物のレンだ」

幼い頃から大好きな優しい声も、俺を力いっぱい抱き締めてくれる細い腕も、間違いようのないレンのものだ。

「でも早く顔見たい……」

『あぁもう可愛いなぁ! よっしゃ脱出するか、お前が夢を拒絶したおかげでお前の霊体からやっと怪異が剥がれたんだ、今なら出れるぜ。またお前の記憶だの夢だの弄られる前にとっとと出ちまわないとな』

「うん、だからどうやって出ようかって」

「俺に掴まってな」

言われなくても抱きついているけれど、俺はより強くレンに抱きつき直した。腰に回っているレンの腕の力も強くなった。

「脱出は……えー……取り憑いたのから離れる感じ……幽体離脱の感覚を思い出して……もち、もちは俺の身体の一部だと思って……そう、一部、もちは俺の部位……」

ぶつぶつと手順を確認するようにレンが呟き始めて数十秒後、ふわっと身体が浮くような感覚があったかと思えば、唐突に重力が戻ってきた。

「ぅ……」

眩しい。目を開けなくても瞼越しに光を感じる、ぎゅっと目を閉じて目を腕で覆おうとするも上手く腕が動かず、身をよじる。

「…………ノゾムっ?」

少し暗くなった。恐る恐る目を開けると視界いっぱいに心配そうな表情の強面が広がっていた。

「せん、ぱい?」

並の人間なら恐怖し叫んでいただろう。三白眼を通り越した四白眼は微かに潤んでいるけれど、眉尻も微かに下がっているけれど、俺以外はきっとそんなことに気付けない。

「……ノゾムっ、ノゾム……目を覚ましたか。俺が誰か分かるか? 指は何本だ?」

「セ、センパイ。國行センパイ……三本、です」

安堵のため息が顔にかかる。センパイはそっと俺の後頭部と背に腕を回し、起き上がらせ、胡座をかいて膝に乗せた。

「…………お前の特等席だ、そう言っていたろう? 分かるな?」

四肢に力が上手く入らない。抱きつきたい気持ちでいっぱいなのに、頷いて微笑むことで今は精一杯だ。

「……ノゾム。よかった……おかえり」

「お前さぁ~……」

大きな手で顔を撫で回されるのを目を閉じて堪能していると、怒った声が聞こえてきた。

「お前お前お前ぇ! ふざけんなよ形州ぅ! お前俺がっ、俺が頑張ってもち起こしたんだぞ!? 体感何日も粘ってよぉ! ようやく、ようやく起こして身体に戻ったら! てめぇ俺のもち取りやがってよぉ!」

レンだ。隣のベッドに寝かされていたらしい彼は起き上がり、センパイの肩を掴んで揺さぶろうとするもレンの力ではセンパイはほとんど動かない。

「……お疲れ様」

「そう思うんならもち寄越せ! もちももちだぜ、てめぇ俺が来てレンレンってめちゃくちゃ喜んでたくせによぉ……! 浮気者とは知っちゃあいたがこれは許容出来ねぇぜ!」

「ま、待ってよレン……俺なんか身体動かなくて」

「当然だね」

部屋の端から声が聞こえた。俺達三人の視線を集めた社長はノートパソコンを閉じ、俺の顔を覗き込みに来た。

「たった今まで怪異の見せる夢に取り込まれていたんだ、霊力をかなり消費しているはずだよ。回復するまで身体は自由に動かないだろう」

 「あぁ……」

レンは納得した様子で俺への怒りを収めた。

「霊力が全く無いのに身体を動かさなきゃいけないから、零感の人間は運動せずとも筋肉が付きやすいんだよ。心当たりはない?」

「……俺か? あぁ、そうだな……平均よりは筋肉が付きやすいんだろうとは思っていた」

「んなことどうでもいいんですよ師匠。形州ぅ! てめぇもち寄越せっつってんだよ! もちは俺の腕に抱かれたいに決まってる! なんせ今助けたのは俺なんだからな!」

消えた俺への怒りがそのままセンパイへの怒りに転じたようだ。社長はため息をついている。

「…………そうなのか?」

「え、えっと……はい、レンとハグしたいです……」

「……そうか。そうだな、如月が居なければノゾムは戻ってこなかった……報酬は必要か。そこに座れ、如月」

怒った表情のままレンがベッドにどっかりと腰を下ろして胡座をかくと、センパイは赤子を手渡すようにそっと俺をレンの膝の上に乗せた。

「案外話の分かるところもあんじゃねぇか」

「……まぁな。最優先すべきはノゾムの気持ちだ……それと、如月」

「ん?」

「…………形州、先輩、だ」

「痛い痛い痛い痛い痛い痛い!」

レンの頭を軋むほど強く握り、センパイは少し気が晴れた様子でベッドに座り直した。未だ痛がるレンの頭を撫でたくとも俺の手はほとんど動かない。

「あのー……ミチとお兄さんは?」

「君が起きる気配がしたから準備させてる」

「準備……?」

「君の霊体に同化し魂を貪ることに失敗しても、怪異は君の外には出ず留まっている。出れば僕に消されると分かっているのかな……案外賢いね。だから追い出すための準備だよ、少し苦しいだろうけどちゃんと耐えてね」

都合のいい悪夢を見せて俺を精神的にも追い詰めたあの怪異がまだ俺の中に居る、その事実への恐怖よりも鬼畜なドSの社長が「少し苦しい」と言うほどの追い出すための方法とやらへの恐怖の方が強かった。
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